第44話「ヨサクの願い」
ヨサクが初めて見る国王陛下オットー二世は、全然恐ろしいところはなく、ふとっちょで優しそうなおじさんであった。
みんなが揃ったのをみて、厳かに話し始める。
「今日集まってもらったのは他でもない。長きにわたる破壊神シャイターンなるものの封印に功績があったものに、余より一人ずつ特別な褒美を授けようと思う」
あらかじめ知らされていたその褒美とは、国王陛下が出来ることならばなんでも願いを叶えてくれる権利であった。
国王オットー二世が続ける。
「まずは、ヨサク・ヘイヘイホ。そなたの願いを聞こう」
廷臣たちに小さなどよめきが走る。
まず呼ばれるのは、勇者フレアであると思われていたからだ。
それなのに、平民であるヨサクが呼ばれた。
ガチガチに緊張したヨサクが、オットー二世の前に立つ。
「あ、あの……」
「楽にしてよいぞ。誰か、この者に椅子をもたせい」
「いえ、立ったままで結構です」
「そうか。そなたの話は、本当に信じられぬことばかりじゃ。ああ、疑ってるわけではないぞ。立場が許すなら、直接ゆっくり話を聞いても見たかった……」
地元では奇跡のヨサクと呼ばれているようだなと、オットー二世は、優しく笑いかけて言う。
いろいろと報告書は読んできているので、一通りは確認している。
もちろん、国の頂点に立つ人物であるので、ヨサク相手に長話など立場が許さないのであろう。
ただヨサクの顔を見て、なにかあるなと感じ。
緊張をとかせるように、オットー二世はあえて少し間をおいたのだ。
「……さて、なにか話したいことがあるようだ。英雄ヨサクの言葉、なんなりと聞かせてもらおう」
「俺の、いえ私のお願いというのは、ギュンターを許してやってほしいということです」
ぼんやりと目を細めていたオットー二世の目が、驚きに見開かれた。
「なんと! ギュンターを許せというのか、しかし……」
先の勇者の
そして、破壊神シャイターンの復活を許した張本人でもある。
その罪は、失態どころの話ではない。
上位貴族である宮中伯の息子故に表立って投獄まではされていないが、罪人として屋敷の奥に
「俺やフレアを英雄というのなら、ギュンターも英雄です」
「それは、功罪を考えろということか。確かに、ギュンターには長らくの功もある。しかしな……」
オットー二世は、考え込んでしまう。
大臣や廷臣たちも、激しくざわついている。
特に動揺しているのは、ギュンターの父親であるヴォルフガング軍務卿だ。
息子の恥をしのんで、彼は針のむしろのような立場で王宮に仕え続けている。
「国王陛下、あの場にいたものとして俺は言います。ギュンターが、破壊神に自らの意思で抗ったからこそ、封印ができたんです」
そして、ヨサクはもう一度、だからこそ言った。
俺やフレアが英雄だというなら、ギュンターも破壊神を封印した英雄の一人だ、と。
謁見の間のざわめきが静まるまで、オットー二世は黙りこくっていた。
静かな大部屋で、うううっ……と、一人の男の嗚咽が漏れ聞こえている。
「……だ、そうだヴォルクガング軍務卿」
「ハッ」
ハンカチでさっと涙を拭いて、ヴォルフガング軍務卿は国王陛下とヨサクに深々と頭を下げた。
それを見て、オットー二世は静かに言う。
「ヨサク・ヘイヘイホの願い、よくわかった。願いを聞くと言ったからには、余は二言を
「はい!」
「ギュンターのことは功罪が知れ渡っている故に、すぐに英雄扱いはできぬが……時を見て罪を許し、必ずや再び活躍の機会を与えることをここに約束しよう」
「ありがとうございます」
続いて、勇者フレアが呼ばれる。
こちらの願いも、大変驚かれてざわざわと動揺が大臣や廷臣に走った。
「なんと! オルドス村で炭焼きをやりたいと申すか!」
フレアは、平然と「先生が村に帰るので、自分も一緒に行く」と答えた。
大臣たちは激しく動揺し、絶対ダメだと腕をばってんマークにしている。
「うむむむ……見ての通りなのだが、神剣を持った勇者を遠方の地に出すのは、大臣の反対が多いのだ」
フィアナのばあさまが、進み出て言う。
「お久しぶりですな。オットー二世陛下」
「お、おお。これは、フィアナ
フィアナは、現時点においても教会の最高権力者だ。
オットー二世の即位式の戴冠も、フィアナのばあさまがやったのだ。
国王といえど、粗略にはできない相手だ。
「オルドス村には、あたしも一緒に帰ります。フレアが村で生活したいって言うんだ。あたしがちゃんと見てるので、許してやってはくれませんか」
「なんと! フィアナ
大臣たちは、ますますダメだとばってんを大きくする。
ちょっと不敬なくらいだ。
フィアナのばあさまが見かねて言う。
「陛下の心配はあれでしょう。勇者という大きな力を辺境におけば、王国から離れるんじゃないかってことでしょう」
「ありていに申せば、そうなる。いや、私は決してそんな心配はしていない。してはいないのだが、見ての通り廷臣どもがうるさいのでな」
フィアナのばあさまが笑っていう。
「シャルロット、ちょっとこっちにおいで」
「えっ、わたくしですか! わたくしごとき木っ端貴族が、陛下の前にとかまずいんじゃありませんのぉおおおお!」
シャルロットの首根っこをつかんで、国王の前まで持ってくる。
国王に敬意を示しているようで、礼儀もへったくれもない騒ぎっぷりである。
「陛下、こいつは一応男爵で、陛下の直臣です」
「ん、うーん、ああそうか! ルーラルローズ男爵だったな。そのオルドス村とか言うのがある土地の領主だ」
オットー二世はこの事件に大変な興味を持ってるらしく、なかなか深く報告書を読み込んでいる。
「こいつが、成人したらヨサクと結婚しますんでな」
「どぅうぇえええええ! 今それをなんでここで言うんですのぉおおおお!」
シャルロットは、顔を真赤にして、わけのわからない感情となってどぅうぇえええええ! となった。
控えていたフレアが、そこに突っかかっていく。
「違う! 先生は、結婚とかしないから!」
フィアナのばあさまが笑っていう。
「おいおいそれは酷いじゃろ、そろそろ結婚せんとヨサクもあれじゃぞ。シャルロットなら中身はともかく、見栄えは悪く無いじゃろ」
舞い上がっているシャルロットには気が付かれなかったが、ばあさまもどさくさに紛れて酷いことを言っている。
それをキョトンとしてみていた、オットー二世が、膝を叩いて笑い出した。
「アハハハハハハッ! なるほど、そうきたか」
フィアナのばあさまが、その場にひざまずく。
「そういうことでございます。陛下」
「ああ、フィアナ
なおも、大臣たちは無言でダメというジェスチャーをしていたが、オットー二世はそれを眺めながら言う。
「余も、一度そのオルドス村とやらに行ってみたいな、フィアナ
「最高の温泉があって、素晴らしいところですぞ」
こうして、国王が一度なんでも願いを聞くと行ったからには二言を違えぬということで、勇者フレアがオルドス村に行くのも自由ということになったのだった。
それには大臣たちの反対も多く、前途はなかなか大変そうではある。
でも、ヨサクたちはこれまでも大変なことをなんとかしてきたのだ。
国王と教会
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