第33話 スーパー・ファンタジー

 セラが仲間に加わったことで、やることが一気に増えた。


 なんといっても最初にやらなければならないのは彼女の能力の確認だ。

 一緒に行動する――つまりパーティメンバーとなった以上、セラがどれほどの力を持っているかを確かめなければならない、とファンタジーオタクの陽菜が主張したからだ。


 実際、それに関しては信士も異存はなかった。クロを含めた3人と1匹の能力を出し合って互いに精査し、どのような連携行動が可能かを検証し、実地する。

 なにせ異世界から来たばかりの信士と陽菜は、この世界のことをほとんどなにも知らない上に、セラは超古代人&記憶喪失のダブルコンボ。トドメにクロはスライムと、世間知らずの集まりなのだから。この世界の情報や知識に関してはどうしようもない。なら戦闘関連だけは出来る限り練習しておきたかった。


 なので、メルの言っていた王城の訓練施設とやらを早速、使わせてもらう運びとなったんのだが……


「なんだこりゃ?」


 メルに案内されて訓練施設とやらの足を踏み入れた信士の、最初の一言がそれだった。


 内部の様相を一言で言い表すなら“なにも無い”だ。


 広さは精々体育館くらい。白亜に塗装された半球状の室内に、床に魔法陣のようなものが描かれているだけだった。


「ここが訓練施設? なにも無いよ?」


 陽菜も不思議に思って首を傾げていた。


『中央の魔法陣の上まで進んでください』


 言われるがままに全員で魔法陣の上に立つ。


『<イザヴェル>発動』


 メルの言葉が合図であったかのように、魔法陣が淡い光を発したかと思うと瞬時にその光量を爆発的に増大させ、一瞬にして信士たちを包み込んだ。


「ウソ……」

「…………」


 光が収まった後の光景を見て、陽菜は絶句した。信士に至っては声すら出ない様子で、瞬きすら忘れて口を半開きにしたまま唖然としている。

 そこに広がっていたのは、信士や陽菜がここへたどり着く前に彷徨っていた魔境とそっくりな風景だった。


「……なんだこれ? また転移したのか?」


 信士がそう思うのも無理はなかった。

 青い空から降り注ぐ日の光は温かさがあり、風も吹いている。靴底から伝わってくる土の感触は本物にしか思えない。近くに生えていた草葉に触れてみると、確かに実体があり、匂いまで漂ってきた。


『ここは<イザヴェル>と呼ばれる仮想空間の中です』


 虚空にメルの端末球が出現し、説明を始めた。


「仮想空間? イザヴェル?」


 訳の判らない現象に未だ理解の追い付かない信士は、頭の上に大量の「?」を浮かべながらオウム返しに尋ねた。


『疑似的な空間魔法を用いて亜空間を創造し、内部に様々な物や環境を再現することを可能としたシステムです』

「再現ってこういうことだったんだ……っていうことは、これって全部幻なの?」

『厳密には空間内に再現された仮想実体です。触れることも出来ますし、動かすことも、破壊することも可能です』

「仮想実体……アハハ、ホントになんでもありなんだ。私の知ってるファンタジーは、本当の意味でただの幻想だったんだね」


 すっかり剣と魔法の中世ヨーロッパ風の異世界を想像していた陽菜は、SF映画も真っ青のオーバーテクノロジーを目の当たりにして、さすがにショックを受けているらしい。無理もない話だが。


「ハルナちゃんの世界には、亜空間技術は無かったの?」


 セラが不思議そうに陽菜に尋ねてきた。記憶を失っているとはいえ、その時代の人間だったセラは当然のことながら驚いた様子はない。


「うん、無かった。そもそも魔法もスキルも無い世界だったからね……」

「ふーん。結構、技術の発達が遅れた世界だったんだ……あ、ごめんなさい、悪気は無かったの!」


 無意識のうちに陽菜たちの世界の世界の悪口を言ってしまっていたことに気付いて、セラは慌てて謝った。


「ううん。いいよ、ホントのことだから……ああ、想像していたシチュエーションと完全に逆。事実は小説より奇なりって、ホントだったんだね」


 異世界転移物のラノベでは、異世界は中世ヨーロッパ風のファンタジー世界というのが定番だった。なので、陽菜としては、異世界人に地球のことを「技術の発達が遅れた世界」などと言われるとは夢にも思っていなかったことだろう。


 一方で、陽菜ほどファンタジーに毒されていない信士は、既にショックから立ち直っており、凄い技術だ素直にと感心していた。

 確か陽菜の勧めで読んだラノベの中に、異世界ではなくゲームの世界に飛ばされるという作品があったが、あれと似たようなものだと。


「環境を再現できるということは、魔物とかも再現できるってことだよな?」

『もちろんです。再現された魔物はこちらでステータスやスキルを自由に設定することも出来ますので、様々なタイプ、能力を有した魔物との疑似戦闘を行えます。また空間内の温度を始めとした環境はもちろん、重力や酸素濃度も変更可能です』

「酸素濃度って、死ぬだろ!?」

『ご安心を。安全機構が備わっている為、人間の生存不可能な環境には変えられません。なお、空間内の時間経過速度も変更可能であり、最大30倍まで加速させることが出来ます』

「つまり、外で1日経つ間に仮想空間内では30日が経過するってことだよな。まんま「精〇と〇の部屋」じゃねぇか」

「アハハ、もうSFの世界……そっか、SFってサイエンス・フィクションじゃなくて、スーパー・ファンタジーって意味だったんだ……」


 ショッキングすぎて色々と頭がバグッて来ている陽菜の横で、以外にも信士の方はすんなりと現実を受け入れていた。


「このシステムを使えば、短時間で兵士の育成が出来るわけか……」


 なにしろ現実世界の1日が仮想空間内の30日なら、単純計算にして兵士の育成時間が30分の1ですむわけだ。しかも様々な環境や模擬戦闘用の魔物まで作り出せる。訓練、模擬的な実戦経験を積むには最高の環境を作れるのだから、実際はもっと短くなるだろう。ただし訓練する側の時間認識は通常と変わらない。


 これ以上ないくらい最高の訓練環境だ。


「面白いな……」


 こんなゲームや漫画みたいな仮想空間で訓練できるってだけで、信士は心の底から名状しがたい高揚感が湧いてくるのを感じていた。

 エリクス・キャンディを食べてスキルを得て以降、訓練がすっかり日課になっていただけに、降って湧いたように現れた最高の訓練場に興奮を抑えられないでいた。


「んじゃ、早速始めようぜ!」

「はーい!」

「こうなったら、なんでも来いだよ!」

 ぶるぶるー!


 信士の掛け声にセラが元気よく手を上げて答え、若干自棄になっている陽菜も続いた。彼女の足元でクロも飛び跳ねながらやる気を示している。


「最初にまず、セラの能力を確認しておこう」


 信士、陽菜、クロはそれぞれの能力を互いに認識しているが、セラだけは未知数だ。おまけに記憶喪失状態でセラ自身も把握できていない可能性がある。


「了解なんだよ!」


 ふんす、と鼻息荒く返事をするセラも、やる気満々のようだ。


『セラ、あなたのスキルや恩寵に関して、詳細を説明する必要はありますか?』

「大丈夫なんだよ。恩寵とスキルについてはなんとなく覚えてるし」


 記憶を失っているセラを慮ったメルの提案を、セラは少し考えた末に頭を振って断った。


『了解しました。では、これを使ってください』


 メルが言い終わると同時に虚空に魔法陣が出現し、そこから1本の杖が現れた。美しい白亜の金属で構成された杖は、セラの身長とほぼ同じくらいの長さがあり、先端には赤い宝石が埋め込まれ、太陽を思わせる装飾が施されている。


「これ、は……?」

『霊杖ソルブレイブ。封印される前にあなたが使用していたものです』


 自分がかつて使用していた杖――それを聞いてセラがぐっと息を飲んだ。恐る恐る手を伸ばして杖を掴む。


「……」


 しばらくの間、握りやその感触を確かめるように掲げたり振るったりした後で、改めて彼女は杖――ソルブレイブに目を馳せた。


「思い出せないけど……私の手と身体が覚えてる。確かに私は、この杖を使っていた……」


 そして懐かしむように、慈しむようにソルブレイブをぎゅっと抱きしめた。


「ありがとうなんだよ、メル」

『お礼には及びません。これもまた、最後の王の命で保管していたものです。あなたが目覚めた時に渡すように、と』


 アンディール王国の最後の王――本人を知っているであろうセラの記憶が失われている上、メルも頑なに語ろうとしないので信士には想像することは出来ないが、滅びを前にして彼はなにを思い、なにをセラに託したのか。

 自分たちがここへ辿り着いたことでセラの封印が解かれた以上、自分たちとも無関係ではない。いつか全ての答えが判る日が来るのだろうか、と信士は心中で独り言ちた。 


『では、準備はよろしいですか?』

「もちろんなんだよ!」


 クルクルと器用に杖を手の中で回転させて、ビシッと構えてからセラは声高に言った。


『では固定目標を現出させますので、最初はそちらを攻撃してみてください』


 言い終わると同時に信士たちから少し離れた場所に、青いライトエフェクトと共に人型の魔物が出現する。


「オークか?」

「オークだね!」


 信士と陽菜の言う通り、緑色の肌に2メートルを超える筋骨隆々としたガタイ。頭部には頭髪が無く代わりにエルフを思わせる尖った耳に、イノシシもかくやと言う鋭い牙を有するその姿は、ファンタジーに疎い信士でも知っているオークそのものだ。

 仮想実体でこそあるものの、ラノベの定番と言うべき有名モンスターを目の当たりにして陽菜は興奮気味だ。


「動かないぞ?」


 出現した位置でただぼーっと佇むオークに、信士は首を傾げながらメルに尋ねた。


『固定目標としてホップさせた個体ですので、行動することはありません』

「なるほど。ただの的と言うわけだ」


 記憶喪失状態で目覚めてからの初戦闘――いわばリハビリも兼ねているわけだし、最初はそれが無難だろう。


「じゃあ、行くんだよ! <神魔聖女ブリュンヒルデ>!!」


 瞬間、セラの身体から可視化した魔力の光が溢れ出した。信士や陽菜のそれとは比べ物にならない、濃密な魔力の波動に、傍らで眺めていた2人は思わず圧倒されてしまう。

 さらに追い討ちを掛けるように、彼女の頭上にいくつもの魔法陣が出現する。その数、ざっと20以上。しかもそれらひとつひとつから半端ではない魔力が迸っているのを信士と陽菜は肌で感じていた。


「ちょ――!?」

「待――!?」


 この時、2人は心の中でまったく同じことを考えていた。


 ヤバい!


「いっけぇっ!!」


 ともすれば可愛らしいセラの掛け声と同時に、魔法陣から様々な属性の魔法がオークに向かって迸るのと、信士と陽菜が渾身の力を振り絞った防御魔法を自分たちの周囲に展開したのとは、ほぼ同時だった。


 信士と陽菜の視界がホワイトアウトした瞬間、仮想空間全体を揺るがす大音響と衝撃波、爆発によって四散した余剰エネルギーの奔流が2人を飲み込んだ。防御魔法を展開していなければ、彼方まで吹き飛ばされていたであろう未曽有の大爆発。


「おい、冗談だろ……」

「すごい……」


 信士や陽菜も攻撃魔法は使えるが、どんなに力を振り絞ってもこれほどまでの破壊力は出せない。というか、そもそも先ほどセラが展開していた魔法陣――そこから放たれた魔法の一発一発が、信士と陽菜の最高火力を優に上回る威力を有していた。

 それを20発以上も同時に発動させるなど、どう考えても常軌を逸している。


『セラの<神魔聖女ブリュンヒルデ>は能力覚醒型の恩寵です』


 混乱する信士と陽菜にメルが説明する。


「能力覚醒型?」

『そうです。単純に自身のスキルレベルを上昇させるタイプの恩寵で、シンプルですがそれ故に無類の威力を発揮します。もともと魔導士として優れた素質を有していたことに加え、魔導士系と神官系の天職を合わせ持つセラは純粋に魔法に特化した能力を有しています。それらを<神魔聖女ブリュンヒルデ>の力で高めた時の破壊力は、アンディール王国でも並ぶ者が居ないほどでした』

「……なるほど」


 よく見ればセラのステータスに<魔力大強化>、<魔力大回復>といったスキルが増えている。見たこともないスキルだが、セラの説明通りなら<神魔聖女ブリュンヒルデ>を使用している間に付与される特殊なスキルだろう。


 濛々と立ち込めていた粉塵が晴れると、そこにはオークの姿は跡形もなくなっていおり、代わりに直径100メートルを超える深いクレーターが出来ていた。


『ちなみに、仮想空間内の地面は実物よりもかなり頑丈に作られています』

「ご説明どうも……」


 もはや戦略兵器並みの破壊力に、信士は言葉もなかった。


『では、続いて複数の移動目標をホップさせます。よろしいですか?』

「どーんと来ーい、なんだよ!」


 セラの声に合わせて彼女の眼前に再びオークが出現する。ただし今度は数が多い。ざっとみて30体ほどが淡いライトエフェクトと共に出現した。


 ふごぉ!!


 しかも今度のオークは雄叫びを上げて一斉にセラに向かって突進していく。


「セラちゃん!」

「おいおい、あれ大丈夫なんだろうな?」


 さすがに心配になった陽菜が声を上げ、信士はメルを問いただす様に尋ねるが――


『非殺傷モードに設定してありますので、彼女が害される心配にはありません』

「なら良いんだけど……」

「良くないよ!」


 安堵する信士とは裏腹に、陽菜は泣きそうな顔で声を張り上げる。


「オークVS女魔法使いなんて、くっころ確定じゃない!?」

「……落ち着け、陽菜」


 確かに大量のオークが1人の少女に襲い掛かる様を目の当たりにすれば、そういう心配をしてしまうのは致し方ないかもしれない。


「いちおう聞いとくけど、大丈夫だよな?」

『くっころという単語の意味は判りませんが、ご心配には及びません』


 メルの言葉に促され、再度セラの方へと視線を向ける。


天翔舞てんしょうぶ!」


 魔力を帯びたセラの身体が、まるで逆バンジーでもするかのごとき勢いで空中へと一気に舞い上がり、オークの手からいとも簡単に逃れてしまう。


「飛んだ!?」

「アイ・キャン・フラーイ!」


 初めて見る飛行能力に信士は目を丸くして驚き、陽菜は感動しすぎてセリフがバクっていた。


雷撃らいげき!」


 眼下のオークたちに向けられた杖の先端から青白い稲妻が迸るや、オークの群れのど真ん中に突き刺さり、激しい爆発と放電によって瞬時に群れ全体を感電させて焼き尽くしてしまう。丸焦げになったオークたちは眩いライトエフェクトを撒き散らして四散した。


「うん! なんとなく戦いの勘が戻って来た感じなんだよ!」


 宙に浮いたままのセラが、腕をぶんぶんと振り回しつつ景気よく声を上げていた。


『それは僥倖です。では、続いて空中戦闘とまいりましょう』

「え?」


 次の瞬間、セラの周囲に無数の鳥型の魔物がホップする。鳥と人間の女性を掛け合わせたような外見の魔物――たぶん、ハーピィだろう。それが30匹ほど、彼女を取り囲むような形で出現した。


「ちょ、ちょっと待って! さすがに空中戦はまだ早い――」

『では、始めてください』


 慌てるセラをサラッとスルーしてメルが無情な合図を発する。同時にハーピィたちが一斉に動き出し、セラに向かって殺到した。


「うにょわあああああ!!」


 奇妙な悲鳴を上げながらも必死に飛び回ってハーピィたちの攻撃を回避しつつ、魔法で反撃しているが、さすがに多勢に無勢と言った感じだ。


「セラちゃんかんばれー!」

 ぷるぷるー!!


 声を上げて彼女を応援する陽菜の頭の上で、クロが楽しそうに震えている。そんな1人と1匹を視界の隅で眺めつつ、信士はハーピィ相手に悪戦苦闘するセラをじっと見つめていた。

 ……手伝う気はないようだ。


「……なあ、メル」

『なんでしょう?』

「セラ以外にも<エクス>に選ばれた人間はいたんだよな?」

『はい』

「そいつらと比べて、オレたちは強い方か? それとも弱いか?」


 この世界に飛ばされて初めて出会った人間――セラ。自分たちと同じ<エクス>。いまだにその意味は判らないが、彼女の戦いやスタータスを見た限りでは、自分たちと遜色ない強さであるというのが信士の正直な感想だった。実際にセラと戦った場合、接近戦に持ち込めば自分が勝つだろうが、そうでなければ確実に負けるだろう。

 総合的な力量で言えば自分や陽菜と同程度である、と。


 では自分たちの強さは、この世界の人間たち、或いは他の<エクス>に比べてどのくらいの位置にあるのだろうか、とふと考えてしまう。


『<エクス>に選定された直後であることを考えれば、御二人のステータスは驚異的な数値と言えます』

「つまり?」

『<エクス>に選ばれた人間は成長速度がそれまでの数倍に飛躍するのです。加えて本来の種族限界値を越えてステータスを伸ばすことが可能になります』

「成長加速! 限界突破! まさにチートだね!」


 横で聞いていたらしい陽菜が目を輝かせて話に加わってきた。ファンタジーオタクだけあって、この手の話は彼女の大好物だ。


「つまり、<エクス>に選ばれた時点で総合力20万前後というのは異常な数値だと?」

『はい。詳しく説明することは出来ませんが、セラは7歳の頃に<エクス>に選定され、その時点で総合力5000ほどでした。7歳で総合力5000という数値は、千年に1人の天才と謳われるレベルです。アンディール王国における<エクス>以外の戦士の平均総合力は2万強でした』

「なるほど……」


 セラは15歳。7歳で<エクス>となり、8年間で総合力を5000から18万にまで伸ばした。一般的な戦士の総合力が2万程度であることを考えればセラは天才と言えるレベルだし、自分たちの数値は異常だ。

 いかにエリクス・キャンディというものがチートだったか判る。


『しかし、<エクス>となった人間はその後の訓練や実戦経験等を積み重ね、総合力50万に達した者は多く存在します。中には100万を超えた人物も少数ながらいました』

「上には上がいるって訳だ。そして最後に物を言うのは、やっぱり重ねた努力と実勢経験」

『その通りです』


 だとしたら、自分は本当に幸運だなと、信士はしみじみ感じた。


 エリクス・キャンディというチートで高いステータスとスキルを手に入れた――

 そのおかげで魔物の跋扈する魔境を生き延びることが出来た――

 クロという仲を得られた――

 そのクロのお陰でザラタンに乗ってこの街に辿り着けた――

 同じ<エクス>であるセラとも会うことが出来た――

 そして、最高の訓練環境まで――


 これから自分たちがなにを成さなければならないのか、どんな使命が待ち受けているかは判らないが、メルの言うことが確かなら総合力50万、100万にならなければ使命を達成できないという可能性もある。

 だったら、強くなるしかない。ここで出来得る限りの訓練を積んで基礎能力を向上させることは、後々自分たちの運命を変えるかもしれない。


 運命を変える力――それがチートだと、陽菜が以前言っていたのを思い出した。


 強くなれば、自分の家族のように理不尽に失われる命を少しでも減らせるかもしれない――なら、やるべきことは1つだ。


「メル、頼む。オレたちを鍛えて強くしてほしい」

「私も! 私だって強くなりたい。リスティみたいに!」

 ぷるぷる~!


 信士が頭を下げてメルに懇願すると、すかさず陽菜が追従してきた。彼女の頭の上のクロまで「自分もやるー!」とばかりにぴょんぴょん飛び跳ねている。


『承知しました。皆さんが無事に使命を果たせるよう、出来得る限りの訓練をさせていただきます』


 メルが了解の意を伝えるのと――


「ハルナちゃーん! シンジー! クロちゃーん! だずげでー!」


 ハーピィにフルボッコにされ始めたセラの泣き声が聞こえてきたのとはほぼ同時だった。

 しまらないなー、と信士たちは顔を合わせて苦笑いを漏らす。


『あのハーピィたちは非殺傷モードに設定してありますから、怪我を負わされたり殺されたりすることはありません。ただ、苦痛制限はOFFになっているので痛みは感じます』


 なるほど、さっきから引っ掻かれたり風魔法の集中砲火を浴びたりと袋叩きにされながらも、セラの身体に怪我らしきものが見当たらないのはその為か、と信士たちは納得した。それでも痛みがあるというのも本当らしく、半泣きで「うにゃぁ!」「むびょぉ!」と珍妙な悲鳴を漏らしている。


「んじゃ、差し当たってはセラを助けることから始めますか」

「そうだね。ショック死する前に……」

 ぷるぷるー!!


 2人と1匹はお互いに頷き合うと、セラを助けるべく駆け出したのだった。

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