第12話 運命を変える力、その名はチート!

「え? そうなの……?」


 出だしから陽菜は目を丸くして驚いていた。


「やっぱ知らなかったか。ちなみに、クラスメイトはほとんど知ってるけどな」

「えー、知らなかったの私だけ? 仲間外れ?」

「ほとんど学校に来ない上に、友達付き合いもしてなかっただろ?」

「うー、そうだけど……」


 いまし方知った陽菜の事情が事情なので、不登校やコミュニケーション不足のことはあまり注意しないようにした。

 彼女のようにイジメを受けたことのある人間にとっては学校はトラウマのような存在なのだ。ましてや仲の良かった友人に裏切られたとなればなおさらだ。


「もともとオレは両親と妹の4人暮らしだった。まあ、あれだ。特になんの変哲もない、ごく普通の家族だったと思う……両親揃って戦国マニアだったという点以外は」

「なるほど。高月君の戦国マニア魂は両親譲りだったってわけだね!」

「まあ、そうだな。なにしろ息子であるオレに『信長』と『武士』から一字ずつ取って『信士』って名付けるくらいだからな」


 長と武。合わせて『信士』。

 名前の由来を聞いた時点で、彼の両親が筋金入りの戦国マニアであることが伺える。そして、自分の名前が信長から来ている、と知って狂喜乱舞した息子も同類だが。


「ひょっとして、妹さんも戦国マニアだったの?」

「いや……あいつはまだ6歳だったから、その辺りのことはほとんど知らなかったと思う」


 6歳だった――過去形。


「交通事故だった」


 一泊、吐息をついてから信士は続けた。


「2年くらい前だ。オレが中学校に入学したお祝いに家族で旅行に出かける途中、オレたち家族の車に対向車が突っ込んできたんだ」


 一般道ではあったが、双方の車がほとんどノーブレーキによる正面衝突だった。

 原因は相手側が車線をはみ出して逆走状態になってしまったことだった。何故そんなことになってしまったのか? 後に警察から原因を聞かされた信士はその余りの理由に耳を疑った。

 対向車の運転手は未成年の上に無免許だったのだ。しかも事故を起こした際、飲酒をしていたそうだ。当人は奇跡的に軽傷で済んだが、飲酒や無免許運転が発覚するのを恐れ、通報も救護処置もすることもせずあろうことかその場から逃走し、後日逮捕されて少年院送りになった。


「オレは怪我で済んだけど、運転してた父さんと助手席の母さんは即死だった。妹も……救急車が来る前に死んだ」


 信士は自分の両手に視線を落とした。

 いまでもハッキリと覚えている。自分の腕の中で、眠る様に息絶えた妹――りんの最期を。

 肌の色が判らなくなるくらいに自分自身の血でまみれ、それでも意識を残していた。

 もはや痛みも感じなくなっていたのだろう。しきりに「寒い」「怖い」と泣いていた。助からないことは判っていた。嫌でも判ってしまうほど凛の負った怪我は深刻で、致命的だった。

 それでも信士は最後まで凛を励まし続けた。「がんばれ!」「もうすぐ救急車が来るから!」と。

 目も見えなくなり、身体の感覚も失われてたのだろう。妹は、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と弱々しい声で信士を探し求めていた。


 耐えられなかった。次第に体温を失っていく妹の小さな身体を抱きしめて、泣きながら信士は妹の耳元で、叫ぶように言った。「兄ちゃんはここにいる。ずっと一緒にいるから!」と。

 その声が届いたのだろう。凜は最後、安心したような穏やかな笑みを浮かべて――


「お兄ちゃんといっしょ。うれしい」


 それが妹の――凛の最期の言葉だった。


「なんで、あの時じゃなかったんだろう……」


 両手をぐっと握りしめて、信士は吐き出すように言った。


「あの飴――エリクス・キャンディが現れたのが2年前だったら……この力があの時にあったなら、父さんや母さんを、凛を救えたかもしれないのに……」


 過去は変えられない。死んだ者は戻らない。信士の言っていることはただのifに過ぎない。それでも、どうしても思ってしまう。


 いまなら……不思議な飴を食べ、魔法やスキルといった超常の力を身に着けたいまの自分なら、あの事故からでも家族を救うことが出来たんじゃないか、と。

 だからこそ、理不尽だと理解しつつも思ってしまう。

 なんで2年前に現れてくれなかったんだ、と。


「それは……私も思った」


 沈んだ声で陽菜も言う。


「いまの私なら、お母さんを支えてあげることが出来たかもしれない、って……」


 ぎゅっと、華奢な手を握りしめ、寂し気な眼差しで空を見上げた。まるで、空の彼方にいるはずの誰かを探すように。


「でも、もうお母さんは帰って来ないし、お父さんが死なせた人たちも返してあげられない」


 そう言って、彼女は自嘲気味に笑った。


「チートって、案外無力なんだね」

「……そうかもな」


 釣られて信士も笑った。

 人知を超えた力を身に着けて浮かれていたが、結局のところ、根幹の部分はなにも変わっていなかったのだ。

 どんなに人間離れしていても、人であることに変わりはない。人には自ずと出来ることと出来ないことがある。

 チートというものは、出来ることを飛躍的に増やしてくれるかもしれないが、摂理までは変えられない。

 死者を蘇らせる。過去を変える。それは最早、チートではなく神の領域だ。


「チートで過去は変えられないけど、これから起こる未来を変えることなら出来るよ」


 確信に満ちた声で陽菜は言った。


「実際、高月君がチートを得てなかったら、私は熊に食べられてたからね」

「そういや、そうだったな」


 山頂公園で熊に出くわしたあの時、信士がチート能力を持っていなかったら2人とも熊に殺されていたはずだ。


 確かに陽菜の言う通り、過去は変えられなくても未来は変えられるかもしれない。


この力チートをくれたのが誰で、なにが目的かは判らないけど、きっと、この先の未来で起こる“なにか”の結末を変える為だよ」

「なにか、って?」

「それは判らないけど……たぶん、凄く酷いことが起きるんだと思う。私たちに起こったようなことの、何倍もひどい事が起きるような気がする。そういう内容のラノベを何冊も読んだし」

「ラノベかよ……」


 そう言えば陽菜は以前にも言っていた。同じような経緯で主人公がチートを手に入れた後、世界中にモンスターが出現して世界が滅茶苦茶になる、という内容の話を読んだ、と。


「小説によってはなにも起こらないってストーリーもあるんだけど、きっとそうはならないと思うよ」

「出来れば勘弁してほしいけどな」

「それは私も同じだよ。けど、どうやっても避けることも、逃げることも出来ないのなら……私は立ち向かうよ!」


 力強く宣言する陽菜に、信士は目をパチクリさせて驚いた。


「だって、リスティは立ち向かってたから!」


 そんな信士に、陽菜は陽だまりのような笑顔で答えた。


「お母さんが書いた小説の中で、リスティはどんなに傷ついても、苦しんでも、大切な人の為に戦い続けてた。時には折れそうになったり、泣いちゃったりしたこともあったけど……立ち向かうことだけはやめなかった。だから私もリスティみたいになるの!」


 ビシっと何故か人差し指を立てて宣言する陽菜。

 ここまで自分の作ったキャラクターに憧れる娘を見たら、彼女の母親はどう思うだろうな、と思ったりもしたが、まあ言いたいことは判る。


「まあ、確かに避けることが出来ないんなら、立ち向かうしかないか……」

「そうそう。運命を変える力――それがチートだよ!」

「その解釈はどうかと思うけどな」


 微妙なことを力いっぱい宣言する陽菜に、信士は半眼で呟いた。

 ただ――


(運命を変える、か)


 家族の死。愛する者たちに看取られての穏やかな最期ではなく、運命の悪戯の如き理不尽によって、ある日突然、大切な者を奪われる。

 それが運命というのなら、信士には到底、受け入れられない。


(なるほど。あながち間違った解釈でもないか)


 実際、自分たちが熊に殺されるという運命も変えてくれた。

 これからなにが起こるのか、なにが始まるのか、誰が、なんの為に自分たちに力を与えたのかは判らないが、それが自分たちに起きたような悲劇であれば受け入れることは出来ない。それこそ、どんな手段を使ってでも、絶対に拒絶する。

 自分たちが得た力は、それらに大いに役立ってくれるはずだ。


「だから、これからもよろしくね、


 初めて名前で呼ばれ、信士は目を丸くして陽菜を見た。彼女は緊張と、期待と、それ以外の理由で顔を赤くして、上目遣いで信士を見つめていた。

 その顔が妙に子供っぽくて思わず笑いそうになったが、そこは空気を読んで我慢した。


「ああ、よろしくな、


 名前で呼ぶと、陽菜はそれこそ子供みたいに笑顔を輝かせたのだった。

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