第31話「最後の戦いが始まる」

 フィアナのばあさまは、言う。


「お告げか……たとえば、そこの北上山脈ハイノース・マウンテンこそが、邪神の魂が眠る土地であるとの伝承もある」

「そうなんですか!」


 これまで戦ってきて、初めて聞いた。

 邪神が封じ込められているというのであれば、どこかにその土地があるはずだとは思っていたが、これまで邪神の化身である魔王は所構わず出てきたのだ。


 それで、最重要拠点である王都を中心に守りを固めていたのだ。

 すぐに思考を巡らせて魔女リタは言う。


「そうか、フレアとの戦いで傷ついた紅王竜がここまで飛んできたのは」

「察しの通りじゃろうな」


 この地が力の源であるから、自然と引き寄せられてきたのか。

 聖女クラリスは言う。


「フィアナ様は、それをわかってここにおいでだったのですか」


 自分を治療できるのは万病に効くドラゴンエリクサーのみ。

 そして、その薬を作れるのは、医薬の聖女と呼ばれたフィアナのみであろう。


 傷ついた紅王竜がここに飛来するということまで、わかっていたのだというのならまさに天神オーガスターの導き。

 しかし、フィアナのばあさまは笑っていう。


「いや、それは全くの偶然。死ぬなら温泉にでも浸かって死にたいと思っただけじゃ」


 そううそぶきながら、フィアナに全くの予感がなかったわけではなかった。

 厳しい北の土地に来たのは、せめて死の間際までも、救われぬ民を一人でも多く救おうと思ったがゆえ。


 そこで荒廃した村を立て直そうと奔走するヨサクという男に出会った。

 死ぬまでそれを助けてやろうかと思ったのは、まったくの偶然。


 そして、その土地に紅王竜と勇者フレアが飛来して、フィアナのほうが命を助けられることとなったのも偶然。

 そんな偶然が重なった時、人はそれを奇跡と呼ぶ。


「奇跡のヨサクか」

「なんですか?」


「いや、なんでもない。神ならぬあたしらにわかることは少ない。あとは、この場所こそが最後の決戦の地となるだろうということじゃ」

「最後の魔王がここに現れると?」


 おそらくと、フィアナはうなずく。

 紫王蛇、翠王亀、蒼王鮫、そして紅王竜と、これまで四体の魔王。邪神の化身を倒してきた。


 これは魔女リタも知っていること。

 五体の魔王を倒して、邪神の欠片を集めて封印すれば復活を阻止することができる。


 そのために、これまで勇者パーティーは戦ってきたのだ。


「最後の魔王が出るんなら、すぐにでも王都に帰らないとな」


 少し頭が冷えたらしいギュンターは言う。


「なんでや」

「おそらくこれまでとは次元が違うんだろ、最後の魔王ってヤツは。敵の本拠地で戦うなんてありえないだろ」


 道理で考えれば、ギュンターの言う通りではある。

 もちろん主戦力は我々だが、勇者パーティーだけで戦ってきたわけではない。


 王国の財力や兵力のバックアップがあって、戦いを有利に進めてきた。

 でも……。


「ギュンターらしくないやないか」

「なんだと」


 魔王の襲来の前には、必ずと言っていいほどモンスターの大増殖が起こる。


「ここで引いたら、オールデン王国の北方ノースサイドに壊滅的な打撃を受けるやろ。現地のラザフォード伯爵領と協力して、防衛戦をしたほうがええやん」


 それでもダメなら、防衛戦を引き下げるという方法もないではない。


「ハッ、こんなクソ田舎どうだっていいだろ」


 どういうことだ。

 ここは、王都にとっても木材や燃料供給の一大拠点。


 簡単に切り捨てていいような土地ではない。

 そうでなくとも、ギュンターは誇り高い王国貴族だ。


 王国へのポイント稼ぎに、王都の防衛を優先するようなことは多かったが、それでも民を見捨てるような言葉は吐かなかったはず。


「ギュンター、お前ほんとにどうしたんや」

「オレらしくないってか、確実に勝てる方法を言ったまでのつもりだが……」


 合理的には聞こえるが、どうも違和感がある。


「ギュンター」

「わかったよ。ここで、防戦を張ってみよう」


「それでええんやったら、ええけど……」


 それよりも、大事なことがある。


「ババア! 勇者の先導者マスターの権限はもう機能してないってことか」

「そういうことじゃ。ギュンター・ヴォルクガング。これまでの任は感謝するが、これからはヨサクが勇者の先生マスターじゃ。おぬしとて、なにか変化を感じ取るところがあったのではないか」


 フィアナのばあさまは、ギュンターを挑発するような事を言う。


「オレは、それを認めてない。だがいい、これからの戦いでどちらが先導者マスターにふさわしいか、見せてやる」


 プライドの高いギュンターは、その挑発に乗って答えた。

 それはギュンターらしい。


「勇者フレアも、ヨサクも聞け。この戦いのなかで、お前たちは真の力に目覚めることとなるだろう」


 フィアナのばあさまは、歌うように言う。

 聖女クラリスが言う。


「そのような伝承があるのです。最後の魔王は、この地で戦ってこそ倒せるであろうと」


 この場所には、やはり何かあるということか。

 魔女リタは納得してうなずく。


「なら、そういうことでええんやな」


 真の力の意味はよくわからないが、モンスターの襲来を前に、人間同士で内輪もめをやられてはたまったものではない。

 魔女リタは、ともかく話がまとまったことにホッとした。


「大変だよ! モンスターが村の外にいっぱいいる!」


 村人たちが、村の広場に逃げてきた。

 やれやれ、言ってる間に襲来が始まったらしい。


「クラリス。死毒剣を返してやってくれ」


 競い合うのであれば、モンスター退治で。

 これからの戦いで、そうしてくれるなら都合がいい。


 あと、あのヨサクという男の真の実力も、戦いの中で見定めねばならないだろうと魔女リタは覚悟を決めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る