第16話 興味

「それより、駅の場所ですよね? 何駅ですか?」


 俺たちのやり取りを眺めていた女性に声を掛ける。


「千景沢駅」

「ああ、それならあっちですね。遠くもないですから、ご案内しましょうか?」

「あら、いいの? ありがとー。あなたは優しいのね」


 俺は、優しくて、芽吹は、優しくない、と。


「そんなことありませんよ。芽吹さんは優しい人です。スマホがないと言っているのなら、本当にスマホがないのでしょう。タイミングが悪かっただけですから、芽吹さんのことを悪く思わないであげてください」

「ふぅん……。まぁ、本当にそうだったなら、悪かったわね。しつこく訊いちゃって」

「いえ、わたしの方こそ、お役に立てずにごめんなさい」


 和解ができたところで、俺はお婆さんを連れて千景沢駅まで案内しようとする。

 その際、芽吹がついてきた。


「……俺一人でも大丈夫だぞ?」

「そうかもだけど、わたしも最後まで見届けたいなって。それに、この辺の地理も知っておきたいしさ。昨日引っ越してきたばっかりで、わかんないことばっかりなの」

「そう……。わかった」


 さっさと別れたかったが、そうもいかなくなったらしい。

 仕方なく芽吹を伴って、道案内を済ませた。


「わざわざありがとうね。はい、お礼」


 お婆さんがイチゴ味の飴を二つ取り出して、俺に手渡してくれる。それからにんまりと笑い、ひらひらと手を振って去っていった。


「……飴、いる?」

「あ、うん。ありがとう」


 芽吹が飴を手に取り、包装を開封して飴を口に放り込む。

 カラコロと音を鳴らしながら、にんまり。


「美味しい」

「それは良かった」

「星香君は食べないの?」

「……まぁ、食べるかな」


 俺も飴を口に放り込む。イチゴ味の甘さが広がった。

 しばし、無言でカラコロと飴を舐めていると。


「助けてくれてありがとね。本当にたまたまスマホ忘れた日に道を訊かれちゃって、困ってたんだ」

「大したことはしてないさ」

「そうかもだけど……星香君はやっぱり優しいなぁとは思うよ。助けてくれたし、お婆さんとの接し方も丁寧だったし、わたしのこともフォローしてくれたし」

「当たり前のことをしたまでだよ」

「特別なことはできなくてもいい。当たり前のことを当たり前にできるってことが、人として大事なんだよ? 当たり前のことさえできない人が、世の中にはたくさんいるんだから」

「……かもな」

「ねぇ、少し話さない? 星香君が何をしてるのか、ちょっと気になる」

「……別になんにもしてないよ」


 本当に、何もしていない。強いて言えば、歌弥さんのお世話くらい。


「星香君がここにいるのは……ちょっと遠出してるだけ?」

「……俺のこと聞いて、どうするつもり?」

「どうするつもりもないけど……一緒に同じ大学の医学部目指してた仲だし、気になる」

「一緒にっていうか、たまたま第一志望が被ってただけじゃない?」

「それはそうなんだけど! でもさ……星香君、いつも勉強頑張ってて、星香君に負けないぞぉ! ってわたしは勝手に支えにしてたもので……。こっちとしては、一緒に頑張ってた気持ちになっていたという……」

「……そうなのか」


 芽吹は明るくて社交的な子だから、クラスでひっそりと過ごすことの多かった俺とも多少は交流していた。だからといって、仲間意識を持っていたというのは驚きだ。

 スマホを取り出し、時刻を確認する。午前十時半過ぎ。歌弥さんの昼食を準備するとしても、三十分くらいは余裕がある。


「……わかった。少しなら大丈夫」

「良かった! ありがとう! でも、時間を確認したってことは、何か予定があるの?」

「まぁ、少し」

「ふぅん……?」


 芽吹がじぃっと俺を見つめてくる。何かと思えば。


「……もしかして、女絡みの予定?」


 たぶん、冗談の乗りで芽吹は言ったのだと思う。

 それに俺は動揺して、視線を少し逸らしてしまった。それで全てを悟られた。


「え? 嘘? 本当に? へぇ……女絡みで、星香君はここに……? ネットで知り合った女性と始めてのオフ会……とか?」

「違う……」

「むむ。違ったかぁ……。じゃあ、なんだろう……?」


 ここで、俺のスマホが着信を伝えてくる。

 相手は、予想通り歌弥さんだった。出ないわけにはいかない。

 芽吹のことを少し気にしつつ、諦めて応答する。


「ごめん、ちょっと出る。……歌弥さん、どうしたんですか?」

『秋夜君、今どこいるー? まだ買い物の途中だったら、カヌレ買ってきてくんなーい? 小説で登場させてたら食べたくなっちった!』

「……わかりました。買って帰ります。ただ、すみません。たまたま知り合いと遭遇したので、予定より三十分ほど遅れて帰ります」

『へぇ? 知り合い? わかったー。いいよー。……ちなみに、その知り合いとは女性かい?』

「ええ、一応。高三のときのクラスメイトでした」

『おお、おお! いいね、いいね! 青春の香りがするね!』

「そんな香り、しませんよ」

『遅くなってもいいけど、外泊はダメよ! 秋夜君には、あたしと添い寝する義務があるんだからね!』

「いつから義務になったんですか……。そんなに遅くなりません」

『わかったー。土産話、期待してるよん!』

「大した話にもなりませんって。それじゃ」

『ん。ばいばーい』


 通話が切れる。芽吹に視線を戻すと、呆気に取られた顔をしている。


「ちょろっと会話聞こえちゃってったけど……星香君、女の人と同棲してるの……?」

「……まぁ、そういう言い方になる、のかな」

「うっそー! 本当に!? 本当に!? どうしてどうして? どういう流れでそうなったの!? すっごい気になる! 教えて!」


 芽吹が変な目の輝かせ方をしている。恋バナに目がない乙女……みたいな顔だ。

 俺と歌弥さんの関係をどう伝えるべきか? ありのままを? 大丈夫か?

 わざわざ話すことじゃないとは思いつつ……その爛々らんらんとした瞳を見ると、半端なことを言っても納得してくれないだろうことは嫌でもわかった。

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