第18話 アピール

 歌弥さんに連絡してみたところ、芽吹と会うことに快く賛成してくれた。むしろ興味があるので会ってみたかったという。

 家に連れて行く許可を得たところで、当初の目的である買い出しを済ませる。

 駅の中にもスーパーがあったので、そこで食材、日用品とカヌレを購入。なお、食費は歌弥さんが出してくれていて、俺は完全にヒモ状態。家事全般は俺が請け負っているからタダ飯ぐらいというのは言い過ぎだが、歌弥さんに恩義は感じている。


「へぇ、ここが今の星香君のおうちなんだ。わたしの家から徒歩五分圏内だわ」


 俺と歌弥さんが住まう四階建てマンションを見上げて、芽吹が呟いた。


「へぇ、そうだったのか」

「この辺、家賃が低めで、静かで、雰囲気もいいから、色々物件見て回ってるときに気に入ったんだ。歌弥さんもそうなのかも?」

「……かもな。気になるなら本人に訊いてみてくれ」


 合い鍵を預かっているので、オートロックを開けて中に入る。階段を使って三階へ。

 俺と歌弥さんの住む部屋にすぐ到着し、こちらも鍵を開けて玄関のドアを開ける。俺が先に入り、芽吹も中に招き入れた。


「歌弥さん、戻りました」

「お邪魔します!」

「おー、おかえりー、そしていらっしゃーい」


 歌弥さんの声を聞きつつ、短い廊下を抜けて生活スペースへ。

 歌弥さんはデスクチェアに座っていて、芽吹の姿を見てひらひらと手を振った。


「初めましてー。あたしが秋夜と爛れた関係を築いてる歌弥ゆゆだよー」

「初めまして! 星香君と爛れた関係にはなったことがない、元同級生の芽吹千花めぶきちかです! あの! そのピンクの髪、綺麗ですね! あ、じゃなくて、別に星香君を奪いにきたとかじゃないんで、安心してください!」

「あははー! 髪のことはどーもー。この色、気に入ってんの。そんで、変な心配はしてないよー。秋夜君があたしから離れていくなんて心配してないしー」

「おお……出会ってまだ三日くらいだっていうのに、なんという相思相愛ぶり……。お、大人の関係になると、やはりそれくらいの安定感が出るのですね……っ」

「そそ。そういうことー。毎朝毎朝、秋夜君があたしを離してくれなくて困っちゃうよー」

「は、離してくれなくて……っ」


 芽吹が顔を赤くしている。芽吹には、歌弥さんと俺がどこまで進んでいるかなんて具体的には話していない。一緒に住んでいるのなら体の関係は当然ある、くらいには思っているのだろう。キスまでしかしていないのに。……あえて説明するのは恥ずかしいから、勘違いさせておこう。


「……勝手なこと言わないでください。歌弥さんが、俺を離してくれないんでしょうが」


 抱き枕として気持ちいいから、概ね朝は俺にくっついてだらだらしたがる。


「う、歌弥さんの方が……星香君を、離さない……っ」


 芽吹がまた何かを妄想している。高校生のときは純情そうに見えていたけれど、やはり年頃の女子として考えることは考えてしまうのか。

 ……なんか、変に緊張してしまうな。元同級生の、見てはいけない一面を見てしまったような……。


「あはは。面白い子だねー。何を想像してるか、すぐわかっちゃうよー」

「わ、わたしは何も考えてませんよ!? 別にそんな、そこのベッドで今日も二人は……とか、全然考えてないですから!」

「想像力たくましい子だねー。小説家に向いてるかもー」

「や、わたしは、全然全然、そういうクリエイティブな才能は一切持ち合わせていないものでして! 読書感想文ですら苦労するタイプです! 歌弥さんは作家さんだって聞きましたけど、本当に尊敬です!」

「あたしだって読書感想文は苦手だよー。小説書くのと読書感想文は全く別物。ま、とりあえず座って。秋夜君、お客さんにお飲物を出してあげてー」

「わかりました」


 購入したものを一旦置き、冷蔵庫から冷たいお茶を取り出す。ガラスのコップにお茶を注いで、コースターと共に戻る。


「芽吹さん、お茶で良かった?」

「え? うん。大丈夫! ありがとう! ……にしても、星香君、執事みたいになってるね」

「そう? 普通の家事手伝いだよ。えっと、座布団はあるから……はい、座って」


 座卓に飲み物を置いて、座布団も設置。その上に芽吹さんが座った。

 俺は一旦置いていた食材などを冷蔵庫へ移す。


「秋夜君とは高校のクラスメイトだったんだってー?」

「はい! でも、ほぼ事務的な会話以外したことのない、ちょっと色が抜けたくらいの赤の他人だったので、恋仲とかでは全然なかったです!」

「別にそういうの心配してないってー」

「でもでも、星香君、昔からすっごい頑張り屋さんで、周りの人が浮ついた感じで遊び回ってるときも、必死に勉強してました! 今のところ良い結果には繋がってないみたいですけど……でも! 将来有望なのは確かです!

 それに、すごく優しいところもありまして! 文化祭で皆がやりたがらない雑用を引き受けたり、教室の掃除とかも率先してやってたり、周りの人に勉強を教えたりもしてました!

 それとそれと、これは又聞きなんですけど、修学旅行のバスで気分悪くなっちゃった子がいたんですけど、それにいち早く気づいて、優しく声を掛けたり、酔い止めを渡したりしてたらしいです!

 あ、こんなこともありました! わたし、学校の自販機で間違えて好きでもない奴を押しちゃったんですけど、星香君がそれをもらってくれて、代わりにお金渡してくれたんです!」


 歌弥さんに俺をアピールすると言っていたが……本当にそんなことをするとは思わなかった。目の前でやられると大変気恥ずかしいのでやめてほしい。


「へぇ、秋夜君、高校生の頃から優しい子だったんだねー」

「そうです! 結婚したら幸せになれること間違いなしです!」

「……そんな人だから、千花ちゃんは秋夜君を好きになったんだね?」

「ふぇ!?」

「え?」


 歌弥さんの一言で芽吹が変な声を出したが、俺も驚いてしまった。


「ち、ち、ち、違います! わたしは別に、そんなそんな、星香君を好きだなんて、そんなことは、全然全然、なくてですね! あくまで客観的に見て! 星香君は優良物件ですよと、お伝えしたいわけでありまして!」

「そんな慌てちゃってー。好きだから慌てるし、好きだから色んな良いところを知ってるんでしょー?」

「違います! 違います! 全然そんなんじゃないです! むしろ嫌いです!」


 ……嫌いなのか。嘘なのかもしれないが、はっきりと言われると辛いものがあるな。


「嘘でも、嫌い、なんて言うもんじゃないよー? 秋夜君が悲しそうにしてるー」

「へ!? あ、ご、ごめん! 別に本気で嫌いなわけじゃなくて! だからって好きとかそういうんと違って!」

「ああ、うん、わかってる。大丈夫」


 あわあわしている芽吹。あまり慌てふためいていると、本気で俺を好きだったんじゃないかとか勘違いしてしまう。


「千花ちゃんが秋夜君を好きなのはいいとして、どうしてわざわざそれをあたしに伝えたの? 秋夜君は自分のものアピール? それとも、秋夜君に何かお願いされた?」

「ど、どっちも違います! わたしはただ、お二人に幸せになってほしいなって思っただけで! だって、運命的な出会いを果たした二人は、幸せになってほしいって思ったんです!」

「ふぅん? そっかそっか。まぁ、よくわかんないけど、あたしは秋夜君を簡単に手放すつもりはないし、千花ちゃんは心配しなくていいと思うよー?」

「そ、そうですか……」

「あたしと秋夜君がどうのってより、むしろ千花ちゃんと秋夜君の関係の方が心配かなー? あたしと秋夜君の出会いは確かにかなりレアなものだけど、千花ちゃんと秋夜君の再会もかなりレアで、運命的じゃない? 千花ちゃん、本当にあたしに譲ちゃっていいのー?」

「え? だ、だって、それは、そのぅ……」


 冷蔵庫に諸々を移す作業は終わっていて。

 芽吹が俺をちらちら見ているのが、わかってしまう。


「……これ、どういう状況?」


 歌弥さんはにへら顔で笑うばかりで、芽吹は顔を赤くして視線をさまよわせるばかり。

 何か起きているのか、いないのか。

 俺には何とも判断がつかない。

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