第40話 二度目のファーストコンタクト

「片付いたな」


 ゴブリン・ロードの死体の前で刀を鞘に戻した信士は改めて集落を見回した。

 ちょっとした村落ほどもあったゴブリンの集落は、そのほとんど瓦礫の山と化しており、住人であったゴブリンの気配もまったく感じられなくなっていた。隙をついて逃げ出した個体はいるかもしれないが、少なくともこの集落内に生きているゴブリンはいない。決着が着いたと考えてよいだろう。


「おーい、信士くーん!」


 元気よく手を振る陽菜が、瓦礫の山をピョンピョンと飛び越えながらやって来た。


「2人とも怪我はない?」


 同じタイミングでセラも頭上から降りてきた。


 一見すると可愛らしい女の子2人だが……


 周囲に広がる廃墟と化したゴブリン集落と、惨憺たる死に様のゴブリンたち。怪獣にでも襲われたかのような有様だ。

 これのほぼ全部をこの2人がやったのかと思うと、信士はなんとも言えない気分になってくる。


(ホント、人は見た目によらないんだな)


 そんなことを心中で呟くと――


「……信士君、いま凄く失礼なこと考えたよね?」

「……人は見た目によらないんだな、とか思ってる顔なんだよ!」

「そ、そんなこと考えてないぞ!?」


 ――バッチリ見破られていた。

 信士はとっさに否定したが見事なまでに声が裏返ってしまっていて、ジト目になった陽菜とセラから「じー」っと睨まれてしまう。


「それより、助けたあの子に話を聞く方が先決だ!」

「あっ!」

「逃げたんだよ!」


 2人の凝視に耐えられず、信士は助け出した少女を言い訳にしてさっさと踵を返して戦線離脱を計った。

 実際、せっかく助け出したのにいつまでも放っておく訳にはいかないのは確かだ。

 信士たちにとって「ファーストコンタクトをとった異世界人」というのはセラだったが、彼女は遠い過去の世界から来た古代文明人であった為、この時代の異世界人との接触は今回が初めてとなる。いわば二度目のファーストコンタクトだ。


 信士たちがゴブリンと戦っている間、少女はクロに守らせていたのでもちろん無事だ。集落にいたゴブリンが全滅したのを確認し、危険が去ったと判断したクロは、少女を守っていた<分裂>を解除していた。

 信士たちが近づいてくると、少女はしっかりとした足取りで立ち上がった。


「あの……助けていただいて、ありがとうございました!」


 真っ直ぐに信士を見つめてお礼を言う少女の頬が少し赤くなっていることを、陽菜とセラは見逃さなかった。

 少女の心情を即座に理解して、無言の圧力を信士の背中に突き刺す。チクチクと言う物理的な痛みすら感じる2人の視線を背中に感じながら、信士は努めて平静を装いながら答えた。


「そっちも無事でなによりだ」


 念願だった「この時代の異世界人とのファーストコンタクト」は、概ね成功と言って良いはずだ。しかし、事前に色々と考えていたものの、まさかファーストコンタクトの相手が、ゴブリンに殺されかけていた少女だった、というのは些か想定外だった。


 なので、どうやって自分たちの事情を説明すればよいのか悩んでしまう。


 しかし、少女はそんな信士の事情などまったく知らない訳で――


「私、フィーネ・ランカスターって言います!」


 キラキラという擬音が聞こえてきそうな輝く目で信士を見つめながら、少女――フィーネ・ランカスターは自分から名乗ってくれた。同時に、背後からの視線の鋭さが増したのを信士はハッキリと感じ取った。恐い。


 だが少女の名前を聞いて、ふと気になったことがある。

 名前に性があるという点だ。

 以前に陽菜から聞かされた話では、異世界に置いて性を持っているのは貴族や王族と言った身分の高い人間だけで、平民は名前しか持たない、と。実際にセラは性を持っていたが、彼女は超古代人な上に記憶喪失状態なので当てにならない。


 フィーネが性を持っているということは、彼女はもしかして身分の高い人間なのだろうか? 

 それとも、この世界では地球と同じで身分に関係なく誰もが性を持っているのか?


 いまのところ判断が付かない。なので、信士はどちらの場合でも無難な対応を取ることにした。


「オレの名前は信士。で、後ろにいるのが陽菜とセラだ」


 すなわち、名前だけ名乗って性は隠しておく、というものだ。これなら例え貴族しか性を持たない設定であっても問題ない。仮に誰もが等しく性をもっているのであれば、不審に思われても後で「名乗り忘れた」と言えば済む。

 その辺りの対応に関しても、3人で事前に話し合っていた。


「私が陽菜ね」

「セラなんだよ!」


 なので陽菜とセラも信士の判断に合わせて名前だけを名乗る。ただ、何故か2人は凄い速さで信士とフィーネの間に割り込んできた。その迫力にフィーネも少し引いている。


「ねえ、信士君。他に助かった人は……」

「あ……」


 陽菜の言葉でフィーネも思い出した。


 仲間たちのことを――


 無言で首を振る信士に、陽菜とセラも表情を曇らせる。

 信士は改めて晒し首となった冒険者たちへと視線を向けた。


 日本育ちのごく普通の高校生としては目を背けたくなるような、或いは吐き気を催すような無残な光景だが、信士は目を逸らすことなく無言で手を合わせ、静かに黙祷を捧げた。


 もっと早く駆けつけていれば、なんて傲慢なことは考えない。そもそも自分たちがここへ来たのは偶然であり、こんなことが起こっているなんて知る由も無かったのだから。彼らを助けることは出来なかった。ゴブリンたちを殲滅したのも仇討などという高尚な目的の為ではなく、殺されそうになっていたフィーネを助ける為と、無抵抗の人間を殺そうとするゴブリンが許せなかったというだけ。

 そもそも自分たちだって魔物を狩っているのだから、見ず知らずの人間の仇討ちなんてする資格なんか無いのだ。


 だから、自分たちに出来ることは二つだけ。


 助け出したフィーネを安全な場所に届けること。

 そして無残な死を遂げた名も知らない冒険者たちが安らかに眠れるよう、冥福を祈ることだけだ。


 信士に習うようにして陽菜やセラも目を閉じて静かに祈りを捧げる。

 仲間を失ったこと。自分だけ生き残ってしまったという事実に、フィーネの胸は色々な感情が湧き上がって飽和状態になりかけたが、若輩とはいえ魔境冒険者たる彼女は、目から溢れそうになった涙を腕で拭って頬を叩いて自分自身に活を入れた。


 泣くのはまだ早い。生き残った自分には、このことをギルドに報告し、首だけになってしまった仲間たちの遺体を家族の元へ持ち帰る義務がある。その為にもまずは生きて街へ帰らなければならない。泣くのはそれからだ!

 そしてその為には、この人たちに頭を下げて助力を仰ぐ必要がある。


「あの……改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました!」


 今度は浮ついた感じの無い真剣な表情で、フィーネは信士たちに頭を下げた。


「なんて言えばいいか……取り合えず、あんただけでも助けられてよかった」


 仲間を殺されるという悲劇に見舞われたフィーネになんと声を掛けて良いのか判らず、信士はそれだけを口にした。


「気にしないでください。冒険者なんですから……こうなることは覚悟してました」


 フィーネは気丈にそう答えた。

 冒険者たる者、魔物の領域に足を踏み入れる以上は殺される覚悟をしておくのは当然のことだ。こうなってしまったのはいわば、自分たちの実力不足が原因だと割り切るしかない。そんな中で命が救われたことは望外の幸運だった。そう割り切るしかない。


「助けてもらっておいて厚かましいのは重々承知の上ですが……みんなの遺体を街へ運ぶのを手伝っていただけませんか? もちろん、お礼はします。私にできることならなんでも!」

「いや、別に礼は良いし手伝うのは構わないんだけど……」


 曖昧な返事をする信士にフィーネはハッとした。自分が信士たちの予定とか都合とかをなにも考えていないことに気付いたからだ。


「すいません! 私ったら、皆さんの都合も考えずに――」

「いや……」


 なにか勘違いしているフィーネに、信士は自分たちの事情をなんと説明すればいいか考えた。

 結論。判らん。


「? そう言えば、シンジさんでしたっけ? 皆さんはどこの街の所属なんですか? ゴブリンの集落を3人だけで殲滅するくらい強いのに、名前を聞いたことが無いなんて……私は有名どころの冒険者なら大体知ってるんですけど」

「ああ、そりゃそうだろうな。そもそもオレたちは冒険者じゃないから」

「え? 冒険者じゃない? だったら――」

「信士君!」


 フィーネの言葉を遮るようにして、陽菜が突然、大声を上げた。


「どうした?」


 ただならぬ陽菜の様子に、信士の気配が臨戦態勢へと一変した。纏う空気が刃の如く研ぎ澄まされ、痺れるような覇気と闘気が放たれる。 

 それを間近で見ていたフィーネの顔が、先ほどの焼きまわしの様に赤くなった。


「誰か近づいてくるよ。それも大勢!」


 確かに<気配察知>に反応がある。

 この集落を取り囲むようにして無数の気配が近づいてきていた。しかもその動きや速度から見るに、明らかに統率された集団であり、陣形を組んで互いに連携行動を取っていることが判る。知性のない魔物には決してできない芸当だ。


「人間の集団だ……」


 魔物ではないことに少し安堵しながらも、素性の判らない集団の接近に緊張が走る。フィーネを後ろに庇いながら信士たちは各々武器を構えつつ臨戦態勢を取った。


 やがて信士たちの前に現れたのは、やはり人間の集団だった。


 全員が武器を持ち、プロテクター等の戦闘装備を装着していることから武装集団であることが伺える。しかもかなりの手練れ揃いだ。ただ武器や装備に関しては統一されておらず、全員がバラバラ。剣や槍と言った接近戦用の武器を持つ者いれば、弓や銃と言った飛び道具を持っている者もいる。その様子から、少なくとも軍隊とかの類ではないだろう。


 ただし全員が何故か身に付けた装備のどこかに、盾と剣を携えた鎧姿の骸骨が描かれたエンブレムを刻んでいた。スケルトンだろうか?


 全員が同じエンブレムを身に付けている時点で、彼らが同じ組織、集団に属していることが伺える。


 異世界におけいて、軍隊以外の雑多な武装集団と言えば「盗賊」か「冒険者」のいずれかだろうが、この世界はセオリー通りの中世レベルとは違うので断言はできない。

 そしてその事実を象徴するかのように、取り分け異質ないで立ちの女性がいた。


 長い銀色の髪を伸ばした20歳くらいの長身の女。黒を基調としたSFチックなボディスーツを身に纏っており、しかも身体にピッタリ密着するタイプらしく、彼女の豊かなボディラインがくっきりと判るので男としては少々、目のやり場に困る姿だ。しかし当人の顔には恥ずかしがっている様子は一切なく、それどころか感情が抜け落ちたかのような無表情が、どことなく機械を思わせる冷たさを醸し出していた。


 しかしそれ以上に異様なのが、銀髪美女が身に付けている装備だ。


「なんだありゃ……?」


 思わず信士も絶句せざるを得なかった。

 銀髪美女は「すわガ〇ダムか!?」と思わせるようなメカメカしい金属製の翼を有したユニットを背負っているのだ。しかも右手には大砲じみた巨大な火砲を。左手には自身の身長と同じサイズの盾を装備しており、その異様ないでたちが信士たちを一層困惑させた。


 しかし、困惑しているのは信士たちだけではなかった。銀髪美女を始めとした武装集団の面々も、何故か驚愕と困惑に満ちた表情を浮かべ、混乱している様子が見て取れた。破壊しつくされたゴブリンの集落と信士たちを見比べながら、酷く動揺しているようだった。


「おい、そこのお前たち! これはお前たちがやったのか!?」


 そんな奇妙な硬直状態を破ったのは、東洋風の甲冑を思わせる鎧を纏い、身の丈ほどの太刀を持った野武士のような男だった。

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