第11話 陽菜の過去

「あははは。災難だったね、高月君」


 いつも訓練場にしている森の奥の広場で、岩に腰掛けて項垂れる信士とは対照的に、陽菜はすごく楽しそうに笑っていた。


「みんなオレとお前が付き合ってると思ってて、散々揶揄われたよ」

「違うの?」

「え?」

「あ、ううん。なんでもない!」


 慌てて首を振る陽菜。頬がちょっと赤かった。


「それよりさ、高月君」


 話題を変えるようにして陽菜が質問してきた。


「なんだ?」

「昨日、私の事、なにか聞かなかった?」

「? なんでそんなこと聞くんだ?」


 信士が尋ね返すと、陽菜は少し表情を曇らせた。


「今朝、高月君、私に言ったでしょ? 無理はするなって」


 そういえば確かにそんなことを言ったな、と思い出した。

 何分、陽菜が過去に親が犯罪を犯していたという話を聞いていたので、彼女の普段の不登校の原因はそれだったんじゃないか、と思ってしまったのだ。

 サボり魔だったんじゃなく、学校に登校するのが辛かったんじゃないか、と。


「だから、ひょっとして私の事、誰かに聞いてたんじゃないか、って……」

「いや、別になにも……」


 否定しつつも視線を明後日の方向へ向ける、正直者な信士君。陽菜はそんな信士の仕草が可笑しかったのか、ニマニマしながら「ふーん」と意味ありげに彼に顔を近づける。


「高月君、知ってる?」

「なにが?」

「この前、私が食べたエリクス・キャンディの中に<虚偽看破>っていうのがあったの」

「!!」


 言われて信士も思い出した。

 一応、この前、エリクス・キャンディが2つ出た時、信士と陽菜で1缶ずつ分けて食べのだが、食べる前に互いのスキルを確認しておいたのだ。確かに彼女が食べた飴の中には<虚偽看破>というものがあった。

 名前からして、嘘を見破るスキルなんだろう。

 つまり、彼女には嘘は通じないということだ。


「ええっと……ゴメン」

「別に謝らなくていいよ!」


 嘘を付いていたのは事実なので、信士は素直に認めて頭を下げたが、陽菜の方は謝られるとは思っていなかったのか、少し焦った様子で手を振った。


「知り合いに聞いたんだ。その……親が事件を起こして、県外から転校してきたって」

「そっか……」


 それだけ呟くと、陽菜は悲しそうに目を伏せた。


「いやけど、あくまで噂だって言ってたし……」

「噂じゃないよ」


 言いかけた信士の言葉を遮るようにして、陽菜は自ら答えた。信士の目が驚きで見開かれる。


「私のお母さんがファンタジー小説の作家だったっていうのは前に話したよね?」

「……ああ、聞いた」

「自慢するわけじゃないけど、お母さんの書いた作品って結構人気があったんだ。何冊も本を出していて、私も大好きだった」

「お前のファンタジー愛はそこから来たわけだ」


 そうだよー、と陽菜は頷いた。

 ちなみに信士の信長愛の出所も両親だった。

 子供は親を見て育つ。子は親の鏡というのは本当なようだ。


「でも、お母さんは……3年前に死んじゃったの」

「……それは、病気か?」


 信士の問いに、陽菜は表情を険しく歪めた。

 その顔には信士の目にもハッキリと判るほど、悔しさと怒りがにじみ出ていた。少なくとも信士が知る限り、彼女のこんな表情は見たことが無かった。


「……自殺したの」

「は――」


 陽菜の答えは信士の予想の斜め上を行くものだった。


「それは、どうして……?」

「お父さんが原因だったの」


 またしても予想外な返答に、信士は言葉を失った。


「お父さんは昔から酒癖が悪くて、短気で……暴力を振るうことはなかったけど、些細なことで機嫌を悪くして、よく私やお母さんに当たり散らしてたの。正直、私はお父さんに対して良い記憶なんか全然ない。一緒に遊んでくれたこともなかったし、ホントに怖い人で、ろくに話をしたこともなかった」

「……」


 典型的なダメ親父だな、と信士は思った。陽菜の手前、口には出さなかったが。


「ある日、お父さんは仕事先で問題を起こして、会社をクビになっちゃったの。それだけならまだ良かったんだけど、お父さんは会社を逆恨みして……腹いせに会社の倉庫に放火した」

「!!」


 驚愕の事実に信士は思わず目を見開いて絶句した。

 馬鹿か!? クビにされた腹いせに放火なんかやらかすなんて!


「父さんはちょっとした嫌がらせのつもりだったって言ってた。火を付けても、ボヤ程度で収まると思ってたみたい。けど思ってた以上に火の回りが早くて……会社を全焼する大火事になった上、逃げ遅れた社員の人が何人か亡くなって……」


 言われて信士は思い出した。

 何年か前にニュースで見た記憶があった。

 確か東京での出来事だったはずだ。名前は思い出せないが、問題を起こして会社を解雇された元従業員が、腹いせに会社の倉庫に放火して全焼させた結果、逃げ遅れた従業員が何人か亡くなった、という話だった。かなり大きな事件となり、一時期ニュースでは特集が組まれるほど大々的に報道されていたので覚えている。事件後に犯人はすぐに逮捕され、裁判に掛けられて無期懲役が下されたとまでは記憶していた。


 ニュースで報道されていたのはそこまでだ。は、信士はなにも知らない。


「あの事件で、私たちの人生は完全に狂った」


 ニュースでは報らされなかった『その後の事』を、陽菜は重苦しい口調で話し始めた。


「お母さんの作品は打ち切りになって、賠償金とかも請求されて……家にもすごい数のマスコミとかが来て……バッシングや嫌がらせも凄くて……私も、学校で凄くイジメられた。ずっと友達だと思ってた子たちに「人殺しの娘」とか「放火魔の子供」とか……ずっと言われ続けた」

「……」


 犯罪は2種類の弱者を生み出す、と聞いたことがあった。


 被害者家族と加害者家族。


 ある日、突然、犯罪で家族を奪われた――被害者側の家族。その苦しみと悲しみ、憤りは計り知れないだろう。それこそ人生を狂わせてしまうほどに。

 だが、加害者の家族はそれとはまた別種の苦しみを抱えることになる。

 なにしろ犯罪者の家族になってしまうのだ。被害者家族からはもちろん、無関係な第三者からも非難やバッシングに晒され、下手をすればマスコミによって素性やプライバシーを大衆に晒されてしまう、などと言う例も多々ある。

 そうでなくてもSNSやFacebookが主流となっている現代の情報化社会では、マスコミが報道しなくともネット民によって個人情報が特定され、ネットに晒されるということが日常的に起きているのだ。


 ファンタジーオタクで、先日までスキルや魔法やらを得て子供みたいにはしゃいでいた少女は、実は加害者家族だった。そのことを初めて知り、同時に彼女が味わった地獄を知らない信士には、陽菜になんと言葉をかけて良いのか判らなかった。


「お母さんはそんな日々に耐え切れなくて……事件から2ヵ月後に自分で命を絶った」


 前髪に隠れた陽菜の目に光るものを見て、信士の胸は痛んだ。


 彼女もまた、自分と同じ『取り残された子供』だったのだ。


 自ら命を絶つ――それほどまでに陽菜の母親は追い詰められていたのだろう。その地獄と絶望を知らない信士に、陽菜の母親の行動をどうこう言う資格は無いかもしれないが、それでもこう思わずにはいられなかった。


(親が死んで残される子供のことを、どうしてもっと考えてやらなかったんだ!)


 孤児として、同じような境遇の子供たちと一緒に暮らしている者として、どうしても陽菜の母親の行動には暗澹たる思いを抱かずにはいられなかった。だが本人が亡くなったいま、その言葉をぶつけるべき者はいない。そんなことを言っても誰も救われないし、変わらない。信士はそれを自分の胸の裡だけに仕舞うしかなかった。


「……それから今日まで、どうしてたんだ?」

「お母さんが死んだ後、私はお母さんの妹――叔母さんに引き取られたの。叔母さんは滋賀県で暮らしてたから、そのままここに転校してきたんだ」


 目元を手でこすり、立ち上がった陽菜は信士に背を向けた。

 いまは、顔を見られたくないらしい。


 なるほど、と信士は理解した。

 明るく屈託のない性格の陽菜が、ろくに友達も作らず不登校気味だったのは、友人に裏切られ、イジメられた過去トラウマがあったからだったのだ。


「……お前、休み時間とかに読んでた小説って、ひょっとして……」

「うん。お母さんの書いた小説なの。『リスティの異世界冒険記』ってタイトルで、事故で死んじゃったごく普通の女子高生が、異世界転生して大活躍して世界を救うってストーリー!」


 背を向けたままだが、陽菜は快活な声で答えた。


「ちなみに主人公のリスティは、女の子なのに人並外れた怪力の持ち主で、大きな剣を振り回して戦う女剣士なの!」

「ん?」


 それを聞いて信士は思い出した。

 陽菜が<怪力>や<大剣術>といった、戦士系のスキルを好んで習得していたのを。


「もしかして、お前が女剣士を目指してたのって……」

「うん。リスティみたいになる為だよ」


 そこでようやく陽菜は信士の方を振り返った。まだ目は若干赤かったが、顔には笑顔が戻っている。


「お母さんが書いた物語の主人公に、私はなる!」


 某海賊王みたいなセリフを高々と宣言する陽菜は、完全にいつもの調子に戻っていた。少なくとも信士にはそう見えた。


「ゴメンね、変な話をしちゃって……」

「別に構わないさ。驚いたのは確かだけどな」

「うん。それでその…………どう思った? 私の事……」


 上目遣いで信士を見つめる陽菜の目には、ハッキリと不安の色が見えた。見れば手も小刻みに震えている。

 無理もないだろう。自分が犯罪者――それも殺人犯の娘だと告白したのだから。しかもその事が原因で友人に裏切られ、イジメを受けていた過去があるのだ。


 もしかしたら、また――と思うのは仕方がない。


 かつて友人にそうされたように、自分が殺人犯の娘だと判れば、信士も拒絶するかもしれない、と。

 それでも事実を信士に打ち明けた陽菜は、もしかしたら人生で一番、勇気を振り絞ったのかもしれない。


 そんな彼女の気持ちを理解したうえで、信士は嘘偽りのない自分の気持ちを口にした。


「別にお前自身が事件を起こしたわけじゃないんだろ? だったら、オレは特になんとも思わないよ」

「……ホント?」

「そう思うなら、<虚偽看破>を使ってみろ」


 そもそも、陽菜には嘘を見破るスキルがあるのだから、偽るだけ無駄なことなのだ。

 言われて実際に使ってみたらしい陽菜は、信士の言葉が本心だと判って、嬉しいような、安心したような、なんとも言えない顔になった。

 それがまた可愛らしくて、信士本人もなんとも言えない気持ちになる。


「ホントだろ?」

「……うん」

「犯罪者の娘だろうが関係ない。オレにとって矢橋は、ただのファンタジーオタクの不登校娘だ」

「その表現には遺憾の意を示すけど……ありがとう、高月君」


 そう言ってはにかんだ陽菜の笑顔は、なんというか、いままでで一番輝いていた。信士が思わず顔を赤くして咳払いをするくらい。


「まあ、あれだ……矢橋だけ過去を打ち明ける、っていうのも不公平だから、オレも打ち明けようと思う」

「打ち明けるってなにを? はっ!? もしかして、愛の告白!?」

「違うわ!」

 

 信士が力いっぱい否定すると、陽菜は「冗談だよー」と笑いつつも、どこかがっかりしたように視線を伏せた。


「オレも家族がいないんだ」

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