第39話 フィーネ・ランカスター

 フィーネ・ランカスターは冒険者である。


 冒険者と聞くと誰もが「職業」であると思いがちだが、それは間違いだ。


 冒険者とは「職業」ではなく「資格」なのだ。


 そもそもは大昔、まだ科学技術というものが存在していなかった開拓時代、自分たちの力と原始的な武器だけで前人未到の未開地域を探索し、魔物を狩り、人類の活動圏を広げることに尽力した開拓者たちが始まりだったとされている。


 凶悪な魔物や未知の危険が待ち受ける前人未到の未開地や古代遺跡に挑む者たち――そういった人間を昔の人々は尊敬の念を込めて冒険者と呼んでいたのだそうだ。


 時代が進み、科学技術が発達して時を追うごとに世界は近代化していった。

 それによって冒険者の活動内容も変化し、より幅広い分野に渡る様になってきた。 

 さらに情報網が発達して多くの人々がその活躍を耳にするようになった結果、彼らの活躍や成功に憧れ、彼らのようになりたいという安易な理由で冒険者を志す人間が続出することになった。だが魔物やならず者と戦うことを生業としている冒険者たちは常に死と隣り合わせ。当然、安易な気持ちでその真似事をして命を落とす愚か者が続出する。また同時に、無秩序の冒険者の数が増大することを危険視した有力者たちによって「冒険者制度」が定められ、冒険者は「総称」から「資格」へと変化することとなった。


 つまり、ルールを順守し、国家試験に合格した人間しか冒険者活動をしてはならないという決まりが出来たのだ。

 それによって人々は「冒険者」のことを「選ばれた人間」と見なすようになった。


 冒険者制度が制定されたいまでも、多くの冒険者が世界中で活躍しているが、中でも最も冒険者の数が多いとされているのが、ミッドガート大陸東部全域を領土とする「エフタリア女王国」だった。


 女王国。

 王を頂点とする君主制国家ではあるが、その名前の通り代々男ではなく女性の王――女王が統治する国だった。初代王から現王に至るまでその全てが女性であり、王家の直系にはほぼ必ずと言ってよいほど女性が生まれる。しかし、女王が統治する女系国家という華やか響きとは裏腹に、その内情は質実剛健そのものであり、なによりも強さと勇気を尊ぶ国民性が根付いている。


 それ故にこの国は世界一冒険者が多い国として知られている。なにせ国の頂点である女王自身も冒険者の資格を有しているくらいなのだから。その為、エフタリア女王国は他国からは「女性と冒険者の国」と言われていた。


 フィーネ・ランカスターもまた、そんなエフタリア女王国の女性冒険者だった。しかも彼女はその中でも「魔境冒険者」と呼ばれる者たちの1人だ。


 魔境冒険者。

 それはエフタリア女王国アンディール領に所属している冒険者の総称だ。


 アンディール大陸――この世界にある7つの大陸の中で、最大の面積を有する大陸。

 太古の昔、この大陸にはアンディール王国という、現代のそれよりも遥かに進んだ文明を有する巨大国家が存在していたという。しかし理由は定かではないが、アンディール王国は有史以前に滅亡し、大陸全土が凶悪な魔物の跋扈する危険地帯へとなり果ててしまった。しかもアンディール大陸に住む魔物の強さは、他大陸に生息する魔物とは一線を画している。災害規模、1匹で街1つ滅ぼしうる凶悪な魔物がこの大陸にはごまんと生息しているのだ。


 しかし一方で、アンディール大陸には豊富な天然資源や未知の技術で作り出された古代遺跡、アンディール王国時代の秘宝等が数多く眠っているとされ、これまで様々な国の冒険者、軍隊、開拓団が入植を試みたが、大陸に生息する魔物のあまりの強さを前に悉く失敗することとなり、アンディール大陸は人的不可侵の魔境大陸と恐れられることとなる。


 そんな中、不可能と言われていたアンディール大陸への入植に唯一成功したのが、冒険者の国とも言われているエフタリア女王国だったのだ。


 長い年月を掛けて緻密な調査を行った末、アンディール大陸南部の山脈地帯以南に比較的魔物が少ない地域が存在しているのを確認。選りすぐりの精鋭冒険者を含めた大規模な開拓団を結成して入植活動を決行。その結果、約70年前に第一次開拓団が史上初めてアンディール大陸への入植に成功し、最初の都市「エイディーク」を建設した。


 エフタリア女王国アンディール領の始まりだった。


 それを皮切りに女王国主導によるアンディール大陸への入植活動が本格的に行われるようになり、現在では17に及ぶ街、村が築かれ、20万人を超える人々が暮らしていた。


 そのエフタリア女王国アンディール領に所属する冒険者のことを「魔境冒険者」と呼ぶ。


 アンディール大陸の凶悪な魔物たちと戦うことを役目としている彼らは、必然的に他の冒険者よりも遥かに優れた戦闘能力を必要とされている。

 故に魔境冒険者は、数ある冒険者の中でも精鋭中の精鋭と称されていた。


 しかし、精鋭であって100戦100勝は有りえない。


 どんなに強くともやはり魔物はそれ以上の強さであるし、70年に渡ってアンディール大陸で活動してきた彼ら魔境冒険者たちもまた、長きに渡る魔物たちとの戦いの中で少なくない数の犠牲者を出していた。


 フィーネ・ランカスターもその1人になる……はずだった。


 彼女はアンディール領の領都であるエイディークで、人族の両親の元に生まれ、共に暮らしていた。彼女の両親もまた冒険者であり、彼女が生まれるずっと前に本土から移住してきたそうだ。結婚を機に冒険者を引退し、いまではエイディークの一角で小さいながらもホテルを経営している。そんな両親の姿を幼い頃から見ていたフィーネは、自分も将来、店を持ちたいと考えるようになり、この国の成人年齢である15歳になったのを機に開店資金を稼ぐ目的で冒険者資格を習得した。

 

 ちなみに将来の夢は「お菓子屋さん」だ。


 お菓子屋さんを開く為に冒険者になる女の子……それで良いのか? と友人からは呆れられたが、なんだかんだ言ってこの街で一番儲かるのは冒険者だ。両親は最初の内は反対していたが、フィーネの意志が揺るがないと悟って最終的には賛成してくれた。


 だが先述の通り冒険者とは資格であり、それを有した上で改めて職業を選ばなければならない。


 冒険者資格を持つ者が好んでなる職業の代表例として――


 魔狩人イェーガー。その名の通り、魔物を狩ることを生業としているハンター。

 守護者ガーディアン。重要物資、要人警護の専門家。

 採取家マイナーズ。薬草や鉱物、食材などを採取、採掘する者たち。

 探索者シーカー。古代遺跡やダンジョンの探索、探検家。


 ――等があるが、フィーネが選んだのは当然、採取家マイナーズだった。

 強力な魔物が生息する地域では魔力の源――魔素マナが豊富に存在している。そして魔素マナが多ければその地域で育つ薬草は高い効力を発揮するし、果物などの食材はうま味が増す。無論それは魔物たちの肉も例外ではない。なので大半の魔物は食用に向いており、特にアンディール大陸の生息する魔物は凶悪である分、その味は絶品であり多くの美食家が大枚を叩いてでも買い求めようとするくらいだ。


 フィーネ自身は元冒険者の両親を持つだけあってそれなりに腕は立つ方だった。天職こそ無いが若干15歳で総合力5000を超えており、<剣術>スキルも持っている。ただしそれでも、魔境冒険者全体から見ればまだまだ未熟と呼べるレベルでしかない。なので両親は絶対に単独行動をしてはならないと厳に注意されていた。

 なので彼女は知り合いの採取家マイナーズパーティに入れてもらい、彼らと共に薬草、食材採取の仕事を順調にこなす日々を送っていた。


 そんな矢先、彼女たちは悲劇に見舞われることとなる。


 いつものように森林地帯へと薬草採取に向かった先で、ゴブリンの襲撃を受けたのだ。


 魔物という生物は、同じ個体でも生息する環境によって強さが激変する。本来であればゴブリンという魔物は総合力500程度の弱い魔物であるが、魔境たるアンディール大陸に生息するゴブリンは総合力が優に1万を超えるものばかりなのだ。


 それだけであれば問題無かった。採取家マイナーズとはいえ魔境冒険者。パーティメンバーには総合力3万を超える者が何人もいるし、フィーネ以外は皆ベテランばかりなのだから。だが運の悪いことに、ゴブリンは数十匹もの大群で襲ってきた。おそらく自分たちが頻繁にこの森を訪れることを知っていて、待ち伏せしていたのだろう。しかもその中に上位種が何匹も混じっていた。最悪なことに、総合力5万を超えるゴブリン・ジェネラルが複数体。10人程度のパーティに裁ける数ではなかった。


 フィーネも必死に戦ったのだが衆寡敵せず、1人また1人と斃れていき、彼女は戦いの最中に背後から不意打ちを受けて気を失うこととなった。


 どれくらい気を失っていたのかは判らないが、耳を劈くような断末魔の絶叫がフィーネの意識を現実へと引き戻した。

 目を覚ました彼女が最初に見たものは、パーティメンバーの1人がゴブリンによって首を落とされる瞬間だった。恐怖と絶望に染まった表情のまま地面を転がる生首を見て、ゲタゲタと嗤うゴブリンたちに彼女の恐怖は一気に飽和した。噛み合わない歯が鳴らすカチカチという音が妙に大きく聞こえた。

 ゴブリンたちは斬り落とされた仲間の首を拾うと、近くにあった粗末な棚に無造作に置いた。それを視界に収めた瞬間、フィーネは思わず叫び声を上げそうになった。


 そこには、ずっと世話になっていたパーティの、仲間たちの首が並べられていたのだから。


 さらにその向こうには、桟橋のアーチに逆さ吊りにされた別のパーティメンバーの亡骸。何故あんなことを――と疑問が思い浮かんだ瞬間、水中から飛び出してきた魔物が仲間の亡骸に喰らい付き、水中へと引きずり込んでいった。


 それを見ていたゴブリンたちがまた愉しそうに哄笑を迸らせる。


 ゴブリンは魔物の中でも弱い方だが、その分、知能が高い。そしてなによりも残虐性に富んだな習性を持っていると以前、教わったことを思い出した。特に同じ人型の種族を憎んでおり、弱い者を捕らえて嬲り殺しにすると。


 逃げなければ――そう思って身体を動かそうとしたところで、後ろ手に縛り上げられていることにようやく気付いた。

 すべては遅すぎた。仲間たちはみんな殺されてしまった。助けてくれる者はいない。逃れようと必死に藻掻いていたところに、ゴブリンたちがやって来た。実に愉しそうな嗜虐の笑みを浮かべて。

 言葉を発さずとも、その眼が雄弁に語っていた。


 次はお前の番だ――


「いやああああああああ!!」


 フィーネの中で飽和していた恐怖が爆発した。その悲鳴すらゴブリンたちにとっては嗜虐心を刺激するスパイスでしかならない。ゴブリンたちは抵抗するフィーネを強引に引きずり、仲間たちの生首の前へと転がした。


 自分がお菓子屋を開く為に冒険者になるといった時、なら私が最初の客になってあげるよ、と言ってくれたリーダー。

 無茶をして怪我をしてしまった時、それを咎めつつも跡が残らないか心配してくれた同性の先輩。

 いつかSSランク冒険者になって、女王陛下の親衛隊になるんだ、と嬉々として目標を語っていた同い年の友人。


 物言わぬ生首になり果てた仲間たち。


「い、いや、嫌だ! やめてっ、やめてよぉ!!」


 涙でグシャグシャになった顔で必死に抵抗したが、2匹のゴブリンに押さえつけられてしまう。

 そんなフィーネの目の前に、鮮血に染まった剣を携えたゴブリンが立った。


「ヤダ! やめてっ! 誰か、誰かぁ!?」


 仲間たちはみな死んでしまった。助けを求めること自体が無駄であるとは判っていても、それがますますゴブリンを喜ばせることは理解出来ても、叫ばずにはいられなかった。

 無情にも振り上げられる剣。思わず目を閉じたフィーネの瞼に浮かんだのは、最愛の両親の笑顔だった。


 お父さん、お母さん、ごめんなさい――


 永遠にも感じられる最後の瞬間の最中、子でありながら先立ってしまう最悪の親不孝をしてしまうことを、フィーネは大好きな両親に心の中で詫び続けた。


 だが、最後の瞬間は訪れなかった。


 一瞬、強い突風が吹いたかと思った直後、背後で物凄い衝撃音とゴブリンの悲鳴が轟いた。


「?」


 恐る恐る目を開けてみると、自分の首を刎ねようとしていたゴブリンが、首無しの死体になって倒れ込んだところだった。


「……え?」


 意味不明な状況に、フィーネは我が身の状況を忘れて間の抜けた声を漏らしていた。どうして自分の首を刎ねようとしていたゴブリンが逆に首を落とされているのか、まったく意味が判らなかった。


「逝ね」


 彼女の意識を現実に引き戻したのは、ぞっとするような冷たい殺気を孕んだ声だった。一瞬後、ザシュっという生理的な嫌悪感を催す異音がフィーネの左右で響き、首の無いゴブリンの死体が新たに2体、鮮血を噴きながら地面に倒れ込んできた。


 それがつい今し方まで自分を取り押さえていたゴブリンだと気付くまで、たっぷり数秒かかった。

 その時になってようやく自分の視界の片隅に、誰かの足が映っているのに気付いた。

 恐る恐る見上げたその先にいたのは、自分と同じくらいの年頃の黒髪の少年だった。この魔境には似つかわしくない、それこそ町中にいるかのようなごく普通の服装に、何故か刀を携えた妙な出で立ちの。

 いったいどこから現れたのだろうか?


 少年と目が合った瞬間、フィーネはさっきまでとはベクトルの違う恐怖を覚えた。 


 それはまさしく戦士の目だった。


 冒険者をしている彼女には判る。脆弱さの欠片もなく、若者特有の慢心や根拠のない自信。楽観さの欠片感じさせない、百戦錬磨の猛者。命を賭した死戦と、地獄のような練武を経験した者だけが出せる強者の気配を、少年は全身から放っていた。


「あ、あなたは……」


 だから、同い年くらいの少年に掛けた言葉が自然と敬語になってしまったのは致し方ないだろう。


「詳しい話は後だ」


 一切の感情を感じさせない無機質な声に、フィーネは再び身震いを覚えた。まるで街で見かける特級の冒険者のような有無を言わさぬ凄みが感じられた。


「それより、あんた以外に生き残りはいるか?」


 少年の問いかけにフィーネは一瞬、言葉に詰まる。


「い、いえ。私以外は、みんな……」


 仲間たちの無残な生首を極力見ないようにしながら、消え入りそうな声で答えた。


「……判った」


 少年が答えると同時に巻き上がったゴブリンたちの咆哮に、フィーネは自分の置かれた状況を思い出して声の無い悲鳴を漏らす。

 見れば、襲撃に気付いた無数のゴブリンたちが、闖入者を抹殺せんと一斉にこちらへ向かって押し寄せて来る。


「1人で突っ込んできたと思ったか?」


 向かってくるゴブリンの大群を見回して、しかし少年は不敵に笑っていた。

 すると少年の陰から突然、真っ黒なスライムが飛び出してきて、もの凄い速さでゴブリンの群れの中に斬り込み、あっという間にそのすべてを斬殺してしまった。


「……」


 意味不明な光景に声すら出ない。フィーネの目にはかろうじてスライムが突っ込んでいく姿を一瞬だけ捉えた。だがその後はまったく見えなかった。気づいたらゴブリンたちがバラバラに斬り裂かれていた。

 仲間たちをいとも簡単に殺し、自分を絶望のどん底に叩き落としたゴブリンたちの呆気ない最期に、フィーネは瞬きすら忘れて呆然としてしまう。


「クロ、この子を頼む」


 少年の声に我に返ると、ゴブリンたちを惨殺したスライムがいつの間にか戻ってきていた。そして彼女の見ている前で無数に分裂し、10体の小型の分体を作り出してフィーネに周りを取り囲んだ。


 もう、なにがなんだか判らない。そもそもなにこのスライム? 黒いスライムなんて初めて見るし、そもそもスライムってあんなに速くないし、強くもないはずなんだけど?


 フィーネの混乱を他所に小さいスライムの1匹が彼女の目の前で突然ジャンプし、死角から飛んできた矢を弾き返した。バキン! というを立てて。


 何故スライムが矢を弾けるのか? そしてなぜ金属音が鳴るのか?


 フィーネに矢を放ったゴブリン・アーチャーに、黒いスライムが自分の身体の一部を飛ばした。顔面にそれを受けたアーチャーは、まるで焼けた鉄板に落とされた氷のように顔面を溶解させられて惨死する。


 スライムの酸ってあんなに強力だったっけ?


 もはやスライムだけでオーバーフロー気味なフィーネに、さらに追い討ちを掛けたのは、ひときわ大きな雄叫びを上げる新手のゴブリンだった。剣を持った個体を複数引き連れて、岩のような筋肉を纏った大柄なゴブリンが地響きを立てて向かってくる。

 見間違うはずがない。自分のパーティを壊滅させたゴブリン・ジェネラルだ。他のゴブリンとは比較にならない強さの上位種。


 しかし少年はそんなゴブリンの将軍にもまったく怯えることなく、それどころか余裕しゃくしゃくと歩いて向かっていく。「危ない!」とフィーネが声を張り上げようとした刹那、刀を握った少年の手が一瞬、フィーネの視界から掻き消えたかと思った次の瞬間、剣を持ったゴブリンたちが悉く身体を両断されて崩れ落ちていた。


 え? いまなにしたの? なんでゴブリンがみんな真っ二つになってるの? もしかして刀で斬った? あの一瞬で?


 両目を擦って少年を凝視するフィーネの前で、再度、彼の手が掻き消えてゴブリン・ジェネラルの腕が飛んだ。やっぱり見えなかった。太刀筋どころか刀を握る腕自体が。


 そして次の瞬間、信じられない光景が飛び込んできた。少年が無造作にゴブリン・ジェネラルを蹴り飛ばしたのだ。たったひと蹴りで岩の如き巨体がボールのように宙を舞い、湖へと落下。そのまま水棲の魔物に襲われて沈んでいくゴブリン・ジェネラルの最期を、フィーネはもう何度目になるか判らない驚愕に染まった顔で呆然と見つめるしかなかった。


 その後も、驚愕の連続だった。

 少年は襲い来るゴブリンたちをいとも容易く、相手に触れられることすらなく次々と斬り捨てていった。しかも魔法まで使っているではないか。刀捌きだけでも凄まじいのに、その上魔法まで。間違いなく魔法戦士系の天職持ちだ。


 さらに彼にはスライム以外にも仲間がいたらしく、別方向で凄まじい爆音を轟かせてゴブリンたちが瓦礫ごと吹き飛ばされ、加えて極大の稲妻が次々と空から降ってきてゴブリンたちを焼き尽くしていった。


 いったい彼らは何者だろうか? 腕利きの魔境冒険者? けど自分と同じ年頃であれほどの腕を持った人間なんて聞いたこともなかった。フィーネとて冒険者の端くれ。魔境出身の冒険者で腕の立つ有名な人物はだいたい知っている。

 しかし、彼くらいの年齢で凄腕の冒険者なんて聞いたこともない。もしいたら絶対に有名になるし、そうなれば自分の耳にも入っているはずだ。


 いったい何者なんだろう――


 そんな折、集落の中央でひときわ大きい咆哮が轟いた。現れたのはゴブリン・ジェネラルよりもさらに巨大な、3メートルを超える巨躯に豪勢な装備を身に付けた大型のゴブリン。


「ゴブリン・ロード……」


 名前だけならフィーネも知っている。ごく稀に発生するゴブリンの変異体。他の上位種とは比較にならない強さと統率力を有するゴブリンたちの王。その総合力は10万を優に超えるという。もし戦う場合はベテランの魔境冒険者でも複数人でパーティを組んで当たらなければ100パーセント返り討ちに遭うと。実際に見るのはフィーネも初めてだった。


 あんな化け物がいたなんて……

 いくらあの少年が強くても、ゴブリン・ロードが相手では勝てっこない。絶対に無理だ。


 フィーネの思いを他所に、少年は刀を鞘に納めてゴブリン・ロードに歩み寄っていく。それこそ散歩でもするかのような無警戒で。あからさまに舐め切った少年の態度に、ゴブリン・ロードが激怒しているのがフィーネにも判った。額にははち切れんばかりの青筋が浮かび、限界まで噛みしめられた牙がギリギリと音を立てている。


 なにをしているの!?


 フィーネは一瞬、少年の正気を疑った。当たり前だ。ゴブリン・ロードのような怪物に武器を収めて無警戒に近づいていくなんて、正気の沙汰ではない。死にに行くようなものなのに!


 身震いするような憤怒の宿った咆哮を迸らせたゴブリン・ロードが、少年に対して戦斧を振り上げる。


「危――」


 しゃこん――キン


「――ない?」


 フィーネの悲鳴は途中から疑問符に化けた。妙な音が耳朶を打ったかと思ったら、戦斧を振り上げたままの体勢でゴブリン・ロードが動かなくなったのだ。


「え?」


 彼女の見ている前でゴブリン・ロードの首が胴体から転げ落ち、一瞬遅れて切断面から噴水のような鮮血を噴いた巨体が力なく地面に崩れ落ちた。


「ウソ……」


 斬ったの? ゴブリン・ロードの首を? なにも見えなかった。刀を鞘から抜く瞬間すらも。

 ここに至ってフィーネはようやく悟った。あの少年は恐ろしく強いのだと。ゴブリン・ロードなんて問題にならないくらいに。


「ああ……」


 この瞬間、フィーネの身体に熱が走った。

 死の淵、絶望のどん底から救い出されたという安心感と、少年の強さがフィーネの中で混ざり合い、ある種の化学反応のような現象を引き起こした。少年から目が離せなくなり、ただそれだけで頬が熱くなって呼吸が乱れ、心臓の音が高鳴っていく。


 この時、フィーネは自分の感情をハッキリと自覚した。


 あの少年に一目ぼれしてしまったのだと。

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