第24話 仲魔
「えー……」
この時の信士の心中を一言で表すなら、どんな反応をすればいいか判らない、だ。
当たり前だろう。さっきまで殺すか殺されるかの激闘の末、深手を負いながらもどうにか退けることが出来たモンスターが、一転して自分たちの仲間になりたい、なんて言われて「はいそうですか」なんて言える人間などいない。
「ブラック・スライムがなかまになりたそうにこちらをみている。なかまにしてあげますか?」
「やかましい」
どこかのゲームの受け売りだろうセリフをわざとらしく呟く陽菜の頭を軽く小突いてから、信士はブラック・スライムに向き直った。
ぷるぷるぷる……
相変わらずなにかを訴えかけるような、期待するような様子で信士を見ている。一時間足らず前、あれほど殺意、敵意をむき出しにして襲い掛かってきた魔物とは思えないくらい大人しく、どことなく可愛らしさすらあった。
「……お前、ホントに仲間になりたいの?」
ぷるぷるっ!
言葉など通じないであろう魔物相手に尋ねてみると、ブラック・スライムは「そうです!」とばかりにピョンピョン飛び跳ねた。
(言葉判んのか、こいつ?)
そういえばさっき、陽菜が尋ねた時も意味を理解して答えていたような感じだった。
「そういえば信士君、<魔物調教>ってスキル持ってなかった?」
「ああ、そういえば!」
確かにあった。<魔物調教>と、あと<動物調教>というスキルが。
エリクス・キャンディで得たスキルは、それに関して訓練などして鍛えれば上達することが判っていたが、これらに関しては鍛えようがなかったのでずっと放置していたのだ。それでも何回か同じ
「つまり、<魔物調教>の効果か?」
「そうだと思うよ?」
だとすれば納得だ。<魔物調教>という名前からして明らかに『魔物を仲間にする為のスキル』だろうから。もっとも、信士は調教などした覚えはないのだが。
「それで、どうするの?」
「……どうすれば良いと思う?」
とはいえ、信士はファンタジーもののラノベは最近になって読み始めたばかりであまり詳しくないし、RPGゲームも大してやったことが無い。なので、こういう場合どうしたら良いのか判断が付かない。
こういう場合は
「私は仲間にするべきだと思う。小説なんかでもスライムを仲間にする作品は多いし、主人公の仲間になったスライムは大活躍するっていうのは鉄板だからね。むしろスライムが主人公の作品すらある現代のラノベは『大スライム時代』って言っても過言じゃないくらいなんだから!」
「なんだよ、大スライム時代って……」
某海賊漫画が元ネタだろうな、と信士は肩を竦める。
「それに、この子の強さは信士君が誰よりもよく知ってるでしょ?」
「まあ、そうなんだが……」
なにしろ実際に戦って、刺し違える寸前まで追い詰められたのだから。ブラック・スライムの強さ、恐ろしさは身に染みて理解している。
「それが仲間になったら心強いと思わない? 特にいまの私たちには」
それに関しては陽菜の言う通りだ。
あれだけ苦戦させられたブラック・スライムが仲間になってくれるというのなら、これほど心強いものはない。加えていまの信士たちは魔物が跋扈する異世界の魔境のど真ん中で遭難している状態。現代日本と違って捜索、救助が来ることはない。
完全なる孤立無援の絶望的状況。
生きてこの状況を脱する為の戦力――仲間が増えるというのは、本来なら手放しで歓迎すべきことだ。
けど不安もある。なにしろ相手は魔物だ。仲間にした後で万が一、裏切られるなんてことが起こったら……
「大丈夫だと思うよ?」
そんな信士の不安を察したかのように、陽菜は言った。
「……根拠は?」
「勘! 痛いっ!」
ふざけた返答に今度はきつめの拳骨をお見舞いしてやった。
「だ、だって、あのスライムを見てると、なんとなく大丈夫かなー、って……」
言われて信士もブラック・スライムに目を向ける。
ぷるぷる……
その場でじっとしてこっちを伺っている姿は、なんとなくお預けを喰らっている犬みたいで妙に可愛らしい。
本当に自分たちを殺そうとしたスライムか? と思えるくらいギャップが激しい。ギャップ萌えというやつだろうか?
陽菜の言い分を信じるわけではないのだが、あの姿を見ていると危険ではないと思えてくる。
どうする――?
信士はしばし黙考する。
仲間にする。しない。いずれもリスクがある。いまみたいな極限状態では可能な限りリスクを避けるのが当然なのかもしれない。だがそれは現代の日本に置ける常識に基づいた判断だ。
ここは異世界であり、危険な魔物が徘徊する超危険地帯。その真っただ中で遭難しているという、現代では考えられない状況に置いては、そうった常識を度外視して判断せねばならないのではないか?
虎穴に入らずんば虎子を得ず、という諺もある。
(仮にこの状況を生き延びられたとしても、これから先、何度もこういう判断を迫られるんだろうな……)
そう思うと胃が痛くなってくるが、ことは自分だけでなく陽菜の命にも関わることなのだ。
判断を誤る訳にはいかない――
再度、ブラック・スライムを見やる。
その場にじっとしてプルプルと震えている。可愛い。
(ってそうじゃない!)
頭を振って邪念を払う。
モンスターを仲間にすることの利益とリスク――
それに関する情報もアドバイスもなにも無い状況では、陽菜の言う通り自分の直感を頼るしかない。
「……よし」
信士にとっては、自分と陽菜の命を懸けた一世一代の決断――
「ブラック・スライムを仲間にする!」
「おおっ!」
何故か陽菜が拍手してくる。
この時の信士の判断が彼らの運命を大きく変えることになるのだが、それはまは別のお話。
ぷるぷるぷるぷるー!!
信士の言葉の意味が理解できたのか、ブラック・スライムは嬉しそうに2人の周りをピョンピョンと飛び跳ねて回り始めた。
こうしてみると本当に小動物っぽくて可愛らしいと思える。
あの時の鬼気迫る戦闘が嘘のようだ。
ひとしきり飛び跳ねた後、ブラック・スライムは信士の正面に蹲ってじっと彼の方を見つめ(目は無いが)てきた。
「な、なんだよ?」
「ひょっとして、名前を付けて欲しいんじゃない?」
陽菜が言うと、ブラック・スライムはその通り、とばかりに飛び跳ねた。
やっぱりこのスライムは人語を理解してるっぽい。
「名前か……」
「はいはーい!」
信士が悩み始めたところで、陽菜が挙手してきた。
「ス〇がいいと思いまーす!」
「ダメ」
「じゃあ、ア〇」
「却下」
「リ〇ル!」
「NO」
「ええー、なんでー?」
「どうせラノベのパクリだろうが!?」
図星だったらしく陽菜はわざわざ「ギクッ」などと言って目を逸らした。
「ブラック・スライムだし、見た目も黒いし、『クロ』にしよう」
「安直」
「うっせーな!」
パクリよりは良いだろうが!
当のブラック・スライムは名前を付けてもらえてうれしいのか、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを露にしている。
顔が無いので表情は判らないが、感情表現は豊かなスライムだ。
「というわけで、宜しくな、クロ」
ぷるぷるー!
信士に応えるように、ブラック・スライム――クロはピョーンとひと際大きく飛び跳ねた。
★
ブラック・スライムことクロを仲
ステータス値だけなら信士や陽菜とほぼ同格。しかも元々この魔境に住んでいて、他の魔物と日夜、命懸けの生存競争を戦い抜いてきたのだ。
頼りになるだろうという予感はあったのだが、正直、想像以上だった。
いまもリッパー・マンティスという総合力7万ほどの魔物とクロが戦っている。
リッパー・マンティスは体長5メートルほどの巨大なカマキリに似た魔物だった。普通のカマキリと違って鎌腕が4本あり、大木どころか岩すら両断できそうな鋭利な鎌を備えていた。しかもソルジャー・マンティスという眷属を20匹以上も引き連れていた。ソルジャー・マンティスの方は体長2メートルほどで総合力は2万前後。鎌も一対しかない。そのまんま巨大化したカマキリのような容姿だ。
「カマキリって単独行動する昆虫だって聞いたことがあるんだけどな……あと、仲間同士で共食いもするとか」
カマキリが群れで行動していることに首を傾げる信士に――
「そこはまあ、異世界だし魔物だから」
一方で陽菜の方は、そういった常識には捕らわれず「異世界だから」の一言で割り切っている。
魔物に襲われているというのに2人がそんな他愛無い話が出来ているのは、先述通りクロのお陰だった。
蹴散らす、というよりは蹂躙に近い様相だった。
巨大カマキリの群れは、目にも留まらぬ速さで縦横無尽に動き回るクロを捉えることが出来ず、次々と葬られていく。
真っ先にボスであるリッパー・マンティスが<強酸>によって頭を溶かされ、残ったソルジャー・マンティスは<高速移動>しながらの<触手>&<硬化>のコンボ攻撃によって次々と両断され、戦闘開始から1分足らずで巨大カマキリの群れはバラバラの死骸の山と化した。
「すごーい、クロちゃん、強ーい!」
陽菜に褒められ、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねるクロは、贔屓目に見ても凄く愛らしい。最初の鬼気迫る戦いはなんだったのかと首を傾げてしまう。
同時に、クロは何故、自分たちの仲間になろうと考えたのかという疑問も沸いてくる。
(<魔物調教>の効果か? それとも、オレたちにクロの琴線に触れるなにかがあったのか……)
理屈で考えても答えは出ない。クロは人語を理解している節があるが、言葉を話せるわけではないのでその辺りの詳しい理由は判らない。
考え込む信士の前にクロがやってきて、どうしたのー? と覗き込むような可愛らしい仕草を見ていると、そんな細かいことはどうでもよくなってしまう。
「なんでもない。よくやってくれたな、クロ」
ぷるぷる!
笑ってクロを撫でてやると、嬉しそうに身体を震わせた。
クロと行動を共にするようになって幾つか判ったことがある。
まず、クロは基本的に眠らないということだ。睡眠自体が必要ないらしく、夜になって信士たちが眠っている時は寝ずに見張りをしてくれている。これに関しては本当に助かっていた。お陰で2人はこの危険地帯のど真ん中で安心して眠ることが出来るのだから。
さらに身体を変形させるだけでなく、大きさ自体を変えられるらしく、ソフトボール以下から普通乗用車大までサイズ変更が可能なことが判った。たぶん<巨大化>の効果だろう。
食事に関しては魔物の肉を食べる。試しに仕留めた魔物の死骸を与えてみたところ、身体を最大まで巨大化させて死骸を取り込み、物の数分で溶かして骨だけにしてしまった。肉は食べても骨は吸収できないらしい。道理で池の周りが骨だらけだった訳だ。
<擬態>に関しては、岩や石ころといった無機物にしかなれない。ただ、カメレオンの様に体表の色や質感を変化させ、岩や木に張り付いてその一部に擬態することも出来る。
この時に判ったのだが、<擬態>使用中は探知系のスキルでクロの存在を捉えられなくなるのだ。完全に遮断できるわけではないのだが、かなり近づかなければ判らないレベルだ。
最初に池を訪れた時、実際に攻撃されるまでクロの存在に気付けなかったのはこれが原因だったようだ。
そして最も興味深いのが、ステータスだ。
仲間になった後、クロのステータスを確認してみたところ、最初に見た時と表示内容が変わっていることに気付いた。
具体的には――
名前:クロ
種族:ブラック・スライム(異常種)
年齢:4歳
性別:-
総合力:200000
生命力:30000
魔力量:0
体力:25000
筋力:28000
魔力:0
敏捷:50000
耐久力:27000
魔防力:10000
技術力:10000
精神:20000
状態:良好
――という感じだ。
信士たちと魔物のステータス画面は若干違っていた。クロも最初は魔物用のステータスだったのだが、仲間になった途端、信士たちのステータスに近い表記に変化したのだ。
人間の仲間になったからなのか、それとも名前を付けられたことが原因なのかは判らないが。
「えへへ~。クロちゃんは可愛いねー」
もっとも、陽菜にとってはそんなことは些細な問題らしく、仲間になったクロのことが熱烈に気に入って、いまも抱きかかえて頬ずりまでしている。殺されかけたことなど完全に忘れたかのような有様だった。メロメロだ。
そう言えば、犬や猫を飼ってみたかったけど家庭の事情で叶わなかったと以前、話していたのを思い出した。元々動物好きだったことに加え、異世界オタクにとってスライムが仲間になった感動も合わさって嬉しさが天元突破しているのだろう。心なしか抱きしめられているクロも嬉しそうだ。
ちなみに先述通り陽菜は中学生にしては不釣り合いなくらいスタイルが良い。しかもいまは上着を脱いで薄手のノースリーブシャツだ。そんな状態でぷよぷよなスライムを抱きしめたら、男として少々目のやり場に困る状態になるのだが、信士は理性を総動員してなんとか目を逸らしていた。
「でも、やっぱりスライムって喋れないんだね」
「喋れたら怖いだろ?」
そもそも口も喉も無いのにどうやって喋れというのか? テレパシーか?
「あるじー、って言ったり、絵文字で会話できたりしたら良いのになー」
「絵文字で会話?」
たぶん、なんかのラノベの話だろう。
ともかく陽菜はクロのことを熱烈に可愛がっており、抱きかかえたり頭の上に乗せたりして相当気に入っている様子だった。
スライムを仲間にするというのは、異世界オタクにとってそれだけ感慨深いものがあるのだろう。
いずれにせよ、クロが仲間になってくれたことで信士たちの肉体的、精神的な負担が一気に楽になったのは行幸だった。
この調子でどうにかして人里を見つけられたら、と思っていた矢先、彼らは思わぬ事態に巻き込まれることとなった。
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