第19話 わかんない
「あたしと秋夜君は爛れた関係にあるだけだから、あたしは秋夜君が他の恋人を作ることをとめるつもりはないんだよー?」
歌弥さんがそんなことを言うものだから、俺も芽吹も余計に混乱する。
芽吹は固まってしまったので、俺が口を開く。
「俺、歌弥さんの家に居候しながら、他の誰かと付き合うつもりとかないですよ」
「あー、秋夜君、またそんな模範生みたいなこと言ってるー。そんな普通のことばっかり言ってちゃダメだってー」
「ダメじゃないですよ。歌弥さんこそ何を言ってるんですか」
「秋夜君はもっと積極的に悪いことしなきゃー。あたしと千花ちゃんを同時に囲いながら、『この二人は恋人じゃなくてセフレなんで、浮気じゃないっす』くらい言ってのけないとダメー」
「どうして俺をそんなクズ男にしたがるんですか……。流石に嫌ですよ、そんなの」
「あたしとはキスしてるじゃん。正式に恋人になってるわけでもないのにさー。秋夜君は既にダメ人間に片足突っ込んでるんだから、今更常識人ぶってもダメだよー」
「いや、歌弥さんとキスするのと、明確に二股をするのは全く意味が違いますよ……」
歌弥さんとキスするのも良くないのかもしれない。でも、俺は他の女性に関心を持っていないし、そこに浮気的な要素は含まない。まだ人として少し踏み外した程度……。
「秋夜君」
「……なんですか」
「わかってると思うけどさー、あたし、結構常識外れだし、倫理観も貞操観念もぶっ壊れてるところあるんだよね。世間が悪と判断するものを、あたしはさほど悪だと思っていないこともたくさんある」
「……まぁ、そんな印象はあります」
でなければ、恋人でもない相手とキスはしない。
「ついでに言うと、あたし、浮気してるからね?」
「え!? う、浮気……? してるんですか……?」
歌弥さんが、俺以外の誰かと連絡を取り合っているのは見たことがない。家に誰かが来たこともない。
「あたしは作家だよ? あたしは、自分がすごく素敵だなーって思うキャラを書いてる。必然的に、そのキャラに恋愛感情に近い気持ちを抱いちゃってる。
こんなのはただ妄想にわくわくしてるだけだといえばそうだけど、あたしの中ではリアルの人間関係よりも深い繋がりを感じることがある。
主人公が誰かとキスをするとき、あたしも一緒にキスをしている気分にだってなる。完全に自分と物語を切り離せるタイプじゃない。
こういう意味では、あたしは酷い浮気性。他人の浮気をどうこう言えないって思ってる」
「……それは、でも……やっぱり、リアルの付き合いと、物語では質が違いますし……」
「秋夜君はそう思うかもしれないね。あたしは、そう思えていないって話」
これは、俺には実感を持って理解することが難しい話かもしれない。自分が書く小説のキャラに、恋心に近い気持ちを抱く……。これは浮気か? 人によって判断が別れるところかもしれない。
「……歌弥さんにとってそれが浮気の
「お堅いなぁ、秋夜君。そんなことじゃ、いつまで経ってもあたしを射止めることはできないぞー?」
「い、射止めるって……」
「秋夜君、あたしのこと好きなんでしょ?」
「え、あ、それは……」
そういう気持ちは……たぶん、ある。まだあやふやで、恋心と表現することにはためらいがあるけれど、一緒にいたいと思っているのは確か。
これを恋と、明確に伝えて良いものか……。
「まぁ、ここは秋夜君があたしを好きだ、という仮定で話すけど」
「……はい」
明確にはしなくていい、という歌弥さんの気遣い? 気遣いなのかは知らない。
「あたしをときめかせるのは、たぶん、普通の男子じゃ無理だよ。あたし、色々ぶっ壊れてるもん。自分は普通の恋をしてます、彼女も真っ当な人間にしてみせます、って人より、一緒に壊れてくれる人がいい」
「一緒に壊れてくれる人……」
「かといって、人を不幸にして平気な顔するタイプの壊れ方をしてほしいわけじゃないから、バランスは難しいところかな」
「……ちょっと、俺には容易には理解できない発想かもしれません」
「そっか。じゃあ、今まで通り、普通に爛れた関係でいるしかないかー。ちょっぴり残念だけど、あたしは秋夜君にずっとここにいてほしいとも思ってるし、三角関係にして、変に拗れる原因は作らない方がいいのかもねー」
歌弥さんの求めるものは、俺には上手くイメージができない。
それは、歌弥さんを本当の意味で幸せにすることはできない、ということなのだろうか?
俺は、歌弥さんに少なからず好意を抱いている。幸せにしたい気持ちもある。
真に歌弥さんのことを思うなら、俺の恋愛観や理想を押しつけるだけじゃいけない……のか。
「ねぇ、星香君!」
なりゆきを眺めていた芽吹が俺の名を呼ぶ。
「……うん?」
「わ、わたしも、その爛れた関係……仲間になりたい、かも!」
「……はぁ?」
「二人がどういう関係なのかいまいちピンとこないし、背徳的なことももしかしたらしてるのかもしれない。でも……わたし、正直言うと……そういうことをしたい気持ち、ちょっとある」
「……どういうこと?」
「わたしさ、高校時代も、予備校時代も、ずっと勉強勉強って頑張ってきた。自分のやりたいこと後回しにして、勉強第一優先で頑張ってきた。
だけど……それが、わたしの望む形で報われることはなかった。
今年の春から、一応大学生にはなれるよ。それでもさ……ずっともやもやしたものは抱えてる。こんなに頑張ったのになんで報われないんだって憤ってる。
自分のやり方が悪かったんだろうって、わかってるよ。努力することに満足して、結果が出る努力をできなかったのが悪いんだって。
でもさ、でもさ、自業自得でもさ! くすぶっちゃうものは確かにあって……このもやもやを、何かしらの形で発散させたいとは思うの。
お酒とか、タバコとか、そういうのじゃなくて。
だけど、何か、悪いことをしちゃいたいというか……。
わたしが得られなかったものを取り戻す、何かをしちゃいたいというか……。
本格的に悪に染まりたいとは思わない。でも、勉強を頑張るいい子ちゃんだった自分をあざ笑うようなこと、してしまいたい……。
これから普通の青春をするだけじゃ、埋められないものがある。回り道をしたからこそ、他の人とは違う景色を見られて、他の人には得られなかったものを得られたって思いたい……。
だから……わたしも、壊れたい。かも」
芽吹の気持ち、俺にはかなりわかってしまう。
自業自得だとしても、得られなかったものがたくさんあることに憤る。
何か別の形で報われたい気持ちがある。
自分の回り道の人生に納得したいと思ってしまう。
「……仲間になるって、具体的にどこまで望んでるんだ?」
「……わからない。ただ……」
芽吹がすがるような目で、俺を見つめてくる。
「星香君と、キスは、したいかも」
「……そうか。それって、どういう気持ちで? 芽吹さんって、俺のこと……好きだったの?」
「わかんない。わかんないんだよ。自分の気持ち……。誰かに対する特別な気持ちとか、全部、押し殺してきたから……」
「……そっか」
それも、たぶんわかる。色んな気持ちを押し殺して、色んな感情を麻痺させてきた結果、自分を見失う感じ。
「わたし、星香君のこと、好きなのかな?」
「……俺にはなんとも言えない。キスをしたいっていうなら、そうなのかもな」
「じゃあ、わたし、星香君を好きってことにする」
「なんだそれ。変なの」
「変だよね。本当に。滅茶苦茶だよ」
芽吹が力なく苦笑い。
放っておけない気持ちには、なってしまう。
俺と芽吹が困り顔をしている中、歌弥さんは愉快そうににへら顔。
「いいね、いいね、面白くなってきたね! 千花ちゃんもこう言ってることだし、あたしたち三人で、爛れた関係になっちゃおうよ。きっと楽しいよー?」
本当に楽しくなるのだろうか? 最悪の愛憎劇が始まるかもしれないくらい、危うい関係ではないか?
「あとは、秋夜君の気持ち次第だよー? どうするー?」
歌弥さんのにへら顔が、少しだけ、憎らしい。
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