第26話 ハート

 困惑していると、左腕がぐぃっと引っ張られる。


「ちょっとちょっとー。あたしに対する言葉と熱量違いすぎなーい? 文字数にして三倍くらいの差があるよー? あたしより千花ちゃんの方が好きだって言うのー?」

「いや、ち、違いますよ。そういうのでは、ないです」

「じゃあ、もっとあたしのことも絶賛してー」

「絶賛って……」

「さぁさぁさぁさぁ! あたしは花にたとえるとなんなのかなー? どんな魅力を持っているのかなー?」

「ええっと……」


 俺は作家じゃないのだから、誰かを花にたとえるなんて何度もできるわけじゃない。

 数十秒、うんうんと考えて。


「……歌弥さんは、花というか……黄昏時の空……っていう感じです。オレンジ、黄、紺……様々な色が織り混ざって、不思議な魅力があります。安らぎを与えるようで、寂しさを与えるようで……色んな感情を呼び起こす、複雑さがあります。とても奇麗なのに、幸せな気持ちだけを与えてくれるわけじゃない、悩ましい存在です」


 ふぅん、と歌弥さんが意味深な微笑みを浮かべる。


「なるほどー、秋夜君には、あたしがそう映るわけかー」

「……ですね」

「なかなか面白い表現をしてくれるじゃないの。絶賛してくれないのは残念だけど、満足だよー」

「……それは、良かったです」

「さ、せっかく桜を見に来たんだし、記念撮影でもしていこうよー。千花ちゃん、撮影お願いできるー? あたしの撮り終わったら、今度はあたしが撮影係やるからさー」

「いいですよ。あ、でも、わたし、今はスマホ持ってないです」

「とりあえずあたしので撮ろっか。それから、後で共有しよー」


 道の脇に寄って、歌弥さんがスマホを取り出し、ロックを解除。カメラを機動して芽吹に渡す。


「秋夜君、あたしが左手でハートの左側作るから、秋夜君は右手でハートの右側を作ってねー」

「え、それ、本当にやるんですか?」

「もちろん! さぁ、羞恥心を捨てる特訓だー!」

「……わかりました。そういうつもりでなら、いけそうです」


 本物のカップルとしてやるのは大変気恥ずかしいが、そういう大義名分があればまだマシ。

 指示通りに、俺と歌弥さんでハートを形作る。……うん、やっぱり恥ずかしい。苦笑している芽吹に見られているのも大変恥ずかしい。


「撮りますよー」

「あ、待って待って。ちょっと秋夜君、笑顔が足りてないぞー? せっかくハート作ってるんだから、もっと笑顔を心がけないと!」

「……え、笑顔、ですか」

「無表情なんて怖いだけ! クール男子なんて絶賛してもらえるのは超絶イケメンだけだよ! 秋夜君もなかなかいい顔立ちしてるけど、あたしの隣にいる以上、クール男子路線なんて歩ませないぞー!」

「……笑顔って、苦手なんですよね」

「知ってる知ってる! だからこそ、あえてやるのさ! ほらほら、目の前に可愛い女の子がいるじゃないの! あの子の裸を想像したら、自然とにやけてくるでしょ!」

「そ、それはまた笑顔の意味が違いますって!」

「細かいこと言わないのー!」

「……あのー、人通りもあるので、早めにお願いしまーす」


 芽吹にも急かされて、焦る。

 笑顔……ね。

 俺がなんとか表情を作ろうとしていたら、芽吹がふふと笑い出す。


「……なんだよ」

「だって、星香君の様子がおかしくて……っ。星香君、そんなに頑張らなくていいんだよ? 高校生の頃はもっと普通に笑ってたじゃない? 難しいこと考えずに、普通に笑えばいいと思うよ?」

「……普通にっていうのが難しいんだよ」

「じゃあ、これは覚えてる? 体育祭の対抗リレーで、山下君が思いっきりこけそうになったこと。こける、ってなったとき、いきなり前転して、そのまま立ち上がって、走り出したじゃない? あのときのこと、思い出して?」


 芽吹に言われて、あのときの光景を思い出す。

 無性におかしくなって、笑ってしまった。

 カシャ。

 スマホのシャッター音。そして、にこりと笑う芽吹。


「はい、よくできました。……良かった。今日会って、星香君がちゃんと笑うところは見てなかったから、少し心配してた。でも、大丈夫そう。星香君、作り笑いが苦手かもしれないけど……まだ、ちゃんと笑えるね」


 そういえば、普通に笑ったの、久しぶりのような気がする。歌弥さんの小説を読んでいるときも、表情を変えること、なかったかも。


「……なんか、ありがとう」

「お礼を言われるようなことじゃないよ」

「……むぅ、なんか、二人でいい雰囲気になっててずるいなぁ。秋夜君! 羞恥心を捨てる特訓、レベル二!」


 歌弥さんは俺の両手を取り……両腕を使って、二人でハートマークを形作るポーズを強要してきた。


「こ、これは流石に人前でやるものじゃないのでは!?」

「人前だからやるんだってー! 千花ちゃん、もう一枚!」

「あ、はい。えっと、ごめんね、星香君」


 カシャカシャカシャ。芽吹がやたらと写真を撮りまくる。


「そんなにいらないんじゃないか!?」

「星香君がなかなか笑ってくれないから、撮り直しが必要で……」

「別にいいから! 良い感じに撮る必要ないって!」


 歌弥さんの腕をふりほどこうとするが、歌弥さんはがっしりと俺の手を掴んで離さない。


「秋夜君、じたばたしないでー。上手くハートが作れないよー」

「もう! これ、なんなんですか!?」

「軽いいじめ」

「いじめはダメでしょう!?」

「あたしから秋夜君に対しては特別に許されるんだよー」


 歌弥さんはケラケラ笑っている。芽吹も楽しそうだ。

 勝手に恥ずかしがっているのは俺だけ……か。もう……好きにしてくれ。

 魂の抜ける思いを抱きながら、俺はしばし、恥ずかしいポーズを撮り続けた。

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