第21話 VSスライム1

 最強のモンスターとはなにか? と問われれば、大部分の人間は「ドラゴン」と答えるだろう。そして、それと同じくらいの割合で、最弱のモンスターはなにか? という質問には「スライム」と答える。


 スライムとは「モンスター」というカテゴリーの中では、真逆の意味でドラゴンと並んで最も知名度の高い存在でもあった。


 そんなスライムが信士たちの前に現れた。

 魔物が跋扈する異世界ならいても不思議じゃないと思っていたが、案の定いた。

 ただし、どう見ても「最弱」とは程遠い。


「総合力が20万!?」


 つまり、いまの信士たちとほとんど同格の強さということだ。

 魔力量と魔力は0だが、それ以外のステータスの値が極端に高い。

<危機感知>が警鐘を鳴らし続けていることからも、このスライムが相当ヤバいモンスターだということは明らかだ。しかも先ほどの問答無用の奇襲。そして<敵意感知>の反応からして、このスライムは完全にこちらを敵と認識していて、殺す気でいることが判る。


「スライムだよ、信士君!」

「見りゃ判るよ」


 超有名モンスターに出会えた陽菜が興奮気味だ――


「頑張って戦ってね!」

「はぁ!?」


 ――からのいきなりの不戦宣言に、思わず信士は素っ頓狂な声を上げた。


「なんでお前は戦わないんだよ!?」

「だってスライムだよ?」

「だからなんだよ? アンデッドじゃないんだから大丈夫だろ?」

「なに言ってるの!?」


 何故か非難するような目をして陽菜は叫んだ。


「私がスライムなんかと戦ったら「くっころ」されちゃうじゃない!」

「知るか!!」


 陽菜のアホな主張に信士は思わず叫んでいた。


「服とか溶かされて、あられもない姿になってあんなことやこんなことをされる私を見たいってことだね? 信士君のエッチ!」

「突然の冤罪!?」


 真っ赤になって自分の両肩をかばう様に抱える陽菜に、信士はあまりの理不尽さに叫ばずにはいられなかった。

 そんなコントみたいなやり取りなどスライムには当然、判らないわけで。


 シャッという風切り音と共にスライムの表面から再び触手が伸びる。その速さは、これまで見たどんなモンスターの攻撃よりも迅かった。


「「!?」」


 2人は咄嗟に左右へ飛んで触手の一撃を躱す。的を外した触手は地面を激しく抉り、深い溝を造ってしまった。


「このスライムやばいぞ? くっころどころかブッ殺しに来てる!」

「うん。どっちにしろスライムは乙女の敵。2人でやっつけよう!」


 2人が臨戦態勢に入ったのを悟ったのか、スライムが動いた。

 黒い粘液状の身体をわずかに震わせた直後――とんでもない速さで2人に向かって突進してきた。


「「速っ!?」」


 一瞬、2人の目にはスライムの身体がブレて見えたほどに。初速からトップスピードに乗る、さながら砲弾のような瞬間加速。


 土埃りを巻き上げながら突っ込んで来るスライムの驚異的なスピードに、完全に意表を突かれた2人だったが、かろうじて回避行動を取ることが出来た。信士は左、陽菜は右へと飛び退いてスライムの進路上から離脱する。スライムは勢いのまま2人の間を通過しようとして――


「えッ!?」


 2人の間まで進んだ直後、慣性を無視して突進の勢いのまま90度直角に進路を変え、いまだ空中にある陽菜の横合いから奇襲をかけた。


「この――」


 咄嗟に愛用の鉄剣を飛び掛かってくるスライムに向かって振り抜く。


 べちゃっ――


「ぅえ!?」


 だが、あろうことかスライムは粘液状の身体を広げて鉄剣を包み込み、剣身にへばり付いてしまった。そしてそのまま陽菜の顔目掛けて飛び掛かろうとして――寸前で剣から離れて飛び退く。一瞬後、信士の剣閃がスライムがいた空間を斬り裂いた。


「くっ」


 躱された。完全に不意を突いたはずなのに。動きだけじゃなく反応速度も速い。


 地面へ飛び降りたスライムは、まるでゴムボールのごとくピョンピョンと飛び跳ねながら距離を取る。


「このぉ!」


 スライムが距離を取ったのを幸いと、空かさず陽菜が追撃を放つ。

 彼女の周囲の空間にいくつもの光球が現れる。否、それは光球ではなく雷球と呼ぶべきものだった。雷を丸め込んだような外見で、制御が甘いのかバチバチと周囲にプラズマが漏れている。


召雷しょうらい!」


 陽菜の周囲に現れた雷球から一斉に稲妻が迸る。20条近い稲妻の集中砲火がブラック・スライムに向かって収束する。

 だが――


「うそっ!?」


 あろうことかブラック・スライムは陽菜の雷撃をいとも容易く回避して見せた。まさかスライムに躱されるとは思っていなかった陽菜は、驚愕のあまり一瞬、身体を硬直させてしまう。


 その隙をブラック・スライムは見逃さなかった。


 地面に着地するや、再度、凄まじいスピードで地を這いながら陽菜に急接近する。


「ひ――」


 その速さは明らかに陽菜を上回っていた。

 自身が抱いていたスライムのイメージとはかけ離れた尋常ではないスピードに、陽菜は恐怖で身体を強張らせてしまう。時間にして1秒にも満たない僅かな隙に、ブラック・スライムは瞬時に陽菜との間合いを詰め、飛び掛かる。


 だが次の瞬間、陽菜とブラック・スライムとの間に透明な無数の正八面体の盾が現れた。信士の『自在障壁』だ。ブラック・スライムは勢いのまま自在障壁に激突し、表面で身体を弾けさせ――瞬時に復元するや、すぐさま障壁から飛び退いた。一瞬遅れて信士の放った火炎が虚しく自身の自在障壁の表面を焦がした。


「また躱された――」


 障壁にぶつかった所を火炎で焼くつもりだったが、それよりもブラック・スライムの反応と回避が早かった。

 さらにブラック・スライムは信士と陽菜を撹乱するように、一瞬たりとも止まることなく2人の周囲を土埃を巻き上げながら縦横無尽に走り始めた。<高速移動>スキルだろう。


「ちょっと待てぇ! おかしいだろこんなスライム!?」

「スライムは鈍い、弱いの代名詞なのに、無茶苦茶速いし強いよ!」


 それもそのはず、ブラック・スライムの敏捷値は50000。これは信士の敏捷値と同じなのだ。しかも信士に比べて身体が小さい。手足は存在せずアメーバーの様に液状の身体を蠢動させ、文字通り流れるようにして移動している。故に、慣性を無視してどの方向にも自在に曲がれる分、機動性は遥かに凌ぐだろう。


 そのことを理解しているのか、ブラック・スライムは信士と陽菜をおちょくる様にスピードを落とすことなく動き続けた。

 そもそもスライムは不定形の粘液状の生き物。口も内臓も無い分、ひょっとしたら呼吸すら必要としないのかもしれない。それはつまり、息切れを起こすということがないということだ。

 その推測が当たっているかどうかは判らないが、ブラック・スライムは速度を緩めることなくひたすら動き続けている。攻撃しようにも速すぎて的を絞れない。


(どうにかして奴の動きを止めることが出来れば……)


 初めて強敵と対峙したことによる焦燥が信士の視野を狭めた。


 高速移動し続けるブラック・スライムの巻き上げる土埃が、いつの間にか周囲を覆い尽くしていることにようやく気付く。


(こいつ、目暗ましを!)


 高速移動を続けていたのは撹乱目的ではなく、土埃りを舞い上げて視界を奪うことが目的だったらしい。目もない癖にどうして目くらましなど思いつくのか?

 いずれにせよ、巻き上げられる土埃が煙幕と化してブラック・スライムの姿を覆い隠してしまう。

 慌てて信士が刀を一閃し、衝撃波で土埃を吹き飛ばす。


「消えた!?」


 驚愕に目を見開く。先ほどまで周りを走り回っていたブラック・スライムが忽然と姿を消していた。周囲を見回すが、どこにもいない。


「逃げたの?」

「いや――」


 ――違う、と言いかけた直後、<危機感知>スキルが激しく警鐘を鳴らした。


「陽菜、下!」


 信士の「下」という単語に反応し、陽菜は無意識のうちに身体を真横へと投げ出していた。彼女が一瞬前まで立っていた地面が弾け、槍の穂先のような形に変形したブラック・スライムが狙撃シュートヒムとばかりに地中から飛び出してきた。回避が僅かでも遅ければ串刺しにされていただろう。


「地中から!」

「<潜行>か!?」


 名前からして水に潜るスキルだと思っていたが、まさか地中に潜れるとは思わなかった。冷静に考えてみれば液状のスライムであれば土の地面になら染み込むことくらい可能だろう。

 弾丸の如き速さで地中から飛び出したブラック・スライムは、そのままスピードを緩めることなく空中で反転し、今度は頭上から陽菜に突撃を掛ける。


「わっ!?」


 回避できないと判断した陽菜は、咄嗟の物理系の障壁を展開した。自分の周囲を覆う球場の魔法障壁――天蓋てんがい

 鋭利な穂先に形を変えたブラック・スライムが陽菜の天蓋てんがいと衝突し、激しいが弾ける。粘液状のスライムが出せる音ではない。


(<硬化>か!? 自分の身体の一部を硬質化させることが出来るという訳だ)


 スライムらしからぬ異常な速さに、地中への潜行能力。変幻自在に形を変え、粘液状の身体を金属並みの硬さに硬質化まで出来るときた。


「スライムってこんな厄介なのか!?」


 ゲームや小説では雑魚モンスターの代表格だっただけに、眼前にいるスライムの厄介さには舌を巻かざるを得ない。


(しかもこいつ、さっきから陽菜ばっかり狙ってやがる!)


 そう、最初に奇襲されてからブラック・スライムは信士の方には目もくれず、陽菜だけを執拗に攻撃し続けていた。

 彼女の言う「くっころ」をする気か、と思ったがすぐに違うと考えを改めた。


(たぶん、こいつ判ってるんだ。陽菜が素早い相手が苦手だってことに)


 大剣を武器とする陽菜はパワーと攻撃力こそ凄まじいが、速度に乏しい。なので動きの速い相手が苦手なのだ。

 実際、速度重視の信士との模擬戦では一度も勝ったことが無い。もちろん信士並みに素早いブラック・スライムに対しても同じだ。

 おそらくブラック・スライムはそのことを見抜いているのだろう。なので、先に倒しやすい陽菜の方から仕留めてしまおうという魂胆なのだと信士は看破した。


「相手の弱点を見抜く能力に長けている上、頭も良い。こんなスライムありかよ!?」


 いまも信士には目もくれず、障壁を張り続ける陽菜を執拗に攻撃し続けるブラック・スライムに思わず毒づいた。

 ここへ来るまでに見た怪物とは一線を画する強敵。


 確かに陽菜が素早い敵が苦手で、狙いやすしと考えたことは間違いない。

 だが――


「その為にオレがいるんだよ!」


 陽菜1人であれば手も足も出ないかもしれないが、いまは信士が一緒にいる。彼の戦闘スタイルは陽菜とは違い、速力に特化している。


 信士の身体を青白いプラズマが覆い、生じた静電気が髪を逆立てる。


 雷系補助魔法――雷霆らいてい


 信士の雰囲気が変わったのを敏感に察したのか、ブラック・スライムが陽菜への攻撃を中断し、一転して信士へと警戒を向けてきた。

 雷霆を発動させた信士の速度は従来の比ではない。消えたかと思うような爆発的な加速で瞬時にブラック・スライムとの距離を詰めて刀を横へ一閃するが、間一髪でブラック・スライムは信士の斬撃を躱した。


自在空刃じざいくうじん!」


 信士の周囲に無数の透明な魔力の刃が現れた。ゾンビに使った時とは違い、全ての刃が雷系の魔力を宿して激しいプラズマを放っている。

 信士はそれらの刃をスライムではなく、周囲の地面へと放った。陽菜を中心として円陣を形成する形で一定間隔ごとに刃を地面に突き刺していく。刃同士の間隙には魔刃から放射されるプラズマが互いにぶつかり合っており、くぐり抜けることは出来ない。

 まさに稲妻の檻。その中に信士は陽菜やブラック・スライムと共に閉じ込められる形となった。


「いまだ陽菜!」

「了解!」


 信士の意図を陽菜は瞬時に理解した。

 俄かに彼女の鉄剣から激しい炎の魔力が溢れ出し、収束していく。

 ブラック・スライムはすぐに危険を察したようだが、周囲は信士が作り出した雷刃の檻によって塞がれている。咄嗟に地中に潜行して逃れたが、それも計算の内だ。


焔獄えんごく!」


 陽菜が炎の剣を地面に突き刺した。次の瞬間、陽菜の周囲の地面が真っ赤な光を放ちながら膨張し――凄まじい爆炎をまき散らして大爆発を起こした。


 焔獄えんごく


 地面に突き刺した剣から放射された炎系の魔力を地中で炸裂させ、自身を中心に大規模な爆発を起こさせる魔法だ。しかもただ爆発の衝撃と熱で攻撃するだけでなく、地面そのものを灼熱させてしまう性質がある為、例え地中に逃れたとしてもよほど深く潜らない限り灼熱からは逃れられない。


 ただ、術者が爆発の中心にいなければならないという性質上、自分自身も巻き込まれざるを得ないという一種の自爆魔法である為、発動時は必ず天蓋てんがいを周囲に展開しておかなければならない。

 幸い、今回はブラック・スライムの攻撃を防ぐ為に、陽菜は予め天蓋てんがいを展開していたことが幸いした。


 信士が雷刃の檻でブラック・スライムと陽菜を閉じ込め、逃げ場を無くしたうえで焔獄えんごくをという広範囲の無差別攻撃を放てば、仮に地中に潜ったとしても熱波からは逃げられない。


 陽菜が手加減無しで放った焔獄えんごくは、信士が形成した雷刃の檻を跡形もなく吹き飛ばし、直径50メートル近いクレーターを作り出していた。しかもクレーター内はさながら活火山の火口の様に地面が灼熱して溶岩化している。その中心部に、陽菜が魔法障壁を張ったことで僅かに元の地面が島の様にポツンと残されており、その上に陽菜が立っていた。


「やれやれ……相変わらず凄い破壊力だな」


 と、陽菜の魔法の威力に、クレーターからやや離れた場所でそれを眺めていた信士がぼやいた。

 陽菜が焔獄えんごくを放った際、彼自身も雷刃の檻の中にいたが、雷霆を使用した高速移動によって寸前で爆発の圏外に逃れていた。


「……倒した?」


 自身の魔法の余韻に浸ることなく、陽菜は油断なく周囲を警戒する。

 ブラック・スライムの死が確認できない以上、油断することなど出来ない。それほどまでに恐ろしい相手だったのだ。


「さすがにやったとは思うけが、地中で死んでたら確認のしようが――」


 信士の言葉を遮るようにして灼熱化したクレーターの一角が弾け、地中から全身を炎に包まれたブラック・スライムが飛び出してきた。


「ウソッ!」


 自身の最も強力な火魔法をもってしても仕留められなかったという事実に、陽菜は愕然として顔面を蒼白になった。


 だがブラック・スライムはそんな陽菜には目もくれず、全身を炎上させたまま物凄いスピードで地を這い、そのまま池の中へと飛び込んでいった。


「し、信士君……」

「落ち着け」


 ブラック・スライムが生きていたことに動揺したのは信士も同じだったが、そのHPが激減していたのを見逃さなかった。


「死んではいないが、かなりダメージを受けてる。一気に――」


 だがそこで信士は異変に気付いた。


「か、回復してる!?」


 水中に飛び込んでプカプカと水面に浮いていたブラック・スライムのHPが、何故か物凄い速さで回復していく。


 回復魔法を使った形跡はない。というか、ブラック・スライムは元々「魔力量」と「魔力」が0だった。つまり魔法が使えないはず。実際にスキルの中にも魔法に関するものは一切無かった。


「回復魔法も使わず、どうやってHPを回復させたんだ!?」


 視界に映っているブラック・スライムのステータスを確認して、スキル欄にあるスキルの1つで目が止まった。


「そうか、<水分吸収>!!」


 ブラック・スライムはその名の通り、身体が粘液――つまり水分で構成されている。故に人間を始めとする他の生物とは異なり、物理的なダメージを受けにくい。唯一ダメージを与える方法は、熱で身体を構成している水分を蒸発させること。だからこそ高熱を発生させる<火魔法>や<雷魔法>はスライムにとって天敵となる。だが逆を言えば、失った水分を補充することが出来れば自力でダメージを回復させることも可能ということになる。

 陽菜の爆熱によってその大部分を蒸発させられ、深刻なダメージを受けた。失った水分を補う為に池の中に飛び込み、池の水を吸収することで水分を補給してHPを回復させたのだ。


「なるほど……だから水場で待ち構えてたって訳だ」


 もし信士の推測通りなら、水がある場所ならいくらでもHPを回復させることが出来る。スライムにとってこれほど都合の良い戦場はない。


「仕切り直しか……」


 HPを全快させ、水場から上がってきたブラック・スライムに、信士は引き攣った笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る