第5話 マニアとオタク

 信士の住む滋賀県高山市はその面積の大半が山林だ。信士たちの通う中学校を含んだ町はその奥地――山と山の間を流れる渓流。その両脇にできた僅かな平地に造られている。従って周囲はすべて山だ。それも1000メートル級の。

 登山家すらほとんど訪れることのない険しい山の中を、影が走り抜けた。


 それも尋常な速度ではない。

 植栽目的で造られた人工林とは違う、本物の自然の森だ。しかも手付かずの。種類や大きさも違う様々な木々が複雑な地形の上に不規則に乱立し、大きな岩や鬱蒼とした藪が広がる森林の中を、その隙間を縫うようにしてなんら障害物のない平坦な道を行くように駆け抜けていく。

 徒歩では避けられない障害物に出くわした際は、樹木の幹を蹴り、その勢いで別の樹木へ飛び移るという、忍者も真っ青なアクロバティックかつ非現実的な身体能力をもって楽々と突破する。


 時折、森に棲む動物ともすれ違ったが、動物たちがそれと気づく前に影は瞬時に横を駆け抜け、通り過ぎた後になってから「あれ? いま、なんか通った?」と首を傾げるばかり。


 およそ人間の持ち得る運動能力ではなかった。オリンピックの金メダリストどころか、普段この森で暮らしている野生の猿や鹿とてここまでの身体能力は持ち合わせていない。明らかに人間という種族の範囲を逸脱している。


 道なき道を進むに連れ、地面が次第に上方向へ傾斜し始めた。山の麓に差し掛かったのだ。だが人影は走る速度を緩めず、そのまま駆け上がっていく。

 この辺りの森や山は整備もされておらず、普段はハイキングで訪れる者すらいない。無論、夜中に足を踏み入れれば遭難確実な深い森だ。だが、そんなの知るかとばかりにスピードを緩めることなく一気に駆け上がる。

 それにつれて徐々に傾斜は増していくが、減速することなく走り続け――


「到ー着!」


 掛け声と共に信士は大きくジャンプし、空中で一回転してから地面に着地した。


 ここは中学校から離れた山の上にある山頂公園。公園と言っても遊具の類は無く、ただ整備された空き地に、ベンチなどが散在しているだけの場所。それでも見晴らしの良い景観から、休日の天気の良い日はハイキング客や親子連れなどがやってきて景色や花見を楽しんでいる場所だ。


「<気配察知>で判ってたけど、ホントに誰もいないな。なんでだ?」


 今日は待ちに待った『エリクス・キャンディ』の発売日。学校帰りに例の無人販売所で買った後、食べる前に身体能力の確認がてら、山の中を走っていたのだが、たまたま山頂公園の近くを通りかかった際、<気配察知>で公園に人がいないことが判ったので立ち寄ってみたのだ。


 普段は平日の夕方でも少ないなりに人がいる場所なのだが、なぜか今日は誰もいない。

 まあ、信士にとっては好都合なのだが。


「……ここに来るのも久しぶりだな」


 目を細め、遠くに見える夕日を眺めながら信士は独り言ちた。


 脳裏に浮かぶのは懐かしい日々。

 

 両親と幼い妹と4人でよくここへ遊びに来ていた。無邪気に広場を駆けまわるお転婆な妹。その姿を、両親はいつも近くにあるベンチに腰掛けて微笑ましそうに見守っていた。自分はそんな妹の後を追いかけ、遠くに行ってしまわないよう、転んで怪我をしないように付いて回っていた。

 休みの日にはみんなでお弁当を持ってピクニックに来た。

 遠くに見える琵琶湖を眺めながら、家族みんなで食べるサンドイッチやお握りの味。いまでも覚えている。


 もう二度と食べることが出来ない味を。家族との思い出を。


「くそっ……」


 どのくらいそうしていただろう。

 目の奥から湧き上がってくる熱を振り払うように信士は頭を振った。

 思い出も大事だが、いまは他にやるべきことがあるのだ。


「じゃあ、まずはおさらいだな」


 そう言って彼は手近なベンチに座ると、懐からメモ帳を取り出した。


 ステータスアップ系。

<HPアップ>×3。<MPアップ>×2。<筋力アップ>×3。<魔力アップ>。<体力アップ>。<魔法力アップ>×2。<技術力アップ>×2。<魔防力アップ>。<精神アップ>×2<敏捷アップ>×4。<耐久力アップ>×2。


 武術系。

<体術>。<剣術>。<刀術>×2。<魔法剣>×3。<投擲>。


 運動系。

<歩法>。<悪路走破>×2。<俊足>。<跳躍>×2。<身体強化>×4。<気配遮断>。<立体起動>。


 感知系。

<気配察知>。<望遠>。<暗視>。<聞き耳>。<危機感知>×3。<敵意感知>。<悪意感知>。


 魔法系。

<魔力制御>。<火魔法>。<風魔法>。<土魔法>。<水魔法>。<雷魔法>×2。<物理魔法>。<光魔法>×2。<闇魔法>。


 耐性系。

<毒耐性>。<病魔耐性>×2。<ウィルス耐性>。<物理耐性>。<苦痛耐性>。<石化耐性>×2。<火耐性>。<水耐性>。<風耐性>。<土耐性>×2。<雷耐性>。<精神耐性>×2。


 ユニーク系。

<無限収納>。


 そこに書かれていたのは、これまで食べた飴の種類と数だ。なにしろステータスを見ることが出来ない為、毎回食べる度にこうしてメモしておかないと忘れてしまいそうになるからだ。


(こうして見ると、たった1ヵ月で随分と増えたな)


 そう思うと嬉しさが込み上げてくるのが抑えられない。本当にこの飴を見つけてから信士の人生は大きく変わった。


(だからこそ、流されてしまわないように注意しないと)


 もしこれだけの能力を悪用すれば、それこそどんな悪辣なことでも出来てしまうだろう。だからこそ、信士は自分がそうなってしまわないように自分自身を幾度となく戒めていた。


(いつかあの世に行った時、父さんや母さんたちに誇れる自分であり続けるんだ)


 飴を食べて新たな力を得る前に、信士は必ず亡き家族に誓うようにしていた。この力は決して悪用はしない。家族を悲しませるような真似は決してしない、と。


「誰もいないし、さっさと食べてしまうか」


 そう言って<無限収納>にしまい込んだ『エリクス・キャンディ』を取り出そうとして――


「なにを食べるの?」

「うぉ!?」


 突然背後から掛けられた声に、信士は文字通り飛び上がってしまった。何時からそこにいたのだろう。少し離れた木の陰に立つ人影があった。


「だ、誰だ?」


 影のせいで顔の見えない相手に、信士はこわばった声で尋ねた。


「さて、誰でしょう?」


 若い女――というより、信士と同じくらいの少女の声がお道化るように逆に尋ねてきた。よく見れば人影のシルエットは華奢で小柄だった。だが、それ以上に信士を困惑させたのが、少女の声に聞き覚えがあるということだ。が、覚えはあるのだが誰だったか思い出せない。


「……判らないの?」


 信士の沈黙を無回答と取ったのか、人影――少女は少し残念そうな口調で再度尋ねてきた。


「だとしたら、ちょっとショックかな。確かに今日は会わなかったけど……」

「……今日は?」


 今日は会わなかったということは、普段は会っているということ。つまり少女は信士の知り合いらしい。そうなると心当たりのある人物は限られる。


 自分と同い年くらいの知り合いなど、学校のクラスメイトしかいないから。


 信士が答えを見つけ出す前に、彼女は自ら影から出てきた。

 最初に見えたのは、肩に触れるか触れないかくらいの茶色の髪。幼さを残した丸みのある輪郭。着ているのは動きやすそうなチュニックにショートパンツというラフな服装だ。信士と同年代にしては背は低めで、信士の肩くらいの背丈しかない。その代わりというのはアレだが、年齢の割にスタイルが良い。

 可愛らしさを宿しつつも、何処か儚げな微笑みを浮かべるその顔に、信士は見覚えがあった。


矢橋やばし陽菜はるな


 信士の口から飛び出した名前に、少女は嬉しそうに「ピンポーン」と微笑んだ。


 道理で聞き覚えのある声だ、と信士は納得した。なにしろ彼女――矢橋陽菜は信士と同じ中学校に通う同級生――クラスメイトだったのだから。


 が、クラスメイトとはいっても信士は陽菜とはあまり親しい方ではなかった。というより、信士の記憶では彼女は全体的に学校を休みがちで、たまに登校しても休み時間は1人で本を読んでいたりして、特に親しい友人がいるようには見えなかった。実際に今日も学校を休んでいたし、まさかこんな時間にこんな場所で出会うとは思っていなかった。


「こんばんは、高月君」

「お、おう、こんばんは」


 律儀な性格のか、挨拶してくる陽菜に信士も思わず返してしまう。


「てか、お前、こんな時間になにやってんだよ?」

「こっちのセリフだと思うなー」

「う……」


 陽菜の返答に言葉を失う信士。実際、誰もいない夕方の公園を訪れているのは信士も同じなので、返す言葉が無い。


 そんな信士をよそに、陽菜は徐に信士の隣までやってくると、眼下に見える山々と夕日に照らされた琵琶湖の神秘的な光景に目を馳せた。


「私もここから見る景色は好きなんだ」

「……よく来るのか?」

「んー、たまに、ね」

「そうか」


 自分は人見知りする方ではないが、どちらかと言えば口下手の方だと信士は自分自身を評価していた。そんな性格なので、誰もいない場所で女の子と2人っきりで話した経験など当然なく、話し始めて早々に会話が続かなくなってしまう。


 というか、そもそも人がいたこと自体が全くの想定外であった。最初に<気配察知>で確認した時はいなかった。たぶん、琵琶湖を眺めながら思い出に耽っている間に偶然やって来たのだろう。


 どうしたものかと迷っていると、陽菜の方がこちらをじっと見ていた。


「な、なんだよ?」

「んー?」


 尋ねると陽菜は可愛らしく首を傾げた。


「高月君、変わったね」

「変わった? なにが?」

「雰囲気とか。体格とか。前はそんなにがっしりした体格じゃなかった気がするんだけど……」

「そ、そうか?」


 ぎこちなく否定するが、実は信士にも自覚があった。

 例の飴を食べるようになってから目に見えて体格が変化してきたのだ。前までは痩せ型でなよっとした体形だったが、いまでは身長こそ平均だが全体的に筋肉が付いて、スポーツマンというよりは鍛えられたボクサーのような身体付きになっていた。

 クラスメイトや孤児院の子供たちからも不思議がられていたが、筋トレを始めた、という言い訳でなんとか誤魔化している。


「少し前から筋トレ始めたから、そのせいじゃないか?」

「そう? けど、そんなすぐに効果が出るものじゃないと思うけど?」

「う……」


 以外に鋭い陽菜に、信士は返答に窮した。


「高月君、ひょっとして危ないクスリとかやってるんじゃない?」

「やるか!」


 ありもしない冤罪につい声を荒げてしまう。

 実際は出所不明な怪しげな飴を食べて超人化している訳だが。


「あれだ! お前、学校とかほとんど来ないし、勘違いしてるだけだ」

「そっかなー?」


 少々無理のある誤魔化し方だったようで、陽菜は傾げていた頭を反対側へ傾けた。


「っていうか、そういうお前こそなんで学校に来ないんだよ!? つーか、授業の半分も来てねぇだろ?」


 と、信士は強引に話題を変えた。

 そう、矢橋陽菜は病気と言う訳でもないのに何故か頻繁に学校を休んでいる。クラスメイトたちから嫌われていたり、イジメられている訳でもないのに。


「んー、私、たくさんの人と一緒に過ごすの苦手なんだ」

「コミュ障かよ。そんなことしてたら親に怒られるだろ?」


 普通に考えて、そんな理由で頻繁に学校を休んでいることを親が許すとは思えないのだが。

 途端、陽菜は悲しそうな顔で、呟くように言った。


「……親とは一緒に暮らしてないから」

「!?」


 ぎょっとなる信士。

 だがすぐに、陽菜がなにか複雑な家庭事情を抱えているらしい、と悟った。


「そうか……悪かった」

「なんで謝るの?」


 踏み込んではいけない領域に無遠慮に踏み込んでしまった、と思った信士は神妙な顔で謝ったが、当の陽菜は何故か可笑しそうに笑っていた。


「ああ、そういえば私、前から高月君に聞きたいことがあったんだ」


 唐突に陽菜はポンと手を打って訪ねてきた。


「な、なんだよ?」


 いきなりの話題の変化に、戸惑いながらも信士は聞き返す。


「高月君って、戦国マニアじゃない?」

「まあ、な」


 自他ともに認めるクラス一の戦国マニアな信士だが、同年代の女の子にそのことを指摘されるのはさすがに恥ずかしかったのか、少し照れ臭そうに頬を掻いた。


「どうしてそんなに戦国が好きなの?」

「どっちかっていうと、好きなのは織田信長だ」

「家来に裏切られて死んじゃった人?」

「……まあ、その通りなんだが……」


 少々極端かつ悪意のあるな言い方に信長ファンである信士としてはモノ申したかったが、史実であるが故に否定することが出来ず、しぶしぶ頷く。


「どうしてそんなに信長が好きなの?」

「いやだって、凄い人物だと思わないか? 古い仕来りや常識に一切捉われず、皆が恐れるものを恐れず、激烈なカリスマとリーダーシップで部下を率い、乾坤一擲の策で自分よりも遥かに強大な敵を討ち破り、時には総大将である自分自身が先陣を切って戦い、うつけ者、傾奇者と周囲に馬鹿にされていたのに、戦国の覇者とか言われるまでにのし上がったんだぞ? まるでファンタジーの主人公だ。これほど強烈な印象を与えた実在人物を、オレは信長以外に知らない。畏敬の念を抱くのは当然だ!」

「そ、そうだね……」


 一気にまくしたてる信士に若干引き気味になりつつ、陽菜は曖昧に同意した。


「なにより強烈なのは『魔王』を名乗ってたことだ!」


 ビシっと人差し指を立てて信士は言った。


 諸説あるが、信長が『魔王』を名乗った切欠は、甲斐――いまで言う山梨県――の武将だった武田信玄からの手紙だったとされている。


 織田信長が比叡山延暦寺や石山本願寺といった仏教勢力に対して苛烈な攻撃を加えていたというのは有名な史実だ。

 中でも有名なのが比叡山の焼き討ちだ。

 比叡山延暦寺という、仏教国家である当時の日本の聖域ともいえる場所を焼き尽くし、老若男女問わず数千人を殺戮した大事件。

 ちなみに信長の「比叡山焼き討ち」が有名になりすぎてあまり知られていないのだが、実はそれ以前にも延暦寺は二度も焼き討ちにあっている。

 二度あることは三度ある、という諺通りに。


 この事件に特に怒りを覚えたのが武田信玄だったという。

 信玄は信長に対し、その行いを痛烈に非難する書簡を送りつける。その書簡の中で、信玄は自身を「天台座主沙門信玄」と称した。天台宗座主というのは天台宗の最高権力者のことを指す。つまり信玄は自分は天台宗の最高権力者――もしくは代表だと称したということだ。

 これを読んだ信長は「信玄が天台宗の代表なら、自分は仏教と敵対する第六天魔王だ」と応酬したと言われている。


 これが、現代における「信長=魔王」のイメージの原因になった。


「魔王を名乗るのが特別なの?」


 不思議そうな陽菜に、信士は「当然だろ」と豪語した。


「魔王ってのは、つまり「悪」の象徴だろ?」

「そうだね。ゲームでも小説でも魔王はラスボスだね」

「そうなんだよ! けどな、過去、現代問わず、指導者っていうのは自分の行いを正当化――つまり、自分は正しい、正義だと主張するもんなんだ。史上最悪の独裁者と言われ、ユダヤ人を虐殺したアドルフ・ヒトラーも、原爆を落として何十万人も殺したハリー・S・トルーマンも、大量破壊兵器があるかもしれない、なんて理由で戦争始めたジョージ・ブッシュも……みんな自分の行いは「正しい」って公然と主張してたんだ。けど、オレが知ってる限り、信長だけは自分のことを魔王――つまり「悪」だと主張していた。そこが他の指導者とは決定的に違う。それなのに英傑と言われるまでになった人物! どうだ? 憧れるのも仕方ないと思わないか?」


 一通り言いたいことをまくしたてた信士。

 戦国、信長の話になると熱くなってしまうのは、戦国マニアの性なのか。


 まるで自分の夢でも語るかのように早口で話す信士を見て、陽菜は、本当に信長のことが心底好きなんだなー、と思う反面、好きなことを熱く語る姿が妙に可愛くて思わず笑えてしまった。


「なんだよ……そりゃ、女子からしたら可笑しいかもしれないけどな……」

「ゴメンゴメン。そういう理由で笑ったんじゃないよ」


 陽菜に笑われて不貞腐れそうになった信士に、陽菜は笑似ながら謝罪した。


「信長のことを熱く語る高月君が可愛かったから」

「いや……そんなこと言われても、どういう顔して良いか困るんだが……」


 同い年の女の子に「可愛い」と評され、反応に困って視線をあせあせとさ迷わせる信士。戦国マニアなどと言われている彼の以外に初心な一面を見て、陽菜の方もなんだか楽しくなってきた。


「笑えばいいと思うよ?」

「……それってなんかのアニメのネタだったけ?」

「えー、判んないの?」


 何故か不満げに頬を膨らませる陽菜。


「ちょっと判らないんだが……」

「ダメだよ知っとかなきゃ。名前からして信士しんじ君なんだから」

「えええ……」


 ちなみに件のネタ元が、自分と同じ名前の主人公の登場するロボットアニメだと信士が知ったのは、少し後のことだった。


「信長って、魔王なんだよね?」

「魔王と名乗ってた、ってだけだけど」

「最近はさ、魔王を主人公にしたラノベは多いよ?」

「ラノベ?」

「高月君は読まないの? ラノベ?」

「あんまり……」


 そこで、陽菜はふとなにか思い出した顔になった。


「そういえば、休み時間とかいつも歴史小説ばっかり読んでたもんね」

「まあ、そうだけど……」


 答えて信士も思い出した。陽菜が学校に来た時、彼女も休み時間に小説を読んでいたことを。


「もしかして、矢橋が休み時間に読んでたのってラノベか?」

「ピンポーン」


 信士の問いに、陽菜は隠す素振りすら見せずに即答した。


「私のお母さんがね、ファンタジー小説の作家だったの。だから私も小さい頃からそういう小説が大好きだった」

「へえ……」

「特に現代世界の人間がある日突然、剣と魔法のファンタジー世界に行って冒険するって趣旨の小説が大好きでね。もう何冊読んだのか自分でも判らないくらい」

「それって、自衛隊が戦国時代にタイムスリップしたって感じのやつか?」

「うーん、ちょっと違うけど、まあ、似たようなものかな」


 信士の上げた例えに、首を傾げつつ曖昧に同意した。陽菜自身、そういった映画があることは知っていたが、見たことはなかったのでなんとも言えないようだ。


「ちなみに、自衛隊が異世界で活躍するって本はあるよ?」

「そうか……」


 日本の平和を守ったり、災害救助に出動したり、海外に派遣されたり、戦国時代タイムスリップしたり、異世界で活躍したりと大変だな、自衛隊……と信士は思った。


「平和な世界で生まれ育ったごく普通の少年少女が、モンスターだらけの異世界で戦って、仲間を作って、冒険して、艱難辛苦を乗り越えて魔王を倒すの」

「ああ!」


 そこまで聞いて、信士はなにか思い当たったようにポンと手を打った。


「そういえば、健太郎殿がそんな話をしてた気がする。確か「ちーれむ」がどうのこうの……」

「うーん、まあ、そうとも言うかな……」


 苦笑いを浮かべる陽菜。最近のその手の小説ではそれがお約束になりつつあることは、愛読家である陽菜が誰よりもよく知っていることだった。ちなみに健太郎は「ちーれむ」というものに物凄く憧れていたというか、羨ましがっていたと信士は記憶していた。


「異世界に飛ばされた主人公はごく普通の一般人なんだけど、神様とかに強大な力チートを与えられたりして異世界を無双するの。で、たくさんの女の子に好意を寄せられてハーレムをつくる。チート&ハーレム。略して「チーレム」だよ」

「ハーレムって……戦国大名じゃあるまいし」

「そういえば、あの時代って偉い人は基本的に一夫多妻なんだっけ……」


 というより、異世界転移の話をごく自然に戦国と結びつけてしまう信士は、もはや筋金入りと言わざるを得ない。


「高月君は行ってみたいと思わない? 剣と魔法のファンタジーな異世界に!?」


 先ほどまでの信士みたいに目を輝かせて訪ねてくる陽菜を見て、信士は悟った。


(なるほど……こいつもオレの同類オタクだ)


 どうやら陽菜は異世界ファンタジーオタクらしかった。


「いや、オレは異世界なんかより戦国時代に――」


 行きたいよ――と言いかけて、信士は思い出した。

 自分に不思議な力を与えてくれた、謎の飴の存在を。


(魔法。スキル。ステータス……あの飴を食べて得られる力は、まさしくファンタジーゲームの要素そのものだった……まさか)

「? どうしたの?」


 突然黙ってしまった信士の顔を、陽菜が不思議そうに覗き込んだ。


「あ、いや、なんでもない」


 我に返った信士は慌てて頭を振った。


「オレはどちらかと言うと、戦国時代にタイムスリップしてみたいね!」

「そっか。高月君らしいね」


 答えると、陽菜はコロコロと人懐っこい笑みを浮かべた。


「そういう矢橋はどうなんだ? 異世界、行ってみたいのか?」

「もちろんだよ!」


 当たり前といえば当たり前の即答に、今度は信士が苦笑いする番だった。だが気持ちは判る。信士も戦国時代に行きたいかと聞かれれば、迷わず「行きたい」と答えるから。


「でも、行ったところでラノベみたいにチートとか、現代知識で無双なんて都合のいい展開があるとは思えないんだけどね」

「それは……まあ、そうだな」


 変なところで達観している陽菜に、信士は曖昧に返事を返した。

 なにしろ、いままさに『エリクス・キャンディ』とかいう謎の飴によって、異世界に行かないままチート化している訳だから。


 ジャンルは異なるものの、マニアとオタクという似た者同士で気が合ったのは。気づけば2人は1時間以上も話込んでいた。

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