第9話 2つあった
陽菜という仲間が出来たことで、これまで1人でやっていたスキルや魔法の練習を2人で行うことになった。
秘密を共有できる仲間。相談相手が出来たということは、信士が思っていた以上に精神的に大きな影響があった。
陽菜が仲間になると言ってくれた時、不思議と胸が軽くなったのを信士は感じた。
スキルや魔法が使えるようになって浮かれていたが、一方で、公に出来ない秘密を抱えたという事実が精神的な負担となって、知らない間に胸に澱のように溜まっていたようだ。だが、陽菜が仲間になってくれたことでそれらの精神的な負担が一気に和らいだ。1人で抱えるよりも2人で抱えた方が軽いのは道理。仲間という存在は信士が想像していたよりもずっと大きいものだったらしい。
チート主人公は独りぼっち、という陽菜の言葉が身に染みる思いだった。
また、練習相手が出来たことも行幸だった。やはり1人で練習するよりも2人で練習した方がずっと効率が良い。お互いの短所や長所にも気付き合えるし、同時に競争相手が出来たことで互いに競争心、向上心が刺激され、スキル、魔法の習得スピードが劇的に高まったのが判る。
そんなこんなであっという間に数日が過ぎ、今日は待ちに待ったエリクス・キャンディの発売日!
授業を終えた信士は脇目も振らず、一目散に学校を後にして例の無人販売所へと急いだ。なお、陽菜は例の如く学校をサボっているので1人でだ。
無人販売所の近くまで自転車を走らせると、奇妙な光景が目に入った。
「なにやってんだ……」
というか陽菜だった。
なにが奇妙かと言うと、彼女は何故か無人販売所近くの林の中で、木の陰に隠れてじっと販売所の方を見つめているのだ。
端的に言って怪しい。怪しすぎる。警察官が見たら職質待った無しの怪しさだ。
ふと悪戯心をくすぐられた信士は、陽菜に見つからないように<気配遮断>を使ってこっそり林の中から彼女の背後に回り込んだ。
「おい」
「わひゃぁ!!」
不意に後ろから声をかけると、陽菜は奇妙な悲鳴を上げて飛び上がった。
「な、なんだ高月君か。驚かさないでよ!?」
よほどビックリしたのか、陽菜はちょっぴり涙目になっていた。
「お前、なにやってんだこんな所で?」
「なにって、誰があの飴を置いてるのか確かめようと思って」
どうやら陽菜は、エリクス・キャンディの出所が気になっていたらしい。なので、誰が置いているのか確認する為にここで無人販売所を監視していたそうだ。
それに関しては、信士も気になるところではあるが……
「……いつから見張ってたんだ?」
「昼くらいからずっと」
「馬鹿だ。馬鹿がいる……」
昼過くらいということは、12時か13時だろう。いまは17時前。実に4~5時間もの間、ここでずっと見張っていたことになる。刑事顔負けの執念だ。
ファンタジーオタクの業とはかくも深いものなのか。
「お前のその執念はどっから来るんだ?」
「高月君の信長愛と同じ所から?」
「……」
それを言われると信士はなにも反論できなくなってしまう。実際、戦国博覧会のチケットを取る為に4~5時間並ばなければならないと言われれば、信士は迷うことなく並ぶ。
戦国マニアの業とはかくも深いものなのか。
「……で、誰だか判ったのか?」
「ううん。いまのところ普通に野菜を購入する人しか来てないよ。そろそろ来ても良いと思うんだけど……」
これまで信士がエリクス・キャンディを買っているのは、学校帰りのこの時間帯だ。なのでいつもならもう置かれているはずなのだが……
「あ、あれ?」
無人販売所に視線を戻した陽菜の目に、信じがたいものが飛び込んできた。
さっきまでなにも無かったはずの販売所の机に、いつの間にかエリクス・キャンディの箱が置かれていたのだ。
「普通にあるじゃねぇか」
信士も気づいたようで、横目で陽菜の方を見やる。
「うそ……さっきまでは確かになにも無かったのに」
慌てて周囲を見回してみるが、辺りに人影はない。
「いま、目を逸らした隙に置かれたの?」
驚愕に見開かれた目で陽菜も辺りを見回すが、怪しい人影は見当たらない。
信士が陽菜に声を掛け、彼女が無人販売所から目を逸らしてからまだ1分と経っていない。しかも無人販売所は見晴らしの良い田園地帯のど真ん中にある。そんな中、たった1分足らずの間に信士たちの目を盗んで無人販売所に飴を置き、気付かれずに立ち去るなど不可能だ。
「まあ、あんな飴を作り出してる奴がただの人間な訳ないよな」
「むむむっ!」
信士はあっさりと結果を受け入れたが、反対に陽菜の方は悔しそうだった。4~5時間もの張り込みが無駄になってしまった訳だから仕方ないが。
「次こそは!」
「やめれ」
リベンジを宣言する陽菜を、信士が呆れ顔で窘める。
隠れて無人販売所を見張っているところを、もし通行人とかに見られたら通報ものだ。
「そんなことより、さっさと行くぞ」
「そ、そうだね! 早く飴を食べなきゃだよね」
すぐに気持ちを切り替えたのか、あるいは新たな
その様子に苦笑しながら信士も後を追った。
「あッ! 高月君、見て見て!」
一足先に無人販売所に駆け込んでいた、陽菜が大声で信士を手招きした。
「2つ置いてあるよ!」
「……は?」
一瞬、陽菜が言っていることの意味を理解できなかった信士だったが、彼女が見覚えのある缶を両手で1つずつ掲げているのを見て驚愕した。それは間違いなくエリクス・キャンディの缶だったから。
「マジか!?」
これまで一度に1缶しか現れなかったエリクス・キャンディが、何故か2缶置かれていたのだ。見れば、いつも缶と一緒に置かれているメモ書きにも「おふたつどうぞ」と書かれていた。
「すごーい! 2つもくれるなんて、誰か知らないけど親切だね!」
本来であれば1缶20個のスキルを2人で10個ずつ分けるつもりだったが、2缶現れたことで20個ずつスキルが得られることになって、陽菜は単純に喜んでいるようだが、信士の方はこの事実に得体の知れない不安を感じていた。
(いままで1缶だったエリクス・キャンディが、どうしてここへ来て増えたのか……普通に考えれば、理由は矢橋だろうな)
これまで信士はエリクス・キャンディのことを誰にも話さず1人で食べていた。だが、数日前に陽菜にスキルのことを知られ、彼女にすべてを話し、エリクス・キャンディを分け与えたこと――それ以外に理由が思いつかない。
(つまり、これを置いてる奴は、いままでずっとオレを監視していたってことだ)
誰がエリクス・キャンディを置いているのかは判らないが、もしそれが事実なら、その人物はキャンディを食べてスキルを得た信士を見張っていたことになる。それによって彼が陽菜という仲間を得たことを知り、陽菜の方にもスキルを与えようと考えたのだ。
(いったい、オレに……オレたちになにをさせたいんだ?)
釈然としない思いを抱いて頭を悩ませていると――
「高月君?」
陽菜に声をかけられ、意識が現実に引き戻される。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「そう?」
慌てて首を振ると、陽菜は不思議そうに首を傾げた。
「それよりさ、2つあるなら片方もらって良いよね?」
「ああ、構わないぞ」
たぶん、エリクス・キャンディを置いた奴もそれが目的だろうから――
そんな信士の考えを知ってか知らずか、陽菜は「やったー!」と無邪気に喜んでいる。
「じゃあ、こっちをもらうね!」
陽菜は2つあるエリクス・キャンディの缶の片方を受け取ると、もう片方を信士に手渡し、早速その場で蓋を開けた。
「お、おい、なにもこんな所で――」
エリクス・キャンディとスキルのことは秘密にする、と決めた矢先、いくら田舎の農道とはいえ、いつ人が通りかかってもおかしくない場所で開封したことを信士が咎めようとした時――
「あああッ!」
中身を見た陽菜がまたしても大声を上げ、信士は再度、ビックリさせられた。
「ど、どうした?」
「見てコレ!」
そう言って陽菜はエリクス・キャンディの1つを取り出し、信士に見せた。
「<無限収納>?」
「これってこの前、高月君が言ってたアイテムボックス系のスキルだよね!?」
以前、物を自由に出し入れするスキルを持っていることを、陽菜はいたく羨ましがっていたのを信士は思い出した。
「ああ、そうだ」
「やったー! 神様、ありがとうございます!」
何故かお空に向かって両手を合わせて祈り始める陽菜。憧れだったチートスキルをもらえたことがよっぽど嬉しいようだ。
だが、信士の方は<無限収納>スキルが再び現れたことに、少し思うところがあった。
(一度出た<無限収納>がまた出たのは、陽菜が欲しがってたからか?)
もし、エリクス・キャンディを作っている存在が自分たちを見ているのだとしたら、当然、陽菜が<無限収納>を欲しがっていたことも知っていたはず。なら、その要望に応えてエリクス・キャンディを増やすと同時に、2つ目の<無限収納>を入れていてもおかしくない。
数日前、陽菜に言われたことを思い出す。
――これってなにかの前触れだよ?
――なにかと戦わせる為だよ。
実際、彼女の言う通りなんだろうと信士は思う。こんな、飴を食べるだけで超人のようなスキルや魔法を得られるなど、どう考えても普通じゃない。
当初は魔法やスキルを得られたことを手放しで喜んでいた信士だったが、陽菜という仲間を得て、彼女の考えを聞いて少し懐疑的になっていた。
そんな信士の肩を、陽菜がポンと叩いた。
「? どうした?」
「……」
信士が尋ねるが、何故か陽菜は黙ったまま難しい顔をしている。
「やっぱり人間は収納できないか……」
彼女の呟きの意味を、信士はすぐに理解した。
どうやら信士が考え事をしている間に陽菜は<無限収納>の飴を早々に食べてしまったらしい。で、なにを思ったか、
「なにサラッと恐ろしいことしとるんじゃ!!」
「あ痛っ!」
さすがに頭に来た信士は、陽菜の脳天に容赦なくチョップを落とした。
「じょ、冗談だよ。この手のスキルは生き物は収納できないっていうのがお約束だから」
「もしそれが出来てたらどうするつもりだったんだよ?」
「え? その時はすぐに開放して、今度は信士君に頼んで私を収納してもらおうかな、と……」
「………………………………は?」
なに言ってんだこいつ、と信士は直前の怒りを忘れてしばし呆気にとられた。
「えっと……収納空間に入りたいって言ったのか?」
「うん」
「……それはまた、どうして?」
「だって、アイテムボックスとかストレージとか、内部がどうなってるのかって気になるじゃない? ラノベではほとんど「生き物は収納できない」っていうのが定番だしさ。けど、もしドラ〇もんのポケットみたいに人も入れる設定なら、一度は覗いてみたいな、と」
「やだ、この子怖い……」
自分から収納空間に入ってみたい、とか言い出す陽菜の筋金入りのファンタジーオタクっぷりに、信士は戦慄を覚えて思わず自分の肩を抱きしめていた。
「お前、ちょっとヤバいんじゃない? その内、回復魔法の効果を確かめるとか言って、自分で自分を傷つけそうで怖いよ」
「……」
正直な感想を言うと、何故か陽菜はバツが悪そうな顔で視線を逸らした。
「ッ!! お前っ、実際にやったな!? この前、光系の回復魔法を覚えた時、でワザと怪我して自分で癒して効果を実践したんだろ!?」
「いや、だってほら……怪我がなきゃ効果を確かめられないし、そんな都合良く怪我してる人とかいないし、かと言って誰か怪我させる訳にもいかないし……」
「そりゃそうだけど……やるか普通?」
確かに陽菜の言うことも一理ある。回復魔法の効果を確かめるには怪我が必須なのだから。
ちなみに信士の場合、スキルの練習で出来た切り傷や打撲で回復魔法の実験していた。間違ってもそれだけで自分で自分を傷つけようは考えもしなかった。
「そんなことより、早く飴食べてスキル習得して、訓練しようよ!」
実験目的の自傷行為にかなり引いている信士に、話題を逸らすべく陽菜は強引に信士の服の袖を引っ張ってきた。
まあ、行動力はちょっとあれだが、熱意は人一倍だし、訓練相手、相談相手として色々と助かっているのは事実なので、その辺りのことも受け入れるしかないなー、とちょっと諦め気味にため息を吐きつつ、信士は新たなスキルを取り込むべく、エリクス・キャンディの缶を開けるのだった。
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