第32話 新たな仲間
翌朝、3人の中で最初に目覚めたのは信士だった。いまだ残る眠気に半ば寝ぼけながらベッドから身を起こす。
そう、ベッドだ。
昨日までは魔物の徘徊する危険地帯のど真ん中で、予め<無限収納>に保存しておいた毛布を硬い地べたに敷いで眠っていた。見張り役のクロのことは信頼していたものの、それでもやはり魔物の生息する魔境で、屋根もない場所に野宿では安眠できるとは言い難かった。
だが奇跡的に辿り着いたこのリア・アンディールの街――2万年以上前から存在し続けてきた超古代都市の中心部にそびえ立つアンディール王城で、数日ぶりの温かい食事と入浴、そしてふかふかのベッドで眠ることが出来て、信士はこの世界に着て以降、初めての爽やかな目覚めを迎えることが出来た。
(けど、晴天とは言い難いけどな……)
窓の外から見える空は、相変わらず濃い霧のような雲に覆われたままで、青空と朝日を拝むことが出来ないことに若干の不満を覚えつつも、信士は眠気を払う様に大きく背伸びをした。
ふと脇に目をやると、隣のベッドで陽菜がいまだ安らかに寝息を立てていた。と思ったら、やおらむにゃむにゃと口元を動かして……
「魔王が……魔王が……98円……うひひ」
「……大安売りだな。あと、女の子が「うひひ」はどうかと思うぞ?」
陽菜の夢の中では魔王は缶ジュースよりも安いらしい。
気持ち悪い笑いを漏らしながら眠る彼女の胸元には真っ黒いスライム――ブラック・スライムであるクロがヌイグルミの様に抱きかかえられていた。信士が起きると同時にスルスルと器用に陽菜の腕の中から抜け出し、ぴょんと飛び跳ねて彼の手の中に納まった。
「おはよう、クロ」
ぷるぷる~!
弾力性のある黒の身体を撫でてやると、クロは嬉しそうに身体を震わせていた。
「う~ん……」
抱き枕が無くなったせいか、陽菜がまたしてもむにゃむにゃし始めた。起きるのかと思いきや……
「……ダメだよ、クロちゃん……信士君は……生じゃ食べられないよ……」
バッ!!
ぶるぶるぶるッ!!
反射的にクロに視線をやると、慌てた様子で必死に身体を左右に震わせていた。まるで「違うよー! そんなこと考えてないよー! 冤罪だよー!!」と訴えているかのように。
(というかいま陽菜、生じゃ食べられないとかぬかさなかったか?)
では焼いたら食べられるということだろうか? などと考えていると……
「……私にも……一口ちょうだーい……」
「……………………」
ぷるぷる……
食べられるらしい。
というか食べられたらしい。
これには信士本人だけでなくクロまでもがドン引きしている様子だった。
「いい加減、下らない夢見てないで起きろ!」
さすがにこれ以上、陽菜の寝言を聞くのは怖いので、信士は彼女の鼻を摘まんで起こすことにした。鼻を摘ままれてすぐ、苦しそうにしながらも陽菜が目を覚ます。眠たそうに眼を擦りながら処なさげに周囲を見回し、やがてその眼が信士とクロの姿を捉えた。
「信士君。クロちゃん……ごちそうさま?」
「おはようだ、馬鹿たれが!!」
寝言の内容が内容だけに、陽菜の挨拶に信士は思わず叫んでいた。
「そうだっけ……? なんか、とっても美味しいものを食べてる夢を見たような……?」
「…………………………」
腕を組んでコテンと可愛らしく首を傾げる陽菜は、いまの信士には途轍もなく恐ろしく見えて、無意識のうちに一歩後ずさっていた。
陽菜さん、まさかのマンイーター疑惑!
「あ、そう言えばセラちゃんは?」
夢の内容は思い出せなかったらしいマンイーター陽菜は、ポンと手を打って隣のベッドへと目をやった。セラが寝ているはずのベッドへと。
そこには頭から足先まですっぽりと布団に包まっているセラが、いまだスヤスヤと寝息を称えていた。
「セラちゃーん、朝だよー」
そんなセラを起こそうと、何気なく枕元の布団を捲った陽菜が見たものは何故か……何故か足の裏だった。
「……セラちゃん、寝相悪いんだね」
「……そうみたいだな」
……ぷるぷるっ
陽菜の言葉に信士だけでなく、クロも同意するかのように小さく震えた。
目の前には寝ているセラの足の裏が曝け出されている。このシチュエーションでお約束を守るのが陽菜クオリティ。悪戯心を刺激された彼女はワザとらしく「こちょこちょ~」などと言いながらセラの足の裏を指でくすぐった。
「うにょわぁ!?」
こうか は ばつぐんだ。
想像以上に足の裏は敏感だったらしく、奇怪な声を上げて一発で、文字通りの意味で飛び起きたセラは、布団に包まったままベッドの上で跳ね回り、勢いのまま床へと転落してしまった。
「痛たたた……あれ? 真っ暗でなにも見えないんだよ! ここはどこ? 私は誰?」
「セラちゃん、ネタに走らなくていいからね」
布団に包まれたままで右往左往する、絶賛記憶喪失中のセラ。
苦笑しながら陽菜が彼女を助けようと布団を解いてやると……
「ぶっ!?」
「ちょッ――!!」
信士は思わず吹き出し、陽菜は悲鳴じみた声を漏らした。
絡まった布団をまくって露になったセラは……何故かマッパだった。下着すら付けていない、生まれたままの姿の真っ裸。
セラさん、やっぱり裸族疑惑!
そうなると当然――
「信士君は見ちゃダメ!!」
「うぎゃあっ!!」
昨晩の焼きまわしの如く陽菜の神速の目潰しが信士に炸裂し、「目が! 目がぁ~!!」と両目を押さえて床をのた打ち回る様は昨日のそれと全く同じだった。
「セラちゃん、なんで服脱いでるの!?」
「ふぇ? あッ! ホントだ、寒いと思ったら!?」
セラ自身も気づいていなかったらしく、慌てた様子でワタワタしているのが気配で伝わってくる。どうやら寝相が悪いだけに飽き足らず、寝ている間に無意識に服を脱いでしまったらしい。
(もうヤダ。こいつら残念過ぎる……)
陽菜とセラの残念過ぎる起床に、泣きたくなる信士の肩をクロが慰めるようにポンポンと優しく叩いた。気遣いの出来るスライムである。
★
その後、気を取り直して着替えを済ませた後、信士たちはメルが用意してくれていた食事で朝食を済ませた。意外なことにメルはブラック・スライムであるクロの為に専用の餌まで用意してくれた。見てくれはデカい肉の塊だったのだが、なんでも魔物――スライム専用に栄養バランスを考えて調理されたものなのだそうだ。実際、クロは実に美味しそうに食べていた。
「ホントになんでもありだね……」
人間だけでなく魔物用の餌まで用意できる。アンディールの技術力を改めて目の当たりにした陽菜が感慨深げに呟いていた。
「それでメル、昨日言ってた人里は見つかったのか?」
昨日のメルの話を思い出す。
この城に備え付けられている転移装置を用いれば、信士たちをザラタンの徘徊する危険地帯の外へと送ることが出来る。しかし、転移可能な距離には限界があり、しかも有効範囲内に人里は存在していないらしい。そこでメルは偵察機を飛ばして転移有効圏外の人里を探査し、そこに一番近い場所に転移させるという話になっていたのだが……
『いまのところ発見には至っておりません。現在、偵察機を増やすと同時に捜索範囲を広げて対応していおりますので、しばらくお待ちください』
「……判った。よろしく頼む」
こればかりはメルを信頼して任せるしかいので、信士は嘆息しつつ頷いた。
「偵察機ってことは、空から探してる訳だよね?」
その横で陽菜が不思議そうな顔で口を開いた。
『そうです』
「偵察機の数って、いくつくらいなの?」
『昨晩の時点で10機。現在は倍の20機で捜索に当たっています』
「それだけの数で探しても見つからないなんて、やっぱりこの街の周りはほぼ魔境になっちゃってるってことだよね? どうりでいくら探しても人里が見つからない訳だよ……」
ぐてーっとテーブルの上で脱力する陽菜。もしあのままザラタンに遭遇することなく、徒歩のまま魔境を彷徨っていたらと思うと信士もぞっとする思いだった。
「実際に魔物がウジャウジャいたしな。その上、あんな山みたいな亀がうろついている場所になんて、住みたくても住めない……」
そこまで言って、信士はふとあることを思い出した。昨日、さんざん気になっていたのに、色々あってすっかり忘れていた疑問――
「そういえば、なんでザラタンはこの街に入って来ないんだ?」
リア・アンディールの街を囲んでいる山脈は確かに高かったが、それでもザラタンがその気になれば越えることも出来るはず。なのに連中は山脈の外側をうろついているだけで街には決して入って来ないのは何故なのか?
『守護聖獣ザラタンは、この街を外敵から守護する為に存在しているからです』
「はあッ!?」
「「ええッ!?」」
メルのまさかの答えに、信士と陽菜、そしてセラまでがの驚愕の声を上げた。
「ちょっと待って、メル! 私、あんな大きな亀のことなんか知らないんだよ!?」
一番驚いていたのは他でもない、セラだった。
信士たちは昨日、セラに自分たちの身の上話を聞かせていた。その過程でザラタンのことも当然話した。山よりも巨大な怪物亀の存在を聞いてセラは心底ビックリしていた様子で、ザラタンのことはまったく知らなかったのだ。
そのザラタンが、セラの眠っていたこの街を守っているとはどういうことなのか?
『禁止事項に当たる為、詳細はお答えできません』
「またかよ……」
もう何度となく聞いた回答拒否に、ため息しか出ない信士。セラはなおも聞きたそうな顔だったが、どうすることも出来ないと悟って諦めたようだ。
要は、ザラタンたちは意味もなく徘徊している訳ではなく、この街を外敵の侵入から守っていると。なので決して街の中へは入っては来ないという訳だ。
「……ちょっと待て。もしかして空を覆っているあの変な雲は……」
『空からの外敵の侵入、及びリア・アンディールが発見されるのを阻む為に、都市の防衛機構が発生させている幻影結界の一種です』
「マジか……」
最初に見た時からただの雲や霧ではないなと感じていた信士は、メルの答えを聞いて納得した。
確かに地を這うザラタンだけでは、地上からの侵入者なら防げるだろうが、空から侵入する者に対してはどうすることも出来ない。それを補っていたのがあの雲――結界と言う訳だ。
理由はさておき、そこまで徹底して街の存在を隠蔽していることに加え、周囲は魔境とくれば、誰かがこの街を見つけてくれることも有りえないだろう。現にこの街は2万年間、誰にも見つからなかったのだから。
つまり、信士たちがこの街を出るには嫌でもメルに転移してもらうしかないということだ。
「果報は寝て待つしかないのか……」
「でも、いつになるか判んないでしょ? このまま何日もじっとしてたら身体が鈍っちゃうよ」
この世界にやってくる前から、陽菜と信士はエリクス・キャンディで得たスキルを使いこなし、能力を高める為に毎日欠かさず訓練を熟し続けていたので、既にトレーニングが日課になりつつあった。なので手持無沙汰になってしまうと身体が鈍ってしまうんじゃないかと不安になってくる。実際に信士も同じ気持ちだった。
「そうだな。メル、どこか訓練できそうな場所って無いか?」
『それでしたら、城の南区画にある訓練施設が使用可能です』
「訓練施設? そんなもんがあるのか?」
『元々は戦士たちを訓練する為に用いられていた施設です。様々な敵、強さ、環境等を再現することが可能です』
敵や環境を再現? 良く判らないけど面白そうだと信士は思った。
どっちみちメルが人里を見つけてくれるのを待たなければならないのだし、その間、この城の施設を自由に使えるというのなら使うに越したことは無い。それが訓練施設なら猶更だ。
「セラ。一応、確認しておきたいんだが」
「なーに?」
「オレと陽菜は人里が見つかり次第、ここを出るつもりだけど、セラはどうするんだ?」
よくよく思い返してみると、自分たちはこの街を出る気でいたが、セラがどうするか確かめていなかったことを思い出した信士は、この機会に彼女に尋ねてみた。
もっとも、セラがどう答えるのかは判りきっていたのだが。
「えっと……もしシンジとハルナちゃんが良ければ、私も連れて行って欲しいんだよ」
申し訳なさそうにもじもじとしながら2人にお願いしてくるセラ。
「私たちは別に構わないけど、ここを出たらもう二度と戻ってこれないかもしれないよ?」
いつもとは違う真面目な、真剣な表情で陽菜が言った。普通に考えれば彼女の言う通りだろう。そもそも信士たちがこの街に辿り着いたこと事態、偶然と奇跡が重なったからに過ぎない。自力でまた来れるかと言われれば、絶対に不可能だ。
可能性があるとすればテレポートみたいな空間転移の魔法を使うくらいだ。<空間魔法>が存在しているのはエリクス・キャンディとステータスによって確認済みなので、おそらく転移魔法もあるだろうと信士や陽菜は予想しているが、いまのところ2人とも習得出来てはいない。
もし習得できなかった場合、おそらく二度と戻っては来れない。信士と陽菜に同行するということは、それを覚悟しなければならないのだ。
「それでも構わないんだよ!」
しかし、セラはきっぱりと言い切った。
「よく思い出せないんだけど、私はなにか……やらなきゃいけないことがあったはずなの」
「やらなきゃいけないこと?」
セラの言葉を聞いて信士と陽菜は互いに目を合わせた。
思い当たることがあるとすれば、メルの言っていた「<エクス>の使命」とやらしかない。
「たぶん私は、その為に眠っていたはずなんだよ。だから、ここに残るわけにはいかないの。誰もいなくなったと言っても、この街が私の故郷であることは確かだし、帰って来れないかもしれないのは寂しいけど……でも、でも行かなきゃいけないんだよ!」
真剣な眼差しで訴えてくるセラの様子に、信士は胸が痛むのを感じた。
メルは言っていた。彼女は2万年まえの人間で、なにかの使命を果たす為に、親しい人間たちと永遠に会えなくなるのを承知の上で封印され、眠りに付いた。正直、自分に同じことが出来るかと問われれば、おそらく出来ない。実際、元の世界に残してきた友人たちや施設の子供たちともう一度会いたい、という気持ちが心の中で強く燻ぶっている。
けどセラは……一見、能天気でお間抜けな性格の少女はそういった感傷を捻じ伏せてまで、使命を果たすことを選んだ。
それほどまでの覚悟をしてまで果たさなければならない使命とは?
<エクス>とはなんなのか?
答えは判らないが、自分たちも同じ<エクス>と呼ばれる者であることや、この国の最後の王が、ここに最初に訪れた<エクス>にセラを託せと命じたこと。しれに従ってメルが彼女を目覚めさせたことを考えると、その使命とやらと自分たちが密接に関係していることは容易に推察できる。
なら、セラが同道したいと考えるのは当然だし、同じ<エクス>である以上、自分たちとも無関係ではないはずだ。
なにより、信士たちもセラを独り、この街に残していく気は毛頭無かった。
「判った。これからよろしくな、セラ」
「よろしくねー」
信士と陽菜が笑顔でそれぞれ手を差し出すと――
「よろしくなんだよ!」
セラもまた、満面の笑顔で2人の手を握るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます