第9話「歩き巫女?」
そのあばら家には、薬草の匂いが漂っていた。
「その足音はヨサクかい、もう一人誰かいるね」
なんとか起き上がった白髪の老女は、しわがれた声でそうつぶやく。
死病を患って長いというフィアナのばあさまは、もう目があまり見えないのだ。
「フィアナのばあさま。薬の材料を持ってきたぞ!」
「あたしにゃもう、薬なんぞ効きゃしないといったじゃろ……」
ヨサクの優しい心根は嬉しいが、どうせ無駄になってしまう薬草を使う必要はないと毎度言ってるばあさまだ。
「竜の心臓ならどうだ」
「なんじゃと」
フレアは、フィアナのばあさまにひざまずいて言う。
「正確には、紅王竜の心臓です。これならば、あなたの病を癒せるのではないですか」
フレアは、やけにかしこまった口調で言う。
フィアナのばあさまも、もうあまり見えない青い瞳をカッと見開き、フレアに顔を向けて言った。
「我が死病は同じ竜によってもたらされたもの……もしそうならば、癒せようがお前は何者だ」
「勇者フレアです、フィアナ様」
「なんと!」
ヨサクは喜んで言う。
「フレアが、竜の心臓をくれたんだ。ばあさまなら、治療薬を作れるだろう!」
「できる……できるが、万病に効くドラゴンエリクサーを、このババのような天寿の近い老いぼれに使うべきか」
フレアは、紅王竜の心臓を渡して言う。
「フィアナ様は、
その言葉に、フィアナはなんとか気合を入れて起き上がると言った。
「そうか、勇者フレアよ。お前はヨサクを、新しい
「はい!」
「そうであれば、このババも、このまま朽ちてはおれんか……。うむ、これは本物じゃ」
受け取った紅王竜の心臓をナイフで切り刻んで、その血を少し口に含む。
そして、ガバッと立ち上がると躍起になって薬を煎じ始めた。
「おお、ばあさまがこんなに元気に!」
先程竜の肉を食べただけで、ヨサクは元気いっぱいになったのだ。
そんな生き物の心臓であれば、フィアナのばあさまも元気になるとヨサクは無邪気に思っていた。
「これも、天神オーダスターの導きよのぉ。ヨサク、お前の星はこのババにも見えなんだが、こんな運命を引き寄せるとは……」
「俺は、ばあさまが元気になればなんでもいいよ」
つい一年ほど前、ヨサクが荒廃した村の復興を始めたのと時を同じくして、歩き巫女のフィアナのばあさまはこのオルドス村に死に場所を求めてやってきた。
病によく効くと言われるオルドスの温泉でも、その死病を癒やすことはかなわなかったが、ほんの少し死を遅らせていた。
その間に、占いや薬草の知識があるばあさまは、ヨサクたちを助けてくれた。
ばあさまが樹皮や薬草から作る薬はたちどころに病を癒やし、占いで天候不順をピタリと当てて作付すべき時期を指示していた。
毒抜きをすれば食べられる球根を教えてくれたのもばあさまだ。
この一年、知恵者であるばあさまがいなければ、おそらく村の全員が生き残ることはできなかっただろう。
やがてフィアナのばあさまは、紅王竜の心臓で薬を作ると、その半分を飲み干す。
その間に、ヨサクはかまどで雑穀の粥を作っていた。
「ばあさま、粥ができたぞ」
「ハハッ、もうこのババは元気じゃぞ。肉を食わせんかい、肉を」
立ち上がって、力こぶを見せるフィアナのばあさま。
「ほんとだ。でも病み上がりだから無理しちゃいけない。野草と一緒に竜のスープも少し入れたからさ」
「ありがとうよ」
ばあさまは、粥を平らげて一息つくと言った。
「さてここに、紅王竜のドラゴンエリクサーがまだ残っておる」
綺麗なガラス瓶に、真紅に輝くエリクサーを入れて差し出すばあさま。
「それも、ばあさまが飲めばいいんじゃないか」
そういうヨサクに、「もう病は癒えておるわい、こう見てもあたしゃ腕利きの薬師じゃぞ」と笑うばあさま。
勇者フレアは言う。
「先生に与えてください」
「そうか、じゃあヨサクに……ああ、ヨサクに渡すと瓶を割りそうじゃな」
ヨサクは酷いなあと笑いながら、ばあさまがしっかりしてきてきちんと目も見えているのを知って喜ぶ。
「勇者フレアよ、これは預けておくから本当にヨサクが必要な時に使うのじゃ」
「はい」
フィアナのばあさまの言葉に、フレアはうなずく。
「ただの怪我や病であれば、ババの薬草でなんとかできるから、つまらんことにつかうなよ。わかったなヨサク」
「わかったよ。それより、みんな焼肉食ってるとおもうんだが、ばあさまもくるか」
「あたしも後で行かせてもらうさ。先にいっといで」
じゃあそうするかと、ヨサクがでかけていく。
それについていこうとして、フレアはちょっと戻ってきてフィアナのばあさまになにか言おうとした。
ヨサクは、フィアナのことをただの歩き巫女と言っていたが、その服装はフレアには見覚えがありすぎる最上位聖職者のみに許される流れる星のように鮮やかな白地に青のローブである。
そして、フィアナと言えば医薬の聖女と讃えられた、先の
フレアに対して、フィアナはいたずらっぽく笑うと黙っていろと人差し指を唇にあてる。
老いてなお、無垢な少女のようなよい笑顔であった。
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