第17話「ドワーフの鍛冶屋」

 早く炭を作りに行かねばと焦るフレアを止めて、ヨサクが言う。


「せっかく街に来たんだから、道具を新調していこうよ」


 このあたりで日用品を買うなら、ヒルダの街の商店街が一番だ。


「お洋服ですわぁああ!」


 ほら、シャルロットもそう言ってるとヨサクはいう。


「なんだったら、そのコートも新しいのを買うと良いかもね」

「やだ、これが良い」


 フレアは、着古した粗末な毛皮の外套コートにこだわっているようだった。


「ものを大事にするのは良いことだね。じゃあ、ちょっとサイズに合ってないからしつらえを直してもらおう」


 それなら良いだろうと、ヨサクは言う。


「うん」


 顔なじみの店主に、フレアの背丈に合わせて直しを依頼する。

 ヨサクも自分用の外套コートを見繕うことにした。


「これから寒くなるからね、毛糸の手袋や靴下もあるといい」


 去っていった村人が残していた衣服があるので、今のところあまり困っていないのだが、これからリリイ伯爵夫人が村人の帰還を支援してくれるという。

 それを考えると衣服はたくさんあったほうがいい。


 毛皮は獣を猟ったりすれば現地調達できるが、軽く縫い直したりするのに糸や布もたくさん買っておいたほうがいいのだろう。

 それを考えて洋服店に着ていると思ったのだが……。


「王都のブランドの最新流行のお洋服ですわぁあああ!」


 思わぬ金が入って、シャルロットは欲望が暴走している様子だった。


「ほら、これなんかどうかな」


 暖かそうな毛糸の手袋をヨサクは選んでやる。

 ちょうど赤だから、フレアに似合いそうだ。


「これいい」

「他にも色々あるけどね」


「先生が選んでくれたのがいい」

「そっか」


 似たような色やデザインのものを複数買っておくことにする。

 ここらへんはおっさんの知恵で、靴下や手袋が片方破けたりしてもデザインが揃えてあると助かるのだ。


「ほら、この帽子なんか神獣のシンに似合うかもよ」

「アハハッほんとだ」


 赤い帽子を神獣シンがかぶってるのを想像したのだろう。

 笑い出すフレア。


 こうしてれば、年相応の子供と変わらない。

 お金に余裕ができたので、村の年寄や子供たちにもお土産を買ってやりたい。


 ヨサクたちはあれやこれやと買い物して、全部マジックバックに放り込んだのだが、シャルロットの買い物の方はそれでも終わる気配がなかった。


「シャルロット、俺たちは他の店にも寄るけど」

「もうちょっと、もうちょっと待ってくださいませ。ああ、どれもこれも素敵でどうしたらいいんですのぉ!」


 ありゃ、ダメだな。

 ちょっとではすまないパターンだ。


 シャルロットは、店中の洋服を並べて有頂天になっている。


「あいつは、ほっとこう」


 まあそうしたほうが、時間の節約にはなるだろう。

 ヨサクは、他にどうしても寄りたい店があったのだ。


 洋菓子屋である。

 りんごやいちじく、ぶどうや洋梨など、季節の果物をふんだんに載せたタルトが売っている。


 店先に並ぶタルトは、まるで宝石のように輝いている。


「美味しそう」

「子供たちにもっていってやりたいと思ってな。山には甘いものなどろくにないから」


 山に入ってたまにベリーなどが取れたりもするが、小麦粉や卵、砂糖などを使う街のお菓子とは雲泥の差であろう。

 フレアのマジックバックがあれば、型崩れせずに持って帰ることができるだろう。


「食べても良い?」

「もちろん、味見は必要だろう」


 しっかりと自分たちも買い食いしつつ、ついでだから案内してやろうとフレアを連れて街を練り歩く。

 ヨサクが十五年以上も住んでいた街だ。


 町の住人たちも、ヨサクを知っているものが多く、ところどころで声をかけられる。


「先生は大人気だね」

「ああまあ、長く住んでたからね」


 そうして、街の端っこまできた。

 ここにはドワーフの鍛冶屋、ミゼット爺さんの店がある。


 他にも鍛冶屋はあるが、もののわかった冒険者はみんなこの店にくる。


「おう、ヨサクか。久しぶりだな」


 ミゼット爺さんは、人間より短い手足のドワーフ族である。

 白い髭なので、みんなが爺さんと呼んでいるが、実はそこまで老齢でもないらしい。


「フレア、その斧もヘタってきてるだろう」


 だから、修理する必要があると思ってきたのだ。


「ううん。この斧、ぜんぜん切れ味は鈍ってない。先生の斧は凄い」

「俺が凄いんじゃなくて、ミゼット爺さんがすごいんだよ」


 鉄の斧を見て、ミゼット爺さんが驚いた顔をする。


「こいつはまあ、派手にやったもんだな」

「手入れが悪くてすまないね」


 ミゼット爺さんが笑う。


「ホントだぜ。ヨサク、お前が手入れのいらない斧なんて無茶苦茶な注文をするからよぉ」


 そう言って、ガハハと笑う。


「無理言ってすまなかった」


 手入れの入らない道具などあるわけがない。


「そっちが勇者フレアか。この斧で紅王竜を切ったと聞いたが、鍛冶屋としては嬉しいぜ」


 ミゼット爺さんの話では、この鉄の斧は、鉄は鉄でも隕鉄だという。


「なるほど、それで丈夫なのか」

「ああ、やたら硬すぎて加工が難しいんだ。かろうじて、斧の形にはなんとかなったからお前にくれてやったのよ」


 そんな貴重なものだったのかと、ヨサクは驚く。


「貴重だが、どうせ売り物になるようなものじゃねえから気にすんな。そこの下水道がぶっ壊れたときには難渋したが、ヨサクにはそんときの借りがあるからよ」


 ヨサクが冒険者時代に解決した事件によって、ミゼット爺さんも助けられているのだ。

 だから、無理な注文も聞いてやってる。


「すまないな。この斧はなんとかなるか」

「ああ、斧はなんともねえが、の方は交換だな。俺が知ってる限りで一番硬い樫の木を握りつぶすなんて、どんな握力なんだ」


 硬い斧に見合うような、鉄より硬い木材があればいいのにと、ミゼット爺さんは言う。


「それは、森にいるから探して見るよ」

「樫より硬い木なんてそうそうあるもんじゃねえけど、ヨサクならなんとかしちまうかもな」


 元冒険者といってもDランクで、本人はそんなに強くもないのだが。

 なんともならないことを安請け合いしてどうにかこうにか、なんとかしてしまうのがヨサクである。


「あと、その外套コートもおいてけ」

「え、でも……」


 防具ならともかく、外套コートの直しなんてしてないはずだ。


「紅王竜の鱗なんて面白えものが領主のお屋敷から届いてよ。前からやってみたいと思ってたことがあるんだ」


 なんと、ヨサクたちが防寒着として着ている外套コートに紅王竜の鱗を縫い付けて防具にするというのだ。

 鱗が軽いからできる芸当である。


 ドワーフとしても変わり者であるミゼット爺さんは、他のドワーフのように鍛冶仕事だけではなく、木の加工や服の加工など幅広い発想を持って仕事している。


「それは便利だなあ」


 防寒具がそのまま防具になるなんて、なかなか考えつくことではない。


「なあに、これもヨサクが連れてきてくれた嬢ちゃんのおかげだろ。ちょっとばかし待ってろ、まずお前らから最高の防具を仕上げてやるからな」


 そう言って、ミゼット爺さんは愉快そうに仕事に取り掛かるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る