第2話 エリクス・キャンディ

 異変に気付いたのは翌朝のことだった。


 信士はいつも通りの時間に施設から自転車で学校へ向かた。

 田舎の山奥の道である。山裾を這うようにして走る道は曲がりくねっており、しかも坂が多い。施設から学校までは4~5キロほど。自転車ならばさほどの距離ではないが、それが起伏の激しい山道となると最悪である。特に運動部でもない信士にとっては地獄に等しく、毎日、通学の度に汗だくになっていたのだが、この日は違った。


 いつも通りの通学路だったのに、学校に着いてもあまり疲れていなかった。気のせいかな? と少し釈然としない気もしたが、特に気に止めることなく普通に授業を受けていた。


 ハッキリと異変を自覚したのは体育の授業を受けた時。この日は体力測定が行われた。


 先にも言ったが、信士は運動部ではない。むしろ歴史好きの文系男子で、成績と同様、運動に関しても平均以下だ。普段から運動をしている訳でもない。にも拘らず、前回の体力測定に比べて明らかに記録が上昇していた。


 50メートル走はもともとは9秒台後半だったのが7秒台前半になっていたし、握力は前回は20kg程度だったのが、何故か50kg台にまで上昇していた。

 ハンドボール投げ、立ち幅跳びといった他の項目でも同じように記録が大きく伸びており、思いがけず教師から褒められてしまった。


「いやいや、おかしいだろ、どう考えても!」


 だが、当の信士は大いに戸惑った。本人だからこそ判ってしまう。おかしい、と。普段から運動が苦手で最低限の体力作りしかしていなかったのに、どうしてこんなに運動能力が向上したのか。むしろ不安すら覚えた。


 さんざん考えた結果、思い浮かんだのが昨日食べた飴のことだった。

 野菜の無人販売所に置いてあったあの飴。昨日食べた飴の包みには、確か<身体強化>と書かれていたはず。単純にそのまま解釈するなら、要は身体能力を強化するという意味だろう。


「……もしかして、あれって本物か!?」


 そう思い至った信士は、学校が終了するや脇目も振らずに一直線に施設へと帰宅した。やはり、ほぼ全速力で自転車を漕いで山道を飛ばしてきたにもかかわらず、あまり疲れていない。


 職員たちへの挨拶もそこそこに自室へ戻るや、机の引き出しにしまっていた『エリクス・キャンディ』を取り出して机の上に並べてみた。

 昨日ひとつ食べたので、残りは19個。内容がダブっている物も含めると以下の通り。


<魔力制御>。<火魔法>。<聞き耳>。<気配察知>。<HPアップ>×2。<魔力アップ>。<刀術>。<毒耐性>。<筋力アップ>。<望遠>。<MPアップ>。<気配遮断>。<立体起動>。<俊足>。<精神アップ>。<体力アップ>×2。<暗視>。


 一通り確認した信士は確信した。


「これってたぶん、スキルってやつだろうな」


 戦国マニアである信士でも、多少はライト小説は読んだことはあるし、RPGゲームをやったこともある。なので飴の包みに書かれた単語を見て確信した。


「~アップって書かれているのは、ステータスを底上げするんだろう。で、それ以外はスキルだ」


 ようは、これを食べると書かれているステータスが上がったり、スキルを身に付けることが出来るということらしい。

 昨日食べたのは飴は<身体強化>だった。その効果が名前通り身体能力をアップさせるものだったとすれば、体力測定の結果が大きく向上したことも頷ける。


「なら、やっぱり<火魔法>が気になるよな!」


 そこはやはり信士も健全な中学生男子。戦国マニアであっても魔法と言うファンタジーな概念には興味を惹かれるようだ。


「が、その前にもう一度、本物ものかどうか確かめとこう」


 しかし、変なところが達観している信士は、この飴の効果が本物なのかどうか、いま一度確認してみることにした。<火魔法>ではなく<筋力アップ>の飴を手に取ると、袋を開けて口に放り込んだ。ソーダ味だった。

 飴が完全に溶けてなくなった後、信士は徐に部屋にあった机を持ち上げてみた。机と言っても引き出しもついていないシンプルなデザインの平机だが、それでも重さは10kg近くある。


「全然重くない!」


 予想外に軽々と持ち上がったことで、信士は確信した。


「やっぱこの飴、本物だ!」


 そうと判ればもう躊躇はしない。早速<火魔法>の飴を食べる。リンゴ味だった。


「よし、炎よ!」


 やや厨二病的なセリフを吐きながら信士は右手を翳した。


「……あれ?」


 だが、予想に反してなにも起こらなかった。


「なんでなにも起こらないんだ?」


 二度三度繰り返しても結果は同じだった。炎どころか火花すら出ない。


「ひょっとして、魔法の才能が無いと使えない、ってやつか?」


 その可能性に至って信士は落胆した。もしそうなら、いくら飴を食べても意味がないからだ。


「いや、ちょっと待てよ」


 だが、ふと思った。<身体強化>と<筋力アップ>は確かに効果があった。なのに食べても効果がないものを入れとくなんて不自然じゃないか?

 そこで改めて残りの飴をチェックしていくうちに、ふと目に付いたものがあった。

<魔力アップ>と<魔力制御>。


「ひょっとして……」


 まずは<魔力アップ>を食べてみる。ソーダ味だった。

 すぐに異変に気付いた。自分の身体の中で、得体の知れない力が湧き上がってくるのがハッキリと判った。身体の芯が熱くなり、それが全身に広がっていく奇妙な感覚。恐らくこれが魔力というやつなのだろう。

 続けて<魔力制御>を食べてみる。ブドウ味だった。


 食べ終わると、不思議と身体に宿った力の制御の仕方が頭の中に流れ込んで来る気がした。それに従い、魔力を右手に集中させると、にわかに手の表面にゆらゆらと揺らめく青白い光が現れた。


「これが魔力ってやつか……」


 まるで青白い炎のような幻想的な光に、信士はしばし魅入っていた。


「よし……これなら」


 掌に魔力を発現させたまま炎をイメージしてみると、案の定、魔力の光は本物の炎と化した。


「うおおおおお!! すげぇええええ!!」


 思わず奇声を上げてしまったのは仕方が無いだろう。なにしろ、魔法と言うのはすべての中学生男子の夢ともいえるものなのだから。それをある日突然、使えるようになったというのは、宝くじで100億円を当てたに等しい、いやそれ以上に価値のあることなのだ。

 傍から見ると信士の手が燃えているようにしか見えないが、それでいて熱さは微塵も感じない。まさにファンタジー!!


「あ、あれ……?」


 だが、しばらくすると急に眩暈を覚えて信士はふら付いた。炎を閉じ、机に掴まってなんとか踏み止まる。


 得体の知れない疲労感を感じる。肉体的な疲れと言うよりは、精神的な倦怠感と言うべきだろうか。


「なるほど。魔力切れってやつか……」


 ステータスが無いのでよく判らないが、常識的に考えれば、まだ魔法を使えるようになったばかりでMPも少ないはずだ。たぶん、いまので魔力が枯渇してしまったのだろう。


「なら、次に食べる飴は決まりだな」


 そう言って信士が食べたのは<MPアップ>。だが、食べた後も倦怠感は収まらなかった。どうやらこれはMPの絶対量が増えるものであって、回復させる効果はないらしい。例えるならMP3/10がMP3/20となっただけなのだろう。

 

「魔法の実験はここまでだな。取り合えず全部食べとくか」


 そう言って信士は残りの飴をすべて食べ尽くすのだった。

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