第33話「神獣の炎」

 モンスターの軍団に挟まれ、オルドス村は絶体絶命の危機となった。

 どれほど強いモンスターが現れても対処できる勇者パーティーだが、単体での強者である。


 対処できる数には限界があるのだ。


「だからオレが、王国を頼ろうと言ったんだ」


 一旦魔女リタのもとに戻ってきたギュンターは、皮肉に笑って言う。


「今そんな事言ってる場合やないやろ」

「そんて、次はどうする?」


 聖女クラリスが言う。


「後ろは私が防壁を張ってみます。天神オーガスター様! 敬虔なる信徒をお守りください! 聖光絶壁ホーリーライト・ディフェンス


 後ろからのモンスター軍団の接近を、止めてくれる。


「よっしゃ、これで前だけ集中すればええ! 万物の根源たるマナよ、我が願いに応えて敵を爆滅せよ! 上級獄火炎グレート・エクスプロージョン!」


 前から迫りくるゴブリンやオークの軍団に、爆炎をぶつけていく魔女リタ。


「ほら! フレア! ギュンターいけ!」


「はい!」


 こんどは勇者フレアが突っ込んで、ハイゴブリンの首を落とした。


「へいへい……」


 ギュンターは、一回後ろを振り返ってぎょっとする。

 神剣を装備しているあのヨサクが何をやっているのか、一瞬気になったのだ。


 ヨサクは、この状況で神獣シンの頭を撫でて、マジックバックから炭をたくさんだして食べさせていた。

 なんなんだありゃと一瞬止まったが。


「チッ、遊びやがって」


 この状況で相手をしている暇はない。

 双剣を構えるギュンターは、目の前の敵を叩きに行く。


上級獄火炎グレート・エクスプロージョン! 一体どんだけの数がいるんや!」


 次から次へと。

 まるで世界中のゴブリンとオークが軍隊となって出てきたようだった。


「申し訳、ありません、私も、限界……」


 村の後ろを守る聖女クラリスの聖光絶壁ホーリーライト・ディフェンスも永久には持たない。

 あまりの数の軍団の突進により、聖なる光の防壁は段々とひび割れて崩れ始めていた。


 そこで、なにやら神獣シンと話し込んでいたヨサクは言った。


「頼めるかシン」

「わおん!」


 神獣シンが、防壁の前に出ていく。


「あ、危ないですよ」


 そう聖女クラリスが声をかけたその時。


 ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。


 神獣シンが吐き出した炎が、村の後方から迫ったゴブリンとオークの軍団を焼き尽くしていく。

 それは神の炎、一面の赤。


 軍団を指揮していたハイゴブリンやハイオークたちも、声もなくボロっとその身が崩れて焼き尽くされていく。

 ギュンターが驚いて村に逃げ戻ってきた。


「一体何がおこってやがる!」


 村を囲う一面の炎が、ギュンターやフレアたちが戦っていた側にも、モンスターを焼き尽くす炎が広がっていく。


「優しい炎だ。シンが、先生がやってくれたんだよ」


 フレアがそういうのも不思議はない。

 この炎は、モンスターだけを焼き尽くして、村や森や炭焼き場を一切損なっていない。


 そこに、神獣シンを連れたヨサクがやってきた。


「炭をたくさん食べたらいけるっていうから、フレアたちが無事で良かったよ」

「先生! シン!」


 フレアが、ヨサクの首根っこに抱きついていく。

 それを抱きとめて、ヨサクはよくやってくれたとフレアと神獣シンの頭を撫でてやるのだった。


「ヨサクが、これをやったというのか」


 ギュンターは信じられんとつぶやき、いまいましそうに足元に転がっていた炭のかけらを蹴飛ばした。

 魔女リタや聖女クラリスたちは、戦闘のあとに敵がほんとに殲滅されているかと確認する。


 かなり知能の高い敵だったので、残存がどこかに残っている危険性も考える。

 年長の冒険者というのはそれで失敗した経験を持っているため、みんながホッと一息付きそうなときこそ、一番警戒しているものだ。


 それも終わると、ようやく安心してその場に座り込んだ。


「なんとかなってよかったわ」


 戦っている最中、村を見捨てる選択も頭によぎった。

 考えるだけで嫌になるが……。


 勇者パーティーでは年長者であり知恵袋役の魔女リタは、そういう非常な判断をしなければならないときもある。

 強者であるからこそ、背負っているものがあるのだ。


「ヨサク様、ありがとうございます」


 聖女クラリスにお礼を言われて、とんでもないとヨサクは言う。


「みなさまの方こそ、村を救っていただいてありがとうございます」


 建物に隠れていた村の年寄りや子供たちも、おっかなびっくりと外に出てきてお互いの無事を喜びあっている。


「いえ、謝らなければならないのはこちらです。おそらく、敵はこれを目当てに来たのですわ」


 聖女クラリスは、自分が所持している邪神のかけらを見せる。


「あ、そういやマジックバックにそういうのが入っていたな」

「それは、紅王竜の邪神のかけらですね。全ての邪神の化身を倒して、それらを今一度封印し直さねばならないのです」


 それを目当てにして、発生した敵も攻めてきたのだろうという。


「フレア、このかけらクラリスさんに渡しておくぞ」


 フレアもいいとうなずくので、渡しておくことにした。

 大変危険なものらしい。


 封印役の聖女が持っているのが一番よいだろう。

 それをしっかりと預かると、聖女クラリスは深々とお辞儀して言う。


「フレア、そしてヨサクさん。あらためて、フィアナ様をお助けいただきありがとうございました」


 ヨサクは手を振って言う。


「いや、フィアナのばあさまは、この村にも大事な人ですから」

「そうですね。あなた方にとっても……フィアナ様は、私にとっては親代わりなんです」


 それで、再開した時にあんなに喜びあっていたのか。

 なるほどなあとヨサクは思う。


 幸いなことに、復興途中だったハリヤ村やルーラル村の村人たちも無事であることがわかった。

 とりあえずみんな、オルドス村により集まり、助けてくれた勇者パーティーをもてなして、ささやかな宴を催すこととなった。

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