第22話 進路

 歌弥さんが執筆を続ける間、俺も芽吹も主に小説を読んだ。

 芽吹に、何かしら予定があったのではと訊いてみたところ、木曜日の入学式までは特にすることはなく、強いて言えば周辺の町並みを見てみるくらいだったそうだ。 

 また、読書の合間に、二人で少し話をした。妙に近い距離感で……芽吹は俺にぴたりと体を寄せていた。


「……あのさ、星香君。もしかしたら話題にしない方がいいかもだけど、やっぱり気になっちゃうから、訊くね。

 星香君って、今年はまた医学部を目指して勉強するの?」

「……いや。医学部は、もう目指さないと思う。改めて予備校に通ったり、毎日勉強に励む気力はないんだ」

「そっか。大学には行くつもり、ある?」

「……どうだろうな。去年も一昨年も、受験勉強しながら色々考えてたことがあって。……俺、本当は医学部に行きたいわけでもなければ、大学で勉強したいわけでもないんだよ」

「そうなの? 一昨年もってことは、受験に失敗する前からそんなことを?」

「うん。……俺たちの高校、一応は進学校だし、俺はそこそこ勉強ができる方だった。だから、一つの目標として医学部を志望してた。親からの勧めってのもあったかな。

 でも、根本的な部分で、医者として困っている人を救いたい……みたいな強い志はなかった。

 そんなことだから、俺にはもう、何が何でも医学部に行ってやるぞっていう気概はない」


 思えば、そんな気持ちでよく勉強を続けていたものだ。


「……大学にも行かないの?」

「行った方がいいとは思ってる。ただ、それはあくまで、就職したり、給料を増やすための手段として。何か学びたいことがあるわけじゃない」

「そっか……」

「逆に、芽吹さんはどうなの? 本当に医者になりたかった?」

「わたしは、そうだよ。医者になって、困ってる人を助けたいって思ってた。医者を諦めて、薬学部を受けるって決めたときも、結構辛かった」

「そっか。ちゃんと志があって偉いな」

「ありがと。でも、志だけだった。身の程を弁えていなかった」

「けど、医療関係者にはなるつもりなんだろ?」

「うん。医者にはなれなくても、別の形で医療に貢献できるようになろうって思ってる。一番望んだ形にはならなくても、それで人のためになれるならいいかもしれないって」

「偉いよ。本当に偉い。そうやって、心から誰かのためになりたいって思えること」

「星香君だって、全くそういう気持ちがなかったわけじゃないでしょ?」

「まぁ、人並みの正義感くらいはあるさ」

「星香君なら、目一杯頑張らなくても、一年間学力を維持するだけで、薬学部なら入れると思う。特に医者にこだわりがないなら、薬学部でも受けてみたら?」

「……そういう道もあるよな」


 芽吹の言う通り、そこそこの勉強をして、とりあえず大学に入るというのも進路としてはありだ。何もせずにくすぶっているよりはずっといい。頭を下げれば、親も納得してくれるかもしれない。


「気乗りはしない? そもそも、もう受験のことは考えたくない?」

「受験のことは考えたくない……気持ちもある。まぁ、それは単なる逃げだってのもわかってる。でも、なんか……頭が切り替わらない」

「そっか。星香君には、まだ時間が必要なのかもしれないね」


 進路のことは真剣に考えないといけないとわかっている。勉強もせず、働きもせず生きていけるわけじゃない。


「悩んでいるねー、男の子」


 歌弥さんも会話を聞いていたようで、きぃ、っと椅子を鳴らしながらこちらを振り返った。


「……ええ、悩んでます」

「青春って感じでいいじゃん」

「こんな鬱屈うっくつした青春は嫌ですよ」

「今だけは、そうかもしれないねー。でも、通り過ぎてしまえば、案外どうでも良くなることだよー」

「……そんなもんですかね。そういえば、歌弥さんは大学中退でしたっけ? どうして大学辞めたんですか?」

「あたしが大学を辞めたのは、大学で学びたいことが何一つないってはっきり気づいたからだよー」

「……何一つ、ない」


 これはまた、きっぱりした物言いだ。


「あたしが高校生になってから小説を書き始めたのは言ったかな? その頃は学校の勉強と執筆を両立してて、割と成績は優秀だったんだ。周りの人は大学に行く人ばっかりだったし、親も大学に行けって言ってて、その流れに逆らう意志もなかったから、とりあえず大学は行ったのさー。

 でも、大学で勉強を始めて、はっきり気づいたよね。あたし、学問に全く興味ないやーって。

 それでも、作家としてしっかり稼ぐ基盤がなかったら、とりあえず大学には通ってたと思うよ。けど、ちょうど高校卒業辺りから書籍を出す話とかも出て、コンテストの賞とかも獲るようになって、勉強そっちのけで執筆にのめり込むようになってた。

 そうするうちに本格的に大学の勉強に身が入らなくなって、小説書きまくってそれなりのお金を稼いで、もう作家としてやっていく方がいいじゃーんって思うようになった。

 で、大学二年の夏に、大学は辞めちった」

「……親には反対されませんでした?」

「されたよー。でも、大学で勉強する気はもう全くないってことで、無理矢理辞めた。今でも親はあたしに怒ってる。もう家に帰ってくるなとも言われてるよー」

「……意外とシリアスな状況だったんですね」

「そーそー。あたし、実は崖っぷち。今は作家としてそれなりに人気あるけど、人気がなくなったらどーしようもない。就職もたぶんまともにできないから、生涯バイト暮らしとかになる可能性だってあるよー」


 話の内容に似合わず、全然緊迫感がない歌弥さん。心臓が強いのか、なんなのか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る