第25話 言い間違い
俺たちが向かったのは城跡の公園。到着する頃には日も暮れていて、ライトアップされた桜並木が幻想的だった。ちょうど桜も満開の見頃なので、実に壮観。桜祭りの開催期間中なので少し人が多いのは気になるが、ぎゅうぎゅうで窮屈な思いをするほどではない。
「わーお、奇麗だねー。いい感じー」
歌弥さんの華やぐ声が間近で聞こえる。腕を組んでぴったり体を寄せているので当然だ。
「奇麗ですね。本当に」
「んー? そのコメントはなってないぞー、秋夜君。もっと他に言うことがあるでしょー?」
「え、他に言うこと……? なんですか?」
「えー? わかんないのー? 千花ちゃんならわかるよねー?」
歌弥さんは左にいて、右側には芽吹がいる。芽吹は俺と腕を組むことも手を繋ぐこともなく……手の甲が僅かに触れあう距離感。
「えっと……まぁ、なんとなくは、わかります」
「ほらー。千花ちゃんにわかるのに、秋夜君にわからないってどういうことかなー?」
「……すみません、俺、察し悪いんで」
「もー、仕方ないなぁ。『この桜より、君の方が奇麗だよ』でしょー?」
「そ、それは……」
なんて恥ずかしいセリフを言わせようとしているのか……。
「ほらほら。リピートアフターミー。『この桜より、君の方が奇麗だよ』」
……それ、本当に言わないといけない奴か? とても恥ずかしいのだが。
言いよどんでいると、によによ歌弥さんが拗ねる。
「えー? 秋夜君は、あたしより桜の方がいいわけー?」
「いえ、そういうわけでは、なくて……」
「じゃあ、はい。リピートピート」
ここは、きちんと言葉にしないと終わらないらしい。
恥ずかしいが……歌弥さんのためだ。羞恥心には一旦ご退場願おう。
「こ、この桜より……歌弥さんの方が、奇麗、です」
「くぅー、いいね、いいね! その羞恥心で悶えそうな表情、そそるね!」
「……性格悪いですよ」
「そうだよー。あたし、性格悪いよー。だから、今のもう一回! よく聞こえなかった!」
「ばっちり聞こえていたでしょうが! もう言いませんよ!」
「えー? ケチだなぁ。あたしの好感度をあげるチャンスだよ? それをみすみす逃してもいいの?」
「いや、だからって……」
「そんな恥ずかしいセリフでもないじゃんかー。もう一回聞きたいなー。秋夜君の口から聞きたいなー」
ふぅー、と軽く息を吐く。
どうしてもというのなら。ここは、覚悟を決めねばならないか。
歌弥さんに、横目で視線を向けつつ。
「……この桜より、歌弥さんの方が素敵です」
あ、少し間違えた。たぶん、俺は奇麗な人だから歌弥さんに惹かれるわけじゃなくて、素敵な人だから歌弥さんに惹かれているので、無意識に言葉を変えてしまった。
歌弥さんは一瞬きょとんとして、少しばかり気恥ずかしそうにはにかんだ。
「そういう言い間違い、ちょっとずるいぞー? 天然女ったらしめー。ドキッとしちゃったじゃないかー」
「それは……いいことです」
歌弥さんが俺の肩に頭を擦り付けてくる。その様が恋人に対して甘えているようにしか見えないのだが、歌弥さんの気持ちってどうなっているのだ?
ふと、右手の袖が引かれる。
「……わたしには、何も言ってくれないの?」
芽吹が拗ねた顔をしている。……俺、どうして二股しているみたいな立ち位置にいるんだろうな。歌弥さんとだけ、親しくなれたら良かったはずなのに。
「……芽吹さんには、昼の桜が似合う」
「それ、どういう意味?」
「高校生の頃から思ってた。芽吹さんは、青空の下で奇麗に咲き誇る、満開の桜みたいな人だって。明るくて、柔らかくて、すごく魅力的だった。芽吹さんの周りは、いつでも春の匂いがする気がした」
当時、ぼんやりと抱いていた思いを口にしてみると、芽吹がさっと顔を赤らめる。
「き、急に何言ってるのかな!? わたしを口説こうとしているの!? 口説こうとしているよね!? ちゃんと責任取ってもらうからね!?」
「え? あ、いや……そういうつもりでは……」
「そういうつもりもないのに、ドキッとすること言わないで!」
「……ごめん」
自分にも何か言えと言ってきたり、言うなと言ったり……どうしろというのか。
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