第17話 来襲

 リスティ――


 それは亡くなった陽菜の母親が書いていたライト小説の主人公の名前だ。

 信士もそれは知っている。っというか、それはもう嫌になるくらい何度も陽菜に聞かされたから……


「……どういうことだ?」

「判んない」


 涙を拭こうともせず、光の剣を掲げたまま陽菜は首を振る。


「けど間違いないよ。この剣の名前は<極光の聖剣リーヴァ>。光属性の神聖力で出来た剣で、悪魔、死霊、アンデッドに対する特攻効果がある……これも母さんの考えた設定の通り。だとしたら――」


 陽菜は徐に<無限収納>から愛用の――信士が<錬成>で鉄屑から作った――鉄剣を取り出した。それを反対の手に持った<極光の聖剣リーヴァ>と重ねる。すると見る見るうちに光の剣が形を崩し、まるで吸い込まれるかのように鉄剣と一体化していく。姿形は鉄剣のままだが、剣全体がまるで<魔法剣>を使ったかのように光で覆われた。

 それを見て陽菜は「やっぱり」と呟いた。


「<極光の聖剣リーヴァ>はそれ単体でも使えるけど、こうして通常の武器に属性付与という形で宿らせることも出来る……これも設定通りだ」


 感に堪えぬ、と言わんばかりに剣を握る陽菜の手が震えている。


「小説の設定が現実になった、ってことか?」

「判んないけど、たぶんそういうことだと思う。リスティは他にも色々と便利な能力を持っていた。私の恩寵のレベルも1で、いまはこれしか出来ないけど、きっとレベルを上げて行けば他の能力も解放されていくはず!」


 いつの間にやら涙が引っ込み、代わりに歓喜の感情が陽菜の顔いっぱいに浮かんでいた。

 感情に動かされるままに、陽菜は光の剣を掲げて叫んだ。


「勇者リスティに、私はなる!」


 某海賊王を目指す少年の様に。


「と言う訳で、これが私の恩寵の効果だよ」

「お、おう」


 鉄剣を再び<無限収納>にしまい、何事も無かったかのように語りかけてくる陽菜に、信士は若干引いた。


「とにかく、これで恩寵の効果も判った。あとステータスで気になる点があるとすれば、この『天職』だな」

「普通に考えたら職業ジョブだね。たぶん、これに関係するスキルの上昇率とかが違ってくるとか」

「刀術士。刀使いのオレには確かにピッタリだな」

「それを言うなら大剣使いの私は大剣士だしね。あと、2人とも剣術と魔法の両方が出来るなら、第二職業が魔法戦士ってのも納得だよ」


「確かに。こうなってくると、他にどんな天職があるのか気になってくるな」


 僧侶とか魔導士といった職業もあるのだろうか? 信士としては、サムライや武将、侍大将みたいな職業があったらいいな、と思ってたりする。


「あとこのステータスって、普通ならあって然るべきものが無いよな?」

「レベルだね」


 陽菜も当然、判っていた。


 信士たちのステータスには各種の能力値はあるが、肝心のレベルが存在しないのだ。

 代わりにあるのが『総合力』という聞き慣れない項目。


「ちょっと計算してみたんだけど、この総合値ってステータス値の合計みたいだよ?」

「合計値……少なくともレベルではないと? 随分と妙な表現だな」

「んー、私はそうでもないと思う」


 陽菜は首を振った。


「と、言うと?」

「普通のゲームだとさ、モンスターを倒して経験値を貯めてレベルアップっていうのが一般的だよね?」

「まあ、そりゃな」


 信士が知っているゲームはほとんどそれだ。


「でもさ、それって現実に当て嵌めると不自然だよね? ただモンスターを殺すだけで全体の強さがある日突然、底上げされるって」

「確かに現実ではありえないだろうけど、それを言ったらレベル制のゲームが成り立たないだろ?」

「あくまでゲームの世界だから成り立つ法則ってことだよ。でも、現実の世界にレベルなんか無いし、生き物を殺すことで強くなれるなんてありえない。じゃあさ、現実の人間が強くなるためにすることと言えば?」

「そりゃお前、トレーニングとか筋トレとか……あ」


 そこで信士は気付いた。

 陽菜が言わんとしていることに。


「そ。筋力を鍛えたいなら筋トレを。体力を付けたいならランニングとかして個々に鍛えるでしょ? あくまで私の推測だけど、このステータスはゲームとかと違って、経験値を貯めたら全体が強くなるんじゃなくて、筋力には筋力の、体力には体力の経験値がそれぞれ設定されてるんだと思う。筋トレをして筋力を鍛えたら『筋力』が上昇して、ランニングとかして体力をつければ『体力』が上昇するんじゃないかな。愛がアップ! みたいな感じで」

「……なんで愛なんだ?」


 何故かヘンテコなポーズを決めて陽菜は断言した。

 たまに訳の判らないことを言うやつだ。なんかのゲームかラノベのネタなんだろうけど、と信士は嘆息した。


「とにかく、能力値の合計が総合力で、これが個々の“人間の値”を表すものなら、むしろレベルよりもずっと判りやすいし現実的だと思うよ?」

「確かにな……」


 ステータスに表示されている能力の数値が質を表すものなのだとしたら、合計値がその人間の“質”を示している、という論理は納得できるし現実的だと思う。


「じゃあ、オレたちの総合力って高いほうだと思うか?」

「少なくとも、さっき見たモンスターに比べれば断然上だよね」


 現時点で信士の総合力はおよそ23万強。陽菜は20万弱だ。対して、さっき見たグレイター・レッド・バッファローとファントム・ドレイクは約3万6千ほど。その2匹を捕食したジェルビアは16万。

 3匹に比べれば信士と陽菜の総合力はずっと高い。


「問題は、あの3匹の強さがこの世界……いや、この辺りに生息している魔物のどの程度の位置なのか、だな。もしオレたちよりも強い怪物と遭遇してしたら……」


 実際問題として、故意か偶然か、信士たちはあのような怪物たちが生息している危険地帯に転移させられた。しかもここがどこかも判らず、見渡す範囲に人里はおろか人影すら見当たらない。助かるには怪物たちがウヨウヨいるであろう危険地帯を自力で突破しなければならないのだ。

 そこで否応なく気になるのが、果たして自分たちはあのような怪物と戦って勝てるのか? という点だ。


 少なくともステータスやスキルだけ見れば自分たちが上回っている。だがステータスやスキルの数値が高ければ戦いに勝てると思うほど信士たちも馬鹿ではない。加えて、あれら以外にも多種多様な怪物が生息していることは想像に難くない。当然、あれよりも強い怪物もいるはずだ。


 訓練こそすれ、実戦経験が皆無の信士と陽菜に、あんな怪物たちと戦うことができるのか? 戦えたとしても、果たして勝てるのか?


「それでも行くしかないよ。いつまでもここにいたって仕方ないし」


 迷いを抱える信士とは違い、陽菜はすでに覚悟を決めたようだった。確かに彼女の言う通り、この場にじっとしていても死を待つだけだ。なら、兎にも角にも動くしかない。


「……だな」


 恋人がそこまで覚悟を決めているのに、自分がうじうじとしているのは男として情けない。

 信士も覚悟を決め、立ち上がった。


「とはいえ、どこへ向かえば良いんだ?」


 こういう場合、陽菜の言うようにまずは村ないし街を探すのがセオリーなのだろうが、いま目に見える範囲にそれらしきものは見当たらない。

 目の前は対岸が霞んで見える程の広大な川か湖。反対側には荒涼とした荒野が地平線まで続いている。人家どころか人の気配すら無く、周囲には危険なモンスターがうようよいると来た。


「ここまでなにも無いと清々しくなってくるな……」

「うーん。ラノベでは大抵、人里近くに転移されるのがセオリーなんだけど……」


 異世界オタクの陽菜も頭を抱えた。


 キイィィン――


「!!」


 頭の中でなにかがけたたましく警鐘を鳴らした。


(これは感知系スキルの警告!?)


 感知系スキルが、信士の全神経が即座に警鐘の意味を理解した。

<敵意察知>が警告してくれたのだ。


 狙われているぞ、と――


 振り返れば、陽菜も同じものを感じ取ったらしく全身を緊張させ、先ほど<無限収納>にしまった鉄剣を再度取り出し、臨戦態勢で周囲を警戒している。


 続いて<気配察知><魔力感知><魔物感知>が一斉に警告を発した。


 上だ――


 スキルに導かれるままに信士と陽菜は視線を上空へと向ける。


 地球と同じ蒼穹の空。

 その彼方に黒い影が舞っていた。


(鳥?)


 最初、信士はその影の正体は鳥かなにかだと考えた。なにしろそのシルエットは翼を広げた鳥そのものだったからだ。だが、影が徐々に近づいてくるに連れ、信士は自分の認識がとんでもない間違いだと知ることになる。

 何故ならその影には鳥にはあるまじきものが存在していたからだ。


 まず最初に見えたのは長い尻尾だ。あろうことかその影には翼の外に、自身の胴体よりも長い尻尾が生えていた。さらに全ての鳥類に共通して存在するはずの羽毛が無く、代わりにゴツゴツとした硬質感のある鱗が全身を覆っており、コウモリのそれと同じ飛膜を備えた翼を羽ばたかせて飛んでいる。しかも、長い首の先には肉食恐竜を彷彿させる爬虫類めいた頭部と裂けた口が存在していた。


「うそ……」


 陽菜が絶句している。

 翼の生えた巨大なトカゲのような外見。ファンタジーに疎い者でも、その姿を見れば皆一様にこう言うはずだ。


「ドラゴン!?」


 キシャアアアアア!!


 信士が絶叫するのとドラゴン擬きが奇声を上げたのはほぼ同時だった。

 翼を大きく羽ばたかせ、急加速したドラゴン擬きが一直線に岩山のてっぺんにいた信士と陽菜に突進してくる。


「うおっ!」

「きゃあっ!」


 2人が弾かれるようにその場から身体を投げ出した一瞬後、ドラゴン擬きの巨体がその頭上スレスレを飛び抜け、強靭な後ろ脚の指先に生えていた鉤爪が、一瞬前まで信士と陽菜が立っていた地面を大きく抉った。

 避けるのがわずかでも遅ければ、2人の身体は曲刀の如き爪に串刺しにされ、そのまま上空へと攫われていただろう。


 地面で一転して体勢を立て直した信士と陽菜の視線の先で、獲物を逃したドラゴン擬きが苛立たし気に吼え、上昇した後に2人の方を向き直る。

 その瞬間、視界にドラゴン擬きのステータスが表示された。



 アンディール・ワイバーン

 総合力:41260

 生命力:15600

 魔力量:1680

  体力:5000

  筋力:6000

  魔力:1900

  敏捷:2500

 耐久力:3000

 魔防力:2800

 技術力:1780

  精神:1000

  状態:空腹


 スキル

<飛行500><魔力飛行500><噛み付き680><爪撃670><尾撃590><火炎吐息400><麻痺毒300><執念550>



「ドラゴンじゃなくて、ワイバーンだよ!」


 陽菜にも見えたらしい。ご丁寧に訂正したが、そんなことを言っている場合ではない。


「ヤバい、完全にこっちを狙ってやがる!」


 獰猛な戦意を宿した金色の炯眼はしっかりと信士と陽菜の姿を捉えていた。感知スキルを通じて敵意と殺意がハッキリと伝わってくる。しかもステータスの「状態」が空腹になっていた。捕食する気満々だ。


「やるしかないのか……」


 飛行能力を持っている以上、逃げ切ることは無理だろう。となれば撃退するか殺すしかない。少なくともワイバーンは完全にやる気だ。


「ていうか、異世界での初戦闘がワイバーンてどうなんだよ!? 普通はスライムかゴブリンとか、もっと弱いモンスターだろ!?」


 やけくそ気味に叫ぶ。陽菜に読ませてもらったラノベでも、主人公が最初に戦う魔物はスライムやゴブリンといった弱い魔物が常だった。


「事実は小説より奇なり、だね」


 陽菜の方は何故か感慨深げに頷いていた。その余裕っぷりがムカつく。


 数値で優っていても感情が追い付かない。なにせ異世界にきて初めての戦闘。しかも相手は自分より遥かに巨大で恐ろし気な姿をした怪物。大きさで言えばTレックスと同じくらいだろう。

 そんな羽の生えたTレックスのような怪物に、現代日本人の中学生が1人で立ち向かえるかと聞かれれば、100人が100人とも「NO」と答える。

 もちろん、そのことを誰よりも痛感しているのは当人のはずなのだが……


(あれ? 思ったより怖くないな)


 怖いという気持ちはあるが、恐怖で身を竦めたり震えたりすることはなかった。存外に落ち着いている自分自身に対する不思議に思う気持ちが優っているくらいだ。


「そうか。<恐怖耐性>か」


 スキルの一覧表の中に<恐怖耐性>というものがあったのを思い出して納得する。

 その名前からして、恐怖心を押さえてくれる効果があるのだろう。


「よし、いける!」


 視界はクリアで気持ちも落ち着いている。恐怖で動けなくなるということもない。傍らには陽菜もいる。ステータスでも優っている。

 油断や慢心さえ抱かねば勝てるはずだ。

 改めて手にした刀――ヤマトの柄に手をかけ、ワイバーンに向き直る。


「やるぞ?」

「うん!」


 信士の言葉に、陽菜は阿吽の呼吸で頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る