第31話 あたしのため
「……主夫ですか? それは……俺としてはありがたい話ですけど、流石にまだそういう生き方を選択するのは抵抗ありますよ。男として情けないというか……」
「あたしは助かるけどね。あたし、生活能力ひっくいからさー」
「それは知ってます。放っておくと着替えとかも全部放置ですもんね。俺がいない間、よく生活できていたもんです」
「ぎりぎり生きていくことくらいはするんだよ。それを越えたことをしないだけでさー。だから、秋夜君、勝手に出て行ったらダメだよー」
「……他に行く当てなんてないですよ」
「ま、進路についてはゆっくり考えればいいさ。来年受験するにしても、秋夜君は基礎能力高いし、半年くらい頑張ればそれなりの国立だって受かるよー」
「だといいですけど。……にしても、本当に、俺って何をすればいいんでしょうね? 自分のしたいこととか、全然見えなくて」
「色々経験してみるしかないねー。ただ、あたしの勝手な希望としては、秋夜君が軽く漫画でも描けたら嬉しいとは思うよー」
「漫画、ですか」
「そうそう。あたし、商業作品以外にも色々な作品を書いてるんだけど、そこそこの画力でいいからコミカライズしてほしいって思うものもたくさんあるのさ。それを秋夜君がやってくれたら嬉しいねー。
漫画を描くことが、秋夜君が将来働いていくときにプラスになるかはもちろんわからない。でも、一個でいいから、自分はこういうスキルがあって、生活を充実させられるって思えるなら、自分の人生ってどうすればいいんだろう? って悩むことも減るはずだよー」
「……ですかね」
「うんうん。自分のしたいことをはっきりさせた方がいいとしても、好きを仕事にするのは意外と失敗する可能性も高いらしい。好きなことを持ちつつ、あえて好きなことを仕事にしないのも選択肢の一つ。
ま、時間はあるわけだし、お試しでやってみてくれてもいいよー」
「俺、もう十九ですよ? 今から漫画を描くって、難しくないですか?」
「やってみないとわからないし、あたしは週刊誌に連載される作品みたいなのを描いてほしいわけでもない。必ずしもお金になる必要もない。秋夜君は、将来を見据えて何かを始める段階にいない。
だからね、秋夜君。
できるかなー? じゃなくて、とりあえずやってみればいいんだよ。あたしは、その挑戦を否定しないし、笑いもしないよー?」
「……そうですか」
のほほんとしているのに、歌弥さんの言葉は本当に心強い。
俺はたぶん、やるからには上手くやらなきゃと、無意識に思っているんだろうな。失敗は怖い、嫌だ、と。
「……俺、とりあえず、それもやってみます」
「うんうん。いいことだよ。あと、他にも色々やってほしいことがあってさー」
「……なんですか?」
「楽器、写真、コスプレ、ダンス、歌い手、配信、その他色々。本当は小説内に登場させてみたいんだけど、経験が足りないから諦めてること、たくさんあるんだよねー。そういうのを実際にやってみて、その体験談を教えてもらえるとすごく助かるー」
「……一度に全部は無理なので、少しずつやっていきます」
「無理しないでねー」
「……はい」
「でも、ごめんね? あたしのために、秋夜君の人生を利用しているみたいになってて」
「……構いません。そもそも、俺は自分の人生を決められていないんです。誰かに、こうしてみて、ああしてみて、と言われる方が楽です」
「そ。ならいっか」
「はい」
「……本格的に、秋夜君はあたしのパートナーになっていっちゃうねー」
「俺としては、誇らしいですよ。歌弥さんに必要としてもらえて」
何者でもない自分が、誰かのためになれるのなら。
本当に、嬉しいことなのだ。
「……秋夜君があたしのために生きてくれるのなら、あたしも、相応のものを返さないとだよね」
「相応のもの?」
「秋夜君の子供は、あたしが産むよー」
「なっ」
い、いきなり何を言い出すんだ!?
「何? あたしと子作りなんてしたくないってー?」
「いや、そうじゃ、なくて、ですね……」
「あたしとじゃ、子育てが不安だってー?」
「それも、違います。ただ、驚いただけです……。っていうか、歌弥さん、俺と……結婚とか、本気で考えるんですか?」
「うん。普通に考えるよー。あたしだって年頃の女だものー」
「……俺のこと、恋愛対象に思ってるんですか?」
「多少は、ね。ただ、あたし、結婚には必ずしも強烈な恋愛感情は必要ないと思ってるのね。恋愛感情ゼロもどうかと思うけど、ずっと一緒にいたいと思える相手ならいいかな、と」
「……俺にはまだ、難しい発想です」
「そだね。ちょっと早すぎたね。ま、一個覚えておいて。恋愛観も結婚観も、人それぞれなんだって。
それが個性や多様性ってものなのだよ。恋愛小説とか、少年漫画のラブコメみたいな恋愛観、結婚観が、何より素晴らしいってわけじゃないのさー」
歌弥さんの発想に、俺はまだ追いつけていない。俺の恋愛観も結婚観も、たぶん中学生くらいのまま。
個性や多様性って、思ってたより難しいことなのもしれない。
「俺、歌弥さんを理解できるようになりたいです」
「そのうちわかるよ。あたしと一緒に暮らしてれば」
「……はい」
「ときに秋夜君。話は変わるけれどね」
「なんでしょう?」
歌弥さんが俺に体を寄せてきて、腕を絡めてくる。頭は、俺の肩に乗せてきた。
「あたし、いつまでまてばいいー? これでも我慢してるんだよー? 千花ちゃんはしばらく帰ってこないし……そろそろ、ダメ?」
「それは、つまり……?」
「千花ちゃんに置いていかれてる分、別のところで、進んでみない?」
歌弥さんと同棲し始めて、一週間ほど。
その間、俺は禁欲生活を強いられている。
こんな誘いを……待っていたのかもしれない。
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