第23話「炭俵千俵の奇跡」

 どうせ元村人を村に復帰させるなら、全員がオルドス村に集まればいいんじゃないかとも考えたが。

 よくよく考えれば、もうオルドス村周辺には炭焼き場を作る場所がない。


 新たにオルドス村の近くにあるハリア村とルーラル村に生産拠点を作ったのは、小領主シャルロットの機転であった。

 褒められたシャルロットは、自慢気にウサギ耳を揺らして笑う。


「もちろん、計算してこうしたんですわぁああああ!」


 ヨサクとフレアは、たまたまだろうなと言い合う。

 しかし、これは便利だ。


 どこもヒルダ大森林の村なので、樹木なら鬱蒼うっそうと茂っている。

 ヨサクとフレアがそこに手伝いに行って炭焼き場を作れば、生産量は二倍にも三倍にも跳ね上がる。


「先生、木を切るよ!」


 次々に木を切っていくフレアの後を、神剣を持ったヨサクが続く。


「ああ、俺は神獣シンに頼んで、木材を乾かしておく」


 あとは、各村に復帰した村人たちに頼んで炭焼き場を作ってもらう。

 みんなに紅王竜の肉を食べさせたために、元気いっぱいに働いてくれた。


「てりゃあああああ!」


 木を切るだけでは時間が余っていたフレアが、村々の間を駆け巡りゴブリンやオークを狩り尽くして、モンスターの死体の山を築いていた。

 それにしてもすごい数だ。百匹か、もしかしたら千匹近くいるかもしれない。


 モンスターからは素材や魔石が取れるのだが、それを運ぶだけでも馬車がもう一台いるだろう。

 リリイ伯爵夫人から依頼されて炭を運ぶついでに、村の防衛に来た冒険者二人組は目を丸くしている。


「あれが勇者様かあ。俺たち、必要ないじゃん」

「ヨサクさん。勇者の先生になったってマジなんすか!」


 ヨサクより、十歳も年若くて高位であるCランク冒険者で、金髪碧眼のフランクと、茶髪でブラウンの瞳のグレースの二人組である。

 昔から仲のいい二人組で、たいてい一緒につるんで冒険している。


「ああ、なんでか知らないけどそういうことになったみたいだね」


 ヨサクは、俺は元Dランクだし、教えることなんて何もないのになと笑う。


「普通の冒険者なら、なんでDランクが勇者様の指導をって思うけど」

「ヨサクさんっすから」


 なんでそうなるんだと、ヨサクは尋ねる。


「だって、俺たちもヨサクさんに教えてもらった教え子ですよ」

「そうそう新米のときに、めっちゃ厳しくしごいてくれたじゃないすか」


 当時のヨサクは、冒険者ギルドで新米冒険者の教育の手伝いをやってたのだ。


「あはは、優しく教えたつもりだけどなあ」


 フランクが、ヨサクの口真似をして言う。


「街の近くの薬草取りでも、一歩外に出たら命がけなんだから最後まで気を抜くなよ」

「言ってた言ってた! でも、ほんとそうっすよねえ」


 モンスターの異常発生があったからなあと、つぶやく。

 確かに、あの頃は大変だった。


 油断して亡くなった冒険者は数多くいる。

 フランクとグレースは、その厳しい時代を生き抜いてきたベテラン冒険者になりつつあるのだ。


 フランクたちは、ヨサクの教えはいつもここにあると、胸を叩いて笑う。


「あの勇者様も、きっと俺たちと一緒です。ヨサクさんから色々学んでますよ」

「だと良いんだけどな」


 グレースが笑って言う。


「だって、この炭作りヨサクさんが教えたんでしょ。凄えじゃないすか」

「ああ、それは確かにそうだな。俺はあんまり戦いが得意じゃないし、そんなことしかできないから」


 ヨサクの言葉に、フランクが言う。


「いやいや! とんでもないですよ! こんだけ炭があったら、今年の冬はみんな暖かく過ごせますから!」

「勇者の力は凄いけど、こんな風に力を使うなんて考えつくのはヨサクさんだけっすよ!」


 グレースもそう言うので、そういうものかとヨサクは思う。


「先生、今日のご飯取ってきたよ!」


 そう言って、フレアが小さい身体で抱えてきたのは、巨大な岩ほどもあるイノシシの化け物ジャイアンド・ボアーだった。

 ビックリするが、フレアがとんでもないことをやらかすのはもう慣れっこになりつつある。


「えっと、じゃあまず、血抜きから教えようか」


 料理できないと言っていたから、おそらくそこから教える必要があるだろう。

 これは一体何十人前の料理になろうだろう。


「ヨサクさん、ゴチになります!」

「ゴチっす!」


 ヨサクは笑っていう。


「フランク、グレース、お前らは手伝えよ。イノシシ締めるくらいお手の物だろ」


 手伝ってもらわなきゃ、とてもじゃないが料理しきれない。


「こんなにデカい獲物を締めるのは、俺らも初めてですけどね」

「ヨサクさん、こんだけ炭あるんだから炭火焼きっすよね!」


「いや、イノシシ肉は鍋焼きだろ」

「えー、そういやヨサクさん、最近竜退治したってマジっすか」


「いや、それはフレアで、俺は何もやってないから」

「でも竜の武器配布してくれたの、ヨサクさんだって聞きましたよ。ほら、俺たちも紅王竜の牙の剣もらったんですよ」


 切れ味を見せるとフランクが、イノシシの化け物ジャイアンド・ボアーを血抜きしてみせる。

 磨き上げられた竜の牙の剣は実に鮮やかな切れ味で、鉄の剣よりもよほど鋭い。


「お兄さんたちも料理できるんだ」


 フレアは、驚いたように言う。


「ああ、俺たちはヨサクさんに鍛えられてるからな。いわば、兄弟子だから」

「おい、グレース! 勇者様相手に調子のんな! すみません、こいつ昔からこんなんで……」


 こうして、夜はみんなでイノシシ鍋と、串焼きを堪能たんのうすることになった。


「シンも、よく働いてくれたな」

「わおん!」


 自分たちの食事の合間に出来立てホカホカの炭を、神獣シンに食べさせる。

 こうしてみんなの協力があって、なんだかんだと賑やかに炭作りは続いていき。


 一ヶ月も経たぬうちに、ヒルダの街に運び込まれる炭俵すみだわらは、ついに千俵せんびょうを数えるまでとなったのであった。

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