第18話 金打
「2人の初めての共同
「お、おう」
なにやら意味有り気な陽菜の言葉に、信士は危機的状況にも関わらず顔は真っ赤になった。
そんな信士を嘲笑うかのようにワイバーンは再度急接近を仕掛けてきた。しかも翼を閉じ、空気抵抗を極限まで減らしての急降下で。
「!? おい、ちょっと待て!」
このまま体当たりでもする気か、と危機感を抱いた信士はその場から飛び退こうと身構えるが、その直前、ワイバーンは翼を大きく開いて急制動をかけた。
「ぶわっ!」
急降下からの急制動によって生じた衝撃波が突風をもたらし、土ぼこりを舞い上げて信士の視界を奪った。
危機感知――
「!!」
スキルの警告に従い、迷わず横っ飛びに避ける信士の身体を、掠めるようにして伸びて来たワイバーンの尾が地面を穿った。
よく見れば尾の先に槍の穂先のような刃が生えている。もし喰らったら串刺しどころか身体が真っ二つになっていたかもしれない。
「えーいっ!」
ワイバーンの注意が信士に向けられた一瞬の隙を狙って、陽菜が横合いから斬りかかる。振りかぶった鉄剣を、バットの如く力任せに薙ぎ振う。
バギャアン!!
爆発音にも似た甲高い金属音と共に、ワイバーンの巨体がボールみたいにすっ飛ばされた。
見た目ごく普通の華奢な女子中学生が、どでかい鉄剣を振り回して空飛ぶTレックスみたいな怪物を吹っ飛ばす光景は、なんというか、とんでもなくシュールだった。
そもそも彼女は<怪力>スキルがあり、筋力値は5万。それだけでワイバーンの総合力を上回っているのだから当たり前と言えば当たり前の光景だが。
「あ、しまった!」
陽菜が慌てた様子で自分の剣に視線を向けた。
「この剣、刃が付いてなかったんだった!」
彼女の鉄剣はあくまで練習用、信士との模擬戦をする為に造ったもので、安全の為に刃を丸めてあった。なので剣というよりは鈍器に近い。当然、殴ることは出来ても斬ることは出来ない。
「刃が付いてたらいまので仕留められたのに!」
と、随分と悔しそうに地団駄を踏む陽菜。
弾き飛ばされたワイバーンはかなりのダメージを受けたようだが絶命には至っておらず、どうにか体勢を立て直して
キシャアアアアア!!
それを吹き飛ばすかのようにワイバーンが雄叫びを発した。そのまま大きく息を吸い込むと、牙の隙間から真っ赤な炎が溢れ出す。
「<火炎吐息>だよ!」
陽菜の警告と同時に、ワイバーンの口から真っ赤な炎が吐き出された。放射状の炎ではなく、球状の炎の塊――炎の弾とも言うべきか。
「
飛来する炎弾と信士たちの間を遮るかのように半透明な正八角形の盾がいくつも展開し、防壁を作り出した。
信士が得意とする物理系防御魔法――自在障壁。半物質化した魔力の盾をいくつも造り出し、自由に組み合わせて変幻自在の防壁を作り出す魔法だ。
ワイバーンの炎弾は信士の自在防壁に衝突しただけで、あっけなく霧散してしまった。一枚の盾を破壊することすら出来ずに。
「陽菜の魔法に比べればカスみたいな威力だな」
発した声は、信士本人がビックリしてしまうくらい感情の籠らない冷たい声だった。
上空のワイバーンを見据えながら左手で持った刀――ヤマトを腰だめに構え、体勢を低くし、いわゆる居合斬りの構えを取る。柄を握る右手を通じて魔力を刀身へと流し込んでいく。
正面に展開した『自在防壁』を、扉を開くように左右へと分断。ワイバーンとの間に障害物が無くなる。
「風裂斬!」
残像すら残さない速度で刀を振り抜く。その瞬間、刀身に宿った魔力が風属性の刃となり、目に見えないカマイタチと化して空間を薙ぎ、100メートル以上離れた位置にいたワイバーンの身体をなんの抵抗も無く、それこそ紙切れ同然に両断した。
視界に映っていたワイバーンのHPが一瞬でゼロになる。悲鳴を上げる間もなく即死したワイバーンは、両断面から毒々しい紫色の鮮血と臓物をまき散らしながら落下し、真下の水面へ没した。
「終わった?」
心配そうな声で陽菜が尋ねてきた。
「……たぶんな」
ワイバーンが沈んだ辺りを未だに警戒しながら信士が答えた。
「再生からの復活でパワーアップとか無いかな?」
「怖いこと言うな! HPはゼロになってたし、そんなスキルは無かったから大丈夫だろ?」
そうは言いつつも念の為にしばらく警戒していたが、一向に復活してくる気配はない。本当に死んだようだ。
警戒を解いた途端、一気に疲れが押し寄せてきた。肉体的なものではなく精神的な疲労。
なにしろ生まれて初めて人外の怪物に突然襲われ、命懸けの殺し合いをしたのだ。
その中で信士と陽菜が迷いなく動けたのは、これまでさんざん繰り返してきた訓練と、イメージトレーニングによるものが大きい。
改めて予行訓練の大切さを思い知った気分だ。チートスキルを得ても訓練の方を欠かしていたら、怪物と遭遇してもいまみたいに迷わず戦えはしなかっただろう。
「……戦える、な」
「うん! 戦えるよ、私たち!」
呟き程度の信士の声に、陽菜は力強い声で答えた。
魔物と直に戦い、勝利したことで2人は確かな自信を得た。
自分たちは戦える、と。
「……なあ、陽菜」
「なに?」
「異世界転移物の主人公は、異世界に来た後はどうなるんだ?」
「どう、って……大抵は艱難辛苦を乗り越えて、世界を救って英雄とか勇者とか呼ばれるようになるよ?」
「……そうか」
英雄。勇者。
そう言ったものに信士は興味を抱いたことはなかった。所詮、自分はごく普通の中学生で、そういったものとは無縁の存在だ。
なによりそういったものはゲームやファンタジーなどの空想世界の産物だったから。存在しないものに興味や憧れを抱くなんてナンセンスだと思っていた。
だからかもしれない。
地球に実在した「本物の魔王」に興味を惹かれ、憧れたのは。
人でありながら魔王と呼ばれ、恐れられた男が特に好んだ小唄がある。
「死のふは一定――」
頭上に広がる異界の空を見上げ、静に語りだす。
「しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすのよ」
「信長?」
信士がこういう意味の解らないことを言うときは、大抵は信長に関わることだと学習している陽菜は、小首を傾げて尋ねた。
正解だ、と言いたげに頷いた。
「人間は誰しも必ず死ぬ。死後、自分を思い出してもらう為になにかをしておこう。きっとそのことを思い出として語ってくれるだろう――って意味らしい。信長は特にこの唄を好んでいたそうだ」
「ふーん。実際、死んでから400年以上経っても語られてるくらいだからね」
「その通りだな」
歴史の教科書にすら載せられ、史上最も有名な戦国大名として公然と名を遺した織田信長。志半ばで無念の死を遂げようと、その名は彼の望んだ通り、数百年の後も伝説として語られ続けている。
「決めたぞ、陽菜」
「決めた、ってなにを?」
「オレは信長になる!」
「ええっ!?」
いきなり素っ頓狂なことを言い出した信士に、陽菜はびっくりして声を上げた。
「勇者じゃなくて魔王になるの?」
「そういう意味じゃない。織田信長みたいに歴史に名を遺すって意味だ。英雄とか勇者とか、魔王なんて柄じゃないけど、数百年後の後の世まで語り継がれる歴史上の人物になってやる。この異世界で!」
野心に満ちた獰猛な笑みを湛えて信士は言った。
ずっと憧れていたのだ。織田信長という人物に。その鮮烈な生き様に。元の世界ではただそれだけだった。ただひたすら憧れて、惹かれて、知りたいとしか思わなかった。
織田信長と肩を並べられる大人物になろうなんて、考えたこともなかった。
けど、いまの自分なら出来るかもしれない。
チートな力を得て、異世界にやってきたいまの自分ならば、と。
もちろん、それが並大抵のことではないということは理解している。実際、織田信長も何十年にも及ぶ艱難辛苦の末に戦国の覇者と呼ばれるまでになったのだ。
そんな大人物に、ただチートを与えられただけの凡人中学生が追い付くなど、おこがましいと笑われるかもしれない。
けど、憧れの人物に少しでも近づきたい。叶うことなら追い付き、追い越したい――それは男女問わず、人間が誰しも持っている向上心であり、野心ともいえるものなのだ。
それこそが人という生き物を成長させる大きな糧にもなる。
決めた。決めてしまった。陽菜がリスティになろうとしているのなら、自分は織田信長に双肩しうる人物になってやる! そして、いつか必ず超えてやる!
そう心に刻んだ信士は、徐に刀――ヤマトを眼前に掲げた。そして刀を鞘から少しだけ抜くと――
「織田信長を、超える!」
言うと同時に刀を収める。鍔と鞘がかち合って甲高い金属音を鳴り響かせた。
「なにしてるの?」
「
「あがっちゃったの?」
「そっちの緊張じゃない!」
小首を傾げて気の抜けることを言う陽菜に毒づく。
とはいえ知らないのも無理はないので信士は陽菜に説明した。
「金を打つと書いて「金打」。約束、あるいは誓いを必ず果たすという決意表明だ。侍なんかの場合、刀の鍔を打ち付けることで武士の魂ともされる刀に誓うんだそうだ」
もちろん自分は武士ではないが、この刀は恩寵によって生まれたもの。分身ともいえる存在だ。
だからこそ信士はヤマトに誓った。
必ず織田信長を超える人物になってみせる、と。
「うん。いいんじゃないかな」
そんな信士に、陽菜は柔和に微笑みかけた。
「勇者リスティの恋人なら、魔王織田信長くらいにはなってもらわないとね!」
「そうだな」
そう言って2人で可笑しそうに笑い合った。
異世界にやってきて初めて、心の底から笑うことが出来た。
同時に思った。陽菜が恋人になってくれて、本当に良かった、と。
「じゃあ、行くか?」
「行きますか!」
互いに頷き合って、
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