第8話 錬成と回復魔法
その日はすでに遅かったので、信士と陽菜は一旦それぞれ帰宅することにした。
ちなみに襲ってきた熊は帰るときにはまだ気絶したままだったので、公園にあった公衆電話から信士が匿名で警察に通報し、後日、そのまま生け捕りにされて動物園に送られたという話をニュースで知った。
エリクス・キャンディを誰が置いているのかは知らないが、次に置かれるのは1週間後なので、それまではそれぞれ今回得たスキルを練習することにしたのだが、陽菜の提案で2人で訓練してみようという話になった。なので翌日の放課後、信士と陽菜は改めて街外れの森で落ち合うことにした。
「問題発生だよ、高月君!」
「どうしたんだよ?」
放課後、約束の場所で落ち合って早々、陽菜が信士に詰め寄ってきた。
ちなみに彼女はこの日も例の如く学校をサボっている。なのに約束の時間の10分前にやって来た信士よりも早く来ていた。
「昨日、私<大剣術>ってスキル取ったでしょ?」
「そういや、そうだったな」
女戦士を目指す、とか鼻息荒く言っていたのを信士は思い出した。なので判りやすい<大剣術>を彼女は習得したわけだが。
「だから早速、剣の練習しようと思ったんだけど、剣が無いから練習できなかったんだよ!」
「そりゃ、一般家庭に刀剣なんかある訳ないだろ」
なに当たり前のこと言ってんだ、と信士は眉を顰める。
実際、信士も同じ理由で<刀術>の練習が出来ないでいたので。
「どうしよう。これじゃ
頭を抱えて嘆く陽菜。せっかく得たスキルを活かせないというのは、ファンタジーオタクの陽菜にとっては耐え難い苦痛であるらしい。
「落ち着け。それなら解決法がある」
「ホント!?」
絶望の中に希望の光を見つけたかのような表情で、陽菜が信士に詰め寄ってきた。
「どうやって解決するの? さすがにコンビニとかに剣とか売ってないよね?」
「売ってたら怖いな……」
コンビニの商品棚に剣とか槍とかが陳列されている光景をイメージして、信士は苦笑いした。そんな物を売っている店は、それこそファンタジーの世界にしか有りえないだろう。
「売ってないのなら、自分で作ればいい」
「作るって、どうやって?」
「もちろんスキルを使ってだ」
陽菜の問いに、笑顔で信士は答えた。
「昨日、オレが得たスキルの中に<刀剣作成>というのがあった」
「!? なるほど!」
さすがファンタジーオタクの陽菜は、スキル名を聞いただけですぐに気づいたようだった。
「どうやら材料を加工して刀や剣を作り出すスキルらしい。昨日の夜、金属ゴミを拝借して試してみたんだ」
そう言って信士は<無限収納>の収納空間から1本のナイフを取り出した。普通に売っているナイフとは違い、刃先から柄に至るまですべて金属で出来ている一体物だ。
「既存の金属を原料にして刀や剣を造るスキルらしいんだけど……どうした?」
スキルの説明をしている最中、何故か陽菜は呆然とした表情で信士が取り出したナイフを見ていた。
「高月君……いま、どこからこれ取り出したの?」
「ああ、言ってなかったか? これは<無限収納>。異空間に物を入れたり出したり出来るスキルで――」
「ええっ!?」
いきなり素っ頓狂な声を上げた陽菜に、信士はびっくりして思わず身体を仰け反らせた。
「ど、どうした?」
「<無限収納>ってあれだよね? アイテムボックスみたいな!?」
さすがファンタジーオタクだけあって、名前を聞いただけですぐにスキルの性質を理解したようだった。
「ああ、まさにそういう感じだ」
「凄いよ! アイテムボックスっていったら、鑑定、転移と並ぶ三大チートの1つだよ! ほんとにあるんだ!」
「なんだよ、三大チートって……」
聞いたこともない単語に困惑する信士だったが、気を取り直して最初の説明を再開した。
「取り合えず話を戻すぞ?」
「うん」
「<刀剣作成>についていろいろと試してみたんだけど、どうやら材料が金属でなくても良いらしい」
「え? 金属以外の材料って?」
「木とか石でも作成出来るっぽい。これが試作品だ」
そう言って、信士は収納空間から先ほどと同じサイズのナイフを2本取り出した。片方は木で、もう片方は石で出来ている。不思議なことにどちらも彫刻の様に削った跡がなく、表面はまるで芸術品のような滑らかなだった。石のナイフにはちゃんと刃まである。木の方はさすがに無かったが。
「へー、凄いね、よく出来てる……でも、石とか木で出来た剣なんか、私たちが振り回したらすぐ壊れちゃうよ?」
実際、信士と陽菜の力は普通の人間とは比較にならないほど向上している。彼女の言う通り、2人が本気で振るえば石製や木製の武器など簡単に壊れて練習にもならないだろう。
「心配無用。ここへ来る前に材料を調達してきた」
信士が明後日の方向に手をかざすと、眩い光と共に金属の山が出現した。高さは信士の身長よりも高い。よく見れば工場なんかで出る金属屑だったり、潰れた一斗缶や拉げた鍋。へし曲がった鉄筋など、いずれも金属ゴミと呼ばれるものだ。空き缶まである。
「……これ、どこから集めてきたの?」
「さすがに新品を盗むわけにはいかないから、近くの工場のゴミ捨て場とか、廃材置き場からかき集めてきた」
「……それって泥棒だよ?」
「え……まずかった?」
信士的にはゴミだし良いだろう、というノリで深く考えずに集めてきたのだが、陽菜に真顔で犯罪だと言われて急に怖くなってきた。
実際、廃材でも許可無しに持ち出すのは立派な犯罪である。この力は犯罪には使わないと誓っておいた矢先の信士君、まさかの大失敗。
「オレ的にはこれで剣を造るつもりだったんだけど……返した方が良いか?」
「……」
剣を造るつもりだった、と言われて陽菜は言葉を飲んだ。
武器が無くて剣術の練習できないと言っていた手前、二の句が告げられなくなってしまう。
常識と好奇心が天秤に揺られることしばし……
「……今回は見なかったことにするけど、二度とやっちゃダメだよ?」
「お、おう……」
最終的に好奇心が勝利し、陽菜は黙認することにしたようだった。
「そんじゃ早速、証拠隠――じゃなかった、剣を造るぞ!」
「いま、証拠隠滅って言おうとしたよね?」
陽菜のツッコミはスルーして、信士は金属ゴミの山から一抱え程を取り分け、地面に置いた。
「どうやって作るの?」
「見てれば判る」
そう言って信士は目を閉じ、右手を金属ゴミの真上に翳した。頭の中で造りたい武器の形をイメージし、スキルを発動させる。
すると、金属ゴミが俄かに眩い光を発し始めた。
「錬成」
その瞬間、金属ゴミの輝きが一層強くなり、目を開けていられなくなった陽菜は思わず目を閉じて顔を背けた。
ややあって、光が収まって目を開くと、数秒前まであったはずの金属ゴミが消えてなくなり、代わりに一振りの刀が横たわっていた。
「よしっ! 成功した!」
喜び勇んだ信士が早速、出来上がった刀を手に取ってみる。かなりシンプルなデザインで、鍔はなく、さっきのナイフと同様、刃先から柄まですべて金属で構成されているらしかった。しかし、弓なりに曲がった刀身には確かに刃がついており、刀剣としての機能が備わっていることが見て取れる。
「凄い……これってさっきの金属ゴミから造ったの?」
「その通り。これでも結構練習したんだぜ? ナイフサイズの武器はいくつか造ったけど、刀サイズの武器を造るのは初めてだったから失敗を覚悟してたんだけど、ぶっつけ本番にしては良いものが出来た。さすがに鞘までは造れなかったけど、それは追々造ればいい」
金属ゴミから出来た刀を掲げた信士はご満悦だ。
「よし、じゃあ今度は陽菜の武器を造ってみようか。どんな武器が――」
「バスターソード」
皆まで言わせず陽菜が即答した。
「ええっと……」
「バスターソードが良い!」
何故か目が怖いくらい真剣で、信士は思わず引いてしまう。
「それはあれか? ゲームに出てくるでっかい剣のことか?」
「そう!」
有名なファンタジーゲームの主人公が持っている馬鹿でかい剣。それを華奢な女子中学生である陽菜が振るっている姿をイメージして、信士は眉をひそめた。
「昨日も思ったけど、なんか矢橋って見た目によらずパワフル系なんだな」
「いいでしょ? 本来なら絶対になることが出来ない憧れの自分になれるかもしれないんだから……」
陽菜は恥ずかしそうに唇を尖らせる。
「別に悪いって訳じゃないさ。けど、それだけ大きな剣を造るのは初めてだから、成功するかどうかは判らない。仮に出来たとしても、かなりシンプルなデザインになるぞ?」
「もちろん構わないよ!」
陽菜が了承したが、まだ課題は残っている。
「ちなみに、あれってどのくらいの重さなんだ? ゲームじゃ軽々と振り回してたけど……」
「あー、それなんだけどね。なんか前に実際に作った人がいるみたいなんだ」
「造った? あのでっかい剣を、実際に?」
「うん。外国の人みたいだけど」
海外には物好きな奴がいるんだなー、と信士は半ば呆れた。
「動画で見たことあるんだけど、大の大人が2人がかりで持ち上げるのがやっとだったみたい。だからたぶん、50kgくらいあるんじゃないかな?」
妥当な重さだと信士は思った。ゲームや漫画と言った空想の世界でのみ存在する武器であり、実際にあんなものを扱える人間がいる訳がない。
いまの自分たち以外は……
「だったら1回勝負だな。たぶん、いまある金属ゴミのほぼすべてを使うことになる」
「失敗したらまた集めてくれば良いじゃない」
「……お前、さっき二度とやるなって言ってなかったか?」
「そんな昔のことは忘れました!」
前言撤回とばかりに胸を張って堂々と言い切った陽菜。ファンタジーに関わる好奇心はあらゆる倫理に勝るらしい。信士はがっくりと肩を落として嘆息する。
「取り合えずやってみるか!」
「高月君、私、信じてるからね!
「誰が上手いこと言えと……」
手を組んで器用に目をウルウルさせている陽菜に、信士は二度目のため息をついた。
気を取り直し、金属ゴミの山の前に立つ。先ほど以上に神経を研ぎ澄まし、目を閉じて雑念を払い、精神を集中させる。
イメージはでっかい片刃の剣。サイズは人間の身長程。
完成像を明確に頭に思い浮かべた上で、金属ゴミの山に手を翳す。先程と同様、金属ゴミの山が、それ自体が光源と化したが如く輝き始める。
「錬成!」
かっ、と刀を造った時よりもさらに激しい光が弾ける。
光が収まった後、あれだけあった金属ゴミがきれいさっぱり無くなって、代わりに巨大な刀剣が出現していた。
陽の光を反射して銀色に輝くそれは、陽菜の要望通り彼女の身長を超える巨大な片刃の剣だったが、イメージとは少し違っていて、剣身が刀の様に反りが生じており。大剣というよりはでっかい包丁と言った感じだ。
「バスターソードじゃなくて、〇魂刀になっちまった」
その外見は、某死神少年が活躍する漫画に出てくる主人公の刀にそっくりだった。
「すまん、矢橋。イメージしてたのとは少し違う形になった」
「なに言ってるの? ぜんぜん良いよ!」
謝る信士に、陽菜自身は気にする素振りすら見せず、笑顔で首を振った。
「じゃあ、早速!」
嬉々として大刀に駆け寄り、ひょいと持ち上げた。
この刀を造るのに集めた金属ゴミのほぼすべてを使い果たしたことから見て、彼女の想像通り重さは50kgを下らないはずだが、<怪力>や<身体強化>のお陰か、まるで小枝でも拾うように軽々と片手で持ち上げて見せた。
「わぁ! 凄い凄い!」
そして笑顔で振り回し始める。おまけに刀を振るう速度が尋常ではない。シュバッ、シュバッ、と空を斬る音が響いている。<大剣術>の影響だろう。明らかに振るう速度が素人ではない。
可愛らしい女子中学生が自分の身長よりもでかい剣を笑顔で振り回す様相は、とんでもなくシュールだ。
「んじゃ、オレもやってみるか」
陽菜に触発され、信士も自作の刀を居合斬り腰溜めに構える。鞘が無いので格好だけだが。
どういう訳か、一切の無駄なく最大限の力で刀を振るう為の身体の動かし方が判る。これもスキルの影響だろうか。
すー、と静かに息を吸って――
「ふっ!」
吐き出すと同時に刀を大きく振るう。
剣閃は一瞬。やや遅れて突風のような衝撃波が地面の砂利を舞い上げ、周囲の木々を打ち付け、緑の葉を飛ばした。
「……」
その結果に一番驚いたのは当の信士本人で、刀を振りぬいた姿勢のまま呆然とした表情で固まっていた。
「……高月君?」
「はっ!」
陽菜に肩を叩かれて我に返る。
「大丈夫?」
「あ、ああ。ちょっとビックリしただけだ」
実際はちょっとどころではなくかなりびっくりしていたが、まさか軽く振っただけで、あんな漫画みたいなことが起こるとは思っていなかったので無理もないだろう。<刀術>スキルの飴は2個食べたが、たったそれだけでこの威力とは……
「あ、そういえば」
そこで信士は思い出した。<刀術>と応用できそうなスキルの存在を。
今度は刀を両手で中段に構え、スキルを発動させる。すると、俄かに刀身を魔力の光が包み込んだ。そして次の瞬間、勢いよく刀身全体が真っ赤な炎に包まれる。
「わっ!」
傍で見ていた陽菜が、突然の出来事にビックリして思わず後ずさった。
「刀に炎が……もしかして、<魔法剣>!?」
「正解」
そう、信士がいま使ったのは<魔法剣>。武器に魔法を付与するスキルだ。文字通り武器が無いと使えないスキルだったので今日まで未使用だったのだが。
ふと好奇心につられて刀身に纏わりつく炎に手を近づけてみると、熱さを感じなかった。指先が炎に触れてもなんともない。火傷するどころか熱を一切感じない。自分の魔力で作り出した炎なので当然だといえば当然なのだが。実際、<火魔法>を使った時も、手の平から炎が飛び出したのになんともなかった。そうでなければ手から炎を放つたびに大火傷することになる。
だがその論理が正しいのなら、他人が触れれば普通に熱い訳で……
「熱っ!」
信士が炎に指を突っ込んでも火傷していないのを、傍らで見ていた陽菜が興味本位で同じことをして悲鳴を上げていた。
「なにやってんだお前!?」
当たり前のように火傷した指を押さえて蹲る陽菜に、信士は慌てて炎を消して駆け寄った。
「あははっ、ちょっと好奇心を抑えられなくて……」
涙目になりながらも笑顔でそう話す陽菜に、信士は「好奇心は猫を殺す」ということわざを思い出した。
「見せてみろ」
「大丈夫だよ。ちょっと赤くなっただけだから」
「いいから!」
強引に陽菜の手を取ると、確かに指先が少し赤くなっていただけだったが、放っておくと水膨れになるだろう。
だが、この程度の怪我なら問題ない。
「
信士が翳した手から、淡い魔力の光と共に水が滲み出てきた。そのまま重力に引かれ、火傷を負った陽菜の指を濡らす。
するとどうしたことだろう。真っ赤な火傷の腫れが見る見るうちに消えていくではないか。
「わー凄い! 回復魔法なの?」
「<水魔法>の一種だ。どの程度の怪我まで効果があるのかは判らないけど、この程度の火傷なら問題なく癒せるみたいだな」
すっかり元通りになった自分の指をキラキラした目で眺める陽菜に、信士はやや呆れ顔で言った。
「ゴメンね、高月君。あと、ありがとう」
「そう思うんだったら、二度とやるんじゃない」
「はーい」
子供みたいに素直に返事をする陽菜。奇しくも先ほど陽菜が言ったセリフをそのまま返した形だ。
「でも、回復魔法って言ったら光系だと思ってたけど、水系だったんだね」
妙なところに関心を抱くのは、ファンタジーオタクとしての性なのか。
「いや、光系にもあるぞ?」
「そうなの?」
「ああ。実際に使えるようになった。今回は単に、火傷を治すなら水系の方が良いかなって思っただけで、光系にも回復魔法はできる」
「え? でも私、<光魔法>の飴を食べたけど、使えなかったよ?」
「ああ、それはたぶん、食べた飴の数じゃないか? お前が食べたのって1つだけだろ? オレは2つ食べてたからな。あと練習量かな。実際、光系も水系も、回復魔法が使えるようになるまで結構練習したからな。正直、攻撃系魔法を覚えるよりよっぽど時間が掛かったよ」
「そうなんだ。じゃあ、私も頑張って練習するよ!」
信士の話を聞いて陽菜はやる気を滾らせているようだ。まあ、ファンタジーオタクが魔法を習得すれば、人生最大のやる気を発揮して、それこそ寝る間も惜しんで努力して習得しようとするのは想像に難くない。
ちなみに信士は、光系の回復魔法を習得するまで5日掛った。
けど、陽菜であれば、下手をしたら明日にでも使えるようになってるかもなー、なんて冗談半分に信士は考えていたのだが、翌日、本当に一晩で習得してしまっていた陽菜に、改めてファンタジーオタクというものの恐ろしさを垣間見たのだった。
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