第7話「たくさんの墓」

 早速、村に竜の心臓や肉などを持ち帰ろうとすると、フレアはとんでもないアイテムを出してきた。


「なにそれ」


 普通の小さなポシェットだと思ったのに、あれほどあった竜の肉片をどんどん収納していく。


「マジックバックだよ。これがないと、生活できないからね」


 なるほど、これほど便利なものがあるのなら野営キャンピングできなくても無理はないとヨサクは納得する。


「都会の冒険者は便利なものを持ってるんだなあ。一体どのくらい入るんだい」

「限界まで入れたことはないけど、この竜の肉くらいなら全部入るね。あと、これに入れておけば肉も腐らない」


「凄いものだなあ」


 まるで氷室ひむろのような効果もあるというのか。

 噂に聞く王都は物凄い大都会だという。


 そういうところで活躍している冒険者なら、これくらいは当然なのだろうとヨサクは納得する。


「でも魔道具だし、魔力で収納してるから限界はあるはずだよ」


 なるほど。

 魔法の使えないヨサクにはわからないが、何かしらのエネルギーは消費しているのだな。


 フレアは、神獣シンに向かって言う。


「シン。もうたくさん食べたでしょ。神剣に戻って」

「わおん」


 神獣シンは、神炎の剣シン・シールへと姿を変える。

 美しい意匠の見事な剣である。


「先生、これ持ってて」


 そして、フレアはなぜか神炎の剣をヨサクに渡してくる。

 荷物を整理するために渡したのかと受け取ったのだが、なぜかフレアはヨサクの鉄の斧を手に持っている。


「えっ、この剣は?」

「それは先生が持ってて、ボクはこの斧でいいよ」


「そうかあ。じゃあ、村に案内するよ」


 そう言うなら預かって置こうと、ヨサクは何気なく神剣を腰にさす。

 ずっしりと重くて、こんなものを振り回しているフレアは大変だなあと思う。


 神剣を装備する意味。

 それがいかに凄いことか、何も知らないヨサクはまったくわかっていない。


 準備も終わったようなので、ヨサクはフレアを連れて山道を降り、オルドスの村へと歩を進める。

 とはいえ、ここは炭焼き場なのでちょっとふもとにおりればついてしまうくらいの距離でしかない。


 開けたところに出たところで、フレアの足が止まった。

 村外れにあるのは、木の十字架がたくさん立っている墓場だ。


「お墓……」

「ああ、もう一年以上前になるけど、村が大量のモンスターに襲われてね」


 村の建物も、村でできた粗末な木の柵もところどころ破壊されてまだ修復が済んでないくらいだ。

 ちょうどフレアが見ているのは、ヨサクの幼なじみだったヨアンナの墓で、十字架にかかっている安物のペンダントはヨサクが送ったものだった。


「ごめんなさい……」

「なんでフレアが謝る」


「ボクが上手く戦えないから、ボクがもっと早く邪神の化身を倒せてたら……」

「なんでそうなる、フレアには関係ないだろう」


 フレアは、泣きそうになっていた。

 なんでそこまでと、ヨサクは思う。


「だって、そう言われたから。お前のせいだって、お前がもっと早く救ってくれたらってみんなが……」

「誰がそんなことを、フレアが気にする必要はない!」


 子供になんてことを言うんだ……。

 ヨサクは、悲しそうなフレアを抱きしめてやる。


「ボクは勇者だよ。だからボクが悪いんだ、ヨサクも大事な人が魔物に襲われて死んだんだよね!」


 フレアにそう言われて、顔に出てしまったかとヨサクはハッとした。

 確かに、ヨサクが大事に思っていた人たちはみんな死んでしまった。


 その時のことを思うと、ヨサクだっていくらでも泣けてしまう。

 だが、それは……。


「ヨアンナが、村の人たちが死んだのは俺のせいなんだよ」

「なんで先生のせいなの」


「俺だって冒険者だったんだ。俺が、もっと早く村についていたら、きっと助けることができていた」


 ヨサクがヒルダの街で、モンスターに襲われていると聞いてから一昼夜走り続けて駆けつけた。

 でも、そのときには全てが遅かった。


 致命傷を受けたヨアンナをどうすることもできなかった。

 村人たちが死んでいくのをどうすることもできなかった。


 あの頃の俺は、思い上がっていた。

 街でそれなりに冒険者として有名になって、奇跡のヨサクなどとおだてられて、頑張ってやれば何でもできると思っていた。


「ヨサクのせいじゃないよ」

「だったら、お前のせいでもないだろ!」


 フレアの肩が震える。

 泣きそうな声で、フレアがうなずいた。


「うん」

「世の中には取り返しの付かないことがたくさんある。悲しい人は、それを誰かのせいにしたくもなるだろう」


 力が強いフレアに八つ当たりするやつがいるというのも、ヨサクにはよくわかった。


「うん」

「でも本当は、誰のせいでもないんだ。起こってしまったことを、悲しむことしかできない。悲しみを受け止めて、人はやれることをやっていくしかないんだよ」


 ヨサクはおっさんなので、人生にはそういうことがあるとよくわかっている。

 故郷の村がむちゃくちゃになって、これからどうしたらいいのかと途方にくれて。


 冒険者をやめて、荒廃した村を復興するために木こりになろうと決めたのも、時間がかかった。


「わかった、先生。ありがとう」


 ヨサクは、そうかと思う。

 自分よりもずっと強いフレアに、先生になれと言われたときは面食らったが、勇者であるフレアには背負うものが大きすぎるのだ。


 その荷物を、少しでも背負ってやれたら恩返しになるだろう。


「フレア、俺はお前の先生だからな。この先何があっても、俺が一緒に責任を背負ってやる」

「はい!」


「良い返事だ」


 そう言って、ヨサクが笑った時だった。

 遠くからヨサクを呼ぶ声が聞こえる。


「ヨサク! なにをやってますの!」


 薄汚れたドレスを引きずって歩く、銀髪の長い髪の少女。

 フンと反り返ったその頭には、ウサギ耳が揺れていた。

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