第4話 エスコート

 フリータイムは午後七時までで、俺たちは時間一杯カラオケ内で過ごした。

 ずっと歌っていたわけではなく、おしゃべりをしたり、食事したり、スマホでダウンロードしたオセロなどのゲームをしたりして過ごした。歌弥さんが終始ご機嫌だったのに比べ、俺はかなりローテンションだったのは仕方ない。

 それにしても、歌弥さんはよく歌うし、よくしゃべる。七時間以上もカラオケで過ごすなんて、俺からすると初めての経験だ。

 それだけの時間を過ごしながら、意外と一日が早かった気がする。

 なお、おしゃべりはたくさんしたものの、お互いの素性については話していない。俺は何も訊かなかったし、向こうも訊いてこなかった。今日出会ったばかりの人に受験失敗云々の話をする気もなかったので、ちょうど良かった。


 カラオケの外に出ると、歌弥さんは大きく伸びをしながら、綺麗な笑顔を浮かべた。


「いやぁ、楽しかった! 長々と付き合ってくれてありがとねー」

「……俺はただ、歌ったり、相づちを打ったりしただけですから」

「それでいいのさー。ちなみに、秋夜君はこれからどうするの? そろそろホテルかどっかにチェックイン? あ、泊まる場所は決めてる?」

「いえ、これから予約します」

「そっかそっか。なら、とりあえず予約しときー。それが終わったら、やっすいレストランとかで晩ご飯一緒に食べようよー。あ、これは奢らないよー。秋夜君だってもともと使うお金だろうしさー」

「……何でも奢ってほしいとは思ってませんよ。一緒に食事するのは構わないので、少し待ってください」


 スマホを操作し、近隣で泊まれるホテルを探す。……しかし、タイミングが遅すぎたか、安いビジネスホテルに空きがなかった。資金に限りがある以上、支出はなるべく減らしたい。これはネカフェで夜を明かすことになるかな。諦めて、スマホをポケットに戻す。


「予約取れた?」

「いえ。いい感じのホテルに空きがなかったんで、どこかネカフェにでも行こうと思います。空いてればいいですが……」

「おー、ネカフェ泊? いいね、いいね、若気が至ってるね!」

「……歌弥さん、若気の至りって言葉、好きですね」

「いい言葉じゃん。若気の至りって言えば、何しても許される感じがしてさー?」

「何でもは許されませんよ」

「ま、じ、め! 何でも許されるの! そういうルールなの!」

「なんのルールですか……」

「んー、人生?」

「……あながち間違いではない、のかもですね……」


 若気の至りということで、なんでも許されるのが人生におけるルール。

 そういうことにしておけば、いくらか気楽に生きられる気がする。


「ねぇねぇ、あたしも一緒にネカフェ泊していい?」

「はぁ? なんでそうなるんですか?」

「だってぇ、女一人だとネカフェ泊って少し怖いじゃん? 男の子と一緒だったら安心かなーって」

「……それ、同じ部屋に泊まるってことですよね? 俺はいいですよ。でも、恋人とか、よく知った友達ならまだしも、今日会ったばかりの俺と一緒じゃ、むしろ不安要素にしかならないでしょう?」

「だぁいじょうぶだよ。だいたいのネカフェって完全個室じゃないはずだし、秋夜君が、今日出会ったばっかりの女を無理矢理襲えるとも思えないもん」

「……嫌な信頼の仕方ですね」

「秋夜君が全然若気を至らせる雰囲気を出さないからだよー? もっと男らしさを感じてほしかったら、そっちから手でも握ってみなさいな?」


 にへら。

 歌弥さんの微笑みが少し憎たらしい。

 別に、歌弥さんに男として見てほしいと思ったわけではないけれど。

 暗に、情けないぞ、とたしなめられた気がして、もやっとした気分にはなった。

 結果として。


「お? あたしに男を見せたくなっちゃった?」

「……別に」 

 

 俺の右手が、歌弥さんの左手を掴んだ。歌弥さんは拒絶を見せず、むしろ俺の手を握り返してきた。

 初めて、女性の手を握った。年上の女性なのに、その手は俺の手よりも小さくて、繊細で、脆そうだった。

 俺よりは遥かにしっかりしていて、芯のある人に見えるのに、肉体的には俺の方が確かに力強いのか。

 ……変な感じだ。甲子園球児が、いつの間にか皆、自分よりも年下だと気づいてしまったときのような。


「秋夜君って、童貞でしょ?」

「はぁ!? そ、それが、なんですか!?」

「だから何ってわけじゃないよ? 女性の手を握るだけで随分と緊張してるから、可愛いなーって思っただけー」

「……か、可愛くは、ないです」

「その反応が可愛いんだってー」


 にへら。

 可愛い笑顔なのに、イラッとする。


「さぁ、秋夜君! 次は、女の子を上手くエスコートするのだ! 今夜はどこに連れて行ってくれるのかな?」

「……歌弥さん、何が食べたいですか?」

「美味しければなんでもいいよー?」

「選択肢広すぎですよ……」

「まぁまぁ、あたしは大抵のものを美味しくいただける楽な女だから、適当に連れて行ってくれればいいよ! 安いレストランでも、いい感じの料亭でも!」

「……普通に定食屋でもいいんですか?」

「いいよいいよ。初デートの食事が定食屋かよー、とかSNSで愚痴ったりしないから、大丈夫!」

「……定食屋、ダメですかね。っていうか、デートなんですか?」

「デートとは男女で食事をすることらしいよ? 誰かが言ってた! そんで、定食屋もあたしは好きだよ!」

「じゃあ、そこに行きましょう」


 カラオケに向かう途中、全国にチェーン展開されている定食屋があったのは確認している。徒歩三分以内なのでちょうどいい。

 俺が手を引くと、歌弥さんはとてとてと大人しくついてくる。その表情は、相変わらずのにへら顔だ。

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