第6話 まだ早い
もしかしたら出入り禁止宣告をされるんじゃないかと思う時間を過ごしたものの、「店内ではお静かに」という軽めの注意だけで済んだ。
食事を終えたら、俺と歌弥さんは連れだって近くのネットカフェへ。都心から少し離れた駅付近だが、周りには色々なお店が集まっていて助かる。
なお、歌弥さんは一人暮らしをしている自宅マンションも近いのに、本当に俺と一緒にネカフェで泊まるようだ。
ネカフェに入り、受付で八時間のパックを選択。部屋は、二人で利用できる半個室のフラットルームにした。半個室というのは、周りとの仕切りはあるものの、天井が開いている部屋のことだ。
「夜のネカフェって、なんかわくわくするねっ」
歌弥さんが無駄に俺と腕を組んでくる。この人、他人との距離が近すぎだろ。シャンプーらしきいい匂いもするし、変にどぎまぎしてしまう。
「……本当に同じ部屋で良かったんですか?」
「もちろん! 完全個室じゃないし、秋夜君も下手な真似できないでしょ! むしろ秋夜君の方が、『この女は俺が寝ている間に財布でも盗んでいくつもりじゃ?』って疑うべきところ!」
「そんなことするんですか?」
「しないよー。いたいけな浪人生からお金を盗むほど落ちぶれちゃいないのさ!」
「歌弥さんがそういうことをするとは、俺も思っていませんよ」
風変わりな一面がありつつも、人として歪んでいるとは思わない。
「あ、ちょっと待ってー。すぐ寝るってわけでもないし、普通におしゃべりもできないし、漫画とか持って行こうよ」
「ええ、いいですね」
漫画のコーナーに寄り、二人で本棚の間を歩いていく。漫画を選ぶ間、周りの迷惑にならないよう、小声で会話。
「歌弥さん、どんな漫画が好きなんですか?」
「あたしは雑食だよー。ほぼ何でもあり」
「その中でも、特にこれがいいとかはないんですか?」
「強いて言えば異世界ファンタジー」
「へぇ……。恋愛ものじゃないんですね」
「あたしが恋愛ものを好む女に見えるー?」
「……見えないかもです」
「女性なら恋愛ものが好きっていうのは偏見だよー。あたしの場合、特別に好きってわけじゃないね。恋愛ものも書きはするけどー」
「そうですか……。あ、ちなみに、漫画原作もしてるんでしたっけ? どれです?」
「え? ご本人の前で読んじゃう? 秋夜君、エッチだねぇ」
「え? な、なんでそうなるんですか」
「そりゃそうだよー。結構恥ずかしいもんだよ、自作が目の前で読まれるって」
「……じゃあ、いいです。他の読みます」
「いやいや、いいんだよ? 男を感じねぇ、とバカにされた腹いせに、あたしを羞恥心で悶えさせても!」
「そういうことをしたいわけじゃ……」
「はい、これ。あたしが原作やってる奴」
歌弥さんが三冊の漫画を手渡してくる。長めのタイトルで、モンスターテイマーがどうの、という内容らしかった。
原作者として、
「どう? 読んでみるー?」
「はい。読んでみます。ちなみに、これで全部ですか?」
「他にもいくつかあるよー。これでも人気作家なのだっ」
「へぇ……」
「あ、疑わしそうな顔してる! アニメ化なんてしたことないけど、専業でやっていける稼ぎがあるってだけですごいんだからね!」
「へぇ、そうなんですね」
「……秋夜君に言ってもピンと来ないか。とりあえずそれを読んでみてよ。一度に大量に持って行くのもマナー的にどうかと思うしー?」
「そうですね」
歌弥さんは、異世界ファンタジーとは全く関係のなさそうなラブコメ作品を選ぶ。
「恋愛ものに特別な関心がなくても、ラブコメも読む、と」
「現代の作家は、ラブからは逃れられんのだよー。そういう要素を入れた方が人気が出るからさー」
「人気が出るからそういう要素をいれるのもどうかと思いますが?」
「いやぁ、そういう見方もできるんだけどさ、商業としてやっていくなら色々なしがらみがあるのだよー」
「そうなんですか……」
「そうなの! 説明するのは面倒だから、また今度! あたしたちの部屋に行こ!」
「あ、はい」
また今度とは、いつのことだろう? まだ連絡先も交換していないのに、また今度があるのだろうか?
また今度……あってほしいだろうか? どちらかというと、あってほしい?
疑問に思いながら、あてがわれた部屋へ。いや、部屋というより、ブースといった方がいいか。広い部屋に仕切りを置き、各自のスペースとして区切っている。
仕切りは人の視線より少し上くらいまでの高さなので、強いて覗こうと思えば覗ける。ある意味、これは俺にとっても良いことだ。オープンな空間にいれば、歌弥さんに下手な真似はできないと自制できる。
室内の証明はかなり控えめで、眠る人がいるのも考慮されているようだ。ただ、各ブースに照明が用意されているので、それを点ければ暗くもない。
パソコンも一台設置されているので、必要に応じて便利に利用できそう。
「おお、意外と快適空間だー」
小声で呟きながら、歌弥さんが早速マットの上に俯せで寝転がる。足を伸ばしても平気な広さがあった。
それなりのスペースがあるのはいいとして。
二人が寝ころぶとなると、かなり接近することにはなる。流れに身を任せてここまで来たのはいいものの、これ、とんでもない状況じゃないのか?
それに……歌弥さん、妙に無防備というか……。寝転がっていると、お尻の形がよく見えてしまう……。いや、見てはダメだ。堪えろ。
「ぷふっ」
「な、なんですか?」
「お尻、気になるー?」
「ち、違いますっ」
「いやいや、十九歳の男子なら仕方ないことだよ。お尻も足も胸も、ぜーんぶ気になっちゃうんだよねー」
「……だから、なんですか」
「べっつにー? なんでもなーい」
ぱたぱたぱた。歌弥さんが足をバタつかせる。ワンピースの裾が少しだけめくれて、綺麗なふくらはぎが覗いた。視線が向かいそうになるのを、必死に逸らす。
「かーわいーねー。そういう
「からかわないでください……」
「ちょっと足が疲れちゃったなー。ふくらはぎ、揉んでくれなーい?」
「だからっ。そうやってからかうのはやめてくださいって!」
「そう? ふくらはぎくらい、触らせてあげても良かったのにー」
「……そういうの、求めてないですから」
「堅いねぇ。秋夜君はもう少し、うーん、だいぶ? ゆったり構えていいと思うよー」
「……そうなんですかね?」
「うん。秋夜君もあたしももう高校生じゃないし、あたしは君にとってただの他人でもないし、こんなところまでついてきてる時点であたしにもそれなりの覚悟はあるし。秋夜君は、もっと気楽に構えていいんだよー」
「……そうですか」
それなりの覚悟とは、どういう覚悟だろう?
わからない。高校は共学だったけれど、女子との交流なんてほぼ皆無だった。男女の付き合いもしたことがない。
「ま、君にはまだ早かったかなー? まずは秋夜君もだらっとしなよ。一緒に寝ころぼうぜー」
「……はい」
言われた通り、背負っていたリュックを置いて歌弥さんの隣に寝ころぶ。
女性と二人並んで寝ころぶって……それだけで、どきどきするな。
歌弥さんは至って平気そうだったから、俺も平気はふりしておいた。
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