第20話「世界がひっくり返る」

 世界がひっくり返るかはともかく、神獣シンがいるおかげで二週間以上かかる炭焼きが一週間でできるのは凄いことだった。

 薪としてならそのまま出荷できるくらいだ。


 これはもはや、生産革命と言って良い。

 そう考えると世界がひっくり返るというのも、あながち間違いではないかとヨサクは思う。


「フィアナのばあさま、王都ってどのくらいの人がいるんだい」

「王都の人口は、ヒルダの街の軽く十倍以上じゃな」


 さすがは物知りのばあさまだ。

 ヒルダの街の十倍以上もの人間が一つの場所に住んでいるなど、ヨサクには想像もつかない。


 だが、それを聞いてどれくらいの炭がいるかはおおよそ想像がついた。


炭俵すみだわらが百個や千個ではとても足りんということだ」


 それを毎年生産していたリリイ伯爵夫人の領地の生産量はとんでもなかったのだろう。

 今年は、その分をヨサクたちが面倒みなければならないということ。


「情けは人の為ならずだな」


 オルドス村を助けてくれると言ったリリイ伯爵夫人の言葉を、ヨサクは素直に信じている。

 そうであるならば、その言葉に行動で応えるのが男というものだ。


「先生やりましょう!」

「ああ、やるか!」


 フレアは、一応言われた通り間伐に気をつけつつ一心不乱に木を切ってくる。

 神獣シンは、ヨサクに言われた通りそれを乾燥させる。


 ヨサクたちは、丸太の枝を払ったりそれを割って藁と土をかぶせて炭焼きの準備をする。

 そして、次々に着火していく。


 老人たちは、その間に炭焼き場の上に屋根をこしらえたり、壊れた炭焼小屋を直して、そこで粥を炊いたりした。

 フィアナのばあさまは、「やれやれ、これはとんでもないことになった」と、ぼやきながら怪我人が出たときのために薬草を煎じ始める。


 それぞれがそれぞれ、昼夜を問わず一生懸命に働いた。

 紅王竜の肉を食べたことが、それを可能にしたと言って良い。


 シャルロットが、冒険者に守られながら洋服や食料を満載した馬車でえっちらおっちらと戻ってきた頃には、村中から大量の煙が上がっていた。


「これは、一体どうなってますの!」


 炭焼小屋のところまで慌てて駆け上がってきたシャルロットを、ヨサクが迎える。


「ああ、シャルロット。戻ったのか」

「山火事になったかと思いましたわよ! これいくつ炭焼き場があるんですよ」


「さあ、もう俺たちにもわからん」

「とにかく、この数ではできた炭を運ぶ馬車が足りませんわ! すぐに追加の要請しますわね!」


 フレアのマジックバックを使っても、おおよそ運びきれぬ量になるであろう。


「世話をかけるよ」

「いいってことですわ! この炭焼き場一つでいくらになるでしょう。これできっと領民も戻ってきますわよぉおおお!」


 現金なシャルロットには、それが金の塊に見えているのだ。

 しかし、好事魔多しという。


 金の匂いがするところには、当然ながら悪い虫もやってくるのだった。


     ※※※


 オルドス村の近くの茂みに伏せたひょろ長い顔の山賊が言う。


「ひゃー、ダンボダ副団長の言う通りっすねえ。こんな田舎にも、あんな獲物があったとは」

「バカ! オラァはもう団長だ。ダンボダ団長と呼べぇ、ボケナス」


 まるでクマのように大柄の丸刈りの男が答える。

 彼らは、王都近くで活動していたゴールドリバー山賊団の残党だった。


「こりゃ失礼しました、団長。でも、俺の名前はボケナスじゃなくて、ボケーナっすよ」

「お前なんぞボケナスで十分だわい」


 もう一人の、岩のようないかつい顔の山賊がとぼけた調子で言う。


「でも団長、なんでこんな辺境の寒い場所に、取れる獲物があるってわかったんですか」

「クックック、カボッチャ。お前も、ちったあ頭を働かせろぉ。考えても見ろ、もう冬が近いだろ……」


 ダンボダ団長は自分の知恵をひけらかすのが嬉しいのか、詳しく説明する。

 ヒルダ大森林は、王都の木材や炭を売ってたんまりと儲けを出している。


 冬が近くなれば薪や炭が高く売れる。

 そうすれば、王都の金や物資がこちら側に流れてくるという寸法だった。


「さすが団長。頭いいっすね」


 ひょろ長い顔のボケーナも、失点を取り返そうとおべっかを使う。

 ダンボダは、山賊にしては頭が切れる。


 ここまで生き残って来たのも、ダンボダの頭の良さゆえであった。

 ただまあ、こうして知恵をひけらかして気分良くなる程度なのが、山賊の団長止まりと言ったところか。


「クックック、こんな田舎まで来りゃ、勇者パーティーはいないだろうしなあ。攻め得、攻め得……」

「ちげえねえや。ただの冒険者ならまだしも、勇者は怖いっすからね」


 岩のような顔の山賊、カボッチャはブルッと身体を震わせて言う。

 元は百人を超える大規模な山賊だった、ゴールドリバー山賊団は、勇者パーティーの討伐にあい壊滅の憂き目にあっていたのだ。


 団長も殺され、生き残ったのは十名足らず。

 新しく団長となったダンボダは、再起をかけてここまでやってきたのだ。


 このあたりの村はモンスターの襲来で崩壊していたが、だからこそ食うに困る人間がふらふらとしていて人員を補充することもできた。

 ここまできたのは、村を襲うためではなく根城にする隠れ家を探してのことだった。


 本来狙っていたのは、ヒルダの街の近くである。

 そこまで用意周到なのがダンボダだったのだが、まさかここで物資が運び込まれる豊かな村を発見するとは思わなかった。


 小さな村ならば、防衛力は大したことはあるまい。

 街に近い街道沿いの馬車を狙うより、よほど容易い。


 生産設備が生きている村であれば、根城にするにもちょうどよいかもしれない。

 まさに渡りに船。僥倖ぎょうこう、僥倖と躍り上がりたいくらいだ。


「まあ冒険者だっておらんほうがいいわな。荷は、ちゃーんと村に運び込まれたな。クックック……」

「へい」


「護衛の冒険者どもが、村を出たところを狙うぞ。しっかりと準備しろ」

「すぐに団員に知らせてきやす」


 なにやら知らぬが、村にはもうもうと煙が立ち込めている。

 火のあるところには、人の生活があり、山賊の獲物となる食料や物資も存在する。


 オルドス村に危機が迫りつつあった。

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