第7話 チート仲間

 野菜の無人販売所に置いてあった謎の飴を食べたことで、不思議なスキルを得た信士。これまでは周りの人間にそのことを内緒にしたまま、隠れて練習や習得を繰り返していたのだが、ついに他の人間にバレてしまった。それも、よりにもよって同じクラスの女子に。


 さすがに目の前で巨大な熊を投げ飛ばしたり、手から火や電撃を放つ所を見られては言い訳の使用も無い。

 悩んだ末に信士が出した結論は、口止めしたうえですべてを話すことだった。


「じゃあ、高月君はこの飴を食べてあんな強くなったの?」

「そういうことだ」


 ショック状態から立ち直った陽菜に実物を見せて説明したところ、彼女は目をパチクリさせて、信じられない、と言った様子でエリクス・キャンディを見つめた。当然だろう。なにしろ見た目は本当にただの飴なのだ。こんなものを食べるだけで生身で巨大熊をあしらうことが出来るようになるなど、誰が信じるだろう。

 だが、陽菜は実際にその場面を目撃している為、半信半疑と言ったところだろう。

 そうなると当然――


「……私も食べさせてもらっても良い?」


 ――実際に食べてみたくなる訳だ。

 ラノベ愛読家で異世界ファンタジーオタクなら当然だろう。


「別に構わないけど……」

「わーい!」


 信士が了承すると、陽菜は無邪気に飛び跳ねて喜んだ。


「んじゃ、ちょうど<魔力制御>があるし、これと魔法をセットで――」

「それより、こっちが良い!」


 信士の提案を遮って陽菜が選んだのは――


「……<怪力>?」


 名前からして力が強くなる系のスキルだろう。

 正直、年頃の女の子が選ぶようなスキルではないんじゃないか、と信士は思った。


「いいのか? 女の子なんだし、魔法系の方が似合ってると思うんだけど……」

「それは偏見だよ、高月君」


 何故かちょっと頬を膨らませた陽菜に怒られた。


「確かに『女の子+ファンタジー=魔女っ娘』は鉄板の方程式だけど、いまは女戦士とか女騎士とか、女勇者が活躍する作品だって増えてきてるんだよ?」

「いや、まあ……そうか……」


 そういう異世界系のラノベは人並み以下しか読んだことのない信士は、陽菜の謎の力説を理解することが出来ずに曖昧に頷いた。


「まあ、矢橋が良いっていうなら別に良いけど……」


 そう言って信士が<怪力>の飴を差し出すと、受け取った陽菜は嬉々として袋を開けて口に放り込んだ。


 ガリッ!


 そして、舐めずにいきなり噛み砕いてしまう。


(こいつ、飴噛み砕く派か……)


 きっとガムも捨てずに飲み込んじゃうんだろうな、と信士はどうでも良いことを思い浮かべた。その間に、陽菜は口に入れてから10秒も経たずに飴を噛み砕いて咀嚼した。


「よし、じゃあ早速!」


 そう言って陽菜はさっきまで信士が座っていたベンチに手をかけ――


「よいしょっと!」


 いとも簡単に持ち上げた。

 木製のベンチとはいえ、重さは数十kgはあるであろうベンチを軽々と。


「わっ! 凄い! 軽いよ、高月君!」


 よほど嬉しかったのか、ベンチを持ち上げたまま子供みたいに走り回る陽菜。


 中学生の女の子が、大きなベンチを片手で持ち上げたり、ボールみたいに高々と投げ飛ばしては受け止める、を繰り返しながら走り回る姿は、シュールを通り過ぎて色々衝撃的だった。


「でも、これって普通じゃないよね?」


 突然、走り回るのをやめた陽菜が、急に真面目な顔になってそんなことを言い出した。


「高月君、この飴、誰が置いてるのか判らないって言ってたよね?」

「あ、ああ」


 いきなりの変化に少々戸惑いつつも、信士は肯定した。


「私、思うんだけど……これってなにかの前触れだよ?」

「前触れ?」


 信士が問い返すと、陽菜は真面目な顔のまま頷いた。


「前にラノベで呼んだことがあるの。主人公がちょうどこんな感じで誰かにチート能力を与えられた後、突然モンスターがいっぱい現れて世界が滅茶苦茶になるって話だった」

「ちょ、おい。不吉なこと言うなよ。フラグだったらどうするんだ!?」

「それを言うなら、チート能力を得たこと自体がフラグだと思うよ?」

「う……」


 陽菜の正論に信士は思わず黙り込んだ。

 さらに彼女は続ける。


「そもそも一般人にチート能力を与える理由はなんだと思う? ごく普通の中学生を、巨大熊を投げ飛ばすような超人にする理由はなんだと思う?」

「な、なんだよ?」

だよ」


 静だが、有無を言わせない陽菜の言葉に、信士は息を飲んだ。


「戦わせる、って……例えば、魔王とか?」

「判んないけど、こんな風に誰かから与えられるタイプのチートって、大抵、普通の人間には太刀打ちできない、強い敵と戦う為に与えられるっていうのがラノベのテンプレだから」

「ぬ……」


 言われてみれば確かにそうだ。

 巨大熊を圧倒するほどの力をごく普通の中学生に与える理由――神の気まぐれでないのなら、なにかと戦う為としか考えられない。


「誰が、どうして高月君を選んだのか……単なる偶然なのか知らないけど、食べちゃった時点でもう引き返せないだろうから、いまのうちに覚悟を決めた方が良いと思うよ?」

「……」


 死刑宣告にも似た陽菜の言葉に、信士は黙り込んでしまう。

 そのことをこれまで不思議に思ってこなかった自分の間抜けさに驚いた。

 確かに陽菜の言う通りだ。魔法だのスキルだの、どう考えてもこれは戦う為の能力だ。それを与えるということは、なにかの実験の為か、あるいはなにかと戦わせる為かの2つしか考えられない。


 さっきの熊との戦いを思い出す。生きるか死ぬかの命がけの戦い。生きたまま喰われる恐怖――あんな恐ろしい思いを、それ以上の恐怖を、これから何度も味わわなければならないと思うと、心の底から根源的な恐怖が湧き上がってくる。


(でもまあ、無力よりは良いよな)


 チート能力を得ようが得まいが、熊に遭遇することなんて日本の田舎じゃよくあることだ。熊が出没した。熊に襲われた、という内容のニュースはしょっちゅう見る。もし今回、自分がチート能力を得ていなかったら、自分も陽菜も食い殺されていた。それを防げたというだけでも充分に意味はあった。


 仮に陽菜の言うように世界が滅茶苦茶になったとしても、モンスターがうようよと現れたとしても、それに抗う力が有るのと無いのとでは大違いだ。

 天災、災厄に抗う力――災害国家の日本人なら誰でも欲しいだろう。自分はそれを得ることが出来た。運が良いのか悪いのかは判らないが、後悔だけはしない。


 理不尽な出来事から大切な人を守ることが出来なかった――その後悔の方が何倍も大きいことを知っているから。


「……あれ?」


 そこまで考えて、信士はあることに気付いた。


「ちょっと待て。矢橋お前、飴を食べたチートを得た時点で引き返せないって言ってたけど、それってお前も同じじゃねぇか!?」


 そうなのだ。陽菜は前触れだの覚悟しておいた方が良いだのと信士に警告しておきながら、彼女自身も普通に飴を食べてしまった。つまり、信士と同じ立場になってしまったということ。引き返せないのは陽菜も同じなのだ。


「そうだよ?」


 だが、当の陽菜自身はあっけらかんと言い放った。


「いや、そうだよ? って……」

「私は最初から覚悟してたから!」


 満面の笑顔で陽菜は言った。


「これからきっと、なにか良くないことに巻き込まれるんだろうけど、私は後悔なんかしないよ」

「……随分と割り切ってるんだな」

「だって、スキルに魔法だよ! ファンタジーオタクならどんなことをしても手にしたいって思うのは当たり前のことだよ?」

「いや、だけどそんな理由で……」

「それに――」


 信士の言葉を遮って、陽菜はどこか寂し気な表情で続ける。


「……ファンタジーの世界に踏み入れられるなら、別に死んでもいい。ううん、むしろどうせ死ぬなら、ファンタジーの中で死にたい」

「!」


 まるで、死に場所を探しているかのような陽菜の言葉に信士は息を飲む。


「おい、矢橋、お前……」

「あ、ううん。なんでもないから! 気にしないで」

「……」


 慌てたように笑顔で言いつくろう陽菜に、信士はそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 おそらく、なにかあったのだろう。誰にも言うことのできない、心に深い闇を落とすなにかが。

 だとすれば、それは他人である自分が掘り返して良いことではない。少なくとも、ただのクラスメイトで友人ですらない自分には聞く権利はない。

 そう考えた信士は、さっきの言葉は聞かなかったことにした。


「それにね、チート主人公は独りぼっちなんだよ」

「独りぼっち?」


 訳の分からない言葉に首を傾げる信士。その仕草が可笑しかったのか、可愛らしく笑いながら陽菜は言った。


「チート主人公ってさ、他の人にはない凄い能力や力が強さを持ってるけど、そのせいで他の人からのやっかみや嫉妬が怖くて、そのことを誰にも言い出せないの。高月君もそうだったんじゃない?」

「確かに……」


 実際、信士も同じ理由でエリクス・キャンディのことはこれまでひた隠しにしてきた。


「でも、そのせいでかえってピンチを招いたり、解決できるはずの問題を抱えたりするの。それに、チートがあまりにも強すぎて、信頼できる仲間が出来ても一緒に戦うことが出来なかったりして……強い敵と独りぼっちで戦うしかなかったり……それってすごく寂しいと思わない?」

「そりゃあ……まあ、な」

「だったら、チート仲間がいた方が良いと思わない?」


 チート仲間。聞いたこともない単語に若干鼻白むが、陽菜の言っていることは判る。彼女の言うような異変が起こるかどうかは判らないが、もし起こってしまった場合、自分1人で戦うのと信頼できる仲間と一緒に戦うのとでは大違いだ。


「だから! 私にも飴、頂戴ね!」


 満面の笑顔でエリクス・キャンディを催促してきた陽菜に、信士はジト目になって――


「……お前、結局スキルが欲しいだけだろ?」

「そそそ、そんなことないヨ! やだなぁ、高月君!」

 

 とっても判りやすく狼狽えまくって視線を逸らす陽菜に、信士はなんとなく毒気を抜かれて嘆息した。


「判った。お前にもやるよ。けどその前に――」

「その前に?」

「……いいかげん、ベンチ降ろせよ」


 そうなのだ。陽菜は力試しに持ち上げたベンチを、ずっと掲げたまま話していたのだ。


「はっ!? 忘れてたよ!」


 当人も気づいていなかったらしく、恥ずかしそうに顔を赤くしながらベンチを元あった場所へと戻した。


「それにしても凄いね、スキルって。飴1個食べただけでこんなことが出来るようになるなんて!」

「オレも理屈はよく判らないけど、凄いって思う反面、もし犯罪者とかに利用されたらと思うとぞっとするよ」

「そうだね! ねぇねぇ、他にはどんなスキルがあるの!?」

「ちょ、落ち着けって!」


 興奮冷めやらぬ陽菜が子供の様に目を輝かせて密着してくるので、彼女いない歴=年齢である信士は顔を赤くしてどぎまぎしてしまう。


「取り合えず、飴の半分は矢橋にやるから、好きなの選べ」

「ホント!? やったー!」


 信士の提案に、陽菜は文字通り諸手を挙げて喜びを表していた。

 ややあって、彼女が<怪力>に続いて選んだスキルは――<大剣術>。<身体強化>。<格闘術>。<立体起動>。<空間把握>。<魔力制御>。<光魔法>。<闘気>。<苦痛耐性>。


 なんというか、物凄く戦士っぽかった。

 一応、魔法も選んでいるが、それ以外はほとんど前衛で戦う戦士系のスキルだ。


「なーに?」


 信士が微妙な表情なっているのに気付いた陽菜が、首を傾げた。


「いや、なんていうか……女の子って、魔法とかに憧れるもんだと思ってたからさ」

「さっきも言ったけど、それって偏見だよ?」

「いやだってさ、アニメとかで魔法少女とか魔女とか言うだろ?」

「んー、確かに魔法少年とか魔男って言葉は聞かないね」


 腕を組みながら陽菜は首を傾げる。

 魔法少年はともかく、魔男なんてパワーワードは信士も聞いたことがない。


「でも良いの。私は流行には縛られないから! 目指すは女戦士だから!」

「まあ、お前が良いなら構わないんだけど……」


 どうも拘りがあるらしい。

 本人が良いと言っていることだし、それ以上は口出ししないことにした。


「……私はリスティになるの」

「?」


 陽菜が小声でなにかを呟いたような気がしたが、信じにはよく聞こえなかった。


 こうして、なし崩し的に信士はチート仲間(?)を得ることになった。

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