第32話「軛を解く」
ようやく落ち着いたヨサクは、フレアに声をかける。
「大丈夫か、フレア」
改めて、フレアに声をかけると声を震わせて言った。
「ごめんなさい」
「なんで謝る……」
「ボクが、上手く動けなかった。もっと上手くやれてたら先生を危険にさらさずにすんだ」
こんなときですら俺の心配か。
いや、それだけじゃない。
ヨサクにも、ようやくフレアの背負っているものの重さが理解できてきた。
勇者の重圧は、本当に重いのだ。
モンスターの襲来に、ヨサクは恐れおののいている。
でも、フレアはもっと怖いのだ。
なまじ力があるために、勇者であるがゆえに。
戦いで出た犠牲は、全て勇者フレアのせいになる。
そうやって攻められ続けてきたから、謝るのだ。
「フレア、それ制約の首輪というんだったな」
フレアの喉には、猛犬にでも付けるような無骨で大きな首輪がついている。
「うん」
「もうそんなもの外してしまえば……。いや、俺が外す」
なぜフレアはあれほど怖がりながら、嫌がりながらこの
それは制約を脱すれば、全てが自分の責任となってしまうから。
なんで、勇者であるのに神剣をヨサクに預けてわざわざ斧なんて持っているのか。
重い責任を少しでも、誰かに一緒に背負ってほしかったからだ。
なら、俺がやってやろうとヨサクは思った。
「ヨサク、先生……」
「硬いなこれ」
でも外せないことはない。
試行錯誤して、ようやくガチャリと音を立てて硬い首輪が外れた。
首輪を外した首筋が、擦れてしまっていた。
「少し擦れてるな。薬を塗ってやろう」
フレアから預かっているマジックバックに、フィアナのばあさまが作ってくれた薬が入っていた。
おそらく勇者にとってはこんな傷は傷農地にも入らないんだろうけど、薬を塗ってやる。
「冷たい」
そう言ってフレアは笑う。
「さて、行くぞフレア。みんなを助けに行こう」
「うん」
本来なら勇者であるフレアに神剣を返すべきなのかもしれないが、それでもヨサクは返そうとしなかった。
「お前もそれでいいよな」
腰に差している神剣は、小さく「わおん!」と鳴く。
村の外に出てみると、オークが数百に、ゴブリンが数百というとんでもない数に村が囲まれていた。
「あらかた退治したはずなのに、どこから出てきたんだ」
「とんでもない数だな、これは厄介だ」
そんなフレアやヨサクたちの声に、魔女リタが言う。
「いや、問題は数だけやないで」
「どういうことだ?」
ギュンターが言う。
「オマエラ、おかしいと思わねえのか」
そう言われて見れば、オークやゴブリンの群れは、整列したままで動かない。
本来なら、無秩序に村になだれ込んできてもいいはずだ。
それなのに、軍隊のように整然と並んでいた。
魔女リタが言う。
「まずい。ほら、あの後ろのほう、やはりハイオークとハイゴブリンがいるんや」
ハイオーク、ハイゴブリンは、
見た目は少し図体が大きく色が濃い程度のことだが、戦術を理解し高度な知性を持っている。
しかも、群れにいた場合、周りのオークやゴブリンたちを従える将軍的な役割を果たす。
あいつらが一匹いるだけで、ただの群れが軍隊へと変わる。
粗末ではあるが、それぞれ数百のオークやゴブリンが槍兵と弓兵に分かれて。
「ギョェエエエエ!」
ハイゴブリンの奇妙な叫びとともに、こちらに攻撃を仕掛けてきた。
ギュンターが叫ぶ。
「リタ! 大魔法を頼む! オレはハイゴブリンどもを狙う」
「任せろや! 万物の根源たるマナよ、我が願いに応えて敵を爆滅せよ!
ゴブリンの陣の前で、爆裂が起きる。
所詮は、下級モンスターだ。
爆裂に弾き飛ばされるだけでなく、動揺が広がってもろくも陣形が崩れる。
こうなればもはや、統制を失った群れと変わらない。
「おい、オマエラ! 王国随一の剣技を見るが良い! オレこそが勇者の
ギュンターはなんと、右手に死毒剣を抜剣するだけでなく、左手に紅王竜の牙の剣を持った。
そうして、ゴブリンの陣形の中に切り込んでいく。
「ギョェエエエエ!!」
ハイゴブリンの指示で、同士討ちになるにもかかわらず、弓隊の矢がギュンターに降り注ぐ。
だが、翠王亀の甲羅で作られた鎧を身に着けているギュンターに矢など当たらない。
そうでなくとも、双剣が振るわれるたびに、矢など剣圧で弾き飛ばされてしまう。
あっという間にハイゴブリンの首を落とした。
「
続けて、また魔女リタによる大魔法がオークの陣形に炸裂してそちらも崩れた。
「今度は、ボクが行くよ!」
鉄の斧をブンブン振り回す勇者フレアは、一撃でもって中数匹を弾き飛ばしながら後ろで指揮を飛ばしていたハイオークの首を飛ばす。
瞬く間に、モンスターによる軍団が二つ打ち破られた。
あとは残敵掃討すれば終わりと思ったその時だった。
「まだくるんかいな」
森から、さらにハイゴブリンと、ハイオークに指揮された軍団が現れる。
敵には予備兵力がいたのだ。
崩壊させたと思った陣を吸収して、前面の敵の兵力が更に増していく。
「リタ、後ろからもきます!」
後ろを警戒していた聖女クラリスが叫ぶ。
一体敵はどれほどの数がいるというのか、後ろからもさらにハイゴブリンとハイオークに指揮された軍団が現れる。
「あかん! 囲まれたか!」
村の建物には、守るべき老人や子供がいるなかで、守りながら戦うことができるのか。
一体どこから叩くべきか、大魔法を使うことで自ずと司令塔となった魔女リタは焦り始めていた。
高度に組織化され、陽動作戦まで仕掛けてくるモンスター軍団。
高い知能を持った敵の恐ろしさを、全員が痛感するのだった。
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