第15話「商談」
お昼を一緒にというので、どれほど贅を尽くした料理が出てくるのかと思えば、季節の野菜や近所の川で取れた
そこが、成金ではない貴族の品位というものなのだろう。
「私が作った煮物なんですよ」
「それは凄いですね」
露骨な料理できるアピールに続いて。
リリイ伯爵夫人は、豊満な胸を押し付けてくる。
「はい、あーん」
「あはは……美味しいです。ゆっくりいただきますんで」
ヨサクの視界には、リリイ伯爵夫人の胸元しか見えてないだろう。
あれでは、味などわかるまい。
バキッ。
フレアは、顔を真赤にして握りしめた銀のスプーンを指でへし折った。
シャルロットはというと、「こういう風に殿方を誘惑するんですわね」と、なにやら熱心にメモを取っている。
ミシミシ、ボキッ。
続いて、フレアは握っている木のテーブルを砕いた。
怒り狂っているフレアに、周りのメイドは顔を青くしている。
しかし、どこ吹く風のリリイ伯爵夫人は。
「あらあら、新しいスプーンを用意しますわね」
そう言って、新しい食器を用意させる。
そして、またベタベタベタベタ、ヨサクに接待を始めた。
「こいつ、しれっとした顔で……」
シャルロットは、「リリイ様、強いですわぁあ、貴族かくあるべしですわ」と、ふんふんうなずきながら、メモを取り続けている。
こんな地獄のような食事が終わり、大広間で商売の話が始まった。
それくらいの広さがあっても、紅王竜の素材を並べるのはいっぱいいっぱいだ。
「まあ、素晴らしい品ですわね。全て、私が買い取らせていただきたいのですけど……」
リリイ伯爵夫人が言うには、少し問題があるという。
商品の値段が高すぎて、全ての代金は渡せないというのだ。
「リリイ伯爵夫人様、わたくしたちは村で使う食料品や、日用品などを買いに来たんですわ」
「それくらいでしたらすぐに用意できますけど……」
リリイ伯爵夫人は、少し言いにくそうにする。
ヨサクは尋ねる。
「なんですか、気になることがあるなら話してください」
「本来であれば、これを王都に持っていけばもっと高値で売れると思います。しかし、この領地で全て使わせてほしいのです」
ラザフォード家は、傘下に商会も持っている。
だから、紅王竜の素材ともなれば、王都で高値で売ることもできる。
しかし、モンスターの増殖により、ラザフォード伯爵領でも甚大な被害が出ているそうだ。
紅王竜の素材で、強力な武器や防具が作れたら、ヒルダの街の防衛の役に立つ。
「なるほど、事情はよくわかりました」
「ヨサク様、どうか私を、そしてこの街の人々を助けると思って……」
そういいながら、頭を下げるついでに宝石の光る豊かな胸元を見せつける。
あざとい、あざとすぎる。
「先生、ボクこいつを助けたくない」
「フレア、そんなこというものじゃないよ。リリイ様は、素直に事情を話して助けを求めてきてるんだから」
色仕掛けで篭絡しようとしてきているだけだ。
それに乗ってしまうお人好しな先生も先生だと、フレアは顔を真赤にして鼻息を荒くする。
そんなフレアに、助け舟が入った。
「わたくしも、少し頷けないところがありましてよ」
「あら、シャルロット様。なんなりとおっしゃってください」
「困っているのは、わたくしたちも一緒ですわ。わたくしは、この商談でできる限りの利益を出さなければいけませんの」
それが、小なりといえど領主としての務めだ。
「ではこうしましょう。冒険者を雇って、オルドス村やこのヒルダの街に至る街道の防衛に出資いたしましょう」
「も、もう一声」
「そちらの領地から流れてくる難民の問題もあります。我が方から、そちらに帰れとは言えませんが、故郷に帰れるよう生活支援をいたしましょう」
リリイ伯爵夫人は、シャルロットのルーラルローズ男爵領の復興を支援することを約束する。
「それは、本当にですか!」
「書面に残してもいいです。ルーラルローズ男爵領が復興するのは、この炭や木材を専売で王都に売っている当家にも利益があるのです」
ヨサクが作った良質な炭を拾い上げて言う。
ラザフォード伯爵領でも炭は生産しているが、ヨサクが作る炭のほうが上質で王都で高値で売れるのだ。
一方的にどちらが得をするというのではなく、取引によってお互いの利益があると提案する。
リリイ伯爵夫人のほうが、シャルロットより何倍もうわてであった。
「ヨサク様には、この紅王竜の素材で作った防具や道具をお届けします。もちろん、当街で一番の鍛冶屋によって作られたものをです」
「ああ、ドワーフのミゼット爺さんに頼むんですね」
ヨサクとも知り合いの鍛冶屋である。
まさに三方良しの取引だ。
ヨサクも大満足である。
「さて、これ以上なにかありますか。勇者フレア様、お願いを聞いていただけるのですから、こちらとしては出来ることは全部いたしましょう」
女狐め、話が上手すぎる。
絶対に何か裏がある。
フレアはそう思うのに、相手はなかなか尻尾を出さない。
ヨサクにわざとらしくしなだれかかるリリイ伯爵夫人に、フレアは「ぐぬぬぬぬ」と呻くしかできなかった。
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