第29話「ギュンターの剣技」
聖女クラリスが声を張り上げる。
「この御方は、フィアナ・アークライト
聖女クラリスが声を張るなど、見たこともなかったのでギュンターたちも驚きを隠せず一種あっけにとられたが、魔女リタが応えた。
「ああ、先の
ギュンターがつぶやく。
「誰だよ」
「アホ。お前の持ってる、死毒剣は紫王蛇から作られたんやろ」
「そりゃ、そうだが、それがなにか」
「その紫王蛇は誰が倒したか知らんのか」
「まさか、あのババアが?」
「失礼なやっちゃな。うちらの大先輩やぞ。あの医薬の聖女フィアナ・アークライトの力で、紫王蛇をなんとか倒せたんやぞ。勇者が見つかってなかったから大変やった時代や」
まあその頃の時代は魔女リタも
この場で知っているのは、直々に聖女の座を引き継いだ
フィアナのばあさまは、いかにもとうなずく。
「その通り、それであたしは死毒を食らってしまっての。
ヨサクたち村の者は、フィアナのばあさまはそんなに偉い人だったのかと驚く。
ただの旅をしている歩き巫女だとばっかり思っていた。
「だが待てよ! もうすでに引退したババアじゃねえか! なんでそいつがオレの
それは、聖女クラリスが説明する。
「教会の
そういう伝統があるため、死毒に侵されて役割が果たせなくなったフィアナという特異なケースに対して、そういう処置が取られたのだ。
だんだんと、ギュンターにも事態が飲み込めてきた。
しかし、納得するわけにはいかない。
「なんだそりゃ! おいババア! 勝手な真似するんじゃねえ! オレの権能は王国も承認しているものだぞ! 王国の意向に逆らうつもりか!」
そうなのだ、勇者の
王国の代表者が、制約の首輪によって勇者に、文字通り首輪をつけて飼い慣らす主人の役割があるのだ。
そうでなければ、邪神の化身を倒せるほどの力を持つ神剣の勇者を野放しにすることになる。
神剣を奉じるオーダスター教会が勇者の
「そんなことは、知らん」
「なんだとクソババア!」
「あたしがお前をふさわしくないと考えた。だから、ヨサクを新しく
「ふ、ふざけやがって! この死にかけの老いぼれが!」
ギュンターは怒りのあまり、死毒剣を抜いてフィアナに斬りかかった。
向こうがその気なら、こちらは実力で勇者の
ガキンッ!
その一撃は、フレアの鉄の斧によって受け止められた。
「フレア! お前!」
「ばあさまを、傷つけさせはしない!」
ガキンッ! ガキンッ!
フィアナのばあさまを守るために反射的に動いたフレアは、苦しそうにギュンターに
そのフレアが持つ武器は、神剣ではなく鉄の斧。
「なんだその斧は、ふざけてんのか! そんな技、教えた覚えはないぞ!」
「ヨサクに習った」
あの鮮やかに赤く光る神速の
「わかってるのか! テメェは明らかに弱くなっている!」
「それでも、ギュンターより強い」
ギュンターの、鋭い斬撃は全てフレアによって柔らかく弾かれる。
一体何なんだこれはと、ギュンターはとまどっていた。
こんな技は教えていない。
勇者フレアの技は、もっと硬く鋭かったはずだ。
ただ一直線に障害を排除するだけの剣技、ただ神速で敵を殺すだけの剣技。
だからこそ、御しやすかった。
ゾッとする違和感を感じて、ギュンターは剣を引いた。
今の瞬間、吸い寄せられるようにして剣を奪われそうになったからだ。
あり得ない技と感じたが、その危険を思うよりも早くギュンターは感じ取って距離を取った。
ギュンターは、王国随一のSランク剣士。
その凶暴できかん気の強い性格はともかくとしても、剣士としての実力だけは本物だった。
「なんで、オレの言う通りにしない。オレは認めねえぞ」
だから、一瞬自分が感じた感覚を、ギュンターは絶対に認めるわけにはいかなかった。
まさか、ヨサクとやらの指導を受けたことで、フレアが前よりも
ギュンターの五年が、たった一ヶ月で否定されることなどあってはならない。
これまで心の支えとしていた全てが、打ち砕かれそうになっていた。
「ヨサク! オマエだァアア! オマエがフレアの剣を惑わした!」
だから、ギュンターはその原因を斬り捨てるべく弾けるように横に剣を振るう。
フレアと数度撃ち合ったのも、この不意打ちのため。
考えたのではなく、結果的にそうなっただけの攻撃。
その刃は、思うよりも早く!
誰にも反応できない速度で、ギュンターの獲物を狩る獣の本能のような鋭い剣はヨサクに迫る。
その刃は、死毒剣。
ほんの少しでもかすれば、命はないしろものであった。
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