第32話 ただれ
たかが一週間。されど、一週間。
男性ならわかることだろうが、一週間の禁欲生活はなかなかに辛いものがある。
しかも、毎晩毎晩美人さん二人に囲まれているのだ。今まで爆発しなかった俺を、誰か褒めてくれてもいいくらいだろう。
「よく我慢したよねー。偉い偉い。でも、もうそろそろ限界でしょー? いいんだよ、もう我慢なんてしなくて。あたしはそういうつもりで、秋夜君を家に招きいれたんだから」
「……しかし、ですね」
「秋夜君としては、何が引っかかるのかな? あたしと恋人同士っていう肩書きがないから? それとも、あたしが秋夜君に明確な恋愛感情を向けていないから? あるいは、千花ちゃんに悪い、とでも思ってる?」
「……全部、かも」
「そっかそっか。じゃあ……やっぱり、やっちゃわないとね?」
歌弥さんが姿勢を変え、その直後……俺に、キスをしてきた。
始めから激しいもので、キスをしているのか、口内を蹂躙されているのか、よくわからなくなる。
抵抗できずにされるがままの時間がしばしすぎて。
「ぷぁっ、ちょ、歌弥さん!?」
鼻のつきそうな距離感で、歌弥さんがにやりと微笑む。
「なぁに? キスはもうたくさんしてるんだから、今更キスに抵抗はないよね?」
「そう、ですけど。そうじゃなくて……本当に、するつもりなんですか?」
「しようよ。あたし、出会った頃から言ってるよね? 秋夜君はもっと壊れた方がいいって。ほんのり後ろめたさを覚えること、たくさんすればいいよ」
「……そう、なんですかね」
「真面目一辺倒に生きて、後ろ暗いところの全くない生活をして、自分の人生は最高だったなんて思う人、世の中にどれだけいるのかな? 統計をとったわけじゃないけど、そんなのいないんじゃない?」
「……かもしれませんね」
「クズになれって言ってるわけじゃないよ? 性欲を暴走させて女の子傷つけていいとは思ってないし、誰とでも浮気していいわけでもない。本当にやっちゃいけないことは、やっちゃいけない。
でもさ、あたしは秋夜君とエッチしたいと思ってるし、千花ちゃんも秋夜君があたしと仲良くすることを許してる。
世間一般の倫理観からは認められない関係なのかもしれない。だとしても、あたしたちの仲では許されることをしようとしてる。
それならいいじゃん。世間がどう思うかじゃなくて、あたしたちが納得するかの問題。
秋夜君は、自分を一度壊さないといけないと思う。少しずつ壊れてきてはいると思うけど、もっと大きく壊していい。
あたしと、しようよ。あたしは滅茶苦茶な人間だけど、無責任に秋夜君を壊そうとしてるわけでもない。
秋夜君を壊したこと、責任を取るつもりではいるんだよ? 言ったよね? 秋夜君の子供を産むって。
あたしが秋夜君を壊したことで、他の誰とも生きられなくなったとしても、あたしは秋夜君と一緒に生きていける。
あたしはちゃんと傍にいるから、秋夜君……もっと、積極的に壊れてみなよ」
歌弥さんという人が、俺にはまだ理解できない。
普段はのほほんとしているくせに、こういうときには狼のような気迫を見せてくる。
なんなんだ。どっちが本当の歌弥さんなんだ。
……どっちも、なのかな。普段はのんびりしていて、でも、内側には激しいものも宿している。
誰だって多面性は持っている。それだけの話、なのか。
芽吹だって、そうだもんな。ただの真面目な印象を覆して、俺と歌弥さんとの関係に割って入ってきた。
「……歌弥さん」
「何?」
「俺、歌弥さんのこと、好きです」
言葉にして、自分の気持ちに確信を持つ。
あえて少しぼかしていたけれど、やっぱり、俺は歌弥さんが好きだ。
すごく、好きだ。
滅茶苦茶な人だけど、そこが好きだ。
「うん。まぁ、知ってた」
「歌弥さんからすると、俺はまだまだガキで、男としての魅力なんて、ないのかもしれません。だけど、俺、歌弥さんに好きになってもらえるように、頑張ります」
「うん。期待してる」
歌弥さんが優しい微笑みを浮かべた。
「……俺だけが歌弥さんを好きで、そんな状態で先に進むの、俺の中ではすごく違和感があります」
「そうみたいだね」
「ただ、そんな普通の俺に、歌弥さんが興味を持ってくれないのなら、自分を変えたいとも思います」
「ということは?」
「……そういう、ことです」
至近距離にいたから、少し顔を近づけるだけで、キスができた。
俺からのキスは、歌弥さんほど激しくはなくて、不格好な恋心を放り投げるようなものになった。
歌弥さんはそれを優しく受け止めてくれた。
キスが終わると、歌弥さんは今までにないほど、妖艶な笑みを浮かべた。
「ようやくその気になってくれたね?」
「……ええ、まぁ。こういうとき、シャワーとか浴びるんですかね?」
「あたし、我慢できないや。今すぐしよう。あ、ちなみに……あれはまだ買い置きが残ってるのは、知ってるよね?」
「ええ。部屋の整理整頓、俺が担当してますから」
「安心しなよ、っていうのも変だけど、買ったのは随分前だよ。使用期限は購入から六年くらいだから、まだ使えるってことで捨てずにいたの」
「……別に、歌弥さんにここ数年で恋人がいたことくらいで、嫉妬とかしませんから」
「それは嘘だね。君みたいな童貞男子は、彼女が経験者だってのを無駄に気にする。そういうところ、可愛いと思うよ?」
「……可愛くないですから」
ふふ? と艶やかに笑って、歌弥さんが避妊具を取ってくる。
「さぁて、始めよっか?」
……いざするとなると、俺は自分を抑えておくことなどできなかった。
今まで添い寝されても手を出すことがなかったのに、それが嘘みたいに、俺は溺れた。
遮光カーテンが引かれたままだったが、明かりは点けっぱなしにしてくれて。
歌弥さんの体は、とても奇麗だった。
あまり日の当たらない環境で生活しているせいか、肌は白く透き通り、滑らかだった。
初めて触れた女性の胸は、柔らかさの中にも張りがあって、不思議な感触だった。
足も、腰も、尻も、脇も、大事な部分も……俺は、歌弥さんの全てに触れた。
写真や動画で見るのとはひと味違っていて、無闇に興奮した。
濡れるってこういうことなのか、なんて変な感動も覚えた。
そして、歌弥さんと、一つになって。
俺はたぶん、下手くそだったんだろうけれど、歌弥さんはむしろそれを楽しげに眺めていて、少し、悔しい思いをした。
誰かに見られながら性的な快感を得るのは、当然ながら初めてのこと。
恥ずかしさはあった。ただ、歌弥さんと一緒だと思ったから、まぁいっか、と羞恥心を受け入れた。歌弥さんになら、全部、見られてもいいや、と。
女性の中で全て吐き出したとき、歌弥さんは妙に嬉しそうに微笑んでいた。
「溜め込んでいた分、気持ちいい初めてになったんじゃない?」
歌弥さんはそんなことを言って、俺にそっとキスをした。
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