第41話 傭兵たち

 時間は少し遡る。


 世界最悪の魔境として知られるアンディール大陸の草原を、数台の魔境用装甲車が列を組んで走っていた。頑強な装甲に加えて大抵の悪路なら走破することが出来る大型のタイヤ。必然的に車体は大型で重装甲。ちょっとしたトラック程の大きさがある。その車体故に10人前後の人員を輸送する能力を持ち、さらに魔物の接近を探知するレーダーの他、いざという時は車体の周囲に防御魔法を張り巡らせることも出来るという優れモノだ。


 そしてそれらの車両の側面には、すべて同じ柄のエンブレムが描かれていた。


 鎧を纏い、剣と盾を携えた骸骨の騎士のエンブレムが。


「スケルトン・リーダーより全車へ――間もなく目標地点に到達する。全員、戦闘準備を怠るな!」


 先頭車両の助手席に座った男が無線越しに後続車に通達する。各自了解の返答を確認した後、男は無線機を戻して座席にもたれ掛かった。


 30代ほどの人族の男性だ。浅黒い肌に精悍な顔立ち。肩口まで伸ばした黒髪をうなじの辺りで結わえている。さらに身に付けている甲冑じみた黒いプロテクターに、大振りのカタナと呼ばれる曲刀を抱えている様は、まるで野武士のようなイメージを見る者に抱かせる。

 そして彼が身に纏っている鎧の肩の部分にも、車両に刻まれているのと同じ髑髏騎士を模したロゴがペイントされていた。


「気合が入っていますな、隊長殿」


 後部座席から顔を覗かせたのは、果たして人ではなかった。

 大きく前方に突き出し、耳元まで裂けた口。肉食動物を彷彿させる鋭い牙。炎のような赤い鱗に覆われたその顔は明らかに爬虫類――トカゲのそれだった。2メートルを超える並外れた巨体に、彼が「隊長殿」と呼んだ男と同じようなデザインのプロテクターを纏い、こちらは十文字タイプの槍を手にしていた。特徴的なのは彼の鱗を初め、身に付けた装備の全てが赤に統一されていることだ。


 その様相は外見もあって、あたかも「火竜」を連想させる。


「今回の仕事は、単なる魔物の間引きじゃないからな」


 前方を見据えながら「隊長」と呼ばれた野武士風の男はぶっきらぼうに答えた。


 民間軍事会社「アルクテクト」アンディール支部所属・傭兵部隊スケルトン隊隊長ヴィンセント・ヴィリアーズ。


 それが彼の肩書であり、名前だった。


 彼らは所謂「冒険者」と呼ばれる者たちであるが、普通の冒険者とは大きく異なる点があった。


 ヴィンセントたちは「冒険者」であると同時に「傭兵」でもあるのだ。


 民間軍事会社「アルクテクト」。

 様々な個人や企業、国と契約を交わし、施設や要人警護や魔物、盗賊等の討伐、魔導兵器等の操縦や整備といった様々な戦闘関連の業務を行う、いわゆる民間軍事プロバイダーだ。

 世界各地に支部を要し、万を超える数の傭兵たちを要する世界最大の軍事企業。


 ヴィンセントたちは、そんな民間軍事会社アルクテクト・エフタリア女王国アンディール支社に所属する傭兵であった。


 数十年前、エフタリア女王国がアンディール大陸への入植事業を立ち上げた際、「アルクテクト」が政府の依頼で多大な援助を行っていたという歴史があった。資金もそうだが、主に魔物から入植者たちを守る戦力として、同社は開拓計画に多くの傭兵を派遣していたのだ。彼らの援助があってこそ現在のエフタリア女王国アンディール領があると言っても過言ではなかった。


 加えて「アルクテクト」は現在でも多くの傭兵をアンディール領に派遣している。他の地域とは一線を画す強さの魔物が跋扈するアンディール領では、腕利きの戦士はいくらいても足りない。この場所に住んでいる以上、所属する冒険者や兵士たちも能力的には高水準な者ばかりなのだが、やはり単純な強さに置いては魔物の方が何枚も上手であり、死傷率も高いので常に戦士は人手不足の状態なのだ。しかし、だからと言って本土から派遣しようにも、生半可な者ではこの大陸の魔物たちの前ではものの役に立たない。高レベルの冒険者を大勢派遣しようものなら、今度は本土の方が人手不足になる。


 そうなるとやはり、最も手軽な戦力補充の手段として民間軍事会社等の傭兵たちが重宝されることになる、と言う訳だ。


 ヴィンセントたち傭兵の主な役目は、アンディール領における冒険者活動の支援。その為、当然ながら全員が冒険者資格を有している。故にその任務は彼らと同じで魔物の駆除、物資の輸送、護衛、治安維持。時には盗賊と言った犯罪者の討伐、逮捕を行うこともある。


 在野の冒険者たちはこれらの依頼を直接ギルドから受注するのが一般的だが、ヴィンセントたち傭兵はそれらのほかに会社からの命令という形で依頼を遂行することもある。つまり、依頼主がギルドを通してアンディール支社に傭兵の出動を依頼する、という形式で出動を命じられたり、支社の企業活動として仕事を行う場合もあるわけだ。


 あくまでフリーランスとして個人やパーティ単位で行動することほとんどの一般冒険者に比べ、組織に所属する彼らは十数人単位の組織的な戦闘を得意としている。凶悪な魔物相手に少しでも死傷率を下げ、隊員の生還率を上げる為の基本方針だ。その為、アンディール支社には数人から十数人単位で構成される「小隊」が10個ほど所属しており、任務の際は基本的に小隊単位で行動する。その内の1つが、ヴィンセントが隊長を務める「スケルトン隊」だった。


 さらに彼らは会社から、一般冒険者ではとても手に入らないような高価、高品質の武器や装備を与えられており、実力や依頼の遂行率に関しては当然ながら一般冒険者よりも遥かに高い。


 その為、一般の冒険者には達成不可能な高難度の依頼がしばしば舞い込んで来る。


 今回の任務もそんな依頼の1つだった。


「然り」


 顎を摩りながら赤い蜥蜴武者――ヴィンセントの部下であり、副隊長でもあるリザードマンのユラ・ハが言った。


 リザードマン。

 二足歩行のトカゲのような外見を特徴とした種族であり、総じて人族より大柄で、高い身体能力を持っていることで知られている。鱗の色や外見の異なる様々な部族が存在しているが、中でもユラ・ハは紅鱗族こうりんぞくと呼ばれる少数民族の出身だった。


「今回の任務は、行方不明になった冒険者パーティーの捜索。いわば人命救助ですからな」


 数日前に行方不明になった採取家マイナーズパーティの捜索――それがいま、彼らに与えられた任務だった。


 情報によれば、彼らは10人程度の固定パーティで、薬草や食材の収集を目的として活動しており、その日は薬草の収集の為、メルティカス平原の先にある森林地帯に向かった。


 そして、期間予定時刻になっても誰一人戻らず、音信不通となってしまった。


 採取家マイナーズパーティとはいえ、アンディール大陸で活動している以上、彼らも相応の手練れであり、実際に総合力3万を超える猛者もいたという話だった。それが全員そろって行方不明。

 なのでその捜索依頼が、支社を通してギルドからヴィンセントたちスケルトン隊に舞い込んだという訳だ。

 

「人命救助になれば良いわね」


 皮肉気な女性の言葉に、ヴィンセントとユラは揃って後部座席に座る声の主へと視線を向けた。

 

 艶のある黒髪を太ももの辺りまで伸ばした、野性的な雰囲気の美女だ。年は20代の半ば程。動きやすさを重視した、露出度の高い軽装に、腰には自身の得物である2本のマチェーテを差している。そして彼女の最大の特徴は、頭部に生えたネコ科の猛獣を彷彿させる獣耳と、臀部から延びたしなやかな尻尾だ。


「不謹慎だぞ、アリシア!」


 ヴィンセントの注意が飛ぶが、アリシアと呼ばれた女獣人は嘆息を1つ漏らしただけで飄々と答えた。


「音信不通になってから既に2日以上経ってるのよ? 普通に考えて、生きている可能性はどのくらいかしら?」


 アリシア・ルクレチア。黒豹の獣人である彼女は、スケルトン隊に置ける遊撃隊員だ。

 獣人族とは、身体の一部に動物の特徴を持った種族の総称だ。ユラ・ハのようなリザードマンは鱗や外見の差異こそあれ、総じて二足歩行のトカゲのような見た目だが、獣人族の場合はアリシアのように身体のごく一部に動物の特徴を持った者から、リザードマンと同じような二足歩行の動物のような者まで、外見は多岐に渡る。


「どう思う、リーナ?」


 アリシアが視線を振った先にいたのは、20歳くらいの銀髪の美女だった。陶器を思わせる白い肌に、鋭利に整った顔立ちは美しくあるのだが、感情が抜け落ちたかのような無表情が、どこか人形を連想させる。また彼女は他の隊員たちと違って武器を一切装備しておらず、身体にぴったりとフィットするボディスーツだけを身に纏っていた。


「行方不明になっている冒険者全員が生存している確率は、ほぼ0%と判断します」


 その唇から紡がれた美声は、やはり感情が籠っておらず、なんとなく機械音声のようにも聞こえる。加えてその内容もまた無慈悲なものであった。


「ただし、1人以上の生存者がいる可能性は17%です」


 行方不明者全員が生きている可能性はほぼ無い。なんらかのアクシデントに見舞われて動けなくなっているのなら、ギルドに救助要請が入るはずだ。魔境で活動する冒険者には、万が一に備えて通信機の携帯が義務付けられているのだから。

 

 それが一切ないということは、既に全員が死亡している可能性が極めて高い。しかし、運よくアクシデントを切り抜けた1人ないし2人程度の生存者がいる可能性は否定できない。連絡が無いのは通信機の故障か紛失によるものと判断できる。


機人マシン族であるリーナ殿の分析は、外れた試しがありませんからな」


 顎をさすりながらユラは物憂げに呟いた。


 機人マシン族――


 それは人の姿形をもった機械生命体の総称だった。

 外見は人間のそれとほとんど変わらないのだが、所謂アンドロイドと称される存在がどういう経緯でか生命を有した種族であった。


 その起源は、一説には古代アンディール王国が造り出した人型兵器であるとされているが、定かではない。機械でありながら命と、独自の文化や固有能力を有する機人マシン族ではあるが、他の種族に比べて個体数が少なく非常に稀有な種族としても知られている。しかも大きさや姿形に統一性が無く、人間と遜色ない外見の者もいれば、ロボットとしか思えない姿をしている者も存在しており、中には身長が10メートルに達する者もいるという、非常に変わった種族だ。


「可能性がゼロでないのなら、行かない理由は無い」


 ふん! と鼻息荒くヴィンセントは言った。


「そう言えば、行方不明者の中に隊長の知り合いがいたんだっけ?」


 アリシアの問いに、ヴィンセントは神妙な表情で前方を見つめながら答えた。


「妻の……ニーナのお菓子教室の生徒でな。フィーネと言う名前で、まだ15歳だったはずだ。オレも何度か会ったことがあるが、愛嬌のある可愛らしい子だった。お菓子職人としても筋が良いと、ニーナが褒めていたよ」

「なるほど。さては、涙目の奥方に懇願されましたかな?」


 今度はユラが尋ねると、ヴィンセントは硬い表情のままで頷いた。

 自分のお菓子教室に通っている生徒が行方不明になったと知って、彼の妻は我が事のようにその身を心配していた。出発する直前には涙で濡れた目で「どうかあの子を助けてあげて」と夫であるヴィンセントに懇願してきたほどだ。「任せておけ」と彼は答えたが、この状況ではヴィンセント自身、彼女の無事を祈る以外に出来ることは無かった。


「っていうか、なんでお菓子教室に通ってるような子が冒険者に?」


 至極当然の疑問を口にするアリシアに――


「将来、自分のお菓子屋を開くのが夢らしくてな。その開店資金の為だったそうだ」

「それはまた、現実的と言うか、向こう見ずと言うか……」

「アンディールではよくあることですな」


 呆れるアリシアとは対照的に、ユラは「さもありなん」と言わんばかりに頷いていた。


 実際にこの手の話はアンディール領ではよくある話なのだ。冒険者とは世界一危険な職業であると同時に、世界一儲かる仕事でもある。金欲しさ、あるいは今回のような自身の夢や目標の為の資金稼ぎを目的に冒険者になる者や、冒険者稼業で稼いだ金で引退後に新たな事業を始めたという話は多い。


「彼女の親御さんもそうだったらしい。妻の為にも、なんとか助けてやりたい」

「我らが隊長様は相変わらずの愛妻家だこと」

「良きことではありませんか」


 やれやれ、と肩を竦めるアリシアに、朗らかに微笑むユラ。

 野武士の如き強面のヴィンセントだが、既婚者であり愛妻家でもあることはスケルトン隊の隊員――否、アンディール支社に勤める社員皆が知ることだった。さらに言えば、2人には3歳になる娘がおり、ヴィンセントは特に溺愛しているということも。


 ニヤニヤ顔の部下たちを誤魔化すように、ヴィンセントは咳ばらいを打った。


「リーナ、周囲に魔物の気配は?」

「周囲1レーメ圏内に魔物の反応は認められません」

「判った。引き続き、警戒を頼む」

「了解です」


 隊長であるヴィンセントの言葉に、淡々と答えるリーナ。

 機人マシン族は機械生命体というその性質上、レーダーやセンサーといった機械的なスキルを有する者が多い。彼女――リーナもまた高レベルの索敵機能を有しており、彼女のそれは下手なレーダーやセンサーなどよりも高性能で、小隊における重要な索敵係として重宝されていた。


「そう言えば、人探しで思い出したのですが、本社の方から通達があったという例の件、どう思われますか?」

異世界人<エクス>のことか?」


 異世界人――ヴィンセントたちの住むこの世界とは異なる、別世界の人間たち。

 通称、<エクス>。


 誰がそう名付けたのか、忘れ去られて久しい。


 自分たちの世界の他にも異なる世界が存在していることは、周知の事実だった。

 何故なら過去に度々、別世界の人間たちがこの世界に飛ばされてくる、という現象が起こっていたからだ。なぜそのようなことが起こるのか、詳しい原因は判っていない。


 ただ、過去に異世界人がこの世界にやって来た直後には、必ず世界を揺るがしかねない大事件が発生していた。


 ある時は世界規模の天変地異――

 ある時は未知のウィルスによるパンデミック――

 ある時は古代獣の復活――


 いずれも世界の存亡にかかわる未曽有の危機であったが、それらに先駆けるようにして突如として異世界人が現れ、その都度、危機の回避に大きく貢献していた。なので中には異世界人を指して「勇者」、「救世主」と呼ぶ者もいる。

 異世界人の到来はこの世界の危機を救う為の、神の御業である、という説すらある。


 見方によっては世界を救う「救世主」。別の見方をすれば「凶事の前触れ」とも言える異世界人の出現が再び起こった、という報せは、魔境であるアンディールにも届いていた。


「前回現れたのは、100年前だったか?」

「厳密には107年前の世界暦1473年――古代獣ゼルメティアスによる巨獣災害の際です」


 ヴィンセントの発言を空かさずリーナが訂正した。


 古代獣ゼルメティアス――太古の昔に死滅したはずの古代獣の生き残り。


 全ての魔物の祖先とも言われていた伝説の獣が、数千万年もの間、地層の奥深くで休眠状態で生き残っていたなんて、誰が予測し得ただろう。何事もなければそのまま、この世の終わりまで眠っていたであろう古代獣が、突発的な地震と言う自然災害によって目覚めてしまったことは、人類にとって最悪の不運であった。


 蘇った古の獣が、自分たちに代わって地上を支配していた人類に対してどういう感情を抱いたかは定かではない。

 ただ1つ確かなことは、古の地上の王は人類に対して容赦なく牙を剥いたということだ。


 ゼルメティアスと名付けられた古代獣を討つべく人類は総力を結集し、ありとあらゆる対抗策が為され、その全てが失敗に終わった。

 まるで人類そのものを憎悪するかのようにゼルメティアスは容赦なく人々を襲い、破壊と虐殺の限りを尽くし、億を優に超える数の人々が殺された。


 ゼルメティアス1匹によって引き起こされた一連の災害は「巨獣災害」と呼ばれ、100年以上経ったいまでも人類最悪の悪夢として語り継がれている。


「そうだったな。全人類の2割近くが死んだっていうから信じられない話だ。で、その古代獣を倒して世界を救ったのが……」

「勇者ユキオ殿。拙者の祖父が当人に直接お会いしたことを、今際の際まで誇らしげに語っておりましたな」


 誰にも倒すことが出来ないかと思われていた古代獣ゼルメティアスの殺戮を止めたのは、たった1人の異世界人だった。

 ゼルメティアスが目覚める数年目にこの世界に飛ばされてきた異世界人の中の1人――ユキオという名の若い青年。

 彼は自らの命と引き換えに、無敵と思われたゼルメティアスを葬ることに成功した。以来、彼の名は破滅の魔獣から世界を救った勇者として広く語り継がれていた。


「んで、その異世界人がまたぞろ、現れたんでしょ?」


 アリシアが尋ねると、ヴィンセントは神妙な顔で頷いた。


「そうらしい。本社から届いた通達では、世界各地で同時多発的に異世界人の存在が確認された。それもかなりの数が」

「かなりの数って、具体的にどのくらい?」

「正確な数は不明だが、判っているだけでも数百人に上るそうだ」


 数百人と聞いて、アリシアたちが一様に驚いた顔になる。


「いずれにせよ、異世界人<エクス>の出現は災厄の前触れ。同時にそれを回避する為の鍵でもある。なので、世界中のあらゆる国家、企業、組織等が異世界人の捜索と獲得に躍起になっているらしい」

「捜索って……異世界人って人族と外見が同じなんでしょ? どうやって見分ける訳?」


 これも周知の事実なのだが、異世界人はこの世界における人族とほとんど外見が同じなのだ。というか、彼らの世界には獣人やリザードマンといった異種族が存在しないらしい。


「一応、判別する方法はあるらしい。まず、彼らがこの世界に来たのは自分たちの意志ではない。当然、この世界のことはなにも知らない。なので自分たちがなぜこの世界に来てしまった理由はもちろん、ここがどこなのかも理解できず、酷く混乱し、戸惑っている」

「それはまた、気の毒な話ですな」


 自分の意志とは関係なく、ある保突然、別世界に飛ばされる。当人にとっては誘拐されたに等しい。彼ら、彼女らの人生や、家族、友人等もいたであろうことを思うと、ユラ・ハは沈痛な思いを禁じ得なかった。


「二つ目、異世界人はステータスこそ一般人レベルだが、「恩寵」という特殊なスキルを持っているそうだ。1人の例外なく、全員が」

「恩寵? それってどんなスキルなの?」

「良く判らんが、個人によって効果が違うらしい。ひとまず<能力看破>でステータスを確認すればすぐに判る」


 なるほど、とユラとアリシアは頷いた。もし当人のステータス欄に<恩寵>というスキルがあったのなら、それが異世界人であるという証拠となる。


 そこまで考えてふと、アリシアはヴィンセントの説明の中に不可解な点があることに気付いた。


「ちょっと待って。一般人レベルのステータスしかないのに、どうやって世界を救える訳?」


 当然と言えば当然の疑問だった。いくら特殊なスキルを持っているとはいえ、一般人レベルの強さしかない人間に世界の危機など救えるはずがない。


「なんでも、異世界人はオレたちとは比べ物にならないくらい、早く強くなるらしい」

「……それは羨ましい話ね」


 ヴィンセントにしてもアリシアにしても、傭兵である以上、ここに至るまで血の滲むような努力や命懸けの実戦経験を経ていた。なのに異世界人はそんな自分たちよりもずっと簡単に、短い時間で強くなれると聞いては、複雑な思いを抱かざるを得なかった。


「あと三つ目は、異世界人は身体のどこかに必ず「聖印」という紋章が刻まれているそうだ。確か、本社からメールと一緒に送られて来ていたな」


 そう言ってヴィンセントは自身の懐の内ポケットから一枚の紙を取り出し、それをアリシアたちに示した。幾何学的な魔法陣に囲まれた、樹木を思わせる紋章が描かれている。


「これが身体の一部に刻まれていたら、異世界人だ。なので、もしそれらしい人物を見かけたら<能力看破>でステータスをチェック。<能力看破>スキルを持たない奴は、どうにか説得して「聖印」を確認しろ、だと」

「なるほどね。けど、異世界人も最初は一般人と変わらないんでしょ? もしこのアンディールに現れたのなら、1日と生きていられないと思うわよ?」


 この世界には魔物と言う、人類の敵対生物が数多く生息している。中でもこのアンディール大陸の魔物の強さは他の地域のそれとは比べ物にならない。しかもこの大陸はごく限られた場所にしか人が住んでいない。

 右も左も判らず、一般人レベルの強さしか持たない異世界人がこの大陸に現れたのなら、まず間違いなくその日の内に魔物の餌食になる。


「オレもそう思うが、本社からのお達しだ。一応、頭に入れておけ」

「りょーかい」


 樹の無い返事をしてアリシアは、椅子にもたれ掛かって目を閉じた。リーナもまた、索敵に集中しているのか口を開かなくなる。


「異世界人の出現は災厄の前触れ。はてさて、今回はなにが起こるのやら」

「それが判れば苦労はしねーよ。ま、対策を考えるのは上の人間だ。オレたちはそれに従って、最善を尽くせばいい」

「ですな。しかし、それにしても何故、いまなのでしょう? 10年前の『黙示災厄』の時には現れませんでしたが……」


 黙示災厄。

 アンディール大陸よりも遥か南――世界最大の海であるムルスカ大洋に浮かぶ島国テスタラントで起こった、未曽有の惨劇。


 島国と言っても、当時は500万人を超える人々が暮らしていた、それなりに大きな国であった。エフタリア女王国の同盟国でもあり、魔物の数も少なく気候も穏やかで、「南海の楽園」と呼ばれ、観光地として高い人気を誇っていた。


 しかし遡ること約10年前――平和な島国であったテスタラント全域を異常気象が襲い、3日3晩に渡って猛烈な嵐に見舞われた。その嵐だけでも同国にかなりの被害を齎したが、本当の悪夢はその直後から始まった。


 テスタラントの各地で、ゾンビを始めとしたアンデッドが大発生したのだ。


 魔力の濃い場所で死亡した人間、もしくは生物の死骸がアンデッド化することはよくある。呪術によって人為的にゾンビを生み出すことも可能だ。

 しかし、テスタラントを襲ったアンデッドの数は、自然発生や、まして個人レベルの呪術のよるものでは到底あり得ない規模のものだった。


 数十万、あるいは百万以上ものゾンビやアンデッドが各地で同時多発的に大発生し、生者を求めて集落や都市部へと押し寄せ、忽ち国中がパニックに陥った。

 無論、テスタラント政府も沈静化を目指して対策を尽くしたのだが、突発的かつ前例の無い事態に対応は悉く後手に回り、パニックに陥った多くの住民がアンデッドの餌食となり、そうして死んだ人間がまたアンデッド化して他の住民を襲う悪循環を繰り返し、鼠算式にゾンビたちは数を増していった。

 この時のテスタラントの有様は、さながら黙示録を思わせる、地獄のような様相だったという。


 最終的に発生から半月も経たない内に、テスタラント政府は自力での事態打開を諦めて国外脱出を図り、同盟国であったエフタリア女王国へ亡命した。いまだ100万人以上はいるとされていた生存者たちを見捨てて。

 以降、エフタリアに亡命政府を樹立させ、同国の支援の下で幾度となく国土奪還を図ったが、すでにテスタラントはアンデッドの大群によって完全に制圧、支配されており、そのあまりの数の多さに複数回にわたって行われた奪還作戦はすべて失敗に終わった。しかもその都度、多くの犠牲者を出して。

 その結果、いまから4年前に行われた作戦を最後に奪還作戦は中断され、以降は放置されていた。

 無論、政府が国外脱出時に取り残された100万人余りの住民の生存は絶望視されている。


 幸いだったのは、島国であるテスタラントは四方を海に囲まれており、アンデッドの大発生はそれ以外の地域には及んでいなかったことだろう。


 平和な島国テスタラントを襲った突然の悲劇は「黙示災厄」と呼ばれるようになり、発生から10年経ったいまでも解決の見通しは立っておらず、原因すら判っていなかった。

 テスタラントは現在でも無数のアンデッドが徘徊し続けていて、かつては「南海の楽園」と呼ばれた観光の名所は、いまや呪われた「死霊島」と世界中から恐れられており、第一級の危険区域として立ち入りが禁じられていた。


「さあな。ただ、異世界人が大勢現れたと聞きつけた亡命政府の連中が、いまこそ国土奪還を! と騒いでる、って支社長が言ってたな」

「異世界人を使っての国土奪還作戦ですか。他力本願は感心しませんな」

「そう言ってやるな。連中だけじゃどうにも出来ないことは確かなんだ」


 実際、複数回に渡る奪還作戦の失敗により、世間では、テスタラントの国土奪還と回復は不可能、という風潮に染まってしまっている。亡命政府や、脱出に成功した元国民たちも、もはや故郷へは戻れないと半ば諦めかけていたところへ、異世界人出現の報せが舞い込んできた。


 過去、幾度となく世界の危機を救ってきた異世界人が大勢現れたと聞き、消えかけていた希望が再燃したのだろう。異世界人の力を借りられれば、あるいは、と。


「遠い海の向こうより、いま目の前の仕事だ」

「御意。我々が救わなければならないのは、国ではなく未来のお菓子屋さんですな」


 ユラの言葉に、ヴィンセントが思わず苦笑を漏らした、その時――


 遠くの方で大きな爆発音が轟いた。


「全車停止、周辺警戒!」


 ヴィンセントの判断は素早かった。即座に無線で後続車に停止命令を発すると、車列が計ったように一斉にその場で停止。各々に乗車していた隊員たちが車内、もしくは屋根のルーフから周辺を警戒する。


「隊長。11時の方向、約2レーメ先の森林で戦闘と思しき魔力反応を探知しました」


 リーナがヴィンセントに報告すると同時に、再び破壊音。それも断続的にいくつも続き、爆音や雷音まで聞こえてくる。どう考えても自然に発生する音ではない。

 フロントガラス越しに視線をやれば、彼女の言った通りの方角に黒煙が上がっているのが見えた。さらに森の中で爆発が起き、土煙となにかの破片らしきものが無数に宙を舞い、その間を引き裂くように稲妻が迸っている。


 明らかに戦闘のそれだ。


 あの場所で、なにかが戦っている。

 いや、暴れている。


「……誰だか知らないけど、随分と派手に暴れてるみたいね」


 同じものを捉えたらしいアリシアが呟くように言ったが、その声には多分に戦慄を含んでいた。見れば顔色も若干青い。だがそれはアリシアに限ったことではなく、ヴィンセントやユラ・ハを始め、スケルトン隊の全員が同じ顔になっていた。


 歴戦の傭兵である彼らには否応なく理解できた。

 あれがもし人為的――つまり魔法や物理系のスキルによるものであれば、それをやっているのは怪物だ、と。


「軍でしょうか?」


 ユラが戦くように言った。

 このアンディールは魔物が跋扈する魔境であるが、れっきとしたエフタリア女王国の領土である以上、防衛の為に駐留軍が存在している。


「連中が、こんなとこに出てくる訳ないじゃない」


 駐留軍の役目はあくまで、開拓地の防衛である。なので通常、軍は魔境地域に入ってくることはあり得ない。

 少なくとも軍である可能性はかなり低い。であれば魔物か、そうでないのなら冒険者と言うことになるが、あれほどまでの破壊力を有する魔法、もしくはスキルを有する冒険者は、この魔境大陸といえどそうそういない。もしいれば、間違いなく自分たちの耳に入るはず。


「あの場所、例の冒険者パーティーが行方不明になったエリアに近いな」


 ヴィンセントはすぐさま地図を確認する。

 結果、冒険者パーティが行方不明になったエリアと、いま爆発が起きている場所は徒歩で移動できるくらいしか離れていないことが判った。


「……なにか関係があると思いますか?」

「無関係ではない、だろうな」


 ユラの問いにヴィンセントは確信をもって答えた。20年近い傭兵家業で培った勘が彼に告げていた。あの爆発と行方不明になった冒険者パーティーとは、なにか関係がある、と。


「もしあれが敵だったら、シャレにならないわよ?」

「その時は、その時だ」


 アリシアが確認するようにヴィンセントに問いかけるが、彼はともすればぶっきらぼうとも言える答えを返した。

 

 そもそも自分たちの任務は、行方不明になった冒険者パーティーの捜索、もしくは救助だ。それをほっぽり出してトンボ返りする訳にはいかない。彼らが消息を絶ったエリアが近くである以上、行くしかないのだ。


「スケルトン・リーダーより全車へ――11時方向の爆発の起こっているエリアへ向かう。総員、第一戦闘態勢を取れ」


 彼の優秀な部下たちは即座に隊長の意図を理解し、了解の返事を返してきた。


(さーて、鬼が出るか蛇が出るか……)


 あの爆発を起こしている存在と、もし戦闘になったら……それを想像すると、冷や汗が止まらなくなる。それでもヴィンセントは内心の怯懦を寸分も感じさせない声で、力強く言った。


「出発!」

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戦国マニアとファンタジーオタクの異世界冒険譚 淡海乃海 @XXY7892SDY2

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