第3話 2回目

 エリクス・キャンディという謎の飴を食べた翌日、信士はさっそく習得したスキルの効果を実践していた。

 とはいえ、実際に目に見えて効果を実践できるのは<身体強化>に加え、<火魔法>、<気配察知>、<聞き耳>、<筋力アップ>、<望遠>、<暗視>、<気配遮断>、<立体起動>、<俊足>、<体力アップ>の10個だ。


 まずは<望遠>と<暗視>。

<望遠>はより遠くを見れるようになり、<暗視>は暗い場所でも視界が効くようになる。

 おもしろいことに、どうやら意図して発動させる必要があるらしい。つまり、普段はいつもと変わらないのだが、任意でスキルを発動すると望遠鏡を覗くみたいに遠くが見えるようになったり、暗がりでも視界が効くようになるのだ。<気配遮断>や<聞き耳>も同じだ。しかもこれらは魔法と違って魔力を消費することがない為、実質、無限に使える。


<身体強化>は運動能力全般を向上させる効果があるらしい。<筋力アップ>は単純に力をアップさせるのではなく、全身の筋肉の働きを満遍なく向上させるようだ。つまり、腕力が強くなるだけでなく脚力もアップする。そこへさらに<俊足>の効果が加わり、単純に足の速さだけなら陸上選手にも引けを取らないくらい速くなった。運動音痴の歴史オタクがだ。


 そして、信士に一番感動を与えたのが<立体起動>だ。


 まるでトランポリンで跳ねているかのように身体が軽くなり、バク転やバク宙がいとも簡単に出来るようになった。正直、感動で思わず涙が出たほどだった。


<刀術>に関しては、刀剣が手に入らないのでいまのところは保留。


「けど、結局あの飴はなんだったんだろうな……」


 落ち着いてから改めて考えてみると、なんともおかしな話だ。

 食べるとそれに関する能力が手に入る飴。飴であるからには誰かが作ったものなのだろうが、誰が、どうやって作り、なんの為に野菜の無人販売所なんかに置いたのか。


 気になったので飴を食べた翌日にもう一度、同じ無人販売所に行ってみたところ、飴は置いていなかった。少し残念に感じつつも、信士は気を取り直して習得したスキルを上達させる為に練習に打ち込み始めた。


 その結果、やはりスキルや魔法は訓練次第で上達することが判った。最初は手のひらサイズの火を10秒ほど出しただけで魔力切れを起こしていたが、数日も経つ頃には同サイズの火を1分以上出していても魔力切れを起こさなくなった。


 そうこうしているうちに、飴を見つけてから一週間が経過した。


「またあった!」


 例の無人販売所に、またしても『エリクス・キャンディ』が置かれているのを帰宅途中に見つけた。しかもご丁寧に「おひとつどうぞ」と書かれた紙まで。速攻で買って帰り、施設の自室でふたを開けると――


「前と中身が違う」


 今度の中身は、<精神アップ>、<体術>、<風魔法>、<雷魔法>×2、<魔法力アップ>、<歩法>、<技術力アップ>、<火魔法>、<危機感知>、<ウィルス耐性>、<魔力強化>、<物理耐性>、<気配察知>、<物理魔法>、<無限収納>、<跳躍>×2、<敏捷アップ>、<魔防力アップ>、<身体強化>だ。


 一部、前回のとダブっているのもあるが、ほとんどは別物だった。なかなかバリエーションが豊富なようだ。


「とはいえ、一番気になるのはこれだよな」


 そう言って信士は飴の一つをつまみ上げた。<無限収納>と書かれている。


「これってどう考えてもあれだよな? アイテムボックスとか、インベントリとかいう系のやつ……」


 ラノベに関する知識が人並み以下の信士でさえ知っている。某猫型ロボットのポケットの様に、いろんなものを収納できるラノベでは必須のスキルだ。早速飴を食べた後、手直にあった本に触れて「収納」と念じてみる。その瞬間、本は幻の様に消えてなくなった。


「うおっ、すっげえ! ほんとに消えた!」


 ラノベの中だけだと思っていた幻のスキルの実現に、信士は大はしゃぎで本を出したり仕舞ったりを凝る返した後、冷静になって<無限収納>の検証を始めた。


 

 まず、手で直接触れていないと収納できないようだ。そしてこの手のスキルは収納空間内では時間が止まっている、というのがお約束だが、これは事実らしい。試しにストップウォッチをカウントさせたまま収納し、しばらくしてから取り出したところ、収納した際と取り出したときの時間が同じだった。

 収納できる物の大きさに関しては、少なくとも机サイズの物なら収納可能であることが判った。ただし、壁や柱と言った地面に固定されている物は収納できなかった。その代わり、水のような液体でも収納可能らしい。ただしあくまで容器と一緒でなければならないようだ。コップの中に入っている水を、水だけを収納するということは出来ないが、コップと一緒に収納することは出来た。


「しかし、ホントに無限に物を収納できるのだとしたら、便利というより恐ろしいな」


 と、普通の中学生にしては珍しい感想を抱く信士。


「もしこれが戦国時代で実用されてたら、戦の試用が根底から覆されてただろうな……」


 何故なら彼は戦国マニアだから。

 戦国時代に戦争と言うものは現代の戦争とは比較にならないほど大変だった。なにしろ車や飛行機と言った便利な移動手段、輸送手段が無い状況で、数千人、数万人規模の兵士を西に東に行き来させ、場合によっては何か月もの間、戦わなければならなかった。

 当然、それだけの人員を支える為の食料、衣類を確保するのは並大抵のことではない。なにしろあの時代には冷蔵庫やクーラーボックスも無いのだ。しかも嵩張る兵站物資を移送するための人員も動員しなければならないとくれば、戦国大名たちの気苦労は計り知れないものがあったはずだ。


 だが、この<無限収納>があれば、それらの問題は一気に解決していただろう。 

 なにしろたった1人で、手ぶらで膨大な兵站物資を移送できるのだから。


「もしこのスキルが戦国時代に存在していたら、いまオレが知ってる歴史はだいぶ違ってたかもな……」


 もちろん、それは現代の戦争においても同じことが言える。いや、むしろ武器弾薬と言った大量消費を旨とした現代の戦争の方がより影響は大きい。大量の武器弾薬を簡単に、好きなだけ持ち込める手段があるとしたら、戦争の仕方ががらっと変わってしまうだろう。


 日常生活においてもこれによって得られる恩恵は大きい。

 邪な者であれば絶対に悪用を考えるはずだ。例えば万引き。触れただけで物を自分しか取り出せない亜空間にしまうことが出来るのだから、これを万引きに悪用した場合、防ぎようがない。いや、万引きなどというちっぽけな犯罪などより、テロに悪用されてしまったら最悪だ。どんなに頑丈なセキュリティを誇る場所にでも、誰に気付かれず、手ぶらで簡単に爆弾を持ち込むことが出来るのだから。


 せっかく得たスキルをそんなことに使いたくない。

 このスキル――いや、習得した全てのスキルは絶対に悪用しないと改めて信士は心に誓った。


 その後、改めてスキルの習得に移る。

 今回得たスキルの中のいくつかは前回の物と被っていた。で、それらを食べて気付いたのだが、どうやら同じ飴を食べるとスキルの効果がより強くなるらしい。

 前回食べた飴の中にもダブっているものがあったのだが、いずれも<HPアップ>と<体力アップ>という効果が判りづらいものだったので気付かなかった。


 だが、前回と同じ<火魔法>の飴を食べた途端、魔法で出せる火力が急激に上がったことで否応なく気付くこととなった。<火魔法>に関しては毎日練習していたので、飴を食べた途端に出せる火力がいきなり増えたら気付かざるを得ない。


 今回のダブりだった<雷魔法>と<跳躍>も同じだった。<雷魔法>は飴を1つ食べた時と2つ食べた時で強さを検証してみたところ、<火魔法>と同様、急激に威力が高まった。<跳躍>に関してはもっと判りやすかった。

 なにしろ1個食べたら垂直飛びで1メートル飛べるようになり、2個食べたら2メートル近くジャンプできたのだから。


 あと、地味に気に入ったのが<物理魔法>だった。

 特定の属性を持たず、物理的な効果を発揮するタイプの魔法らしい。魔力の塊を直接ぶつけたり、衝撃波を発生させる。魔力を物質化させることもできるようだ。


<物理魔法>を習得した信士が真っ先に思いついたのが、物を触れずに動かす、というものだった。何度か映画などで見たことがあり、使えたらいいなと常々考えていたのだ。

 結果、練習の甲斐あってなんとかものにすることが出来たのだが、有効範囲は5メートルほどで、持ち上げられるものは1つだけ。しかも持ち上げられる物の大きさや重量もかなり制限があるが、信士も最初からそんな効果は期待していない。これから少しずつ練習して徐々に効果を伸ばしていこうと心に決めた。

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