第26話「勇者の先導者」

 勇者の先導者マスター、死毒剣のギュンター・ヴォルクガング率いる勇者パーティーの一行は、早朝にフレアの街に入った。


「チッ、なんでオレがこんな田舎まで来なきゃならねえんだ!」


 灰色の短い髪をかきあげて、機嫌が悪そうにギュンターは吠える。


「まずは、現地の冒険者ギルドで情報収集やろ。たぶんあそこやで」


 青髪の魔女リタ・センチネルがそう言う。


「そんなこたぁ、わかってんだよ!」


 だいたい冒険者ギルドというのは、街のわかりやすい場所にあるものだ。

 宿屋や酒場を兼務していることも多い。


 ギュンターは、乱暴に扉を空けて中に入った。

 まだ朝の早い時間なので、冒険者は数人しかいなかった。


「おい、ここに勇者フレアはいないか!」


 ギュンターが、受付嬢を怒鳴りつける。

 完全にビビっている受付嬢に、後ろから魔女リタが優しくとりなす。


「ゴメンな驚かせて。うちらは、勇者パーティーや。行方不明になってた勇者フレアの足取りを追ってここまできたんや」


 受付嬢は、答える。


「はい、勇者様でしたらこちらの街におります」

「どこにいる!」


 いちいち、受付嬢をビビらせるギュンターをリタは止める。


「ギュンター。王都のギルドやないんやから、そのキャラで行ったらあかんやろ」

「キャラってなんだよおい」


 興奮したギュンターを落ち着かせるのも、パーティー最年長の魔女リタの仕事だ。


「ゴメンな。こいつ気が立っててな、これでも先導者マスターとして勇者を心配しとるんや」

「誰がだよ! オレは手間をかけさせられたから、ムカついてるだけで!」


 それにはとりあわず、魔女リタは会話を進める。

 ギュンターに会話されても、情報収集の邪魔になるだけだ。


「とりあえず勇者フレアは無事なんやな」

「はい、無事です。紅王竜を倒されたそうで、装備をいただけてみんな喜んでますけど」


「そうか」

「そうですけど、あの……」


 受付嬢は、なんだか言いにくそうな顔をしている。

 何かありそうだと魔女リタが尋ねようとしたところで、後ろから声があがる。


「勇者の先生マスターって、ヨサクさんじゃないすか?」


 余計なことを言ってしまったのは、たまたまここに居合わせたCランク冒険者のフランクとグレースのコンビの空気が読めない方、グレースだった。


「ハァ?」


 ギュンターが、機嫌悪そうに振り向く。


「おい、まずいってグレース。相手は勇者パーティーだぞ」

「だって、先生マスターが二人いるっておかしく、グッ!」


 グレースは最後まで言えなかった。

 ギュンターに、襟元を掴まれて吊り上げられたからだ。


「なんだと! 先導者マスターが二人いるってなんだ! オレが勇者の先導者マスターだぞ!」


 魔女リタが、慌てて止める。


「ちょ、待て! ギュンター、ステイステイ! 関係ない冒険者痛めつけてどうするんや! 当たり屋かお前は!」


 魔女リタに止められて、ようやくギュンターは、グレースを床に落とす。


「ゲホッ、ゲホッ……なんなんだよいったい」

「大丈夫ですか。念のために、回復魔法をおかけしますね」


 聖耀の聖女クラリス・ホーリーライトが、グレースを介抱する。


「あ、すみません」


 金髪碧眼のめっちゃ綺麗な聖女に治癒されて、グレースは恍惚としている。

 その間に、魔女リタはギュンターを叱る。


「ちょっと、話はうちに任せてな。ギュンターみたいな短気な態度やと、ろくな情報も得られんやろ」

「だってよぉ」


「ええからええから」


 王都のギルドであればみんな軍務卿の息子であり、王都最強のSランク剣士のギュンターに遠慮して何でも答えるが、ここでは事情が違うのだ。

 魔女リタは優しく尋ねて、フランクのほうから状況を聞き出す。


 勇者フレアは、ここではヨサクというDランクだった元冒険者の村の木こりを先生としており、一緒に炭焼きをやってヒルダの街の危機を救った話などを聞き出した。

 ギュンターは怒るよりも呆然とした。


「何やってんだあいつは」


 それには、魔女リタも同意である。


「どういう心境の変化なんやろな。どうも話が噛み合っとらんと思ったら、先生ってなんなんや」


 勇者パーティーが知っている神剣の勇者フレアは、勇者の先導者せんどうしゃであるギュンターによって育てられた戦闘マシンである。

 邪神の復活を阻止するため。


 邪神の化身たる魔王を倒すために、小さい頃から長い年月をかけて育てられた。

 それが、こんな田舎町で炭焼きをやっているとは、理解が追いつかない。


 だというのに、聖耀の聖女クラリスは、とぼけた調子で言う。


「いいじゃありませんか、炭焼き。そのような形で人々を救うのも立派な仕事です」


 炭の大量供給は、確かに多くの人命を救うだろう。

 王国全土の役にも立つことなので、一概に悪いと否定することはできないが……。


「うーん。それはどうやろ、クラリス。平和な時代やったら、それでええかもしれんけどな」


 魔女リタだって、勇者フレアの教育方針を巡ってギュンターと対立したことは何度もあった。

 それでも、ギュンターの乱暴で過酷な育成を認めざるを得なかったのは、それが世界を救うために必要な措置であると納得していたからだ。


 それがあってこそ、神剣の勇者フレアはランク外の実力を持つ最強の勇者として成長した。

 フレア以前の時代に倒された魔王、紫王蛇は別として、紫王蛇、蒼王鮫、そして紅王竜を次々と撃破している。


 そのフレアが、たった一ヶ月でこうも変わってしまうとは。

 フレアをそうさせた、ヨサク・ヘイヘイホとは何者なのだ。


 勇者の先導者マスター、ギュンターは叫ぶ。


「ふざけやがって! 遊びでやってんじゃねえんだぞ!」

「まあ、待てやギュンター。まず、ちゃんと調べんといかんやろ。これは、勇者パーティー全体の問題やぞ」


 Sランク剣士であり、ヴォルクガング軍務卿、宮中伯の息子である死毒剣のギュンター・ヴォルクガングは、王国貴族の代表として。

 Sランク魔術師であり、万魔ばんまの魔女たるリタ・センチネルは冒険者ギルドの代表として。


 Sランク聖女であり、聖耀せいきの聖女クラリス・ホーリーライトは、教会の代表として。

 それぞれが年若い勇者フレアの補佐役であり、お目付け役として勇者パーティーを形成している。


 お互いに組織を背負ってきているため、軽々な判断をするわけにはいかない。

 ともかく、まずは勇者フレアに会ってみることだ。


 フレアが、この街の領主代行であるリリイ伯爵夫人の屋敷にいると聞き出した魔女リタは、三人で訪ねてみることにした。

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