第36話「人の限界」

 魔女リタと、聖女クラリスは、防壁を砕いて倒れたギガントサイクロプスのところにいく。


「ギュンター!」


 ヨサクが神獣シンに放させた神の炎は、モンスターを倒すだけで街には届いていないので燃える心配はない。

 激しい粉塵の中で、どうなったのかまったくわからない。


「おう……」

「ギュンター無事か」


 なんと、あの戦いのなかでもギュンターはギガントサイクロプスの頭から離れず、落下した後でもその頭を突き刺して確実に殺していた。

 ただ翠王亀の鎧を着ていたとはいえ、ギュンターも手の一撃を食らっている。


 それに加えて、落下ダメージはかなりのものだろう。

 落下した後に頭を攻撃して殺しきったのは、もはや人間離れした執念と言ってもいい。


「無事なわけねえだろ。ゲホッゲホッ」


 すぐさま大量の血反吐を吐くギュンター、表面上に見える傷が少なくても内出血が凄い。

 そりゃ当然だ。


 あの状況で生きてるのが不思議なくらいだ。

 骨も五、六本いってるはず。


 しかし、ここには聖女クラリスがいる。


「天神オーガスター様。英雄の傷を癒やしたまえ……」


 聖耀せいきの聖女の名は伊達ではない。

 その強大な癒やしの力の前には、死なない限りはなんとかなるという安心感がある。


「ギュンター、いくらなんでも無茶しすぎやろ。お前、最近おかしいぞ」


 とっさのことではあった。そのために、街は救われたと言ってもいいのだが……。

 もしかしたら、ギュンターが死んでいたのではないかと魔女リタはゾッとした。


 それくらい無茶苦茶な攻撃であった。


「なあ、リタ」

「なんや」


 倒れて治療を受けながら、ギュンターは言う。


「オレたちはやはり、勇者とは違うんだな」

「当たり前や。お前が何を焦ってるかは知らんけど、人間には誰だって限界があるやろ……」


 だから知恵を絞り、身体を鍛え、武器や防具を工夫し、力を合わせて戦い方を考えるのではないか。

 人間だって決して無力ではない。


 人には、人のやり方というのがあるだけだ。

 神に選ばれし勇者は、そことは違う領域にいる。


 人の限界を超えて、さらに成長していく。

 だからこそ、人の領域である冒険者Sランクをさらに超える、規格外と言われるのだ。


「そうか……オレは、あいつが少し羨ましくなった」

「ああ、ヨサクさんか」


 神獣シンの力をつかって街の危機を救ったヨサクが、やってくるところだった。

 その傍らにいつのまにか勇者フレアが戻ってきている。


「バカそうでよ。なんにも悩みなんかないんだろ、あのおっさんは……」

「悩みのない人間なんかおらん。おっさんはおっさんで、色々生きてたら悩みはあるやろ」


 最近、前髪が薄くなってきたとか、枕に抜け毛がいっぱいついてるとかな。

 そう冗談を言ってから、ふと魔女リタは思った。


 ある意味、あのおっさんも規格外とは言えるのではないかと。

 勇者に大量に炭を作らせて、神炎の剣シン・シールに炭を食わせて炎を吐かせるなど、誰も考えつかなかったことだ。


 神剣は人の手にあまるもので、勇者のみに使いこなせるもの。

 王国は、勇者の先導者マスターを使って、その勇者を使いこなせば良い。


 それが伝承であり、常識だと考えてきた。

 しかし、邪神復活の危機など千年周期の話で、その時代を直接見てきた人間などいないのだ。


 どのような戦い方が正しいかなど、今の時代の誰にもわかることではない。

 むしろ、邪神との戦いにおいて、規格外の発想こそ正しいのではないか。


 勇者には、王国が考えるような先導者マスターではなく先生マスターが必要だったと。


「クラリスたちが言ってたのは、そういうことか」


 魔女リタの言葉に、ギュンターの治療に専念していた聖女クラリスが尋ねる。


「どういうことですか?」

「いや、なんでもない。もうすぐ最後の魔王との戦いやから、よう養生させてやってや」


「はい」


 ともかく、最後の魔王との戦いは近い。

 今回勝つのは人か、それとも邪神の側か。


 この新しい伝説となるであろう旅の終わりがどうなるにせよ、どういう状況になっても良いように魔力を回復させねばと。

 魔女リタは、その場で瞑想してマナを練り始めるのだった。

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