第28話 拗れ

 シングルベッドに三人で寝るのは流石に狭い。

 俺は床で寝ても良かったのだが、それは歌弥さんと芽吹が許してくれなかった。

 結果として、俺はベッドの真ん中で仰向けになり、左に歌弥さん、右に芽吹さんという状態。そして、二人とも俺を抱き枕と勘違いしているかのように、しっかりと抱きついている。

 歌弥さんに抱きつかれるのは毎晩のことだが、芽吹まで一緒となると勝手が違ってくる。

 芽吹は元クラスメイトであり、こういう関係になることは全く想定していなかった相手。変な緊張をしてしまう。


「……本当にこれで寝るんですか?」


 眠れる気がしない。


「嬉しいくせにー。女子二人を侍らせるなんて男の夢でしょー?」

「それは、そうですけど……」

「だったら素直に欲望に従えばいいよー」


 歌弥さんが、絶対逃がさない、とばかりに俺をぎゅっと抱き締める。下着越しながら、柔らかな感触がより強く押しつけられる。


「……添い寝ってこんな感じなんだね。これは、落ち着く……」


 芽吹も俺に抱きついているのだが、心地良いポジションを探しているようで、もぞもぞと動いている。遠慮や気恥ずかしさがあるのか、歌弥さんほど俺にべったりくっつくわけではない。それでも密着はしているわけで、なかなかのものが俺の腕に触れている。


「芽吹さん……一応言っておくが、歌弥さんの真似をする必要はないよ?」

「真似とかじゃなくて、わたしがこうしたいだけ」

「そう……」

「わたしって……やっぱり星香君が好きなのかな? こうしてくっついてると、幸せな気分になる……」

「何言ってんのー? それはもう好きでしょ。まだ自分の気持ちに確信持てないのー?」


 歌弥さんが指摘して、芽吹の右手にきゅっと力が入る。なお、俺と手を繋いでいる状態だ。


「だ、だって……一緒にいたいなーとか、触れたいなーとか思うんですけど……その、エ、エッチなことをしたいとかは、思ってなくて……」

「それも好意の形の一つでしょ。中学生くらいの恋愛観かもだけどねー」

「中学生……。わたしの恋愛年齢、中学生ですか……」

「実際そうなんじゃないのー? 恋愛感情は年齢と共に自動的に歳を取るわけじゃないと思うしー。男の子は特に顕著だよー? ろくに恋愛してこなかった男の子は、大学生になっても小学生とか中学生みたいな感覚のままだしさー」

「そうなんですか?」

「そうだよー。大学生男子だって、女の子にちょっと優しくされただけで、自分に好意があると勘違いする人はたくさんいる。恋愛感情と性欲の違いが全然わからないこともある。まぁ、その二つは全く別物ではないし、切り離して考えるものじゃないとしても、エッチしたいっていう気持ちが強すぎる人はいるよねー」

「……歌弥さんはこう言ってるけど、星香君の実感としてはどう?」


 芽吹に話を振られて、気まずくなる。


「……俺に訊くのか」

「星香君は、今まで恋愛をしてこなかった大学生相当の男の子なわけだし? 恋愛感情と性欲の違い、区別できない?」

「……全くできてないわけではない……と思う。けど、その違いを明確に言葉にする自信もない……」

「……そっか。星香君はさ……わたしと、その……したいと、思う?」

「……そういう気持ちは、まぁ、あるっちゃ、ある」

「それは、わたしのことが好きだから?」

「好意的には見てる。恋愛感情ってわけではない……はず」

「その気持ちが、明確な恋愛感情に発展する可能性はあるのかな?」

「……どうだろう。まだ、なんとも」

「……星香君としては、一人だけ恋人にするなら、歌弥さんとわたし、どっちがいい?」


 これは、はっきり答えないといけないのかな。

 俺の中でも、歌弥さんへの感情はまだはっきりと定まったわけじゃない。

 歌弥さんは風変わりな人だから、単純に恋愛感情を抱く相手とも違う気がしているし……。


「……たぶん、歌弥さん」

「なんで、たぶん? 星香君は、歌弥さんを好きなんじゃないの?」

「……なんと答えればいいか難しい。ただ、歌弥さんは……俺から純粋な恋愛感情を向けられても、困るだけみたいだから」

「……そっか。あの、歌弥さん。歌弥さんとしては、星香君と恋人関係になるつもりはあるんですか?」

「あるよー。別に、今からでも恋人関係っていう肩書きにしてもいいくらい」

「え? そうなんですか? 二人って、相思相愛……?」

「ちょっと違うかなー。あたしは恋愛感情バグってるから、秋夜君を大好きってわけじゃなくても、人として好ましく思っていれば、恋人になってもいいと思ってるし、エッチしてもいいって思ってるだけー」

「……複雑ですね」

「一般的には、そう映るみたいだねー」

「……星香君、前途多難だね。わたしから見ても、歌弥さんって一筋縄ではいかない人。普通の恋人になれる相手では、ないかもしれないよ……?」

「……みたいだ」

「それでも、星香君は歌弥さんを選ぶんだね」

「たぶん」

「また、たぶん、なんだ」

「出会って三日だからな。俺だってそんなにすぐ自分の感情がはっきりするわけじゃない」

「それもそっか。……出会った翌日には添い寝して、一緒に暮らし始める、か。恋愛関係にあるわけでもなく。……爛れておるなぁ、星香君」

「……全くだ」

「その関係に加わってるわたしも、人のことは言えないか」

「芽吹さんは、まだ引き返せるんじゃないか?」

「……引き返さないよ。自分を変えたいっていう気持ち、確かにあるんだ。一般的に見れば変だって思われるようなこともして、自分の人生滅茶苦茶にして、遠回りしたけど愉快な青春を送ったって思いたい。

 でも、勘違いはしないで。わたし、自分の人生を滅茶苦茶にしたいと思ってても、台無しにしたいわけじゃない。少しだけ道を踏み外して、でも、最後には結局ありきたりな人生に戻ろうとは思ってる。わたしは、そういうずるい人。

 正直に言って、わたしは星香君を利用してる。自分の人生に納得するために、星香君と普通じゃない関係になろうとしてる。本当に危うい形で道を踏み外す気持ちはないから、程良く道を踏み外せそうなこの関係に、すがってる。

 こんなわたしが、傍にいようとして、ごめん」 

「……俺に謝る必要はない。変にもてあそばれてるわけでもない。俺はただ、芽吹さんと微妙な距離感で接して、楽しく過ごせばいいっていうだけだろ? 芽吹さんから、何か不利益を被るわけでもない」

「……うん。そうだね。でも、こんなわたしを受け入れてくれて、ありがとう」


 お礼を言われることでもないけどな……。


「いい雰囲気だねー、お二人さん。あたしもなんだかうずうずしてきたよー」

「……もしかしてですけど、歌弥さんって、寝取られ趣味でもあるんですか?」

「特にそういうのはないよー。初々しい二人のやりとりにときめいてるだけー」

「……変わってますよね、本当に」

「うん。そうだよー。秋夜君も災難だねー、こんなへんてこな女と出会っちゃうなんて」

「……そういうところが、いいんだと思いますよ」

「あたし、秋夜君の性癖、ねじ曲げちゃったかなー?」

「たぶん、そうですね」

「まぁまぁ、責任取ってずっと一緒にいるから、勘弁してよー」

「勘弁も何も、怒ってないです。……っていうか、歌弥さん、俺とずっと一緒にいるつもり、あるんですか?」

「あるあるー。あたしだって、始めからポイ捨てするつもりの相手と仲良くなろうとはしないよー。そこまで性根はねじ曲がってないねー」

「そうですか……」


 歌弥さんとずっと一緒にいられたらいいなと思ってしまうから、俺はもう手遅れかな。


「歌弥さんと星香君がずっと一緒にいるとして、わたしもそこに割り込んでもいいんでしょうか?」

「おやおや、千花ちゃんもこじれたことを言うねー。あたしはオッケーだよー。秋夜君も良かったねー。夢のハーレム生活だ!」

「……本当にそうなれば、ですけどね」


 三人でのおしゃべりは、随分長く続いた。

 俺は眠れそうになかったし、明日の予定があるわけでもないから、それでも問題はなかった。

 こんな関係、いつまで続けられるのやら……。不安がないとは、言えない。

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