第34話「たまには酒だって飲みたい」

 戦ってくれた勇者パーティーに身も心も癒やしてもらいたいということで、ゆっくり温泉に浸かってもらったりしつつ、歓迎の宴を開くことになった。


「獣の肉と、ちょっと残ってたドラゴン肉全部出してしまうか」

「だね」


 ヨサクたちは、料理に余念がない。

 焼肉の焼ける良い匂いがしてくる。


 フレアも、肉くらいは焼けるようになった。

 すごい進歩である。


 この力加減こそが、フレアの剣技に新しい境地を開かせている。

 だが、それは気がついているものは少ない。


 フィアナのばあさまは、そんなヨサクを見かけて声をかけた。


「これヨサク。お前も、たまにはゆっくりせんか」


 フィアナのばあさまは、久しぶりに娘のような存在である聖女クラリスと風呂に行ってきたところだ。


「でも、お客さんが多いからなあ」


 村の年寄りロージン、オバンナの老夫妻が言う。


「料理くらいは、ワシらもできるさ」

「そうですよ。若い人たちも帰ってきたんですから」


 他の村からもオルドス村に避難してきて、村は久しぶりに賑やかな雰囲気だ。

 村の子供達から、話をせがまれる。


「ヨサク! 勇者より活躍したってほんと」

「ああ、俺はほとんどなにもやってないんだけど……」


 神獣シンの活躍をどう伝えたらいいものか、口下手なヨサクは困ってしまう。

 そこにフレアが現れて言う。


「先生は何千何万というモンスターを全滅させてしまったのだ! このボクが見た!」

「すごーい!」


 ま、説明も面倒だし、そういうことでいいかとヨサクは思う。


「ヨサク! 村の英雄じゃないか。ほら、秘蔵の酒を持ってきたんだ」


 ハリヤ村のエドモンは、調子良くヨサクに酒を差し出す。

 木の実を発酵させてつくった、このあたりの素朴な地酒である。


「じゃ、一杯だけ」

「一杯と言わず、何杯でも。あんなことがあったあとだから、生きてるうちに飲まなきゃ損だな」


 口当たりがよくほのかに木の実の風味があって美味い。

 久しぶりの酒は、胸がかっと熱くなる。


 近頃は色々ありすぎて飲む機会がなかったが、ヨサクだって酒は嫌いではない。


「かー、美味いの!」

「ばあさま、そんなに飲んで大丈夫か」

 

 フィアナのばあさまが、エドモンが持ってきた酒をグイグイやっている。


「酒が美味いのも生きてこそじゃ。ほれ、クラリスも飲まんか。もう飲んでええ歳じゃろ」


 いや、歳はいいけど聖女って酒飲んでいいものなのか。

 ヨサクがそんな疑問をもったのだが、聞くまもなくクラリスも進められるままにグイっと飲んでしまう。


「ふは」

「クラリスさん、真っ赤ですよ」


 どうやら、酒に弱い体質らしい。

 ばあさま弱い人に飲ませちゃダメだよと思いながら、介抱に回る。


 こういうとき、ヨサクはなんだかんだ面倒を見てしまって、ゆっくり飲めない。


「ヨサクさま、フィアナさまをたすけていただき」

「もうそれ聞きましたから、少し休んだほうが良いですよ」


 こりゃダメだと思って、来客用のベッドに連れていくことにした。

 風呂上がりで酒に酔っ払ってしまった聖女クラリスはやけに色っぽい。


「あー! 先生デレデレしてる」

「してないから。フレアも手伝ってくれよ」


 フレアが手伝ってくれるので、変な雰囲気ならないですんだ。

 持つべきものは弟子なのかもしれない。


「フレアは酔っ払わないでくれよ」

「ボクは、常に警戒してるからね」


 そうか。

 勇者であるフレアは、こういうみんなが休んでいるときも気を張っているのか。


「ま、あんまり気を張りすぎないようにな。飯食ってゆっくり風呂にでもいってこい」

「はい」


 ヨサクは、重い荷を背負っているフレアの肩を軽く叩いた。


「英雄、ちょっとこっちきて一緒に飲もうや」


 ふざけた調子で声をかけてきたのは、魔女リタだった。

 魔女リタとギュンターも、ちゃっかり酒にありついて肉をつまみに飲んでるらしい。


「英雄?」

「ヨサクのおっさんは勇者パーティーやないからな。しかし、あの活躍はそう呼ぶしかないやろ」


「いや、俺は何もやってないから。神獣シンがやったことだからね」


 ヨサクがやったことといえば、神獣シンに自分のイメージを伝えて炭をたくさん食わせただけのこと。


「そこや!」


 ぐっと身を乗り出して、見つめてくる。


「なに……」

「ただの木こりが神獣を扱える。そんな伝承、どこにもあらへんからな。勇者の先生マスターやから使えるとか言っても、ここに五年も先導者マスターやってて、神剣に触れられんかった男がいる」


 仲間である気安さか、魔女リタはギュンターが一番気にしている事を言う。


「うるせえ!」

「ヨサクさん、こいつはなあ、神剣の勇者になるのが夢やったんやで」


「リタ、それ以上言ったら殺すからな」


 なにやらギュンターにも、いろいろと事情があったらしい。

 そこはヨサクも気になっていたところだ。


 じっくり飲みながら聞こうと、腰を落ち着ける。


「なんだよおっさん、オレを笑いに来たのか」


 ギュンターは、ギロッと睨んで言う。

 剣士としての圧、実力差は歴然なので、ちょっと引くが耐えられないほどではない。


 もともと、そういうのにヨサクは鈍い。

 そういう鈍感さは、もしかすると大人の特権なのかもしれない。


「とんでもない、俺は難しいことはよくわからんけど、一緒に酒でも飲もうと思っただけだ」

「ふん」


 ギュンターは、そっぽを向いてしまう。

 ヨサクは、魔女リタのやけに詳しい説明を聞いて、なるほどと納得する。


「そうなんだ。ギュンターくんは、親が王国の偉い人だからプレッシャーがかかってるんだな」

「お前にはわかんねえよ!」


 ヨサクにも、規模は違えど村をなんとかしなきゃという思いがあるのでなんとなくわかる。

 ぽつりぽつりともらすギュンターの不服そうな言葉に、ヨサクはそんな感じを受けた。


 ギュンターはまだ若いし、その思いが空回りしているだけなのではないか。


「俺には、わからんかもしれん」

「そうだよ、テメェみたいな誰からも期待されてないやつに、わかるわけがない」


 安易にわかるなどという言葉は言えない。

 きっとこの年若い青年は、田舎でくすぶっていたヨサクより何倍も、何十倍も、苦労したんだろう。


 これでもヨサクだって、冒険者を長くやってきたのだ。

 その中で自分の強さの限界を知って、挫折を何度も経験している。


 王国随一の剣士になるというのが、並大抵の努力ではないこともわかる。

 フレアのこともあるが、だからこそヨサクはギュンターという男を理解したいと思ったのだ。


 魔女リタとギュンターの話を聞いて、夜遅くまで過ごすのだった。

 そして、一夜明けたオルドス村に凶報が届く。


 一晩中馬車に乗って駆けてきたのはシャルロットだった。


「ヨサク! 大変ですわぁあああ!」

「どうした、朝から」


「ヒルダの街が、モンスターに襲われてましてよ! わたくしは助けを呼びに来たんですわ!」


 どうやらモンスターの襲来は、オルドス村に限定したことではないようだ。

 脅威は、ヒルダの街にも迫っていた。

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