第三章「勇者の定め」

第25話「勇者パーティー」

 ヒルダの街がお祭り騒ぎの活況に湧く中、深夜その街を静かに抜け出す男たちがいた。


「クソッタレ! なぜこのワシが、こんなこそ泥のような真似を、それもこれもあの忌々しい勇者のせいだ」

「ダボンダ団長の縄抜け、久しぶりに見ましたぜ」


 ヒルダの街の牢獄に閉じ込められていたゴールドリバー山賊団の残党、ダボンダ団長、ボケーナ、カボッチャの三人は、団長の縄抜けで脱出していた。

 こんな時ですらおべっかを使うボケーナに、ダボンダ団長は言う。


「ワシはな、ボケーナ。こう見えて山賊としてのプライドがあるんだ、こんな惨めな真似はもうしたくなかった」


 縄抜けの技は、ダボンダ団長がまだ若くて零落していた時代に覚えた。

 今回はそれに救われたわけだが、こんな惨めな技は思い出したくもない過去の痛みを呼び覚ます。


「団長、スイマセン……」

「しかし、残酷な運命はワシらにそれを許さんようだなあ。ボケーナ、カボッチャ、ここからは修羅で行くぞぉ!」


「イエッサー!」


 先程、それぞれが見張りの兵士を殴り倒して手に入れた紅王竜の牙の剣を手に、ダボンダ団長たちは街道を進む。

 不幸中の幸い、良い武器を手に入れた。


 リスクを冒しても、これから見かけた馬車を問答無用で襲い、再起を図ろうというのだ。

 こう見えても、ダボンダ団長たちは王都で鳴らした極悪山賊ゴールドリバーの幹部。


 それぞれが高い戦闘力を持ち、行商人程度を襲うのは容易い。

 しかし、こいつらどこまでも運が悪すぎる。


 ダボンダ団長の言う通り、残酷な運命が彼らを待ち受けていた。


「勇者パーティー! なんでこんなところにぃ!」


 街道を進んだところで、野営している馬車の灯りを見つけて、「俺たちはゴールドリバー山賊団だ!」と叫びながら襲いかかったのが最悪の相手だった。


「オマエラにはよぉ、過ぎた剣だなこれ……」


 凶暴な目をギラつかせた灰色の髪の剣士が、ダボンダ団長が斬られて取り落とした紅王竜の牙の剣を拾い上げて言う。


「ひぃ、ひぃ……なんで死毒剣のギュンター・ヴォルクガングが!」


 ダボンダ団長たちは、ついてないにも程がある。

 勇者フレアの次に出会ってしまったのは、フレアを除く勇者パーティーの三人だった。


 ババ抜きでジョーカーを二枚引くレベルの、ありえぬ地獄!


「両足を斬ってやったから、動けないだろ。オレの死毒剣は、死毒の魔剣。ゆっくりじっくり、死を味わえ!」


 灰色の髪の剣士ギュンターが持つ、まるで蛇の牙のようなキザギザの刃がついた紫色の剣は、紫蛇王の強力な呪いがかかった魔剣であった。


「そ、そんな。助けて……」

「痛い、苦しい、死にたくねえよ」


 ボケーナ、カボッチャが命乞いをする。

 すでに足の傷から、死毒が回って足が紫色に変色している。


 与える死毒の量は、ギュンターが調整できる。

 あえて、長く苦しむように浅く斬ってやったのだ。


「相変わらず悪趣味なやっちゃなあ、なぶり殺しかいな」


 大きな魔術師の帽子をかぶった青髪の魔女リタ・センチネルが、呆れたように言う。

 相手は、凶悪な山賊。同情するわけではないが、このようなやり方は趣味が悪いとしか言えない。


「黙れ、リタ。これは、尋問だ」


 猛毒の激痛に苦しむダボンダ団長は、ダラダラと汗を流しながら叫んだ。


「その剣は、ヒルダの街の兵士が持っておったんだ! なんでも話すから、ワシらを助けてくれ!」


 少しずつ自分が死んでいくのがわかるのは、地獄だ。

 そのダボンダの顔を、踏みつけてギュンターは言う。


「ふうん、この剣は紅王竜の牙を使ったもの……聖女。オマエの言ったことはどうやら正しかったようだ。こんな辺境まで来たかいがあったなあ!」


 金髪碧眼の聖耀の聖女クラリス・ホーリーライトは、慈悲を乞うように聖印を握りしめて言う。


「ギュンター様、命を弄ぶのはおやめください。これ以上は……」


 最上位聖職者である聖女クラリスは、流れる星のように鮮やかな白地に青のローブを身に着けている。

 聖女ならば助けてくれるかと、山賊たちは手をのばす。


「た、助けてぇ!」

「アハハハッ! 無駄だぜぇ! この死毒は、聖女の力でも癒やすことはできん!」


 青髪の魔女、リタが言う。


「なあ、ギュンターもうなぶるのは止めや。機嫌が悪いのはわかったから、大人気ないで」


 これ以上は聖女クラリスの心の負担になると、止めに入る。


「フン、まあいいか。聞けることは聞いたし、もとよりゴミに用はない」

「グェェ!」


 ダボンダ団長は胸を貫かれて血反吐を吐いて死んだ。

 名うての盗賊であったボケーナと、カボッチャも、あっけなく首を斬り飛ばされて死んだ。


 聖女クラリスは、悲痛な面持ちで聖句を唱えながら彼らの死体を街道沿いに埋葬する。


「紅王竜の牙を使った武器がここにあったってことは、フレアのやつは紅王竜を倒したんやな」


 リタはそう言う。


「どうせ、ヒルダ街にいるんだろ。まったく、フレアは何をやってる。なぜ連絡もよこさん」


 丁寧に埋葬を終えた聖女クラリスが言う。


「なにか事情があるのかもしれません」


 ギュンターが舌打ちして言う。


「チッ、そんなことはどうだってイイ。オレに手間をかけさせやがって、フレアを連れてさっさと陰気臭えクソ田舎から出ていくぞ」


 勇者フレアを追ってきた勇者パーティーが、ついにヒルダの街へと入った。

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