第14話「リリイ・ラザフォード伯爵夫人」
ヨサクが、ガチガチに緊張しているシャルロットを心配して言う。
「大丈夫か」
「ヨサクこそ、なんで緊張してませんの!」
「リリイ様は、気さくで優しい人だからね」
「そんなわけありませんわよ! 大領主ラザフォード家の伯爵夫人ですのよ!」
ヨサクの首を、グイグイと揺さぶるシャルロットをフレアが引き剥がす。
「ちょっと、先生になにする!」
「貴族として緊張するのは当然ですわ! フレアはいいですわよね、勇者だから別ベクトルですもん!」
「ベクトル?」
よくわからない事を言うシャルロットに、フレアは首を捻っているが、ともかく騒ぐだけのことはあるのだ。
リリイ伯爵夫人は、シャルロットのような、なんちゃってエセ貴族とはわけが違う。
このヒルダの街の他にも、オールデン王国の
そしてこの石造りの壁に守られた、人口一万を優に超えるヒルダの街を領主代行として支配している人物がリリイ伯爵夫人であった。
シャルロットはまだ会ったことはないが、その立ち居振る舞いは優美と讃えられて、かなりの美貌と聞き及んでいる。
密かに憧れている相手ではあったから会えるのは嬉しい。
「平民のヨサクや、勇者のフレアはあてになりませんからね。小領主として、わたくしがしっかりしませんと」
でも、これは商談だ。
たった二十人の領民しかいないとはいえ、シャルロットは独立した領地を持つ男爵令嬢。
今はシャルロットが、ルーラルローズ家を代表して交渉にやってきているのだ。
寝不足の上、体調最悪ではあるが、ここは気合を入れていかねばならない。
「ヨサク・ヘイヘイホ様と、勇者フレア様、そしてシャルロット・ルーラルローズ男爵令嬢でございますね」
白い髪をなでつけた、いかにもセバスチャンと言った感じの老執事が三人を出迎える。
「はい」
「リリイ・ラザフォード伯爵夫人がお待ちになっております。どうぞこちらに」
門から屋敷に入るとずらりと居並ぶメイドの数に威圧される。
一番奥の間にある応接室に通されて、高そうな紅茶を出される。
「先生は落ち着いてるのに、シャルロットみっともない」
シャルロットは手が震えて、カチャカチャとティーカップを鳴らしてしまう。
もはや、ツッコミに応える元気もないようで、なにやら耳をピクピクとさせている。
耳が良い、ウサギ獣人であるシャルロットには、壁の向こう側で老執事と伯爵夫人が言い争っているのが聞こえているのだ。
「奥様が直接応対なさらずとも……」
「いいえ、とても大事なお客様よ。あなたたちは、下がっておいてちょうだい」
気品のある声だ。
リリイ伯爵夫人が直接応対するわけがあるのだ。
扉が開いて、リリイ伯爵夫人が入ってくる。
「お待たせしました。この街の領主代行を務めますリリイ・ラザフォードと申します。勇者様の来訪を、心より歓迎いたします」
艶やかな濡れ羽色の長い黒髪に、黒曜石を思わせる黒目がちの瞳。
リリイ伯爵夫人は、とんでもない美貌であった。
年齢は三十二歳だが、白く艶やかな肌はどうだろう。
十歳は若く見えて、ほほえみにあどけなさすら感じさせる。
リリイ伯爵夫人の着ているドレスは、シャルロットの百倍は値段が高そうだ。
胸元には大きな青い宝石が飾られており、シャルロットよりも豊満でセクシーな胸を半ばのぞかせている。
勝負あり! シャルロットは、この瞬間に完敗した。
だが、それでもなお立ち上がって叫ぶ。
「おおお、お初にお目にかかりますリリイ・ラザフォード伯爵夫人。わわわ、わたくしルーラルローズ男爵家のシャルロットと申しまして」
それを聞いて、リリイ伯爵夫人は、顔を曇らせると言った。
「ええ、シャルロット様の御領地のことは存じておりますわ。同じオールデンの貴族として、哀悼の意を表します」
「そんな、もったいないお言葉ですわ」
どうやら伯爵夫人は、オルドス村の事情もすでに聞き及んでいたようだ。
いや、調べ上げていたといったほうが正しいか。
彼女は、この街の支配者。
そういう情報網を持っていると思うべきだろう。
舞い上がっているシャルロットをよそに、警戒しているフレアは、仏頂面で観察している。
そして、ヨサクはいつもどおり何も考えてなくて、伯爵夫人はいい人だなあとニコニコして座っている。
「それで、勇者フレア様が紅王竜を倒されたと聞いてますが、その骨や爪、鱗などを売っていただけますのよね」
リリイがそう言うと、ヨサクは「はい」と答える。
そこに、フレアが立ち上がって言う。
「それは、持ってきてるけど、全部ヨサク先生のものだから」
リリイ伯爵夫人の黒目がちの瞳がキラリと光る。
「ヨサク先生? とても興味深いお話ですわ。ヨサク・ヘイヘイホ様は、勇者様の先生になられたんですね」
そう言うと、失礼しますといって応接室のソファーに腰掛ける。
伯爵夫人に促されて、シャルロットもフレアも着席した。
リリイ伯爵夫人の言葉に、ヨサクはうなずく。
「はい、俺はフレアの先生を引き受けました」
「そのお話、ゆっくりとお聞かせ願いたいのですけど、ここまで旅をされてきた直後ですよね。皆様、お疲れではありませんか?」
ともかくも部屋を用意するので、この屋敷を自分の家だと思ってゆっくりとくつろいで言ってくれと提案される。
「そ、そんな悪いですわ」
「あら、こんなだだっ広いだけが取り柄のお屋敷に、私一人だと寂しいんですのよ。良かったら、昼食も一緒にいかがかしら。シャルロット様も、お互いに領地はお隣同士でしょう」
「それは、そうですわね」
「今日だけといわず、いつでも遊びにいらしてくださると嬉しいです」
社交辞令ではあろうが、密かに憧れていたリリイ伯爵夫人にそう言われると、田舎貴族に過ぎないシャルロットはどんどん舞い上がっていく。
そんなあまりにもフレンドリーな伯爵夫人を、フレアはうさんくさそうに見ているのだった。
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