第16話「女狐の本性」
すでに紅王竜の素材はヨサクにあげてしまったものだ。
だから、フレアが口を挟めることではないのだが……。
「あの女、絶対なにか裏がある!」
だって、怪しすぎる。
平民のおじさんに過ぎないヨサクを、美貌の伯爵夫人がああも誘惑するのには、裏がないわけがない。
「フレア、貴族なんですからそりゃ裏くらいありますわよ」
シャルロットだって、出来る限りがめつくやっている。
吹けば飛ぶようなルーラルローズ男爵家と飛ぶ鳥を落とす勢いのラザフォード伯爵家との力関係を考えれば、これでも取れるところは取れた、いい取引だったと満足している。
「それより、せっかくの良いお屋敷なんですから、しばらく骨休めさせていただきますわ」
商談を終えて肩の荷が下りたシャルロットは、すっかり休憩モードに入っている。
取引で手に入れた食料品もすぐ送ってもらえるし、これで来年までの生活は安泰だ。
「シャルロットは勝手に休んどいて」
「お風呂は、薔薇の湯ですってよ」
「勝手に休んでて!」
フレアは、リリイ伯爵夫人がヨサクに変なことをしないか、監視しなければならない。
そのためには、隠れて見ていることが大事だった。
きっと、ヨサクと二人っきりになったら、隠していた本性を表すに違いない。
そのために、シャルロットとフレアは一度退出してみせる必要があったのだ。
ヨサクとリリイ伯爵夫人は、応接間でお茶を飲んでいる。
その会話を、まるで忍者のように天井で張り付きながら聞いているフレア。
「実は、ヨサク様に折り入ってお願いがあるのです」
「なんでしょう」
天井で盗み聞きしているフレアは、来た! と思った。
良い取引と思わせておいて、こちらが安心したところでなにか無茶苦茶な無理難題を押し付けるに決まっている。
「実は、これのことなんです」
そう言って、リリイ伯爵夫人が差し出して見せたのは交易品としてヨサクが持ってきた炭だ。
「炭がなにか」
「ヨサク様が作る炭は品質が良いと、王都でも大変評判です」
「それは、恐縮です。ただの炭なんですけどね」
「小さい火鉢でも使いやすいように切ってありますでしょう。こういう使い手のことを考えた丁寧な仕事は、ヨサク様のお人柄があらわれたようですわ」
仕事を褒められると男は嬉しいものだ。
ヨサクも、そこは注意して作っているところなのでわかってもらえるのは素直に嬉しい。
「当領地でも、木材や炭は作っております。しかしそれが……」
モンスターの襲来の影響で、生産量が落ちているのだという。
このままでは、王都に出荷する商品が足りずに、王都の民が寒さに震えることになるかもしれない。
「それは、大変ですね」
「私たちの方でも、少しでも生産量を戻すように頑張ってはみますが、王都に卸す品が足りないとなると、このままでは私も立場がなくなります」
「うーん、困ったな」
助けてあげたいのは山々なのだが、ちょうど大きな炭焼小屋が破壊されてしまったところなのだ。
また、今から切った木を使って炭を作るにしても、切ったばかりの木は水分を多く含んでいる。
乾燥させないと、質のいい薪や炭にするのは難しい。
ヨサクが頑張ればできるという問題ではないのだ。
リリイ伯爵夫人は、ヨサクの横に座りなおして手を握っていう。
「私が困ったときは、ヨサク様がいつも助けてくださいました。どうか、哀れな女とお思いになって」
ヨサクにすり寄りすぎて、リリイ伯爵夫人は抱きしめんばかりだ。
さすがに、ヨサクが押し返そうとしたその時。
バンッ、と机の上に落ちてきたフレアが言う。
「そこまでよ女狐!」
ヨサクはびっくりだ。
「フレア、どうしたんだ」
「先生騙されちゃダメ。この女狐は、先生を利用するつもりだから」
スッと、リリイ伯爵夫人の美しい瞳が細まる。
「利用ですか……」
「そうじゃない! どうせ、炭の販売で暴利を貪ってるんでしょう」
リリイ伯爵夫人は、微笑んで言う。
「当たり、ですわね。確かに、これはラザフォード伯爵家の利益のため」
「でしょう!」
「でも、ヨサク様は助けてくださいますよね」
そう言って、ヨサクの頭を抱きしめておっぱいを押しあてる。
「ちょ、ちょっと待ってください。リリイ様……」
「あら、リリイって読んでくださいって前から言ってるじゃありませんか、私とあなたの仲ではありませんか」
「やめろぉ!!」
二人の間に突撃して、フレアは引き剥がす。
「勇者フレア様、私の話に嘘はありません」
「どういうことだよ!」
「ですから、ラザフォード伯爵家の利益のために言ってることでも、ヨサク様はしてくださるということです」
リリイ伯爵夫人は、微笑んで言う。
「まあ待ってくれフレア、リリイ様の言うことは嘘はない。炭がなきゃ、みんなが困るというのは本当なのだろう」
冬に炭がなきゃ人が凍えるのは当然だ。
だから、自分の出来る限りはやってみようとヨサクは言うのだ。
「先生は、お人好しがすぎる!」
結局、フレアが見守っていてもリリイ伯爵夫人の思い通りになってしまって歯噛みする。
「まあ、情けは人の為ならずだよ」
そう言ってヨサクはフレアをなだめると、明日から忙しくなるから休むと与えられた部屋へと戻っていった。
まんまとリリイ伯爵夫人の思い通りになってしまったと怒っているフレアはずんずんと廊下を進んでいる。
それを見て、シャルロットは風呂に誘う。
「その顔を見れば、リリイ伯爵夫人にしてやられたんですわね」
「うるさい」
「わたくしたちのような小童が勝てる相手ではありませんわ。それより、お風呂最高でしたわよ」
風呂の気持ちよさは、最近はフレアもわかるようになってきた。
どうも、オルドス村に来てからというもの、フレアは人間らしさを取り戻しつつある。
「いや、なんか嫌な予感がする」
しかし、勇者としての感覚が鈍ったわけではなく。
まだ、なにかあるとフレアはヨサクの部屋まで行ってみる。
すると、ヨサクの部屋の前にリリイ伯爵夫人がやってきたところに出くわした。
「なんなの! もう先生に用は済んだんじゃないの?」
「あら、そんな事言いましたっけ?」
「なんで、先生はもうあんたの思い通りに動いてくれるじゃない、これ以上なにが……」
リリイ伯爵夫人は笑っていう。
「あら、お可愛いこと。私が、気もないのにヨサク様に言うことを聞かせるために誘惑してると思ったんですか」
「違うの?」
美貌の伯爵夫人と、田舎者の冒険者ヨサクとではあまりに釣り合わなすぎる。
だから、その気はないものとフレアは考えていた。
だって、伯爵夫人はすでに貴族の夫がいるわけだし……。
だが、その時リリイ伯爵夫人が見せた顔は、フレアの想像を超えていた。
「だって、ヨサク様はいつも困ったときに何の報いもなく、ひたむきに私を助けてくださろうとしてくれます。そんな、可愛い男性……」
放っておけるわけがないではないかと言うのだ。
どんな恐ろしい魔物と戦ったときも感じなかった怖気を、フレアは感じて震え上がる。
「あなた、結婚してるんでしょ」
「ヨサク様も私も、お互いに大人ですから」
こんな汚らわしい女を、先生に近づけてはいけない。
取って食われてしまう。
「先生に近づかないで!」
「もし王都に入用なだけの炭が届けられなければ、私は無能として領主代行の任を解かれるかもしれません」
「何がいいたい」
「夫に捨てられるかもしれませんわ。そうしたら、寄る辺のない私をきっとヨサク様は助けてくださるでしょうね」
おぞましいことを言い始めた。
フレアは、足の先から頭の天辺までブルブル震え上がって叫ぶ。
「わかった! 炭は私がなんとかするから、絶対に先生に近づかないで!」
「お気持ち大変ありがたいですわ、勇者フレア様」
リリイ伯爵夫人は、フレアにまで握手してこようとする。
「わかったから、触らないで!」
こうして、まんまとフレアまで乗せられてしまう。
大人しく来た道を帰りながら、リリイ伯爵夫人はつぶやく。
「本当に、可愛いですわね。勇者フレアも、ヨサク様も……」
そう微笑むリリイ伯爵夫人の横を通り過ぎて、シャルロットは頭を下げながら言う。
「だから、最初から勝てる相手ではないと言ってますのに。見事な手腕ですわ、メモメモっと……」
シャルロットが、貴族令嬢として伯爵夫人に学ぶことはとても多そうだった。
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