第24話「リリイ伯爵夫人のご褒美」

 炭俵千俵達成ということで、リリイ伯爵夫人から矢のような催促があり、再びヨサクたちはヒルダの街へとやってきた。

 なんと、ヨサクたちが乗ってきた馬車をヒルダの街の人達が拍手で迎えてくれた。


「ヨサクさん!」

「こっちこっち! この蔵いっぱいのがそれっすよ!」


 Cランク冒険者のフランクとグレースが手を振ってヨサクたちを呼ぶ。

 ラザフォード伯爵家が王都などへの輸出用に使っている大きな蔵にも収まり切れぬほどの大量の炭俵。


「これは凄いですわね」


 シャルロットが、感慨深げに言う。


「そうだなあ」

「うん」


 自分たちの仕事も、ここまでの規模になったかと眺めていて壮観であった。


 これだけでも、ヨサクはやったかいがあったというものである。

 今もまだ炭は継続して生産されており、次から次へと馬車で運ばれている。


「奇跡のヨサク伝説に、また新たな一ページだな」


 フランクは、訳知り顔でうんうんとうなずいてる。


「俺たち冒険者も、ヨサクさんを手伝えたって鼻が高いっすよ」


 グレースもそう言って得意げに笑っている。

 それもそのはずで、ヒルダの街は木材や木炭の輸出で成り立っている特別な街だ。


 王家への上納ノルマを達成することで税の軽減を受けている。

 ヨサクがノルマを達成してくれなければ、お叱りを受けて重税を課せられたかもしれない。


 ヨサクたちは、街のピンチを救ってくれたのだ。


「いや、俺はそう大したことしてないんだけどな……」


 そう、謙遜しそうなヨサクを、ピタッとシャルロットが変なデザインの扇子で止めた。


「ヨサク、それ以上はいけませんわ」

「え?」


「実はわたくし、さっきからともに成し遂げたみたいな空気だしてますけど、炭作りは何もしてませんのよ」


 そこでヨサクに謙遜されては、シャルロットの立つ瀬がない。


「シャルロットはでも、馬車の手配とかしてたし、小領主としての仕事を」

「も、もういいですわ。胸を張りなさいよヨサク、とりあえずわたくしより張るのですわ!」


 このわたくしの大きな胸より、とかシャルロットが余計な事を言うので、フレアが押しのけて言う。


「先生がやったことだよ。たっぷり自慢しないと、そうじゃないとこいつが自分は何にもしてないのにしたり顔してるの恥ずかしくて逃げ出したいって」

「わたくし、そこまで言ってませんわよ! 村人の生活の面倒を見たり小領主としての勤めは果たしてました。立派な女房役でしてよ!」


 また、取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人を仲がいいなと笑う。

 そこに、リリイ伯爵夫人のところの銀髪の老執事がやってきた。


「ああヨサク様、ここにいらしたのですか。奥様がお待ちです、どうぞお屋敷においでください」


 最初はあまり歓迎した風でもなかったのに、今日は下に置かないもてなしだ。

 メイドたちのお辞儀も、やけに力が入ったように見える。


「ヨサク様、いらしてくださいましたか」


 そう言って、応接室で迎えたのはリリイ伯爵夫人と、今日はドワーフの鍛冶屋のミゼット爺さんがいた。


「おお、久しぶりだなヨサク」

「ミゼット爺さん」


「これを、お前たちに直接渡したくてよ。力を入れて最高の仕事をしたぜ」


 ミゼット爺さんは、入念に手間をかけて紅王竜の鱗を縫い込んだ外套コートを作ってくれたのだ。


「おお、これは軽い。収納もたくさんあっていいですね」

「まさかポケットを褒められるとは思わなかったが、こいつはきっとお前を守ってくれるぜ」


 ミゼット爺さんは、勇者様にはこれだと紅王竜の鱗の鎧を取り出す。


「ありがとう」

「ちゃんと、身体のサイズに合うと思うが、着てみてくれるか」


 フレアが、着古した毛皮の外套コートを脱いで新しい鎧をつけてみる。


「軽くていい感じ」

「そっか。それはよかった」


 リリイ伯爵夫人が言う。


「鍛冶屋のミゼット様には、街の兵士や冒険者にたくさんの武器や防具を作っていただきました。おかげさまで、ヒルダの街の守りも万全ですよ」


 それは、冒険者などの装備を見てヨサクも知っている。

 武器や防具があまり次第、オルドス村などへも送ってくれるという。


「そうなんだ。俺からもお礼を言いますよ」


 ミゼット爺さんは、恥ずかしそうにふんと鼻を鳴らして言う。


「礼を言われるようなこったねえ、こっちも仕事だ。ヨサク、お前の作った炭はうちの店でも役に立ってるぜ」


 ヨサクは自分が褒められるよりも、ミゼット爺さんの質の良い仕事が領主代行であるリリイ伯爵夫人にも認められているということが嬉しかった。

 その、リリイ伯爵夫人は居住まいを正しながらヨサクに言う。


「この度は大変助かりました。こんなに早く達成されるとはおもいもよりませんでしたが、炭俵千俵あれば王家への上納分には足ります。当家の体面も、これで立ちました」


 リリイ伯爵夫人も、無能のそしりを受けることなく。

 ヒルダの街の領主代行の地位を剥奪されることもないだろう。


「もう一ヶ月いただければ、もう千俵行けると思いますよ」


 ヨサクがそう言うと、リリイ伯爵夫人はたまらないといった表情で言う。


「それは、もうこれだけでも十分だと思いますけど、もっとあったらと欲張っちゃいますね」

「たくさんあったほうが嬉しいんですよね」


「ええ、どうしましょう。とりあえず、ヨサク様にご褒美をと思ってこれくらいの報奨金を用意してきたのですが」


 唸るような金貨が、袋にぎっしりと詰まっている。


「いや、俺はお金もこれ以上いりませんよ」


 正直、金貨などあってもど田舎のオルドス村に住んでたら使い道はない。

 重い荷物になるだけだった。


 使い道は、せいぜい子供たちへのお土産の菓子を買うくらいのものだ。

 それくらいのお金はもう持っている。


 しかし、ヨサクの横でシャルロットが、目ん玉が飛び出そうな顔で金貨を見ている。

 それを見て、リリイ伯爵夫人が笑う。


「シャルロット様に渡しておけばいいですか」

「ええ、シャルロットが欲しいなら」


「嫌ですわヨサク! こんなの、欲しいって言ったら、まるでわたくしが意地汚いみたいじゃないですか!」

「意地汚い以外の何なんだお前……」


 シャルロットにだけは、かなり当たりが強いフレア。

 思えば二人も仲良くなったものだ。


 試しに、リリイ伯爵夫人がシャルロットに金貨の袋をジャラリと押し付けてみると、ギュッと握りしめられたその手は、もう二度と袋は離れることがなかった。


「さてと、お金ではダメとなると、勲章は……いらないですよね」


 金を欲しがらないヨサクが、綺羅びやかなだけの勲章を欲しがるはずもない。


「もうたくさんしていただいてますので、お気持ちだけで」


 そういうヨサクを見ていると、リリイ伯爵夫人はなにかしてあげたくなるのだ。


「じゃあ、私の騎士に任じるというのはいかがでしょう」

「ダメ!」


 これは、フレアから待ったがかかった。

 なるほどと、リリイ伯爵夫人は思う。


 何の地位もないヨサクを騎士に任じるというのは良いように見えるが、伯爵家の部下として縛り付けるということにもなる。

 ヨサクを先生と慕い、執着している勇者フレアは、それを嫌ったのかと深読みしたのだが……。


「婦人が騎士に任じるって、あの手にキスするいやらしいやつするでしょ! 絶対ダメ!」


 まあ、純情で可愛らしい。

 リリイ伯爵夫人は、こういう可愛らしい女の子を見ると、どうしても意地悪してしまいたくなる悪い癖がある。


 ニヤニヤが止まらない。


「では、騎士もダメということで、ヨサク様」

「はい」


「せめて、私のささやかな感謝を受け取ってくださいませ」


 そう言うと、リリイ伯爵夫人はほっぺたにチュッとキスをした。

 ヨサクは、ほっぺたにキスマークがついた顔でぽかんと口を開けて驚いているが、フレアはもっとだった。


「今何をしたの!」


 シャルロットは金貨の袋をしまい込むと、ドレスの隠しポケットからハンカチを取り出して言う。


「なんですのフレア、キスくらいで」

「だって!」


「ほら、こうやって拭き取ってしまえば綺麗でしょ」


 そう言って、ヨサクのほっぺたのキスマークをハンカチで拭いてしまう。


「ありがとうシャルロット」


 拭いてくれてありがたいのだが、ヨサクはなんだか少しもったいないような気もしていた。


「では、わたくしも、領地を救われましたから感謝の印がいりますわね」


 そう言うとシャルロットも、ヨサクの反対側のほっぺたにチュッとキスをする。


「あんたまでなんなの!」

「別に、ほっぺにチューくらい減るもんじゃありませんわよ。なんなら、フレアもします?」


 そう言うと、フレアは羞恥しゅうちに顔を赤くした。


「するわけないでしょ! 先生も、キスなんて簡単にさせちゃいけないんだからね!」


 自分でもなんでムカついているのかわからず苛立っているフレアに、シャルロットとリリイ伯爵夫人はニヤニヤと笑っている。


「いやあ、ごめんよフレア」

「知らない!」


 なんでフレアが怒るのかもよくわからないが、年頃の子は難しいなとヨサクはとりあえず謝る。

 そんな可愛らしいフレアを見ていて、たまらないリリイ伯爵夫人は、また混ぜっ返す。


「ヨサク様、今晩は部屋を用意いたしますから、子供は放っておいて、大人同士でゆっくりお話しましょうか」

「いやらしいおばさんは、先生に近づくなって言ったでしょ!」


 いくらなんでもフレアをからかいすぎて、リリイ伯爵夫人は手痛いしっぺ返しを受ける。


「おば……ヨサク様、私そんな老けて見えます!」

「いや、お若い! お綺麗ですよ!」


 シャルロットも、これはいけないとフォローに回る。


「そうですわフレア、悪口にも限度がありますわよ! 今のは妙齢の女性に向かって、貴族とか関係なく本気でライン超えですわ!」

「おばさん……」


 これでも、社交界の花。美貌の君と呼ばれて褒めそやされてきた女性である。

 若い子からのおばさん呼ばわりは初めての経験で、本気でショックを受けるリリイ伯爵夫人であった。

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