第17話 運命

 俺と歌弥さんが出会った駅前広場のベンチにて、芽吹に今までの流れを説明した。


「一応確認だけど……作り話じゃないよね?」

「作り話じゃない。さっきも電話あったろ? 歌弥さんはちゃんと実在の人物だ」

「うわぁ……で、出会ったその日にお姉さんと同棲を開始だなんて……。星香君、いつの間にそんな女ったらしになったの……?」

「別に女ったらしになんてなってない。歌弥さんだって、俺に惚れたとかじゃない。作家って割と孤独みたいだから、いい遊び相手くらいに思ってるんじゃないか?」

「単なる遊び相手と同棲なんてしないよー! 歌弥さん、絶対に星香君のことなにかしら特別な存在に思ってるよ!」

「特別……ね。まぁ、その辺は俺にはよくわからない」


 歌弥さんにとって俺は一体なんなのか? 嫌ってはいないから同棲を許しているのだとしても、どこまでの好意を抱いているのかはわからない。歌弥さんの感性は常人とずれている。


「それにしても、星香君が女の人と同棲か……。しかも、恋人ってわけでもない……。星香君、随分と爛れちゃってるねぇ……」

「……まぁ、そうかも」

「星香君としてはどうなの? 歌弥さんのこと、好きなの?」

「……それもよくわからない。もちろん嫌いじゃないし、どちらかといえば好きだけど……。明確な恋愛感情を持ってるかはわからないし、結婚だとかその先を考えているわけでもない」

「……爛れてるねぇ。あの真面目だった星香君が、ちょっと会わない間に、女性とそんな距離感で接するようになるとは……」

「接するようになったのはつい最近のことだ。歌弥さんのペースに巻き込まれているとも言える」

「巻き込まれ状態だったとしても、巻き込まれてもいいやって思ってはいるんでしょ? 高校生のときとちょっぴりイメージ変わったね。高校生の星香君だったら、そんなわけわかんない流れで女の人と同棲始めようとはしなかったんじゃないかな」

「確かに、そうだろうな」


 女性と同棲するのなら、それはお互いに好き合っている恋人同士で。いっそ、結婚も意識した状態である方が望ましい。

 それくらいには思っていた。


「でも、ちょっと羨ましいな。わたしも、たまたま出会ったイケメン男子と同棲とかしてみたいわー」

「……芽吹さんとしては、こんな流れで誰かと同棲なんて、嫌なんじゃないか? ちゃんと恋愛のステップとして同棲ならまだしも」

「わたしだって、星香君みたいな流れで誰かと同棲するのはためらう気持ちもあるよ? でも、なんかそういう運命的な出会いにも憧れちゃうじゃん?」

「運命的……。大袈裟だろ」

「大袈裟じゃないよ! だって、星香君がこの町に流れ着いたのも、歌弥さんに出会ったのも、色んな偶然が積み重なった結果じゃん! これを運命と呼ばなければ、この世に運命は存在しないっていうくらいに運命の出会いだよ!」

「……そうか」


 俺と歌弥さんの出会いは運命。

 ……他人に言われるならまだしも、自分でそんなことを考えるのは気恥ずかしい。


「星香君! 歌弥さんを逃がしちゃダメだよ! このまま結婚まで一直線!」

「……いや、それは前のめりすぎるだろ。歌弥さんだって、そこまで強い気持ちをぶつけられたら迷惑だ」

「んもう! 勢いが足りないなぁ! わたしは会ったことないけど、歌弥さんってすごくいい人なんでしょ!? こんな出会い、一生のうちに何度もあることじゃないし、運命と思ってがっついていかないと!」

「……言いたいこともわかるが、そもそもなんで芽吹さんはそこまで俺を応援するんだ? 他人事だろ?」

「他人事だけど! 他人事だけど、なんかいいじゃん! そんな出会いから結婚までして、一生添い遂げるとか、ロマンがあるじゃん!」

「……そんなもんか」


 俺を応援しているというより、面白いものを見て盛り上がっている感じ、かな。

 芸能人の恋愛事情に一喜一憂するのと大きく差はないと思う。


「ねぇ、わたしにも歌弥さんに会わせてよ! 星香君をめっちゃアピールするよ! 星加君はめっちゃいい人だから、逃がしちゃダメだって訴えるよ! いっそ二人が婚姻届を書くのを見届けるよ!」

「だから、盛り上がりすぎだって。芽吹さんは芽吹さんの恋愛で盛り上がりなよ。恋人、いないの?」

「……いない。だって、わたし、高校時代も、浪人時代も、勉強漬けだったから……」


 思い返せば、芽吹さんが誰かと付き合っているという話は聞いたことがない。俺の耳に入らなかっただけではなく、単に恋人がいなかったのか。


「……芽吹さんなら、誰かに告白されたこととかあるんじゃないのか?」

「それは、あるよ? でもさ、でもさ、わたしは勉強頑張んなきゃって思ってたの。わたしはそんなに頭いいわけじゃないし、要領も良くないから、勉強を目一杯頑張んないと医学部なんて無理だって思ってたの。恋愛は大学生になってからでもできるとも思ってたし……。

 まぁ、そんな気持ちで頑張っておきながら、結局医学部受験は諦めて、たぶん浪人しなくても受かっただろう薬学部に入ることになっちゃったけどね? 十九歳の貴重な一年を、無駄にしちゃったなぁって嘆く気持ちもあるけどね?」


 ふふふ、と暗い笑みを浮かべる芽吹。根っからの陽気な子だと思っていたけれど、落ち込むときはやっぱり落ち込むんだな。


「ま、まぁ……落ち着いて」

「女の子にとって、十代最後の一年ちょっとはかけがえのないものなんだよ? 取り返しがつかないんだよ? 現役で合格していった子たちは、十代最後の時間をとってもとっても楽しそうにはしゃぎ回って過ごしているのに、わたしはひたすらお勉強。机に向かって、元同級生の上から目線の励ましに舌打ちをして、血の涙を流して黙々とカリカリカリカリ……」

「……芽吹さん、大丈夫か? そっちはもうその暗い時代を終えたんだから、立ち直れ?」

「はっ。そ、そうだった。っていうか、星香君にこんな話しても嫌みだよね……。ごめん……」

「まぁ、いいよ。気にしないで。色々と思うところはあるけど……今はそんなに落ち込んでもいないんだ」

「……それ、やっぱり歌弥さんのおかげだよね?」

「まぁ……うん」

「ねぇ! やっぱり歌弥さんに会わせてよ! この近くには住んでるんでしょ? だったらわたしの家にも近いし! わたし、この近辺に知り合いいないから、友達ほしいし!」

「あ、ああ……。わかった。まぁ、拒絶することはないと思う。一度会ってみるといい」

「ありがとう! 一人暮らし、わくわくするけどちょっと不安だったところもあるから、すごく頼もしい! 星香君に会えたのも良かったし、いい人を紹介してもらえそうなんも良かった!」


 そんな流れで、俺は芽吹を歌弥さんに引き合わせることとなった。

 歌弥さんはどんな反応をするだろう? 嫉妬とかはないと思うが……。

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