第5話 バカ

 定食屋に到着し、窓際の四人席に向かい合って腰掛ける。

 俺は唐揚げ定食を、歌弥さんは海鮮丼を注文した。

 注文の品はすぐに到着し、二人で食事を進める。歌弥さんは本当に何でも美味しくいただく人なのか、海鮮丼も美味しそうに食べるし、俺の分の唐揚げも一個かすめ取っていく。


 途中までは他愛のない話をしていた。その間は自分の状況とかも忘れられて良かった。

 そうやって、楽しい時間を過ごすだけでも良かったのかもしれない。

 でも……実のところ、俺はこの風変わりな女性がどういう人なのか、より深く知りたいという気持ちは持っていた。わざわざネカフェまでついてこようとするこの人は、一体なんなのかと。

 恋とかじゃないはず。単純に、人間として興味が沸いていた。

 こちらから踏み込めば、きっとこちらの話をする必要があるだろう。それは面倒臭い。

 でも、ここは好奇心が勝ってしまって。

 もしかしたら、越えない方が良かったかもしれない一線を、踏み越えた。


「……歌弥さんって、何をしている人なんですか? その髪の色で会社勤めってことはなさそうですし、やっぱり大学生?」

「ん? 違うよ。あたし、大学生でもないし、どこにも勤めてない」

「……あれ? それってつまり、無職ってことですか?」


 にへら。何か意味深な微笑み。


「働いてないってことじゃ、ないよ?」

「あ、自営業で何かされてるんですか?」

「んーん。それもちがーう」

「じゃあ……何をされてるんです?」

「あたし、これでも作家なんだよね。漫画の原作もしてるよー」

「……作家? 小説を書いている人、ですか?」

「そうそう。純文学とかじゃなくて、いわゆるライトノベル系ねー」

「へぇ……」

「あ、なんかピンとこないって顔してるね! まぁ、一般的には作家って縁遠い仕事だもんね。その辺で見かけることはないと思っちゃうよねー」

「……ええ、はい」

「まぁ、とにかくそういうことだから、収入皆無じゃないよー。ちなみに、秋夜君は浪人生ってことで合ってる?」

「……なんでわかったんですか?」

「だってー、十九歳だけど大学生っぽいテキトーな雰囲気もないし、見かけたときはすっごい暗い顔してたし? 悩める浪人生かなーって思ってた」

「……そう、ですか。確かに俺、二回も受験に失敗した、浪人生なんですよ」

「あっはっは。二回も失敗とか、ウケるね!」


 歌弥さんが遠慮なくケラケラと笑う。嫌味な感じはしないけれど、デリケートな話で気前よく笑う神経はどうかと思わないでもない。


「……ここ、笑うところですか?」

「いやもう、笑うしかないじゃーん? お通夜みたいな顔してほしかったー?」

「いえ……そういうわけでは……」

「だったら、こういうのは笑っておけばいいと思うよ? 他人から変に慰められるより、バカになって笑った方が気分も晴れるから」

「……そう、かもしれませんね」

「ほらほら、秋夜君も笑ってー? 俺、二回も受験に失敗したんだ、マジウケるー、あっはっは、って」

「俺、二回も受験に失敗したんだ、マジウケるー、あっはっは……」

「もー、また恥ずかしがっちゃってー。

 いいかい、秋夜君。受験を二回も失敗するなんて、バカしかやらない所行なんだよ? つまり、秋夜君はバカなの。自分は賢くないって自覚して、変なプライドも捨てちゃいなさい。受験に二回も失敗しちゃったけど、だから何ー? 僕、バカだからわかんなーい、あひゃひゃひゃ! って笑ってればいいんだよ!」

「……慰められているのか、なんなのか」

「バカは変に頭使っちゃダメなんだってー。頭空っぽにしてケラケラ笑うの。ほらほら、あたしも一緒に笑ってあげるから。あっはっはっは!」


 歌弥さんは、周囲の注目を集めてしまうくらいに、それなりの声量でバカ笑い。

 この人大丈夫か? と冷静な部分では思っている。

 それ以外の部分では……この人みたいに笑いたいなぁ、とも思った。


「ははは……っ」


 俺の声は小さい。どうやら、まだバカにはなりきれないらしい。


「小さいなー。ほら、ラブアンドピース、ラブアンドピース!」

「流石にそれ人前で言うのはやめましょうよ。すっごい注目されてますから。危ない客が来たって思われてますよ」

「あながち間違いではないなー」

「……そこは間違いにしておきましょうよ」


 ふぅ、と軽く溜息。ここ最近では、軽めな溜息かもしれない。


「あ、ちなみに、あたしは大学中退ね。マジバカだよねー、ウケるー! あっはっは!」

「それは、えっと……」


 歌弥さんがケラケラ笑うから、俺も釣られて笑うことにした。

 わけのわからないことを言って、人目も気にせず笑う二人。

 本当に、バカだと思う。

 何をやっているんだか……。

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