第31話 疑惑
「……どういうことだ?」
愕然と目を見開いて、絞り出すような声で信士は戦きながら、服をまくって自分の胸に刻まれた紋章を見下ろす。陽菜もまた、自分の肩にいつの間にか現れた紋章とセラの右腕に刻まれた紋章を見比べていた。
刻まれた場所は違えど、セラの腕にある紋章は間違いなく信士、陽菜のそれと同じものだった。
「セラ、その刺青は……」
「えっと……よく思い出せないんだけど、なにかの証だったような……」
2人の驚愕と困惑の理由が判らず、セラは戸惑った様子でそう答えた。
「証?」
思い当たることは1つしかない。
<エクス>。
メルは信士や陽菜、そしてセラのことを<エクス>と呼んでいた。それがなにを意味するかは教えてくれなかったが、その事からして自分たち3人にはなにか共通点があるのではないかと信士は考えていた。
自分と陽菜には「異世界人」という共通点はあるが、セラにはそれは当てはまらない。だったらいったいなんなのか? 異世界人である自分と陽菜、この世界の超古代人であるセラにはなんの共通点があるというのか、と。
「これか……」
それがあった。
自分たち3人の共通点。
身体に刻まれた樹の紋章の刺青――
この紋章は自分たちがこの世界に召喚された際、あの謎の樹によって刻印されたものだと思っていた。これと同じ紋章がセラにもあるということは……
「……セラちゃんも異世界人?」
「え?」
信士と同じ結論に至ったらしい陽菜が無意識に呟いた。だが当のセラ自身は困惑顔だ。
「セラお前、異世界人だったりする?」
「ええっと……思い出せないけどたぶん、違うと思うんだよ」
信士が改めて尋ねてみると、セラは戸惑った表情のまま頭を振った。そもそもセラは記憶を失っているのだし、聞いても栓無き質問だったかもしれないが、この様子だとおそらく違う。記憶喪失の影響で自覚がないだけかもしれないが。
もしそうでないならこの紋章はいったいなんなのか? 異世界人にだけ付けられるものではない?
(待てよ。この紋章があるということは……)
そこで信士は思い出した。この紋章と同じように、この世界にきたと同時に発現した能力のことを。
「セラ、ちょっとステータスを確認させてもらっていいか?」
「ステータス? 別に構わないよ」
当人の許可が得られたので早速<能力看破>を使ってみる。
名前:セラ・ヴェル・アムスタード
年齢:15歳
性別:女
種族:人族
天職:ハイプリースト
第二天職:メイジ
総合力:187850
生命力:10230
魔力:59000
体力:500
筋力:200
敏捷:300
耐久力:920
魔法力:46000
魔防力:58200
技術力:5600
精神:7800
状態:記憶喪失
スキル
魔法技術系
<魔力制御950><魔力強化920><魔力隠蔽890><魔力放出900><魔力付与900><火魔法870><風魔法880><土魔法790><水魔法790><雷魔法900><氷魔法850><物理魔法890><光魔法990><闇魔法820><空間魔法780><並列発動870><複合魔法900>
身体系
<生命回復520><魔力回復810><回復強化740>
感覚系
<魔力感知900><気配察知230><危機感知300><呪詛感知780><精霊感知800><死霊探知700><空間把握800>
耐性
<魔法耐性660><石化耐性770><呪詛耐性820><物理耐性410><光耐性960><闇耐性710><火耐性560><風耐性420><雷耐性600><氷耐性600><土耐性480><水耐性620><空間耐性550>
学術系
<標準語600><演算30><暗算60><算術20><鑑定400>
ユニーク系
<神聖魔法700><精霊魔法910>
恩寵
<
「やっぱり……」
セラのステータスを見て信士は思わず呻いた。
恩寵――
自分と陽菜がこの世界に来た際、降って湧いたように現れたスキルがセラにもあった。しかもLv3ということは、彼女は少なからずこの能力を使役していたことを意味する。
さらにこのステータスとスキル構成。
体力、筋力、敏捷、耐久力が極端に低い反面、魔力、魔法力、魔防力が異様に高い。信士や陽菜も及ばないほどに。
スキルに関しては身体系のスキルが1つもないにも関わらず、魔法に関するスキルは異常に多い上にレベルも高い。まさに魔法特化型とも言うべきスキル構成だ。
「……なんか、凄くピーキーなスキル構成だね」
「そうだな」
陽菜が小首を傾げながら呟いた言葉に、信士も同意を示す。
魔法を用いた戦闘には無類の強さを発揮する反面、物理的、あるいは近接戦闘にはほぼ無力という思い切ったステータス。天職はハイプリーストにメイジ。神官と魔導士のハイブリッドであることもそれを証明している。
とはいえ、2人はセラ以外にこの世界の人間にはまだ会ったことが無い。あるいはこれこそがこの世界における一般的なステータス、スキル構成であり、エリクス・キャンディというチートな方法で力を得た信士と陽菜の方が異様であるという可能性も捨てきれない。
面白いのが学術系スキル。<演算>、<暗算>、<算術>のスキルレベルがすべて二桁台と言う事実が、彼女の学力のレベルを物語っていた。これには信士も陽菜も苦笑するしかない。
とはえ、当面の問題はそこではない。
「けど、思った通りセラにも恩寵がある」
「ブリュンヒルデ……北欧神話の戦乙女のことだね。「ビビってるんですかァ?」は名台詞だよ!」
さすがファンタジーに詳しい陽菜はその辺りの神話にも精通している。あと、半分は漫画のネタだけど。
いずれにせよ、これで信士と陽菜とセラの共通点がハッキリとした。
身体に刻まれた樹の紋章と恩寵――
「メル!」
信士が虚空に目を向けて呼びかけると――
『御用でしょうか?』
宙空に突如としてバスケットボール程の光の球が出現し、そこから女性の声が発せられた。
光の球の正体はメルの端末だ。
信士たちもさっき知ったばかりなのだが、メルはこの城の内部であればどんな場所にも端末を出現させることが出来るそうだ。
「この紋章について教えてくれないか?」
セラの腕、陽菜の肩、そして自分の胸に刻まれた紋章を見せながら信士はメルに尋ねた。
『聖印と呼ばれるもので、特定の人間が<エクス>に選ばれた際に身体のどこかに刻まれるものです』
「やっぱりか……」
思った通り、この紋章――聖印を持った人間が<エクス>と呼ばれる者らしい。
「なら、オレたちが持っている恩寵と言うのも<エクス>に選ばれた人間に与えられるものなのか?」
『そうです』
これも正解。だとすると気になるのは――
「誰が、なんの為にこんなものを与えたんだ?」
『禁止事項に当たる為、お答えすることができません』
メルの返答を聞いて信士は舌打ちするが、予想通りの答えでもあった。
少なくともメルは真実を知っているが、いまのオレたちに教えることは出来ない、と。
けど、いまのでさらに別の疑問も出てきた。
「……お前は異世界の存在を知っているのか?」
『はい』
即答してきたメルに、陽菜がぎょっとした顔になる。
何故、最初にメルに会った時にこの質問をしなかったのか、信士自身も首を傾げたい気分だった。長時間、魔境を彷徨っていて判断力が落ちていたんだろう。
「オレたちがその異世界から来た人間だということは?」
『存じています』
「ええっ!?」
今度は声を上げて驚きを露にする陽菜。やっぱり知ってやがったか、と信士は内心で毒づいた。
「じゃあ、オレたちと同じ<エクス>ってやつに選ばれてるセラも、異世界人なのか?」
セラには記憶が無いが、メルはセラの過去を知っている。セラが異世界人か否か、最初からメルに聞けば早かったのだ。
『いいえ』
またしてもきっぱりとメルは答えて見せた。
半ば予想していたが、セラはやっぱりこの世界の人間で異世界人ではない。
「<エクス>というものがなんなのか、誰がなんの為に選定しているのかは置いといて、オレや陽菜みたいな異世界人が選ばれる訳じゃないのか?」
最初、見覚えのない恩寵というスキルや聖印が身体に刻まれていたことから、これは自分たちのような異世界人に与えられるものだとばかり思っていた。
陽菜からよく聞かされた異世界召喚物のラノベの話。
異世界人が自分たちの世界を救う為に、現代の地球からごく普通の少年少女を、有無を言わさずムリヤリ勇者として召喚するというストーリー。そして召喚された現代人は強大な力を与えられると。
だから自分たちも同じなのだと信士は考えていた。この紋章――聖印はその証で、恩寵はその為の力なのだと。
しかし、実際にはこの世界の人間であるセラにもあった。ならその推測は間違っていたことになる。
異世界人だけに与えられるものじゃないとしたら、いったい誰が、どういう基準で選んでいるというのか?
『その答えは是であり、否でもあります』
「どういう意味だ?」
これまでとは明らかに異なる曖昧な答えに、信士だけでなく陽菜やセラまでもが眉を顰めた。
『禁止――』
「もう良い!」
またしても定番の答えを言われそうになったので、信士はカチンときて思わず怒鳴り返した。
「信士くん、落ち着いて。また信長化してきてる」
「深呼吸なんだよ」
で、陽菜とセラに宥められる様子は、昼間のそれの繰り返しだった。なので言われた通りに深呼吸して気持ちを落ち着けてから、改めて口を開く。
「お前がそうして肝心なことを教えてくれないのは、オレたちに権限が無いからだと、確かそう言ってたな」
『はい』
「その権限を得るには、<エクス>としての使命を果たさなければならない、と」
『はい』
「だったらオレらが使命を果たして権限を得た後なら、お前は答えを教えてくれるんだな?」
『はい』
「なら是非も無し」
全ての答えが目の前にあるというのにそれを得られないのはもどかしいが、ないものを強請るのもみっともない話だ。だったら望み通りに使命を果たし、その権限とやらを得てから堂々と答えてもらえば良い。
どんな使命なのか、詳細が判らないのは不安でもある。しかしだからと言って足踏みしているようではなにも始まらない。
織田信長を超える人間になろうと決意したいま、どんな困難が待ち受けていようと進むしかないのだから。
「はいはーい。私からも質問いいですか?」
などと信士が決意を新たにしている脇で、陽菜が子供みたいに元気よく手を上げた。
「過去にも私たちみたいな異世界人がこの世界に召喚された、みたいなことはあった?」
「ッ!」
今度は信士がぎょっとする番だった。
異世界召喚物のラノベでは、現代人が異世界に召喚されるのが定番ではあるのだが、それが一度きりの場合もあれば、世界の危機の度に何度も召喚されるという話もあると。他力本願の極みだなと信士は内心で呆れた気持ちで聞いていたのだが……
『少なくとも、データが残っている2万年前の時点でそのような出来事はありませんでした。それ以降は不明です』
「そっかー……」
何故か残念そうに肩を落とす陽菜。
2万年前の時点では、か。それ以降のことはメル自身も知らないとなると、あまり有益な情報とは言えないな、と嘆息しかけた時、信士はその事実の矛盾に気付いた。
「ちょっと待て。だったらどうしてお前は異世界のことを知ってるんだ?」
「あッ!?」
言われて陽菜も気づいたらしい。
おかしいのだ。
メルは異世界と異世界人の存在を知っている、とさっき答えた。にも拘らず、過去に異世界人がこの世界にやって来たことは無いと断言した。
じゃあ何故、メルは異世界や異世界人のことを知っているのか?
『禁止事項に当たる為、お答えすることができません』
「くそっ……」
もはや聞き慣れた回答拒否文句。
しかし裏を返せば答えが存在している証拠である。
「なら……オレたちが元の世界に帰る方法はあるか?」
元の世界に帰る方法。
この世界で生きていくと決めたが、元の世界に未練が無い訳じゃない。友達や家族同然に暮らしていた施設の子供たち、職員のことも当然、気になっている。
もし帰る方法があるのなら、せめて一度は帰りたい。それが信士の正直な心中だった。
『禁止事項に当たる為、お答えすることができません』
「……そうか」
あるけど答えられない――つまりはそういう意味。
ならばなおのこと、<エクス>の使命とやらを果たさなければならないと、信士はさらに決意を強くした。
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