第12話「ヒルダの街に出発!」

 女の子の風呂は長い。

 先に風呂から出たヨサクは、女湯に声をかける。


「シャルロット。フレアに、着替えを渡しておいてくれ」


 シャルロットのものは用意されているが、フレアのはないだろうと気を利かせて持ってきたのだ。


「ヨサク!」

「おい、出てくるなよ!」


 湯船から出てきたシャルロットは、少し慌てた様子で言う。


「タオルは巻いてますわ。そんなことより、その服……ヨアンナさんのじゃありませんの!」


 どこにでもありそうな村娘の服は、ヨサクの亡くなった幼なじみのものだ。

 他の衣服は活用したが、これだけは取っておいてくれとヨサクに頼まれたのでシャルロットもあえて手をつけなかった大事な服だ。


 ヨサクは、何気ない調子で言う。


「フレアと背丈がそっくりだからな」


 シャルロットは、タオルに巻いた大きな胸を揺らしながら、少し困った様子で言う。


「……もしかして、ぺったんこが好きなんですの」


 しょげたように、白いウサギ耳も垂れ下がっているようだ。


「いや、お前が何を言ってるのかさっぱりわからん。ともかく、頼んだぞ」


 ちなみに、シャルロットの邪推であって村長の娘であったヨアンナの胸は、ぺたんこというわけではなくそれなりにあった。


「わかりましたわ! 着せておきます」


 なぜかちょっと機嫌が悪くなったシャルロットに気が付かずに、ヨサクは村の広場へと戻ってくる。

 焼肉パーティーは、そろそろ終了のようだ。


 紅王竜の使えそうな遺骸は、フィアナのばあさまたちが肉から綺麗に切り取って売れるように荷物にまとめてくれていた。

 破壊された炭焼小屋から、売れそうな炭もあらかた持ってきてくれたようだ。


「この肉だけで、一週間は食いつなげそうじゃな」

「それはよかった。なんだかみんな、元気そうだね」


 やせ細っていた子供たちは血色が良くなり、元気に動き回っている。

 紅王竜の肉は、人々に活力を与えるようだ。


「季節が秋じゃったのが残念じゃな」


 フィアナばあさまが言うには、紅王竜の血が染み込んだ土地はしばらく豊作になるという。

 これが春であったなら穀物の出来は良くなり、食糧問題は解決していただろう。


 そこに、フレアを連れたシャルロットが現れて言う。


「でも心配ご無用ですわ、わたくしたちが商売を成功させれば、食料問題は解決でしてよ!」


 それどころか、オルドス村が調子良く復興しているのがヒルダの街に知れれば、村人が戻ってくるかもしれない。

 そうすればルーラルローズ男爵家も立て直せると息巻いている。


 そこまで上手くいくかはともかく、希望は見えてきたようだ。

 ヨサクは少し考え込んで言う。


「誰が商売に行くかという問題もあるな」


 もともと、ヒルダの街の冒険者であったヨサクが行くのが一番適任であろう。


「先生が行くなら、ボクも行く」

「領地の小領主であるわたくしも行きますわ!」


 ヨサクに、フレアもシャルロットも付いてくるらしい。


「そこで、一つ問題があるんだが……」


 ヨサクとフレアがヒルダの街に行ってしまい、戦える者がいなくなったら村を守るものがいなくなる。

 今は小康状態だが、モンスターがあたりをウロウロしている危険な状況は全く解決していないのだ。


 少しの間でも村を離れるのが、ヨサクには不安だった。


「それなら心配ない。先生、神剣を貸して」


 フレアが、ヨサクに神剣を戻すと、それをぐさっと地面に突き刺す。


「これで、どうなるんだい」


 フレアは得意げに笑う。


「こうしておけば、弱いモンスターは恐れてこの村に近づけない」

「そ、そういうものなのか」


「そういうもの」


 一種の、結界のようなものなのだろうか。

 そもそも神剣の勇者であるフレアが、神剣を置いていっていいのかという疑問もあるが……。


 なんか、さっきまで神獣シンと一緒に温泉に入っていたヨサクは、神炎の剣シン・シールだけおいて行かれるのが、可哀想な気もする。

 空耳だろうか。


「くうん」


 と悲しそうな鳴き声が聞こえたような気がした。


「帰ってきたら、たくさん炭をやるからな」


 ヨサクは取り残された可哀想な神剣を撫でてから、フレアとシャルロットを連れてヒルダの街へと商売に出かけるのだった。

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